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冬嵐記  作者: 槐
第六章

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161/308

27-4

「おお! なんと可愛らしい童子わらしや!」

 ずかずかと部屋に上がり込んできたキンキラの僧侶が、わざとらしく大きく手を広げ満面の笑みを浮かべた。

 にこやかで、ふくふくしい笑顔。

 好々爺というよりも、ゆるキャラを連想する、まんじゅうのように真ん丸の顔だ。

 この時代、食べる物に困らなさそうな立場にあっても、痩せている者が多い。

 それなのに、本願寺派の僧侶はかなりの高確率で丸い気がするのは気のせいだろうか。

 ふくふくしい僧侶たちと、中年になるとどうしても出てくる下腹の現実について考えていると、部屋の中央で強烈な存在感を放つ二人の僧侶が、見るからに大仰な、芝居じみた態度で顔をみあわせた。

「鏡如さま、あまり驚かせてしまっては泣かせてしまうかもしれませぬ」

「おおそうじゃ。拙僧が抱っこして差し上げましょう」

 これはアレだな。

 わざとこちらを怒らせようとしている。

 更に近づいてくる僧侶たちを冷静に見ているのは、弥太郎と寡黙な木原だけで、残りの者たちは警戒と怒りとで首筋の毛を逆立てた状態だ。


「……ふ」

 勝千代は、手でもてあそんでいた扇子を口元に当て、含み笑った。

 彼らがこのような状況で、勝千代の元へやってきた理由など考えるまでもない。

 いくら供の者を連れていようとも、これだけの数の武士に囲まれてはなすすべがない。身を守るために、福島家の傘の下に入ろうというのだろう。 

 わざとこちらを怒らせてその失態を咎め、寛容にそれを許すという態で上位に立つ。……そんなところだろうか。

 確かに寒月様の言うように、口がうまいと言ってもいいのかもしれない。

 だがそれが透けて見えるようではたいしたことはない。


 勝千代はちらりと逢坂老の方を見て、彼が怒りを押し殺したのを確認してから口を開いた。

「逢坂。城中が騒がしゅうて頭が痛い。少し横になりたい」

 稚い子供の口調でそう言って、こてりと首を傾ける。

 微妙な沈黙が漂った。

 なんだよ。みんな馬鹿みたいに驚いた顔をするんじゃないよ。

 ちょっとあざとくお子様のふりをしているだけじゃないか。

「おお、それはなりませぬ! はよう寝間の支度を」

「はい」

 即座に我に返り小芝居に乗った逢坂老と、かろうじて驚愕を飲み込み能面のような無表情になっている三浦。

 残りの側付きたちも、僧侶たちへの敵意をわきに置いてバタバタと動き始める。

「御坊方……大変申し訳ないのだが、若君は御気分が優れぬご様子、日を改めていただけぬでしょうか」

「……っ」

 勝千代は、噴き出しかけた口元を扇子で隠し、わざとらしく下を向いた。

 日を改めるなど、緊急避難を望む彼らにとっては問題外だろう。

 さて、どう出る?


