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冬嵐記  作者: 槐
第六章

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28-6

 長らく憂鬱さは拭えなかったが、居並ぶ軍勢を見ればつられて気分は上がった。

 父の時のように当事者でない分、純粋な興味で見ていられる。

 これから戦地へ向かうのだろう部隊を前に薄情な気もするが、この時代特有の武装や、荷物をてんこ盛りにした小荷駄隊の一軍に好奇心がそそられた。

 かなりキラキラした目で見ていたらしい、これまで勝千代のことを遠巻きにしていた掛川城の大人たちが、なんだかほほえまし気にしている。


「まずは曳馬まで行き、そこから三河へ向かいます」

 幾らかちょび髭がしっかりしてきた棚田が、部隊に不備はないかと目を配りながら話しかけてくる。

「勝千代殿のおかげで、最大限兵を送り込むことができます」

「礼を言うなら御屋形様に」

 出払う兵の代わりに掛川を守るのは、興津率いる今川軍だ。

 福島軍ではないのがポイント。やはり他家なので、これ以上のもめごとになるのは避けたい。

「いえ。勝千代殿がいらしてくれねば、後詰の兵を送ることはできませんでした」

 棚田のその台詞に、あえて返答はしなかった。

 大まかに身中の虫の排除はできたが、まだ大本が残っている。

 棚田が地下牢へ閉じ込めた御正室とその兄弟、本願寺派の僧侶たちは依然やかましく騒ぎ立てながら、牢番たちの耳を傷めつけているらしい。

 寒月様の書簡が彼女たちを大人しくさせることはなかった。

 状況への不服、不満、怒りは尽きず、己らこそが不条理な目にあっているのだと言ってはばからない。

 結局のところこういう人間は、上手くいっている間もそうでなくなっても、自身の思う現実しか認めないのだ。いったん道筋から外れてしまった時にどうするか、その結末への想像力が欠けている。

 寒月様の夜討ちなど、露見したら自身の命で贖っても足りない。

 そこへの怖れまで、まだ行きついていないのかもしれない。


「幸いにも今の時期は雨が少ないので、足もそれほど取られず予定通りに到達できるでしょう」

「後詰には兵を送るだけではないのだな」

「はい。何より兵糧です」

 東西三河の衝突は、長引きそうとのことだった。

 いまだ今川の本隊を送り込むことはせず、表立っては東三河との連携という形で共闘体制を取っている。

 砦を作ったのも、実際はどうなのかは定かではないが、彼らからの要請があったからだとされている。

 まだしばらくはにらみ合いを続け、程よく西の勢力を疲弊させてから、一気に叩くのが大筋の作戦だったのだろう。

 相手も、潤沢な補給が可能な今川を相手に、長く耐えきるのは難しいと考えたのかもしれない。

 三河方面を担当していた朝比奈殿が現場から離れたのを好機と、大攻勢をかけてきたのだ。

 今のところは、砦を落とすことなく食い止めているそうだが、うかうかと御正室の失態に足止めを食らっている場合ではない。


 そもそも、今川は何故三河に攻め込んだのだろう。

 平和な時代を生きていた身としては、他国に戦争を仕掛けること自体に忌避感がある。

 別にあちらから攻め込んできたわけでも、不条理な何かを付きつけられたわけでもないだろうに。

 かつてプレイしたことがあるシミュレーションゲームでは、ただ隣国だからという理由で敵国に攻め込み、攻め込まれるのを防ぐために国を奪うのが定石だった。

 いずれ三河を何者かが平定し、それが今川の敵になっては困るということだろうか。

 それともただ、隣国を攻め込む好機だと御屋形様が判断されたのだろうか。

 後世を知る者の視点では、これから五十年以上戦乱の世は続く。

 可能であれば隣国を攻め大きくなる、というのは当たり前の感覚なのかもしれない。

 ただ、それが勝千代には理解しがたい事だというだけだ。


「あれが指揮をとる飯尾です。曳馬城主の次男です」

 棚田が指さしたのは、先だって、勝千代の顔を見て壁に背中を張り付けていた若い男だった。

 目が合う度にびくびくされるので、特に強く印象に残っている。

 今もまた、勝千代に気づいてあからさまに顔を引きつらせていたが、気づかぬふりをしてやることにした。

「曳馬まで何日を予定しているのだ?」

「小荷駄が主ですので、五日ほどでしょうか」

「砦まではさらに掛かるのだろう。それほど日をかけて大丈夫なのか?」

 想像以上に掛かるな。危ういと知らせが届いた段階で、もはや手遅れなのではないか?

「落ちるようなら撤退の知らせが先に届いておりますよ」

 この時代、情報の伝達にかなりの時間がかかるので、ある程度の裁量は前線の指揮官が持っているようだ。

「もとより、押したり引いたりが戦です。要所を抑えられぬよう、それより前線に砦を築きます」

 なるほど、要所まで撤退したわけでもない限り、まだ余裕があるということだな。

 

 現場はこれ以上ないほど血なまぐさい、戦争というのはこういうものだというほどの乱戦なのだろうが、それはいつの時代でも同じだ。

 この時代はむしろ、兵を動かすにもかなりの時間がかかるという事情から、考え抜かれた詰将棋に似た知略戦側面も必要なのかもしれない。

 ふと、どの砦にどれだけの兵が配備されているのか聞きたくなった。

 もちろん、口にはしない。お子様が興味半分に聞いていいものではないからだ。

 ただ、気になったのだ。

 本来後詰の役割を担っていたはずの曳馬城が、何ゆえにその役割を十全に果たせなかったのかと。

 敵味方の兵力の把握ができていれば、総攻撃された場合に必要な兵力も兵糧もあらかじめ予測はできた筈なのだ。

 それが何故……


 ちらりともう一度、飯尾という曳馬城主の次男坊に目を向ける。

 彼は既にこちらは見ておらず、配下の者たちへ激を飛ばしていた。

 勝千代は、棚田の懇切丁寧な解説にいちいち頷きながら、頭に過った疑いを振り払った。

 これ以上の深入りは余計なお世話だろう。

 おかしな四歳児に口をはさまれるよりは、自力で判断してもらいたい。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
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― 新着の感想 ―
[気になる点] 飯尾…ペッコリ45度w
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