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足元からまっすぐに伸びた道があるとする。
前の世ではずっとその道の上を歩いてきて、何の不満もなかったし、疑問もなかった。
脇道にも目をくれず、愚直に、一直線に歩いてきたという自覚はある。
もっと自由に生きろと言われたこともある。
面白みのない生き方だと笑われたこともある。
大人になってからは、学生の頃に少しは遊んでおけばよかったと後悔したものだが、それでも、今思うとものすごく恵まれた人生だった。
飢える事のない、暴力にさらされることのない平穏無事な日々。
両親にも友人にも生涯の伴侶にも恵まれ、教職という誇れる仕事もあった。
当時は、何の憂いもないその暮らしが、いかに貴重なものなのか、頭ではわかっていても、本心から理解はしていなかった。
掛川城へ続く登り道をじっと見つめて、どうすれば最短距離でその道を突き進めるかと思案する。
かつてのような、誰かが決めてくれた道ではない。
邪魔は甘い誘いなどではなく、油断すれば命すら奪いに来るだろう。
だが、脇道で足を止める気はない。
今度は万難を排して、まっすぐにこの道を突き進む。
「どうされますか?」
同乗している逢坂老が若干弾んだ口調で尋ねてきた。
やる気満々。すぐにも突撃できますと言いたげなその声色に、「そうだなぁ」と首を傾ける。
「攻撃されるまでは手を出すな」
かつて朝比奈殿に付き従っていたのは、まるで画一規格のようによく訓練された武士たちだった。
しかし、城へと続く道沿いで出迎えてくれたのは、それとは明らかに見劣りする、そのあたりにいる農民と大差ないような武士たちだ。
数的にはかなり多く、百以上はいるのではないか。
しかし、三十騎ほどの集団を前に、見るからに腰が引けた様子で、槍を構えてはいるが攻撃を仕掛けてこようとはしない。
「なななな何者っ」
赤黒い顔の、朝比奈軍の武士というよりもごろつきと呼ぶほうが相応しい雑兵が声を張り上げた。
「こっ、ここから先は掛川城である! 朝比奈の殿さまの居城である! ああああ怪しい奴らめ、馬を降り武器を置け!」
もちろん従うつもりはないが、濁声を張り上げてそんな事を言う男の顔をまじまじと見つめてしまった。
男たちの必死の形相を見るに、明らかに、命じられての足止めだ。
問題はこれが朝比奈殿の御正室からのものか、他の誰かからのものかということだ。
御正室以外にも襲撃にかかわりがある者がいるのだとすれば、それが誰か見極めておきたい。
「……足場が良いほうがいいか? 徒歩でも構わぬか?」
敵を迎え討つなら、の問いかけに、「どちらでも」と答えるのは逢坂老だ。
「馬らを放置して奪われぬか気がかりだ」
「見知らぬ者に手綱を握らせぬよう訓練しております故、御心配には及びません」
調教が行き届いた軍馬は、見るからに高価な代物で、この時代だとおそらく立派な家が一軒建つほどの価値があるのではないか。
そう言えばやけに勝千代の頭に鼻先をこすりつけていたなと、初めて馬たちに会った時のことを思い出していると、騎馬隊の周囲をぐるりと取り囲むように、雑兵たちが距離を詰めてきた。
まだ少し城から遠いが、すでに縄張りの内側だ。
ここなら見晴らしもよく、伏兵の心配も少ないだろう。
寡兵でもっとも気をつけるのは数で押されることと、遠距離からの弓の攻撃だ。兵数が少ないと、ピンポイントで指揮官を狙われかねないのだ。
しかし見たところ周囲に高台などはなく、あったとしても城の方向で、弓兵が潜んでいる恐れもほぼない。
「……はじめろ」
勝千代の命令に、騎馬の男たちは一斉に武器を手に取った。
これまで早駆けのために馬に添わせる形で固定していた槍を、すぐ使える状態で握っただけだが、長物の槍が構えられると、この程度の兵差などものともしない強壮な雰囲気が周囲を圧倒した。
「こちらは福島家御嫡男、福島勝千代様である! 同じ今川の者が何ゆえに我らを囲み切っ先を向けるか!」
逢坂老の大音声は、前に座っている勝千代の耳を物理的に痛めつけた。
鼓膜がキーンと鳴り、奥に鈍い痛みが走る。
勝千代は両手で耳を塞ぎたい衝動をこらえ、先ほど濁声で武器を置くようにと言ってきた男が、引きつった表情で唾を飲み込むのを見た。
ああ、攻撃するように言われているのだな。
「逢坂」
男が火蓋を切る前に、わざとゆっくりと口を開く。
「朝比奈は今川から離反するつもりなのか?」
「我らに刃を向けるという事は、そのように考えてよろしいかと」
「ご当主がご不在の折に、ようも思い切ったことをするものだ」
「かかれぇぇぇぇぇっ!!」
狼狽する雑兵どもを鼓舞するべく、男がひび割れた声でそう叫ぶのと、逢坂老が勝千代の腹の前に手を回し、自身の槍を掲げるのとはほぼ同時だった。
「朝比奈家、謀反! 聞いておろう、影供ども! 疾く駿府へ伝達じゃ!!」
「お、お待ちくださいませ!!」
城の方から大急ぎで騎馬が駆け寄ってくるのは見えていた。
それはわずか三騎のみの少数で、戦力的には足しにもならないので気にせずにいたが、距離が詰まってくるにつれ、酷く焦った風の武士だということがわかった。
「どうか、どうかお留まり下さい! おのれら、誰の許しを得てこのような事をしておるのだ!!」
見覚えのあるちょび髭。
城代の、棚田五郎衛門だった。




