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冬嵐記  作者: 槐
第五章

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22-2

「お目覚めでございますか?」

 そう言ったのは可愛らしい女の子の声だった。

 まどろんでいた意識がぱっちりと目覚め、異常事態かと身構える。

「今日もいいお天気ですよ」

 ニコニコと笑ってそう言うのは……糸だ。

 勝千代は思いっきり頭にクエスチョンマークを浮かべ、少女の小ぶりな顔を見上げた。

「本日よりお側でお仕えさせていただきます、よろしくお願い申し上げます」

「……うん?」

 救いを求めて周囲を見回すと、少し離れた位置で弥太郎が火鉢に鉄瓶を置いていた。

 入口の所には土井。夜番の南の姿はすでにない。

「襖を開けましょう。風を入れ替えねば」

 彼女がパンと手を叩くと、回廊側から襖が開かれた。

 さっと明るさを増した室内に、てきぱきと動く複数の少女たち。

「ご紹介いたします。登与と楓です」

 楓、と聞いてぱっと視線がそちらを向く。

 楓は勝千代の知っている楓だった。商家に潜入していた仕事はもう終わったのだろうか。

「基本的に、御身の回りはわたくしたちが交代でお世話を致します」

 楓と、登与と呼ばれたもう一人は、入り口の敷居のあたりで膝をついて丁寧に礼をした。

 糸もまだ若いが、楓ともう一人の少女もかなり年少だ。勝千代の年齢にあわせたのか、糸が選んだのかはわからないが、これまで野郎どもばかりが集っていた部屋に少女たちがいると、室内が一気に華やぐ。

「お召し替えを致しましょう」

 糸が今日着るらしい着物を掲げ持って、にこにこと笑顔で言った。

 よくわからないが、勝千代の面倒を見てくれる人が増えたらしい。

 言われてみれば、これまでずっと弥太郎に世話をかけすぎていた。勝千代の身の回りの世話は、本来の彼の仕事ではない。

「……」

 だが、まるで人形のように小袖を剥がれ、真新しい直垂を着つけられて……正直に言ってもいいだろうか、非常に居たたまれない。

 助けを求めて弥太郎を見ても笑顔を返されるだけだし、土井はむしろ楽しそうだ。

 そりゃあね、可愛い少女たちのキラキラとした雰囲気は、ひとり身の男には目の保養だろう。

 だが、お前も実際に着物を脱がされてみろ。懇切丁寧に顔を拭かれてみろ。ちょっと待ってと言いたくなる。

 ……完全に中年男の思考回路だな。

 勝千代は黙ってされるがままになり、遠くを見た。

 そのうち慣れるだろう。うん。



 しばらくして二木がやってきた。不貞腐れたような表情だった。

 昨晩の捕り物に参加できなかったのが不満らしい。

 ぶつぶつと苦情交じりに、あの後の経過を話してくれた。

 井坂たちは牢に移された。福島屋敷の牢ではなく、志郎衛門叔父の自宅の牢だ。

 この屋敷に留め置くには、井坂の身の安全に不安があったのだと思う。

 叔父のところの者たちは、「こういう事」に慣れているらしい。「こういう事」というのは、尋問やなにやらだ。……まあ、深くは聞くまい。


「明け方、刺客が奴の口を封じに来たようです」

 そして予想した通り、尻尾を切ろうとされたようだ。

「予想されていましたので、問題なく撃退できたそうです。ますますご身辺に気を付けるようにと申し付かってまいりました」

「わたしは部屋にいるから大丈夫」

 謹慎中だからね。

「厠への道中が狙い目だと思われているんじゃないですか」

「大丈夫」

 樋箱はいやなので、食い気味に言っておく。


「集められていた男たちですが、どの男も食い詰めた下級武士、福島の禄を食んでいない者ばかりだったようです」

 部外者を屋敷の奥に入れたのか。嫡男である勝千代を襲撃したこともあわせて、かなりの罪に問われるだろう。

「井坂ひとりでできる事だと思うか?」

「そもそもあの男は勘定方です。荒事向きではありませんし、どうやって連中を集めたのかが気になりますね。……殿は興如様を疑っています」

 違うと思うが、あくまでも勝千代の直感なので、それを口にしても意味はない。


「……やはり父上が激高して始末すると考えていたのだろうな」

「これまでの殿でしたら、即座に切って捨てていた可能性が高いです」

 勝千代の中の父は、子煩悩で優しい人だ。力が有り余りすぎるからか、かえってその加減に苦慮するタイプの不器用な人に見えていた。

「敵に容赦をする人ではありませんので」

「ふぅん」

 よくわからないので、曖昧に首を傾ける。

「おそらくですが、全員使い捨て前提だったのではと思います」

「結構な数がいたけど?」

「あの程度であれば、殿おひとりでも十分でしたよ」

 だが父は寝着姿で、刀も持っていなかった。

 あんな無防備な状態であれば、手傷のひとつふたつ負っていてもおかしくはない。

「警備体制の見直しが必要だね」

 あれだけの数の部外者が、屋敷の奥まで入り込めたというだけで、どれだけ警備が杜撰かわかる。

 おそらくは警備班の一部が敵に取り込まれていた為だと思うが、そもそもそういう事態が起こらないように備えるべきなのだ。

 幸松たちのように幼い子供が狙われていたらと思うと、ヒヤリと首筋が冷える。

 いやいや、勝千代とて「幼い子供」だ。

 無傷でいられたのは、襲撃を予想して備えていたからだ。

 

「それで、何かわかったことは?」

 井坂の役割はだいたい想像がついているが、想像と実際に本人の口から聞かされる事実とは意味が違う。

 罪に問うにしても、彼が知っていることを洗いざらい吐き出させた後になるだろう。

「まだ何も喋っていないそうです」

「助けが来ると踏んでいるんだろう」

 福島家の嫡男を拉致しようとし、当主の不興を買い、そのうえでまだ誰かが救ってくれると信じている。

 父の権威をどうにかできる者がいる? 例えば?

 ……いや、強い権限を持つ必要は必ずしもない。井戸端で誰かが言っていたではないか、父は年間通してほとんどを前線で過ごす。いったんその目が他所へ向くのを待つだけで、逃れることは可能だと考えているのだろう。

「ですが、時間の問題ですよ」

 二木はそう言って、にやりと意地の悪い笑い方をした。

「殿もですが、志郎衛門様もかなりお怒りでしたから」

 爪を一枚づつはがされて、ずっと黙っていられるほど根性はないだろうとのことだ。

 ……聞かなかったことにしよう。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
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