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父と志郎衛門叔父が並んで寺の図面を見下ろし話をしている。
父だけなら強引にでも膝の上に乗り話に混じるのだが、叔父がいてはそうもいかない。
「下がっていなさい」と言われたが、ここ勝千代の部屋だから。
二人は柴垣を救い出す相談をしていて、その方向性というか、話している内容がとにかく物騒だ。
父は速攻速撃の力業を推していて、必要であれば寺など燃やしてしまえと息巻いている。
叔父は今は条件が整わないから、こちらの身分が分からないようにしてひそかに攻めようと言っている。
つまりは、両方とも柴垣を助け出すことを焦点にして、攻撃の姿勢だ。
もう少し様子を見たいという、勝千代の意見は通るだろうか。
このままだとルートが寺で止まってしまう。
そこからどう流れていくか、特に銭の動きを見ておきたいのだが。
やはりここは、事務方の叔父に事情を説明して協力を仰ぐべきだろう。
そう思っているのに行動に移せないのは、この部屋にはまだ渋沢がいるからだ。
事が荒い方に向かいそうだと察し、何か役に立てればと残っている。
「普通に柴垣を返してほしいとお願いすればいいのではないですか?」
仕方がないので、事情がよくわかっていないふりをしながら口を挟んでみる。
「いや! 我が福島家の家臣を拉致するなど不届き至極だ」
「そうですね、早く救い出してあげましょう」
それで寺の襲撃か? 事情を聞くとか取引するとか、そういう穏便な手段はとらないのか?
叔父までも攻撃的なのには少し驚きだ。やはり兄弟だということだろうか。
「ですが、朝比奈さまのところでも僧侶と揉めましたよね。あまり対立姿勢を強くしすぎると、後々困るのではありませんか?」
相手は御仏という大きな精神的支柱の影にいる。
そういえば一概に僧侶だとか寺だとか言っているが、その妙蓮寺の宗派は何だろう。本願寺だろうと思うが、他の宗派もかかわってくるともっと厄介な事になる。
「……父上?」
勝千代の言った何かが気に障ったようだ。ピキリとこめかみに血管が浮いた。
「駄目だ」
いったい何に怒っているのかわからず、叔父に救いを求める。
しかし叔父もまた不愉快そうな表情をしていて、引き結んだ唇は一文字。眉間の皺は相変わらず深い。
「お勝は渡さぬ」
「もちろんです」
いや、今は柴垣の話をしているんだよね?
父と叔父は、容姿的にはまったく似ているところがないのだが、そうやって激怒の雰囲気を漂わせている様子はそっくりだった。
内々に勝千代を出家させてはどうかという話が出ていると知ったのは、なんとか二人を宥めて、荒事にならないように解決する方向で話をまとめた後だ。
勝千代だけではなく、今川家の嫡男龍王丸君をのぞくすべての男子を、一旦僧籍に入れようという話が進んでいるのだそうだ。
出家するという事は、俗世とのかかわりを断つという意味を持つ。
そうすれば、内訌で今川家の勢力がそがれる心配がなくなるのでは、という意見が桃源院さま、つまり御屋形様の御母上の周辺から出ている。
「別にそれでもいいけれど」
勝千代的には、武家であるより平穏無事な生き方が出来そうだと、むしろ心惹かれるものがある。
福島家には幸松がいる。あれだけ父によく似た子であれば、勝千代よりよほど立派な跡取りになってくれるはずだ。
「御冗談を」
父についていかず部屋に残った二木が、唇を何とも表現しがたい微妙な角度にひん曲げた。
「福島家への侮辱です」
侮辱? いや他の男子も皆だというなら、侮辱にはあたらないのでは。
「いったん養子にと福島家にお渡しになった勝千代様を、再び取り上げようなど」
ああなるほど。要らぬ子と投げ渡した子供を、やはり要注意人物だから引き取るわ……と、まるで犬の子でもやり取りするような態度を傲慢と感じたという事か。
そんなに深刻に考えなくてもいいのに。
桃源院さまの言い分にも一理あるのだ。
競争相手がいなければ、平和に龍王丸君への継承が成るだろう。
この時代、力がある男兄弟はその身を脅かしかねない強いライバルだ。
力を削ぐ絶好の機会だと思えば、皆が揃って賛同する方向に話を持って行くに違いない。
「とりあえず理解はした。父上たちはそれで腹を立てていたのだな」
勝千代の耳に入れまいとしたのは、この話が広まれば、福島家内でも彼の立ち位置を脅かしかねないからだ。
幸松やそのほかの父の実子を擁立したい者たちにとって、この話は渡りに船だろう。あることない事織りまぜて、おおいに話を大きくするに違いない。
本当にそれでもいいのに……と思ったが、二度目は黙っておいた。
「戸田らの動きはどうだ?」
話を逸らそうと、今一番注目するべきところについて聞いてみる。
勝千代が話を振ると、火鉢から鉄瓶を下ろした弥太郎がこちらを向いた。
「今のところはまだ。どこからかの指示待ちのような雰囲気です」
「書簡でのやり取りがあるという事か?」
「探してみましたが、さすがにありませんでした」
「だがどこかに証拠となるようなものがあるはずだ。着服した銭もな」
後の世のように、銀行口座にお金を入れておけば、おおよそ誰にも知られずにお金をためておけるというような便利なものはない。
つまり現物で銭を隠し持っているか、商人に預けるかの二択。商人に預けておくには、額などについて詳しく記したものがどこかにあるはずだった。
それについての結果はまだ出ていない。可能性としては、懐に入れた分をそのまま横流している事も考えられる。
なんにせよ、もう少ししっかり調べなければならない。
そんな事を話していると、回廊側で控えていた土井が何かに気づいたような仕草をした。
二木もまた、不機嫌そうに顔をしかめてすだれの端の方に目を向ける。
しばらくして、そこに大人の人影が写った。
「失礼いたします。渋沢です」
父のようにドタドタという足音を立てない、静かな歩き方だ。
再び戻って来た男前。忘れものでもしたのか?
呑気にそんな事を考えていたのだが、入室してくる彼の表情は、女性が苦手な風に心もとない表情をしていた時とはまったく違っていた。
……映画の番宣スチルに使えそうな表情だな。
深刻度度合マックス。陰のある険しいその表情に、多くの人間がぎゅっと心を掴まれるだろう。
「京の本願寺御宗主の親書をお持ちになり、興如と名乗られる御坊が殿と若君に面会に来られています」
なるほど。
向こう側から動きがあったか。




