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冬嵐記  作者: 槐
第五章

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126/308

22-3

 身支度が終わり、朝の食事を運んでくると楓が席を外したタイミングで、黒づくめの男前が挨拶に来た。 

 丁度二木も引き上げようとしたところで、相性があまり良くない二人の視線はまったく合わず、どこかでバチリと静電気が鳴る音が聞こえた気がした。

 当然のように二木は居座るし、渋沢は構わずきっちりと作法に従った仕草で朝の挨拶から始めるし。

 お互いいい大人なんだから、こんなところで喧嘩をはじめてくれるなよ。


 やはり渋沢が勝千代の警護を任せられたようで、一日の予定を尋ねられ、丁寧な口調ながらも、厠に行く時間を指定されてしまった。

 一日に四回だ。深夜は駄目だそうだ。

 大人としてはそんなものかと思わなくもないが、よくよく考えてみれば四歳児にはつらいのではないか?

 甥っ子が幼稚園児の時にはもっと頻繁にトイレに行っていた気がするし、たまに夜にはおねしょもしていた。

 小さな膀胱が耐えられずに漏らしたらどうしよう。いや腹を下す可能性も……

 厠ぐらい行きたい時に行きたい。そう言おうとして、渋沢の顔を見て黙った。

 この男にとっても仕事なのだ。

 風魔に狙われる可能性もあるのだし、素直に従っておくべきだろう。

「外に出る御用がおありの際は、お声を掛けてください」

 渋沢の背後には、似たように暗い色合いの直垂をきた二人組がいた。

 体格的にも見た目的にも対照的な二人だが、頭を下げる仕草は見事にシンクロしていて、その無表情ぶりもそっくりだった。

 ちなみに、市村と紹介を受けたほうががっちりと大柄で、谷という男の方はこの時代の成人男性としても小柄である。

「面倒を掛けるな」

 どう見てもこの仕事に不服そうな二人に、こちらも不可抗力なのだと言ってやりたかった。だが謹慎中の四歳児の警護など、精鋭なのであろう彼らには退屈極まりないのは理解できる。

 できるだけ手間を取らせないようにしよう。


「夕べは助かった。眠っていないのではないか?」

 女性が苦手で、困惑しきりの渋沢の様子が念頭にあったから、つい気楽な口調でそう問いかけていた。

「一晩ぐらいは大事ありません」

「仮眠をとる場所の提供ぐらいはするぞ。その間は誰も近寄らせないよう見張っていてやろう」

 どうせ暇だしね。

「……いえ」

 今糸の方をちらりと見たな。自意識過剰じゃないか?

 つい呆れた表情をしてしまったが、この容姿で長年苦労してきた男にとっては切実な問題なのかもしれない。

 そして案の定、糸が差し出した白湯に口をつけることなく、渋沢たちは下がっていった。

「……わたくし、なにか失礼なことをしてしまいましたか?」

 表情を曇らせた糸に、笑って手を振る。

「ああいう男だから気にしないでいいよ」

 ほら、渋沢の色男ぶりに興味を惹かれない子もいるじゃないか。

 そう思って見た糸の表情は、若干頬が赤いように見えた。

「あっ、湯呑みをお下げしますね」

 ……すまない渋沢、お前の懸念はあながち的外れではないかもしれない。

 そして南、うかうかしてはいられないぞ。



 湯呑みを乗せた盆を持ち糸が部屋を出て行った直後あたりに、今度はまた別の来客があった。

 志郎衛門叔父だ。

 皆、謹慎という言葉の意味は知っているか?

 部屋で大人しくしている。厠以外で出歩いたりもしない。

 だが、ひっきりなしに客が来る状況を、果たして謹慎と言っても良いものだろうか。

「……叔父上」

 勝千代の前で何枚かの紙を広げた叔父に、胡乱な目を向ける。

「お暇でしょう」

 叔父はそう言って、いそいそと更に数枚の紙を追加した。

「それはそうですが」

「ならば忌憚のないご意見を聞かせていただきたい」

 いや、こちとら四歳児。まだお子様!

 そう主張したいが、きれいに並べられたのが屋敷の平面図だと気づき、興味を引かれた。

 つい! ついだから!

 内心言い訳をしながら紙を見下ろす。

「どこの間取り図ですか?」

「妙蓮寺です」

 まだ攻め込むのを諦めていないのか、この人。

 ますます呆れた表情で叔父の顔を見る。


「井坂ではなく、あの男が連れ込んだ内のひとりが気になる事を言っていたのです」

「気になる事?」

「妙蓮寺のどこかにある隠し通路についてです」

 なんでも、敷地のどこかから長く暗いトンネルが掘られていて、それは駿府の街の外まで続いているのだそうだ。

 売られていく者たちがひそかに連れ出される道で、その先には貯め込んだ銭が隠された部屋もあるのだそうで……今度は財宝探しか?

「そもそも、地盤的に長い通路を掘る事は可能なのですか?」

 疑わし気に問いかけたのは、まだ居座っている二木だ。

「いったん深くまで下がり、硬い層まで下れば可能だそうだ」


「叔父上」

 勝千代はため息をついた。

「そもそもこの図面はどこから持ってきたものですか?」

「……」

 叔父は若干だが首を傾けて、しばらくしてようやく気づいたように目を大きくした。

「本願寺の方々が、私財はすでにあの寺にはないと思わせるために流した話ではないですか?」

「……そうかもしれませぬ」

「こんなものを出してくるのは、まだうちから流れた銭があの寺にあるからかもしれませんね」

 あるいは、寺に目を集中させるための撒き餌で、今から他所に隠されている銭を運び出そうとしているのかもしれない。

「この図面は真新しいですね。夕べの侵入者が書いたものですか? だとすれば、一介の牢人が寺の細かな間取りを知っているのもおかしな話です」

 

 おお、眉間の皺がみるみるうちに深くなっていくな。

 叔父はきっと、勝千代の様子を見に来てくれたのだ。

 怖い思いをしてショックを受けているのではないか。一人で思い悩んでいるのではないか……と。

 いかにも子供が興味を持ちそうな宝探しの話をして、気を紛らわそうとしてくれたのなら、めちゃくちゃいい人だ。

 残念ながらそんな殊勝さは持ち合わせていないし、むしろのんびりさせてくれという思いの方が強いが。


 勝千代は、もう一度図面に目をやった。

「熟練の大工に話を聞いたほうがいいですね。柱の位置とかから、隠し部屋を見つけてくれるかもしれませんよ」

 素人がデフォルメして書いた図面だろうから、たいして当てにはできないが。

 それから、すでに妙蓮寺へ内偵にはいっているであろう段蔵たちの意見も聞く必要がある。

 勝千代は図面の一枚を手に取り、まじまじと見下ろした。

 本堂と書かれた広めの空間に、四つの小部屋がつながっている。思い出すのは如章の寺の金ぴかの装飾だ。

 もしこの寺もあそこと同じようにきらびやかで、それが領民たちを売りはらって作った財によるものだったら……

「この図面の写しはありますか? しばらくお借りしたいのですが」

 そういう考えは、子供らしい無邪気さとは程遠いものなのだろう。

 申し訳ない叔父上。可愛げのない子で。

 だが、隠し財宝よりも、不当な手段で売られてしまった人々を取り戻したかった。

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