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冬嵐記  作者: 槐
第二章

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18/308

4-3

「お勝、疲れたのではないか?」

 大きな身体を折りたたむようにして見下ろしてくるのは、父、福島上総介正成だ。

 やっとフルネームがわかったが、案の定、ピンとはこない。

 福島くしまだなんて馴染みのない、まったく聞いた事もない苗字なのだ。


 いまだに父の、ひいては自身の立ち位置ははっきりしない。

 しかし、ぎゅっと握り返してくれる大きな手と、短い歩幅に合わせてくれる屈強なその体躯を見上げているうちに、そんなものは些細なことだと思えてくる。


「ほれ、抱き上げてやろう。寒うはないか?」

 勝千代は、父にとって、目に入れても痛くないほど大切な息子なのだろう。

 それは、ついぞ我が子を持つことのなかった中の人にとっても、十二分に理解できる感情だった。


 父のごつごつとした大きな手に比べて、小さく、細く、真っ白い手。

 すぐにもポキリと折れてしまいそうな危うさを、改めて自覚する。


 まだ親の庇護下にあるべき幼い子どもなのだ。

 虐待するなどもってのほか、権力のための道具にしたり、追いかけまわして傷つけたりしていいはずはない。


 改めて、全力で火の粉を払うと心に言い聞かせて、勝千代はにこりと父に笑いかけた。

「もう少し父上と歩きたいのです」

「おお、そうかそうか」

 父がへにょりと眉を下げ、目尻を垂れさせる。とどめ、とばかりにギュッと手を握ると、その唇がだらしなく……もとい、嬉しそうにほころんだ。


 あざといと言ってくれるな。

 子供が大人の目に可愛らしく映るのは、生きていくための戦略だ。



 勝千代は父と二人並んで、城内の散策をしている。

 探索ではなく、散策である。

 医者は床上げにはまだ早いのでは、と心配そうだったが、部屋にずっといると気鬱だと悲しい顔をして見せると、城内のみという約束で、寝床への半軟禁状態は解除された。

 とはいえ、自由にどこにでも、というわけにはいかない。この曲輪の内側の、大きな廊下がつながっているところ、つまりはおもてだけである。

 しかも複数の付き添いつき。ほぼ毎回、父が勝千代の右手を握っている。

 そしてそこには必ず、例の不審な男……視線がどうも嫌な感じの、父の配下が含まれていた。



 一番見晴らしのいい、眼前になにもない廊下の端で足を止め、連なる屋根を見下ろす。

 この先には切り立った斜面があって、下のほうまで見渡せるのだ。

 勝千代が足を止めると、父も、お付きの連中も立ち止まる。

 そして、冷たい風が吹きつける中、じっとその景色を眺めた。


 中の人はそれほど城に興味を持ったことがないが、学生のころ何度か校外学習で行ったことはある。

 そのほとんどが平原にある城で、巨大な天守閣や美しい石垣、ぐるりと城を取り囲む櫓や掘りがあった。

 その印象から言うと、ここは城とはいえない。どちらかというと城塞とか、砦とか、そう呼ばれるほうがあっていると思う。

 山の中腹にあるので、ほとんどが平屋で、曲輪ごとに頑丈そうな壁で囲まれている。

 勝千代が滞在しているのはそのもっとも奥まった、もっとも高い位置にある曲輪。

 厳重に守られた、安全な場所ではあるのだが……眼下に続く曲輪の壁が、まるで脱出を阻む障壁のように見えた。


 ぶるり、と身震いする。

 いったん感じた閉塞感は、この厳しい雪景色とも相まって、厳重な監獄を連想させる。

 勝千代をとらえる檻? いや墓場だろうか。


「ここは寒い」

 父がそっと手を引く。

 その武人らしい大きな手を見上げて、ふと思い出した。

 父は、四十代も半ばに近かった中の人よりも、おそらくは十歳近く若い。

「お勝?」

 もさもさしたヒゲがあるので気にしなかったが、目元のしわもそれほど深くないし、何よりぱっちりと大きな二重が印象的だ。鼻筋も通っているし、なかなかの男前ではないか?

 まじまじと見上げた先は、もさもさしたヒゲ同様に、ふさふさとした頭髪。

 口に出すのもはばかられるが……そこの部分は優性遺伝なのだ。

「……お、お勝?」

「そろそろ戻りましょう」

 急ににっこりと微笑んだ勝千代に、父は首をかしげながらも同意した。


 親子二人で仲良く手をつないだまま、元来た道を戻り始める。

 城主が丁寧にもてなす親子に、家中の者たちもまた最上級の礼儀をもって対する。

 廊下で女中や使用人とすれ違うことが少ないのは、彼らがそう気を使っているからだ。

 むしろ目に付くのは父の麾下の武人たち、この曲輪の警護にあたる者たちだ。

 

 そんな中、ふと、廊下の角で額ずく女中に目が行った。

 小柄で、まだ年若い。

 傍らに盆を置き、その上には白湯の入った茶碗がいくつかと……鮮やかに赤い、一枝のツバキ。


 無意識のうちにそれを見て、意図的にすぐ目をそらせた。

 お互い顔は見ていない。

 視線も合っていない。


 近い距離をすれ違う。

 女中の目の前で、一瞬、左手の人差し指と中指をクロスさせる。

 それは、与平に教えてもらった、仲間同士のハンドサインだ。


「父上」

「なんだ、お勝」

「少しのどが渇きました」

「おお、そうか。父も乾いたな」

「すぐに白湯をお持ちいたします」

 父が誰かに用をいいつけようと周囲を見回したところで、例の細目の男がすかさず言った。

「うむ、頼んだ」

 心得たように頭を下げる男に、父は満足そうな目を向ける。

 勝千代は「余計なことを」と内心思いつつも、父に倣ってニコリと微笑んだ。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
[一言] 父が福島正成ということは地黄八幡の北条綱成でしょうか? そうじゃなくても結構衝撃です、、、
[一言] 父の名前分かったからググってみたら…主人公くんやべー人だったわ(この武将好き過ぎる)
[気になる点] 福島正則はふくしま氏ですが、今回の登場人物は福島と書いてもくしまと読むと思うので、この話の最初の「 勝千代の知る福島氏といえば、秀吉の配下に槍の名手でそういう名前の人がいたな……程度の…
2022/04/08 01:00 退会済み
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