28-2
前話、28-1に加筆しています。
キンキラの袈裟がなければ、少し派手な坊主。法衣ですら脱いだらただの大福だった。
当初対面した時とのあまりの格差に、一瞬目の前にいるのが誰だかわからなかった。
丸くて大きな方が大僧正の鏡如、一回り小柄な方が中僧正の栄興というらしい。
二人ともいわゆる下着である白い一重の着物姿で、実に寒そうに震えている。
「よいお姿だ」
もちろん、打ちひしがれた二人にそんなひどい台詞を吐いたのは勝千代ではない。
例の客間で夜を越した翌朝、勝千代を訪ねてきたのは駿府にいるはずの興如だった。
昨日の印象通り、彼らの仲はかなり険悪らしい。
拘束して牢に入れていると告げたとき、にやりと意地悪そうに笑ったのはちゃんと見ていたからな!
興如はわざとらしいほど殊勝な表情で、深々と頭を下げて見せた。
「このような事になってしまい、誠に申し訳ございません」
勝千代は、そのつるりときれいに剃り上げられた頭皮を見下ろして、ここは怒るべきか、皮肉を言うべきか、苦笑するべきか迷った。
やはりこの人は食わせ者だ。
勝千代に謝罪をするふりをして、これは鏡如の独断であり、本願寺派とは無関係なのだと言外に主張している。
だが、そんなに簡単に収めてはやらないよ。
弱みを握っているのはこちらの方だ。
「本願寺と揉めたいわけではありません」
「はい、それはもう」
「だがこう度々問題が起こると……」
勝千代は軽く身震いした。
わざとではない。この場所はひどく寒くて、足元から凍り付きそうなほどなのだ。
「ここは寒うございます。日が差すところまで戻りましょう」
「興如!」
牢の中の大福……もとい、鏡如がやおら大声で叫んだ。
「何をしておる! わしを救いに来たのではないのかっ!!」
地下牢は石造りなので、声がものすごく反響する。
甲高い悲鳴のようなその絶叫は、うわんうわんと絶妙に長く反響し、勝千代だけではなく周囲の大人たちも皆顔を顰めていた。
「罪人は大人しく沙汰を待つのだな」
興如は青ざめた同輩への配慮も遠慮もなく、冷淡にそう切り捨てた。
「前々からそのほうの好き放題には呆れていた。宗主様に破門の具申をしておこう」
「そ、そんな……」
「俗世から離れた身で、未練たらしく武家の事情に口を挟むとは……恥を知れ!」
身内の人身売買の件も収めきれないヤツがよく言うよ。
だが今回の一件はそれだけではないのだ。
一番大きな問題は、寒月様襲撃にかかわっているかどうかだ。
もしはっきりとした証拠が取れれば、事は鏡如ひとりの引責では済まされない。
もともと寒月様は本願寺への隔意があるようだった。
東雲など、嫌悪感を露わにしていた。
公家と彼らとの間には、何らかのトラブルがあるのかもしれない。
「参りましょう。ここは空気が悪い」
興如は退出を促すように勝千代に手を伸ばした。
はた目には、僧侶が幼い童子へのいたわりを見せるような仕草だ。
だが、状況を知っている谷がそれを許さず、勝千代の面前に掌をかざした。
近づくのを止められた興如は、それ以上無理強いをしようとはせず、不快感を見せることもなく苦笑した。
「はよう外に出ましょう。話しておかねばならぬこともございましてな」
「例の一件でしたら、叔父上に……」
「いえいえ、別のことです」
この上まだ何かあるのか?
胡乱な目をして興如を見上げると、つるりと頭を撫でながら皺の多い顔を緩めた。
「宗主から若君へ、ちょっとした贈り物がございまして」
「……贈り物?」
「詫びですよ。受け取って頂けるとお悦びになられます」
高価なものなら貰えない。行方が分からなくなってしまった領民たちを探す手助けの方がよっぽどうれしい。
突き返すのも角が立つが、受け取るのもまた問題だ。
どうしたものかと思っていると、興如はニコニコと邪気のない笑みを浮かべた。
「一度ご覧になってください」
高価すぎるものなら断ろう、そう心に決めて、並んで地下牢から出る。
背後からの絶叫は耳を塞ぎたいほどだったが、興如は切り捨てたように振り返りもしなかったし、勝千代も同様だった。
部屋に戻る途中、方々からの視線を浴びた。
ほとんどが不安そうな、懐疑心に満ちたものだ。
とてもではないが、四歳児に向けられるようなものではなく、中には怯えたようなものまであった。
心外だ。
どちらかというと温和な気質だという自負がある。
配下の者に怒鳴りつけたこともないぐらいだぞ。多少の失敗なら見逃してやれる度量もあるつもりでいる。
それなのに、怖がられている? ……何故だ。
御正室がさんざん「鬼子」と呼んでくれた弊害か。
風評被害だ、子供の人権侵害だ。
そんな事をぶつぶつ考えながら本丸に続く石階段を上っていると、真正面から棚田の補佐をしている男が降りてきた。
男は勝千代を見るなりぎょっとしたように顔をこわばらせ、ぴったりと壁に背中をつけて道をあける。
「……」
何も言うなよ、興如。
ちらりとこちらを振り返った僧侶から、速攻で目を背ける。
掛川城は今とても特殊な環境なのだ。
皆が神経質になっている。
そう、神経質! だからピリピリしているし、ちょっとしたことでも過敏に反応してしまうのだ。




