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冬嵐記  作者: 槐
第六章

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155/308

26-5

 感覚が麻痺しているのだろう。

 飛び散る血しぶきや断末魔の怒号を聞いても、以前ほどには嫌悪感や恐怖心はなかった。

「ここは危険です。少し後方に御下がりください」

 三浦がそう言って勝千代の前に身を乗り出す。

 小柄な男でも大人が前に立つと何も見えなくなる。

 退いてほしい。

 逢坂老らに命を掛けさせているのだ、しっかり見ておかなければならない。


 勝千代は三浦の肩越しに、寒月様の屋敷の塀から侵入してこようとしている影に気づいた。

 この身体になって、ずいぶんと視力が良くなった。侵入してこようとしているのが、黒いほっかむりをした武士だということは夜目にもよく見えていた。

 顔を隠しているのは、身元がばれたら困るという事だ。

 この襲撃が、後ろ暗いものであるという自覚があるのだ。

 勝千代がすっと腕を上げ、塀の上を指さすと、どこからともなく現れた忍びが複数名、侵入者が塀から降りる前に切りつけた。

 入ってこようとしたのは一人ではなかったが、問題なく撃退できたようだ。


「なにをしておる」

 京風のイントネーションに若干の違和感がある低音は、寒月様のものだ。

 振り返ると、真後ろに、普段よりも色の濃い狩衣をしっかりと着込んだ老齢の公家がいた。

 その手には大ぶりな弓が握られている。

「子供が見るもんやない。下がりなさい」

「寒月様こそ、お目汚し故にどうか奥でお待ちください」

 こういうのは武家の仕事だ。

 寒月様の身には指一本触れさせるわけにはいかない。


 ドン! と大きなものが倒れるような音がして、振り返ると、開け放たれた門の向こうで太い丸太のようなものが転がり落ちるのが見えた。

 あれで門をこじ開けたのだろう。

 裏門を壊して開け、壁をはしごで登り……単なる夜盗ではなく、完全に武家の城攻めを連想させる襲撃方法だ。

 だがしかしここは城ではなく市井の一屋敷である。商家よりも頑強なつくりではあるが、微々たる差だ。

 そこを五十名の武士で本格的に攻め立てれば、もし勝千代の到着があと一日遅ければ、とんでもない事態になっていた可能性が高い。

「狙いは寒月様かと思われます。ここは我らに任せ……」

「その必要はなさそうや」

 勝千代よりはるかに背の高い寒月は、三浦の頭越しに門の方向に目を向けていた。

「終わりやろう」

 いつの間にか男たちの怒声が下火になっていた。

 はっきりと聞こえてくるのは、逢坂老のものとわかる猛々しい怒声と、あとはBGMのような悲鳴とまばらになった剣戟の音だ。

 やがて、合戦さながらの勝鬨の声が上がった。


 えいえいおー

 えいえいおー


 いつか大河ドラマの中で聞いたことがあるような男たちの声が、わんわんと耳にエコーがかかったように響く。

「さすが福島の兵は強壮よな」

 ほっとすると同時に、寒月様が「今川」ではなく「福島」と言ったことに引っ掛かりを覚えた。



「よくやった」

 勝千代がそう言うと、膝をついても勝千代よりも目線が高い男たちが、そろいもそろって誇らしげな顔をした。

 戦闘でアドレナリンがでているのだろう、男たちの表情は上気していて明るい。まだまだ戦えると言いたげな、意気揚々とした顔だ。

「負傷者はすぐに手当てを。余の者は念のために屋敷の周りを見て回れ」

「はっ」

 ひときわ大きな声で返答したのは、ひとりだけとびぬけて高齢の逢坂老だ。

「敵の指揮をとっていた者は捕えたか?」

「生きてはおります」

「話を聞かねばならない。幾人かは生かしておけ」

「かしこまりました」

 今回前面に立って戦ったのは、逢坂老を筆頭にした赤い奴らと、渋沢配下の黒い奴らだ。

 寒月様配下の私兵たちも懸命に捌いてはいたが、見るからに力量差があった。

 やはり相当に戦闘に特化した、父の虎の子の配下なのだろう。

 幼少の勝千代はもちろん、その側付きたちが刀を抜く間もない、あっという間の収束だった。



 勝千代が部屋に戻ると、弥太郎は当然のようにそこにいて、湯気の立った白湯を出してきた。

 相変わらずにこやかで穏やかな、何も知らなければ人畜無害に見える優男だが、彼は段蔵配下の忍び、しかも組頭と呼ばれている男だ。

「……追ったな?」

「はい」

 襲撃が失敗に終わると判断したのだろう、決着がつく前に幾人かが逃走したと報告を受けていた。

 勝千代はその者たちを始末せず、どこに逃げ込むか見届けるよう指示していたのだ。

「ですが、見たところ雇われではないかと」

「それならば口も軽いだろう」

 状況を見て必要になれば動けばいい。

 こちらは敵の指揮官を捕えているのだから、その情報をまずは抜くべきだ。


 そんな事を考えていると、部屋の四隅にともされていた灯明が一つを残して消された。

 ただでさえ薄暗い室内が一気に闇に包まれ、部屋にいる護衛の輪郭すら定かではなくなる。

「……弥太郎?」

「はい」

「何をしている」

「お休みの御準備を」

 いや、今の状況で眠れるわけがないだろう。

「すでに丑の刻です。お熱もまだございますし、お休みになってください」

 丑の刻、ということは深夜の一時頃か?

 かつては深夜放送などを楽しみ、起きていることもあった時間だが、この時代では真夜中も真夜中、誰もが深く寝入っている頃だ。

 確かに、四歳児が起きていていい時間ではないだろう。だが……

「眠気が来ない」

「よく眠れるお薬をお出ししましょうか?」

 それって眠り薬の類だろ。

「……遠慮しておく」

 促されるまま小袖一枚になり、再び寝床にもぐりこんだ。

 眠れるはずはないと思っていたが、意外とすぐに意識は落ちた。

 疲れていたのだろう。

 あるいは、弥太郎がこっそり白湯に何かを仕込んだのかもしれないが……そこは考えないことにする。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
どうしても4歳児が争いの真っ只中に行くことに迷惑だなって思ってしまう( ; ; ) 中身おっさんだから仕方ないかもだけど味方に余計な気を揉ませるな〜って余計な雑念が入ってしまう
[一言] 主人に薬を盛るな弥太郎! …よう考えたら、主治医が忍びで毒にも精通してるって怖いですね。だから本来は信頼のおける者にしか任せなかったわけで、主人公は忍びを重用してる分彼らの感動や入れ込みはい…
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