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この件に介入するに先立って、あらかじめ、朝比奈の所領などには興味も関心もないと明言しておいた。
用が済めば立ち去るし、深いところまで口出しをする気もないと。
実際のところ、朝比奈家は遠江三河の抑えのために必要な一門で、そこが崩れてしまえば今川にとっても大きな痛手なのだ。
「夜討ちに関わった者のすべてを、きれいさっぱり片付けてしまうのが最も簡単で効率的だ」
「……きれい、さっぱり」
福島の兵たちが雑兵たちの武装を取り上げ、拘束していく。
ロープなどはないので、各自の着ている物を破いて後ろ手に縛り上げる。
棚田はその様子をじっと見ながら、決意を込めた表情で頷いた。
「わかりました。責任をもって処分いたします」
「いや、朝比奈殿の裁可を待つ必要はある。急ぎはするが、力で解決するのも良くない」
もはや抵抗する気概もない雑兵を動けなくするなど簡単で、相手が百人以上とはいえそれほどの時間はかからず完了した。
そうこうしているうちに、城の方からさらに追加で槍を持った兵士たちが駆けつけてきた。幸いにも敵方ではなく、棚田の指示に従って転がっている雑兵たちを連行していく。
貴重な情報を持っていそうな赤ら顔の男の身柄は、こちらで管理したほうがいいだろう。
今は棚田の指示どおりに動いているが、目の前のこの兵たちの中にも、敵につながっている者はいるかもしれないからだ。
「もっとも気をつけるのは、従順な味方に見える敵だ」
連行されていく男たちの後を、少し離れた位置から追いながら、勝千代は騎馬を並べて歩く棚田に目を向けた。
「……寒月様が駿府の御屋形様に抗議の手紙を出すと仰られていたのを覚えているか?」
もはや深刻を通り越して、死地に赴く決意を固めたような棚田の表情は、ひどく危ういもののように見えた。
「結局その書簡は、途中で握りつぶされ御屋形様の元へは届いていない」
「……なんと」
「用心しろ、どこに敵が潜んでいるかわからない」
勝千代はどこか切羽詰まった表情の棚田から、この男から目を離さないようにしようと決めた。
城代である彼に、こちらが対処しきれないような暴挙に出られると困るのだ。
「朝比奈殿のご親族で、信頼できる方はいらっしゃらないのか?」
「皆さま三河方面に出ておられます」
つまりは、前線での戦線維持のために出兵しているということだろう。
岡部殿のように出城や砦を任されているのかもしれない。
「報告・連絡・相談は欠かすべきではない。朝比奈殿だけではなく、ご親族にも緊急の知らせをして、可能なようなら御集り頂くのが良いかと思う」
果たして、頼りになる親族がたどり着くまで持つだろうか。
寒月様の屋敷を襲うという思い切った手を取った連中が、その先の事を考えていないはずはないのだ。
すでに失敗は伝わっているだろう。
焦って動き始めている可能性もある。
最も有効的なのは再度の襲撃だが、今のところ朝比奈の軍に動きは見られない。
おそらくは大きく兵を動かすような権限は持ち合わせていないのだろう。
次点だとその汚点を何者かに負わせて言い逃れをする、あるいは……
ちらりと棚田の顔を横目で見る。
勝千代と同じ考えに至ったのかもしれない、その表情は時を追うごとに切羽詰まったものになっていく。
城代である棚田及び反対しそうな勢力を排除し、掛川城を掌握しようとする可能性が高かった。
そうすれば残存の兵を動かし、今度こそ寒月様を消し去ることができるからだ。
「御手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
掛川城が間近に迫ってきて、逢坂老らが改めて気を引き締めた気配が伝わってきたころ、しばらく無言でいた棚田が、やおら低い声でそう謝罪した。
「これから少々騒がしい事になりますが、御聞き流し頂ければ」
「手がいるなら貸すが」
「いえ。朝比奈の問題でございます」
そうそう、できるだけ彼ら自身の手で片を付けるのが望ましい。
他家の勝千代が口を挟むのは、どう考えてもトラブルの元だ。
「客間にご案内いたします。しばらくそちらでお寛ぎください」
「わかった」
冬とはいえ、一か月前よりは日が長い。
太陽はまだ高い位置にあり、時刻的には夕方だろうと思うが、日没までには時間がある。
夜になれば、後ろ暗いところのある者たちが動き始めるだろう。それまでに、連中が身動きできない状況を作る必要があった。
棚田にそれが可能だろうか。
少々気がかりなほど、追い詰められた表情をしていた。
朝比奈殿の判断が下るまでは強硬な手は取るべきではないと言っておいたが、どこまでその言葉が通じたかわからない。
手は出さないと約束したが、あまりにも行き過ぎるようなら介入したほうがいいだろうか。
遠くで喧噪が聞こえてくる。
悲鳴のようなものも聞こえる。
城内の動きは逐一、弥太郎配下の者たちにより伝えられている。
今は、あの脇差の持ち主である安西の一族と対面し、言い訳も抗議も聞かず、その身柄を拘束しているのだそうだ。
勝千代は湯呑みに残った白湯をチビチビとすすりながら、必死の形相をしていた棚田の事を考えていた。
ある程度まではやってくれると思うのだ。
ただし、軟禁状態になっているはずの御正室が出てくると、難しいかもしれない。
彼女と対峙する前に、朝比奈家の不穏分子のあぶり出しと、その手足になっている野心家たちを動けなくする必要があった。
がんばれちょび髭。
負けるなちょび髭。
朝比奈殿の留守を預かるという彼の使命が達成されるよう、心からのエールを送っておく。
勝千代が内心で三々七拍子を唱えている間、同様に白湯をすすっていた逢坂老がふと顔を上げ、耳を澄ませるような仕草をした。
勝千代も同様に耳をそばだててみるが、聞こえるのは先ほどと同様の喧噪と悲鳴だ。
なんだろうと老の顔に目を向けると、数秒もたたず、側付きたちも傍らの刀に手を伸ばし警戒の表情になった。
「若」
逢坂老が湯呑みを置き、軽く膝を立て刀を握った。
「客人のようです」
客? こんな時に?
そういぶかしむ間もなく、視界にきらりと黄金色のきらめきが過る。
それはちょうど西日が差す方向で、思わず目を閉じたくなる煌びやかさだった。
ああ、そうだった。
瞬き多めに目をしばたかせつつ、うんざりした気分を飲み込む。
ミラーボール……いや、本願寺派の高僧もまた、この掛川城に滞在していたのだ。