「それはいかぬ! どれ、拙僧が診て進ぜよう」

 幼い勝千代を頂く武家たちを与しやすいと見ているのか、僧侶たちは、誰が見てもわかるだろうわざとらしさで距離を詰めてこようとした。

 さすがに側付きたちの苛立ちも限界か……と口を挟むタイミングを計っていると、逢坂老がいかにも申し訳ないという風に身を乗り出した。

「失礼だが、御坊はお医師様であらせられるか?」

 その、白いものが混じった眉を垂らした表情は傑作だ。

 さすがの僧侶たちも恵比須顔を引きつらせ、たじたじになった。

「……いや」

「若君には専属の医師が常についております故に……お気遣いかたじけのうござる」

 いかつい武士たちに交じって控えていた、見るからに優男風の弥太郎が丁寧に頭を下げる。


「御坊」

 たわいないな……と思いながら、勝千代は意図的に弱々しく口を開いた。

「駿府では興如さまに囲碁のお相手をしていただきました」

 おや、「興如」という名前に反応したぞ。

 しかもあまり良い表情ではない。

「少し休んだ後に、ご一緒に遊んでいただけますか?」

 すでにもう本願寺への内偵はかなりのところまで進んでいるが、人身売買や犯罪の類へのかかわりあいと並行して、坊主どもの派閥について調べるのも悪くないかもしれない。


 神や仏に仕える司祭や僧侶たちとて、普通の人間と何ら変わりはない。

 無条件に万人を愛するわけではなく、気質の合わない相手と揉めることもあるだろう。

 多く集まれば派閥が生まれ、些細な違いが諍いを呼ぶ。

 その世界は、俗世となんら違いはない……いやむしろより強い競争社会のような気さえする。

 つまり、つつきどころがはっきり分かれば、内部抗争に持って行けるという事だ。


 そういった、信仰心の欠如にも見える勝千代の考え方は、この時代の価値観とは相いれぬものなのかもしれない。

 だがしかし、勝千代にとて言い分はある。

 清貧を貫き、人々のために身を挺して尽くせる真の聖職者がいるのであれば、その方には真摯に向き合い礼を尽くす価値があるが、金儲けや出世レースにまい進するような者は、俗世にいる輩と何ら変わりない……と。


 はっきり言ってしまえば、視界の暴力のような僧侶二人にはできるだけ遠いところに居てほしいし、二度と会いたくはないとさえ思っていた。

 故にさっさと追い払う事ばかり考えていたのだが、そういえば寒月様が、この者たちを気にしていたことを思い出した。

 話してみればわかる。公家に手を上げるような大それた真似はしそうにない、むしろ権威におもねるタイプの人間に見える。

 違うだろうな、と思いながらも、念のために釣竿の糸を垂らしてみることにした。


「実は昨日の夜、とても恐ろしい目に遭ったのです」

 注意深く僧侶たちの表情を観察しながら、さも心細がっていると見えるように顔を伏せる。

「とある公家のお方の御屋敷に滞在していたのですが、そこで夜盗に襲われて……」

「おお、それは災難でしたな」

 追い払われず会話が続いた事に、すぐに食いついてきた。

 この者たちが関わっているのなら、当然不首尾に終わったと報告を受けているはずだ。

「関わり合いのない我らも危うくなりましたので、慌てて掛川城まで引いてきたのです」

「なんと! お怪我はございませなんだか?」

「我らよりも、残されたあの方がご無事か気がかりで……」

 わざとこめかみを押さえ、ふらりと脇息に身を預ける。

「……頭が」

「これはいかぬ。おそらくは気鬱じゃろう。これそこな医師、はよう若君の脈を」

 気鬱で脈を計る必要があるわけなかろうと、内心突っ込みを入れながら、すっとそばまで来た弥太郎に手首を取られ、再び込み上げてきた笑いを飲み込んだ。

「しばし横になられた方が」

 弥太郎の目が呆れたように瞬いたが、彼もまた、こともなげに話の流れに乗ってくる。

 そうそう、その調子でもっと坊主どもから話を聞き出さないと……


「若!」

 次に何を言おうかと思案していると、不意に、逢坂老が鋭い眼光で立ち上がった。

 同時に側付きたちも刀を手に身構え、部屋の前で警護をしていた者たちもまた緊張した様子で腰を低くしている。

 ああ、来ちゃったか。

 勝千代はそっと扇子の陰で嘆息した。

 出来ればもう少し時間が欲しかった。

 だがしかし、これこそが勝千代が掛川城まで来た意味であり、主目的だ。

「……御坊方は後ろへ」

 純粋に、部屋の真ん中に居られては邪魔だからそう言っただけだが、二人の僧侶はパッと表情を明るくして、転がるようにして勝千代の方へ近づいてくる。


 ざわざわと喧噪に似た人の気配が伝わってくる。

 荒い足音が複数、悲鳴のような、ヒステリックな女性の声。

「お待ちを!」

 ちょび髭城代、棚田の声だ。

「ええい無礼者! 麿に触れるな!」

 麿という事は公家? 御正室の兄弟だろうか。


「朝比奈家の御分家たちはいつ頃着くだろう」

「早くとも明後日の夜になってからかと」

 逢坂老の基準は、早駆けでの速度だ。

「まだまだ先だな」

 それはそうだ。棚田がすぐに手紙を書いたとしても、たった数時間しか経っていない。

 今のこの場に間に合うわけがない。

 勝千代は深く溜息をつき、こめかみに当てていた手で額を覆った。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
[一言] やっと最新話に追いつきました。ほかのなろう系と違った点を深く描かれていて本当に楽しいです。
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