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冬嵐記  作者: 槐
第五章

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20-5

 目立つ男を引き連れて歩くと、ただでさえ注目されがちな勝千代が、更に尋常ではなくひと目を引いた。

 特に女中たち。

 普段は奥ではあまり見かけないのに、ちらちら視界の端に引っかかるなと思いきや、渋沢を見に来ているのだ。

 アイドルか! と内心で突っ込みつつも、そういえばこいつの第一印象は勝千代の目にもそう見えたのだった……と、あきらめの境地に至る。

 そりゃあこれだけの美男子だ、見学に来たい気持ちはわかる。娯楽が少ない時代だしね。きっとレアキャラ的ポジションなのだろう。

 だが君たち、仕事はどうしたの。

 普段は勝千代の目につかない場所で有能に勤めてくれているのに、父より年上の熟女なお姉さま方までもがキラキラした目でこちらを覗き見ている。


「……申し訳ありません」

 下を向いて小声で謝罪する男を、ちらりと振り仰ぐ。

 こういう事には慣れているだろうに、恥ずかしそうな顔をしている。

 いいよもう。顔面偏差値の高さはこの男の責任ではない。ほら、回廊の隅からまた何人か覗き見しているよ。手を振ってあげたら?

 若干のやっかみもあって、そんな一瞥を向けたのだが、渋沢はますます申し訳なさそうな顔をする。

 なんとなく虐めている気分になってきた。

「部屋に入ればましだろう」

 勝千代のその返答にも、困ったように苦笑するだけだ。

 違うのか?

「……用もないのに白湯と菓子をもって御用伺いに来るんですよ」

 「けっ」という効果音がつくような表情でそう言うのは二木だ。

 その顔はやめた方がいいよ。ますます人相が悪く見えるから。


 ようやく部屋に落ち着いた。

 この建屋内でも最も奥まった、もっとも日当たりのいい勝千代の自室だ。

 猛者な女性たちが突撃訪問してこないように、警備をしている者たちに回廊の封鎖をお願いしておいた。

 ここまでしても駄目なら、女性たちの方に問題がある。


 出迎えたのは弥太郎だ。

 弥太郎は勝千代にはにこやかに、付き従っている渋沢には人懐こい柔和な表情を向けた。

 この男も最近、忍びでも薬師でもなく、勝千代専用の使用人のようになっている。服装は相変わらず武家のものではないが。

 勝千代が上座に座ると、渋沢は下座というよりも、入り口の敷居の側に腰を下ろした。

 二木と土井は、勝千代の斜め前の左右だ。

 また謝罪が始まりそうだったので、かるく手を振ってそれはもういいと告げる。

 それよりも、あの後どうなったか聞かせてほしい。


 渋沢の話によると、朝比奈の軍勢と向き合っていた福島軍は、このまま撤退するか陣を動かすかでおおいに揉めたそうだ。

 結局父が無事福島屋敷に戻ったという一報が伝わり、流れは撤退一択になったが、それまでは過激派が交戦の檄を盛んに上げ、様子見派も再びその意見に同調しはじめていた。

 比較的早期に問題が解決したので良かったが、あのまま父の不在が長く続くか、恐れていたように怪我でもして動けない状態になっていれば、抑えきれなかっただろうとのことだ。

「殿と長く戦に出ております古参の者は、様子を見ようという意見が多かったのですが、若手がかなり騒ぎました。抑えが利きませず申し訳ありません」

「謝罪はもうよいと言うたぞ」

 勝千代は脇息に腕を置き、こめかみを揉んだ。


 兵庫介叔父は主に若手を取り込んでいるのか。古参であれば、戦場での父の無双ぶりをよく知っているから、信頼を崩すのは難しいと踏んだのだろう。

 福島の主力が最悪の動きをしないでいてくれたのは喜ばしいことだが、今後の課題としては若手の引き戻しと、父に万が一のことがあった場合の対策だろう。

 もし父が病気になったり怪我で前線に立てなくなったからといって、総崩れになるようでは困るのだ。

 まずは副将を決めておくことだな。

 できれば福島一族の者で武勇に優れ、誰も文句を言えないような存在感のある人間。

 志郎衛門叔父は文官だしなぁ……その下の双子の叔父はどうなのだろう。

 こうやって序列で考えると、いかに兵庫介叔父が無理を通そうとしたかがわかる。


「……どうぞ」

 弥太郎が白湯を置く。

 まずは勝千代の前に、続いて渋沢の前に。

 渋沢は何故かひどく安堵の表情で礼をして、白湯をごくごくと飲んだ。

 そんなに喉が渇いていたのか? 

 もしかすると、女中がもってくるものは飲まないようにしているのかもしれない。

 まさか変な薬を混ぜられた経験でもあるのだろうか。……ありそうで怖い。

 顔が良すぎるのも考えものだなと、気の毒になってきた。


 勝千代も白湯を飲もうと手を伸ばしたところで、弥太郎が斜め後ろから顔を寄せてきた。

「柴垣さまが拉致されました」

 こっそりと、どうやればそんな小声がつくれるのか感心するほどの、勝千代にしか聞き取れない声量の囁きだった。

 勝千代は表情を動かさず、白湯を一口飲んだ。

 ずいぶんと動きが早い。

 糸が正式に南と縁づく前に、彼女を金にしたいのかもしれない。

 なかなかいい感じだ。芋づる式にどんどんと敵があぶりだされていく。

 柴垣は糸を確保するための囮か、あるいは彼そのものも商品にする気だろう。

 売り物なので、深刻な危険にさらされることはないはず。

 一発二発殴られる可能性はあるが、その程度は我慢してほしい。


 そこまで考えたところで、不意に、幸せそうに笑うお糸ちゃんの顔が過った。

 やはり女の子の泣き顔は見たくないな。

「……危害が加えられそうなら助けてやれ」

 弥太郎のようなスキルは持ち合わせていないので、部屋にいる者の耳には普通に聞こえただろう。

 弥太郎が背後で丁寧に一礼するのが分かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >もしかすると、女中がもってくるものは飲まないようにしているのかもしれない。 >まさか変な薬を混ぜられた経験でもあるのだろうか。 笑わせてもらいました。 勝千代君、それは誰の入れた白湯を飲…
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