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冬嵐記  作者: 槐
第二章
17/273

4-2

 勝千代が療養しているのは、山城の一室だ。

 見事な雪化粧をした山岳を背景に、川を見下ろすような位置にある。

 生まれ育った城よりも山奥にあるせいか、吹き付ける風が厳しい。

 太陽が照ってもまったく暖かくなく、まさに雪に閉ざされた城だった。


 とはいえ、生活に不自由があるというわけではない。

 父と隣り合わせの立派な客間をあてがわれていて、臥せっている勝千代のために部屋に五つも火鉢が持ち込まれている。

 医者も、世話人も、なにもかも至れり尽くせりで、文句の言いようもないのだが……


「おお! 勝千代殿!!」

 どすどすと大きな足音が近づいてくる。

「このようなところに居られては、お身体に障るのでは?」

 ソーシャルディスタンスを守ってくれ、と言いたくなるほど近い距離で、鼓膜が痛むほどの大声。……そう、この城の城主である岡部二郎だ。

 にこにことご機嫌で笑って、勝千代が座る縁側の隣にドスンと腰を下ろす。


「おはようございます」

 勝千代はにこりと笑顔を返した。

 表面上は屈託なく、むしろ親しげに見えるだろう。しかし常に用心深く、相手の真意をうかがっていた。


 この男は父と同じ城持ちの武将だ。

 とはいえ、同じ部屋にいるときの席次とか、態度などを見ていると、父のほうが身分が上なのだと思う。

 その子である勝千代へも、岡部は一貫して立ち位置を崩さず、常に下座に座るし、先に頭を下げる。

 かといって、天と地ほども身分に開きがあるわけではなく、父はとても丁寧に岡部に対応する。つまりその子である勝千代も、不用意な態度を取るべきではない、ということだ。


「ずいぶんと顔色が良いように見えますな」

「ありがとうございます。順調に良くなっています」

 愛想笑いは完璧だった

 岡部は何ら疑う様子はなく、目じりに深い皺を刻みながら満足そうに頷く。

「油断はなりませんぞ、まだまだ冬は長い。ぶり返してはいけませぬ」

「ですが、ずっと部屋に閉じこもっていては息が詰まってしまいます」

「もう少し暖かくなれば庭に出るのもいいですが……今は御覧の通り、散策に向きませんからなぁ」

 縁側の外は雪景色だ。

 いや、そんなお洒落なものではない。深く降り積もり、庭の様相などまったくわからない。

 豪雪地帯ではないので、軒先まで埋まるというようなことはないが、雪かきをしないとまともに出歩くこともできないだろう。

「さあさ、身体が冷えてはなりません。部屋に戻りましょう」

「すいません、もう少しだけ」

 手を差し出されたが、にこりと笑ってごまかした。

 厚意を受け取るとかそういう問題ではなく、この男に手を掴まれることに抵抗を感じたからだ。

「……外の空気を吸っていたいのです」

「ほどほどになされよ。お身体に障りますぞ」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 勝千代がここまで気を張っているのには理由がある。

 あの雪山で、勝千代たちを追い回した連中……最後に父の軍勢と対峙したのは、この男なのだ。

 あれだけ追いかけまわし、勝千代は死にかけたというのに、当の本人はけろりとしたもの。逃げる段蔵らを、盗賊団の一味だと思っていた、というのだ。


 父は疑う様子もなく納得していたが、本当にそうなのか?

 御台さまの下賜品を強奪しようとした盗賊は、一網打尽にしたそうだ。

 ……いいや、これはそんな単純な話ではない。

 長い時間追いまわされ、問答無用に切り付けられ、矢を射られた。

 蓑越しに浴びた鮮血の臭いを、今でもはっきりと覚えている。

確実に、勝千代を狙った襲撃だった。


 段蔵や弥太郎は本当に無事なのだろうか。

 勝千代にその真偽を確かめる手段はない。

 しかしこのまま敵が何もしてこないとは思えず、勝千代も黙って待つつもりもなかった。



「岡部殿、あれは支城ですか?」

 真っ白な景色の中に埋もれるように、黒い建造物が見えた。

 それはちょうど向かい側にある山の麓、川の際に建っている。

 岡部は勝千代が指さす方向を見て、「いや」とかぶりを振った。

「物見櫓ですよ。今の季節は吹雪く日も多いので、兵は常駐していませんが」


 ……へぇ、と内心呟く。

 この城を取り囲むように、見えているだけでも三つの櫓がある。

 物見櫓と言えば、敵の襲撃を早期に発見する為だけではなく、迅速な情報伝達を目的として建てられたと聞いたことがある。

 しかしそれにしては、城との距離があまりにも近いし、櫓の数も多すぎる。 

 頻繁に吹雪で視界が利かなくなるため、あんなところに建てたのだろうか。

 それとも何か別の目的が?


 興味深く見ていると、ふと、櫓の上の方で何かがきらめくのを見た。

 冬の晴れ間に覗いた太陽が、何かに反射されたようだ。

 今の時代、あんな風に光を弾くものは多くない。


 岡部は無人だと言った。いや、正確には兵が常駐していない、だったが。

 しかし今確実にあそこには誰かがいて、意図的にかそうでないかはわからないが、こちらにその存在を知らしめている。


「風が冷たいですね。そろそろ部屋に戻ります」

「……そうですな、それがよろしいでしょう」

 勝千代は丁寧に頭を下げてから、立ち上がった。

 岡部の反応を見るに、光の反射には気づかなかったようだ。

 いや、気づいていないふりをしている可能性もないではない。

 同様に勝千代も、何も見なかったふりをした。

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