21-3
「……若君!」
こそこそと耳元で囁かないでほしい。
男前は声まで男前だ。女性なら即落ちだろうな。
「殿は部屋で臥せっているふりをするようにと!」
「うん、ちょっと黙って」
遠いので会話の内容が聞こえないのは仕方がないが、使者がどういう人なのか興味がある。
如章のように俗物か、真摯な求道者か。
たいして期待はしていないが、話が分かる人だと良い。
「若君……うっ」
勝千代の真後ろで、二木が男前渋沢の顔面を鷲掴みにしていた。
ふたりとも暴れるなよ! 騒ぎになると見つかるじゃないか。
渋沢が伝えに来たのは、大人の話し合いをするからお子様はおとなしく部屋にこもっていろ(意訳)という事で、そんな面白そうなイベントに寄せてもらえない可哀そうな勝千代は涙を飲んで部屋に……はこもらずに、こうやってこそこそと覗きに来ていた。
ちょっとだけだから。
相手のお坊さんの顔を拝むだけだから。
心配して部屋にいるようにと知らせを寄越してくれたのに、無下にするのは気が引ける。
だがしかし、使者がどういう人かによって、今後の方針が変わってくる。
顔を見た程度で人となりが分かるわけがないが、気になるじゃないか。
「……うわぁ」
父と向かい合って座るのは、立派というか、ものすごく派手派手な集団だった。
如章の時も思ったが、第一印象が「きんきらきん」だ。
もはや法衣だの袈裟だのというよりも、コスプレ感がすごい。
もしかして、出家したらそのうちああいう装束を着る日が来るのか? ……それはちょっと、いやかなり嫌だ。
いやいや、スポットライトどころかミラーボールのような存在感を放つ、つるりハゲの集団に目を奪われていてはいけない。
色々な意味で眩しくてまともに見えないが、きっと上座にいるあの老年の恰幅が良い人が親書を運んできた使者だろう。
僧侶と呼ぶにはどうしても違和感がある、ぎらぎらな成金趣味に見える禿げ頭の男たちは、遠目にも友好的とは言えない表情をしていた。
そもそも遠方からの、かなり階位の高い僧侶を迎え入れるにしては、出迎える態度がよろしくない。
父も叔父も、敵意こそあらわにはしていないが、好意的な雰囲気ではなかった。
叔父まで脳みそが筋肉で出来ているのだろうか。
こういう時は、内心ではどう思っていようとも、にこにこ笑って歓迎するのがセオリーだろう。
「困ったねぇ」
不意に、勝千代の気持ちを代弁するかのような台詞が、少し離れた松の木陰から聞こえてきた。
ぶわっと空気が揺れた。
妙な感覚だが、そうとしか表現しようがない。
がっつり組み合って無言でじたばたと争っていた二人が、ふっと距離を取ったかと思うと、二木は片膝をついた状態で構えの姿勢をとり、渋沢は立位で半身を引いて鯉口を切った。
「何者」
問いかける渋沢。カッコいいなこいつ。
不審者にいちいち誰何するのを馬鹿にした風に鼻を鳴らし、二木はすぐにも相手に切り付けようと少しづつ距離を詰めながら隙を伺う。
「待って」
勝千代はとっさに二木の袖を引いた。
この人僧侶だよ。武器も持っていないよ。
相手のお坊さんも無害をアピールするように両腕を広げ、こちらに向かってにこりと笑った。
「申し訳ないね、怪しいものじゃないよ」
正直に言えばものすごく怪しい。
何が怪しいかと言えば、僧形なのに質素なのだ。
いま福島屋敷にきている僧侶たちは、みなそろって某舞台のサンバ集団のように正視できないほど神々しい。
対して松の木陰に身を潜めている男は、質素な墨色の法衣を身にまとい、いくらかくたびれた旅装をしていた。
「御坊はあの方々のお連れ様でしょうか」
様子を伺う理性のある渋沢に対し、すぐにも切り付けそうな二木を止めるために、勝千代が前に出ざるを得なかった。
「ご案内いたしましょうか?」
「いや、こんななりだしね」
むしろ眩しくなくて好印象だけど。
「京からおこしでしょうか」
「そうだね」
それにしては言葉に京訛りがない。
イントネーションは関東の者に近い。
「それは遠くからご苦労様でございます。父たちの話はまだ時間がかかりそうですので、ご一服いかがでしょうか」
「おお! それは助かるよ」
「若君!」
思いのほか強い口調で諫めてきたのは渋沢だ。
勝千代はちらりとその顔に目を向けて、少し思案する。
この男を放っておいたら、すぐにも父に注進しに行ってしまうだろう。連れて行かざるを得ない。必然的に、話の内容は聞かれてしまうことになるが……
「渋沢」
味方にカウントしても良いかと考える以前の問題で、この男は二木たちとは立場が違う。父の側付きでも、勝千代の側付きでもない。
詳しくは知らないが、おそらくはそれなりの麾下の者たちを抱える身分で、軍においても一目置かれる存在だろう。
嫡男とはいえ、軽々しく呼び捨てにしたり、顎で使ってもよい男ではないのだ。
「面白い話を聞かせてやろう。……内密にな」
だから、子供のお遊びだ。
楽しそうな会合に寄せてもらっていない者同士、仲良くお喋りするだけだ。
人差し指を唇の前に立て、悪戯っぽく笑ってみせると、渋沢はぽかんと口元を緩め、慌てて表情を引き締めなおした。
そんな間抜けな顔をしても、男前は男前だ。
世の中って不公平だよな。




