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冬嵐記  作者: 槐
第五章

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22-4

 特に自分の頭が良いとか、知恵が回るとか、そういう風に感じたことはない。

 それなりに山あり谷ありの人生だったが、言っちゃあなんだが周囲とは横並び、特筆することもないごく平凡な男だった。

 人間関係で特に躓いた事はないし、周囲との軋轢を感じたこともない。

 友人の数もそれなり、家族との仲も良好。

 本当に、どこにでもいる普通の、その他大勢……モブA的存在だった。

 故に、血沸き踊る……違うな、まるで任侠映画のようなこの状況に、「これはない」と笑いだしそうになってしまうのは、過度なストレスのせいなので仕方がないと思ってほしい。


 叔父が去ってしばらくして、楓が食事を運んできた。

 機嫌よく本日の朝食を済ませ、さて一回目の厠へ行こうか、と立ち上がったところで騒ぎが起こった。何事が起きたのかというと……

「……この状況でお笑いになられるとは、やはり肝の据わった御子だ」

「すいません」

 寡聞にして、僧侶が任侠界の人だとは知らなかった。

 今勝千代の眼下に転がされているのは、ほぼ素っ裸のハゲ……もとい、頭部をきれいに剃り上げた男だ。

 寒さからではない顔色の悪さでガタガタ震え、拘束されているわけでもないのに横たわった状態でその場から動かない。

 そして、そんな男を勝千代の眼前に連れてきたのは、やけに筋骨たくましいが年齢層高めの、こちらもツルリハゲ……だから違う、頭部をきれいに剃り上げた墨衣の僧侶たちだった。

 しかも気のせいでなければ、例の使者として「きんぴか」の法衣で父の前にいた人たちだ。

 きらきらしい法衣を脱いだらただの坊主……どころではなく、どう見てもガラが悪そうな「その道の人たち」だった。


「説明していただいても?」

 こぼれそうになった哄笑を喉の奥に飲み込み、軽く咳払いしてから聞いてみた。

「唐突に来られても困るのですが」

 謹慎中なんだよ。何度も言うけれども。

 立場も年齢も上の相手に掛けるにはかなり非礼な問いかけだったが、興如はまったく気にしていない様子で呵々と笑った。

「おおそれは失礼をした。御父上に話すと待たされそうで」

 顔の表情はにこやかだが、寝ころがされた男を見下ろす目は冷ややかだ。

「最近物騒なので警備を厳重にしています。御坊の身に怪我を負わせてしまうわけには参りません。できるなら正面から入ってきてくださると……」

 ああ駄目だ、また笑ってしまいそうだ。

「すまないなぁ」

 勝千代が変なツボに陥って笑いをこらえているのを、興如は目を細めて見返した。


 十人ほどの僧侶たちをぐるりと大人数で取り囲むのは、渋沢配下の警護班だ。

 今の担当は小柄な谷だったようで、苦虫をかみつぶしたような表情でこの状況を見ている。

 勝千代を困らせたかったのか、興如たちを制止しきれなかったのかわからないが、彼らをここまで通したことで後々叱責を受けるだろう。

 最近父はかなりピリピリしていて、過剰なまでに勝千代の警備を厚くしている。

 それなのに興如らをすんなり通してしまったのは、谷が思っている以上の失態だ。


「谷」

 名を呼ぶと、柴犬のような見た目の谷がびくりと肩を揺らした。

「そこの……転がっている者を捕縛して」

 おそらくはすでにもう僧籍を剥奪され、ただの人……むしろ仏敵だと言われているであろう男を、とりあえず保護することにする。

「御坊たちの御手を煩わせるわけにはいかないから」

 険しい表情の谷が近寄ろうとすると、真っ青になった男が、急に起き上がって四つん這いになった。

 そのまま逃げ出そうとしたのは真正面、つまり勝千代のいる方向だ。

 ただし彼らがいるのは庭先であり、男が向かっている方向に部屋に上がるための階段はない。

 谷が男を引き倒すのと、土井と二木(まだ居座っていた)がその身体で勝千代の視界を塞ぐのとは同時だった。

「兄上⁉」

 背後から小さく糸の声がした。彼女がそう呼ぶという事は、柴垣も連れて来られていたようだ。あまりにも存在感が薄くてまったく気づかなかった。

 実は柴垣の拉致の事は、住み込みでこの屋敷で働いている彼女の耳にはまだ入っていなかったのだ。

 ……というかお前ら、まったく前が見えないから退きなさい。


「それで、この者は?」

 まだじたばたと必死で足掻く男を見下ろして、勝千代は首を傾けた。

「妙蓮寺の住職です」

「ああ、なるほど」

 また尻尾切りか? 勝千代のそんな内心を悟ったかのように、興如はやんわりと微笑んだ。

「昨夜の件は、この者が余計な色気をだしたようで……」

 たとえそれが事実だとしても、興如が関与していないという話にはならない。

 曖昧に笑みで返した勝千代に、興如は感じ入ったように息を吐く。

「やはりこの程度では納得して頂けませぬか」

「父に拒絶されましたか?」

「……かなり手厳しく」

「敵には容赦ないと言われているそうです」

「容赦ないどころか」

 勝千代の知らないところで、本願寺の僧侶たちとかなり折衝が続いていたのだろう。

 そして父の態度は時間経過とともにますます硬化し、昨晩の一件で明確に姿勢を決めたのかもしれない。

 もちろん、興如たちにとって悪い方向で。


 父は今川家の武将だが、それ以前に、有力な一門である福島家の当主である。

 その父が敵対姿勢を示せば、いくら本願寺とはいえ無傷ではいられまい。

 人は口さがないものである。敵対の理由が、仮にも仏の教えを説く僧侶が金儲けのために人買いをしていた為だと大々的に公表されてしまえば、大幅なイメージダウンは否めない。

 ああ、いいことを思いついてしまった。

 今川家の菩提寺は曹洞宗だそうだ。そこに一報入れたら面白い事が始まるのではないか?

 信長が焼き討ちした比叡山のエピソードなどからもわかるように、この時代は僧侶の勢力がかなり強くなっていて、ざっと思いつくだけで天台宗、浄土真宗、日蓮宗? ある意味武家なみの勢力争いがあったと教科書で学んだ気がする。

 地方から出た些細な噂であっても付け入る隙だ。敵対勢力の恰好の攻撃理由にされてしまうだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 止めるのだ。戦国時代の仏教の中でも穏健派である曹洞宗に要らぬ火種を投げ込むのは止めるのだ
[良い点] 勝千代が慕われているところ。 にっこりしてしまいますね! [一言]  “人間関係で特に躓いた事はないし、周囲との軋轢を感じたこともない。友人の数もそれなり、家族との仲も良好。本当に、どこに…
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