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冬嵐記  作者: 槐
第五章

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136/308

24-1

 ちょっと無理をし過ぎた。

 勝千代はいいところでまた寝込んでしまった。

 喉が痛かったのを無視したせいか? いや、疲れがたまっていたのだろう。

 おかげで状況の推移は勝千代のもとに届くことはなくなり、体調の回復に努めるよう言われてしまった。……父と叔父と弥太郎に。

 もっとも厳しい目を向けてきたのが弥太郎だというのが辛い。

 何が辛いって? ……薬湯だよ!!

 なんだか日ごと苦くなっていく気がする。

 日ごとじゃないな、一口ごとだ。


「まだお顔の色が優れませんね」

 一見普通のお茶の色に見えるが、妙にとろみがある薬湯をチビチビ飲んでいると、弥太郎がこんなことを言ってくる。

 今飲んでるお手製の薬湯のせいだよ! と言ってやりたいが、笑顔でスルーされる、あるいはもっと苦いものを出されるのがわかっているので、何も答えず目の前のブツを消費することだけに尽力する。

「熱が下がってきましたので、お客様をお通ししようかと思っておりましたが……やはりお帰り頂きましょう」

「客?」

 誰だろう、と顔を上げると、弥太郎がにこりと笑った。

 この男は常に微笑みを浮かべているようなイメージがあるが、いつもよりひと際明るく、楽しそうな笑顔だった。

「勝千代さまが臥せっているときに押し掛けるなど、非礼にも程があります」

 ……そうだ、この男がテンジョン高く笑っているときは、逆に機嫌が悪いのだ。

 まさか、このために苦い薬湯を出したのか?

 勝千代が周囲を見回すと、控えていた土井と、今朝からこちらに出向扱いになっている谷が、微妙そうな顔をしていた。

「……誰?」

「お知りにならずとも全く問題のない方です」

 勝千代は半分以上残っている薬湯に視線を落とした。

 一瞬迷ってから、一気にそれを口に含みごくりと飲み込む。

 うえ、吐きそう。

 あまりに苦いと、身体が拒否するのだ。それでも戻すのだけはとギリギリこらえ、落ち着いてからもう一度問う。

「誰が来ているの?」

 早田だそうだ。

 ……確かに、会わなくてもまったく問題のない男だった。

 頑張って薬湯を飲み干した甲斐もない。

 憮然として「帰ってもらえ」と言おうとして、待てよと言葉を飲み込んだ。

 呆れるほど空気が読めない男だが、さすがにあの後こっぴどく叱られただろうから、態度は多少は殊勝になっているだろう。

 単純そうな男だし、誰も教えてくれない情報を漏らしてくれるかもしれない。

「通せ」

 迷った末にそう言うと、大人たちは信じがたいものを見る目でこちらを見てきた。


 やがてやってきた早田の顔を見た瞬間……自分でもやめておけばよかったと思った。

 何、その不貞腐れたような顔。

 主君の嫡男に向けるものじゃないよね。

「お加減が優れないところお時間を取らせて申し訳ございません」

 まったく申し訳ないとは思っていない顔だ。

 い、いや、表情が不自由で真逆にとられてしまう質なのかもしれないし。

 そうやって、なんとか好意的に見ようとしてみるが……

「たびたびお倒れになる虚弱体質だと伺いました。殿とはまったく似ておられない……申し訳ございません。ご実子ではありませんでしたな」

 ああうん。

 体調を崩しているのは事実だが、それを当て擦るのはどうなの。

 勝千代はすべてを知っているし、そもそもいい歳なのでどうという事はないが、実際にただの四歳児であれば、こういうデリケートな問題にはおおいに傷つくだろう。

「御実父によく似ておられるとお聞きしました」

 どう返答したものか、と迷いながら、早田のキリリと太い眉あたりをじっくりと観察する。

「幸松様は殿に瓜二つで……」

 あまりにも意味のない話を延々とするので、黙って聞き流していたが……何をしに来たんだこの男。

 谷ですら次第に苛立たし気に顔をしかめ、いつしか部屋の空気はとんでもなく刺々しいものになっていく。


「……で、何か用があったのではないのか」

 周囲が不穏な事になってきたのに気づきもせず、理解しがたいほど幸松の素晴らしさを羅列していた早田だが、勝千代が仕方なしに水を向けるとはっとしたように口を閉ざした。

「そうでした。志郎衛門様に渡して頂きたいものがありまして」

 ……えーっと。

「こちらになります」

 何この男の鋼メンタル。

 不穏を通り越して、殺気立ってしまった室内の有様などまったく気にも留めず、平然と勝千代を伝言役にしようとしている。

 作法だけは美しく端正な早田は、おもむろに懐に手を突っ込んだ。

 たちまち土井が刀をつかみ、彼よりも優れた使い手なのだろう谷はすでにいつでも抜刀できる体勢で勝千代の前に出ている。

 早田は、何が起こったのかわからない風にぽかんと口を開け、次いで太い眉をぎゅっと寄せた。

「……失礼では?」

 お前がな。

 二木がいたらまず間違いなくすでに刃傷沙汰になっている。

 だが早田はまったく理解していない様子で、さも己が悪いことをされたかのように不快感を露わにした。

 早田が懐から取り出したのは、薄い紙束だった。

 懐に手を入れる行為は誤解されるんだよ。知らないわけないんだけどなぁ。


 早田が持ち込んだ書類は、警戒心と敵意に満ち満ちている土井を経由して勝千代の手元に届いた。

 いや、何自慢気に胸を張っているんだよ。

 勝千代は、早田の鼻の穴が膨らんだような顔を横目に、書類に目を通す。

「……」

 そこに記されていた内容がつまらないものなら、それでこの男への評価は「価値なし」で落ち着いたのだろうが……

 それは宗田屋という商家への収支表で、言い逃れしようのない裏帳簿とでもいうべきものだった。

 宗田屋、という名前にどこか聞き覚えがある気がしたが、思い出せず。

 弥太郎がひと際ご機嫌な表情をしていることにも気づかなかった。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
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― 新着の感想 ―
[一言] この早田さんの持っているネタ。 もう面倒だからごうもn…ゲフン!O・HA・NA・SHI☆して全てある事ある事吐いて頂くのは・・・ そうするとR15でなく、R18になってしまいますか。 じ…
[一言] 早田の言動だけ見てると、上位の家の人間が下位の人間に嫌味を言ってるようにしか見えない。 ここまでくると早田本人の問題も当然あるけど、それ以上に家の教育の問題にしか思えない。 勝千代を主家の人…
[良い点] なんか、逆に早田が愛おしく思えてすらきた。
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