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最後の方にR15で大丈夫か不安なスプラッタ事案発生。ご注意ください。
「おお! 良いところに参った! その者たちを無礼打ちにせよ」
桂殿の涙交じりの命令に、エノキ男は首を傾げ、男前は無表情にスルーした。
渋沢がぐるりと周囲を見回し、抜き身の切っ先をさらしている者どもを一瞥すると、男たちは特に睨まれたわけでもないのにびくりと怯む。
「いま刀を抜いている者、すぐに手にしているものをその場に置き後方に下がれ」
「何を言う! そんな事よりそこの無法者を捕えよ! 千代丸殿が怪我をさせられたのだぞ!」
渋沢の低い声は単調で、怒りも威圧も込められてはいなかった。
それに異を唱えるのは、転がっている千代丸に縋りつく桂殿だ。
渋沢は何の感情もこもっていない、ものすごく……それはさすがに失礼では、と感じるほどの目つきで彼女を見下ろした。
「こちらは勝千代さまの居室。なぜあなた様方が?」
「そ、それは」
「ここで刀を抜くというのがどういう意味を持つのか、六年前の事を覚えておられるならお判りでしょう」
「……っ」
超絶男前の侮蔑の目。
特殊性癖の持ち主ならご褒美と思えるかもしれないが、あいにくと桂殿はそうではなかったらしい。
「千代丸殿は殿の御子ぞ!」
「覚えておられるなら、それは無意味な理由だとお判りのはず」
渋沢は至極真顔でそう反論し、自身の配下の者たちに目で指示を出した。
「福島家御嫡男への叛意と判断させていただきます」
「そ、そこにおる童は殿の御子ではない! 皆騙されておる!!」
「一の姫様の御子です」
渋沢は、まるでそれが真理であるかのようにあっさりと言った。
「しかも今川の殿の御血筋。我らが主家を率いるに何らさわりはありません」
「渋沢」
勝千代が名を呼ぶと、渋沢はまるで桂殿などどうでもいいと言いたげに顔をこちらに向けた。
幸松にしがみつかれたまま緩く手招くと、並み居る男たちの存在などまったく気にせず、その間を縫って近づいてくる。
少し離れた位置で胡坐をかいて座り、こういう状況では場違いなほど作法通りに頭を下げた。
「お怪我がなさそうでようございました」
「ほんとそうですよ」
礼儀正しい渋沢の言葉にかぶせてそう言ったのは、独特の足運びで部屋に入ってきた田所だ。
「こちらの棟にも客人が向かっていると聞き、うちの殿が慌てて人数を工面したのですが……ちょっと過剰でしたねぇ」
ちょっとじゃないよ。きれいな庭が踏み荒らされて痛むんじゃないかと心配になるほどの数だ。
ちなみに灰色っぽい武士が江坂の、黒っぽい武士が渋沢の者たちだろう。パッと見ただけでもわかるほど、圧倒的に江坂の人数の方が多い。
「兵庫介叔父らがいらっしゃったと聞いたが」
勝千代が、斑入りのつわぶきは踏むなよと念じながらそう問いかけると、田所はひょいと肩をすくめた。
ひょろながく背高な彼の動きは滑稽だ。刀も身に着けていないので、一見ただの文官なのだが、この男が見た目通りの人間ではないと既に知っている。
「呼ばれもせぬのに押し掛けて来られたので、全員武装解除して拘束させていただきました。いろいろと面白い話が聞けそうです」
さも「大漁だぞ」「ほめろ」とでも言いたげな表情だった。
そんな人を食ったような答えに、悲鳴を上げたのは桂殿だ。
「そのようなはずはない! 我が殿のご不予に代理で立てるのはあの方しか」
「……不予?」
田所ははてな? と首を傾げ、珍しい事に渋沢の口元にもうっすらと笑みが昇った。
「どこでそんな与太話を?」
「……っ」
「ああ、もしかしてそんな噂を真に受けて、福島家を差配しようと押し掛けて来られたので?」
ずいぶん煽るな。
勝千代は、顔を赤黒く染め震えている桂殿をじっと見つめた。
おそらく更に墓穴を掘らせようとしているのだろうが、やりすぎは逆効果じゃないか?
この手の人は、導火線が極短なので、思っているより簡単に爆発するぞ。
「しばらくお顔を拝見せぬ間に、ずいぶんと態度は大きく、頭は悪くなられましたな」
おい、それは単なる悪口だろう。
勝千代が内心突っ込みを入れたその瞬間。
「おのれええええええっ」
爆発した。
……千代丸が。
がっちりとした体格とはいえ、小学校低学年の子供だ。
戦に慣れた男たちの手なら簡単に押さえつけられる。
誰もがそう思っていたし、実際にその通りなのだろう。
しかし、どんな物事にも例外は存在する。部屋にいた人数が多すぎるのも良くなかった。
千代丸は大人の手をすり抜けた。
それはたった数人分で、勝千代までにはまだ距離があり、その間にも人はいた。
そこでもまた豪運を発揮できたとして、勝千代の前には刀を抜いたままの二木と、腰を浮かせた渋沢もいたから、最悪でもそこで止められていただろう。
何も、問題はなかったのだ。
危険など微塵もなかった。
「あああああああああっ!!」
勝千代はとっさに幸松の頭部を抱き寄せ、その視界を覆った。
噴き出した鮮血が、かなりの範囲まで飛び散り、特有の生臭いにおいが鼻を衝く。
勝千代自身は、瞬きもせずその状況を見ていた。
子供の小さな手首が切り飛ばされ、宙を舞う。
その手はずっと刀を握り締めたままで、落ちるときにその切っ先が畳に刺さってもなおそこにあった。
誰もが、叫び続ける千代丸ではなく、むき出しの刀を振り下ろした若い男を見ていた。
「空気読めない男」早田は、血のついた刀をひと振りして鞘に納めながら、なぜ自分が凝視されているのかわからない、という風に首を傾けた。




