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冬嵐記  作者: 槐
第五章

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20-4

 戸田は続く何とも言えない空気に耐えかねたように、適当な事をいって逃げるように退散していった。

 これだけの人数、特に二木ら父の側近を前にして、さすがにマズイと感じたらしい。

 退散の仕方が鼠みたいだなと、狐顔の家宰に向かってひそかに鼻を鳴らす。

 残念ながら、口だけの威圧に委縮するにはちょっと色々と経験しすぎた。

 そもそもこれだけの護衛を前に、何かができるような男には見えない。


「よいか幸松」

 戸田が見えなくなって、あからさまにほっとした様子の幸松の手を、更にぎゅっと握る。

「あれは狐だ」

「……きつね」

 きょとんとした弟に笑いかけ、「そうだ狐だ」と言い聞かせる。

「虎の威を借る狐だ」

 さすがに難しかったようで、首を傾げている。

「父上はお強いだろう?」

「はい」

「あれは父上の強さを己がもののごとく振舞っているだけだ。……幸松は父が怖いか?」

 ぶるぶると首が左右に振られる。

「では狐如きに怯えずともよい」

 たとえ家臣であれ無視できないほどの権勢を持つ場合はあるが、そこは福島家、当主は父だ。何かあれば力づくで解決し、大概の事はそれで納得されてしまう家風なのだ。

 まあ今の年から理解しろというのは無理かもしれないが。


「ところで、紅白はどこにいるのだ?」

 すぐそばに池が見えていたので、話をそらすために幸松の注意を引く。

「冬だが姿を隠してはいないのか?」

「日が照っているにっちゅうは、よくあさいところでじっとしています」

「ああ、本当だ。背中に赤と白の模様がある」

 錦鯉をイメージしていたが、背中の一部に薄く色がついただけの、ほとんど見た目フナである。

「手をたたくと寄ってくるのです!」

 寸前のことなど忘れたように、幸松の顔にパッと笑顔が浮かんだ。

 一生懸命手をたたき、寒さのせいで動きの鈍い鯉たちを呼び寄せようとはしゃぐ姿は、時代など関係なく、どこにでもいる無垢無邪気な子供だった。

「亀がいません」

「寒いから春まで土の中で眠っているのだ」

「亀も眠るのですか?」

「そなたは寝ないのか?」

「寝ます」

「ならば亀も寝るだろう」

 幸松の疑問に答える感じで話をしているうちに、ものすごく尊敬の目で見られるようになった。

 これでも理科の先生なんだよ。

 生き物については詳しいから何でも聞くと良いよ。


 やはり子供はかわいいものだ。

 何にでも興味を持ち、素直に笑い、素直に拗ね、てらいなくわからないことを聞いてくる。

 まだ三歳ぐらいか。

 何ものにも毒されていない、一番可愛らしい時期だ。

 わかっている。この子を巻き込むわけにはいかない。

 ほの暗い敵意を秘めた目で見てくるのは、井坂を見張っていた男だ。

 幸松の側付きのようだが、そちらこそ目立った動きをして敵を刺激してくれるなよ。


 お互い会話もなかったし、おそらく勝千代の内心など知らないだろうが、早田とかいう男が幸松を見る目は柔らかい。

 彼ならきっと、何があろうと幸松を守り抜いてくれるだろう。

 しばらくは会えないと言ったら、幸松は傷つくだろうか。

 だが、四六時中命を狙われていて、この屋敷の中でも事件に巻き込まれている現状、幸松を側に近づけるのは危険だ。

「あにうえ!」

 紅白の鯉が寄ってきたと、満面の笑顔になる幸松。

 その笑顔に、反射的に笑みを返そうとして……

「若君」

 その低い声が誰を呼んだのか、とっさに判断ができなかった。

 この場で最も多い側付きの主人は幸松で、彼らは一斉にその幼い身を守るべく身体を動かした。

 具体的には、幸松と新たなる登場者との間に、肉の壁のごとく立ちふさがったのだ。

 間違った行動ではない。

 彼らは幸松の護衛なのだから、本能的にそう動くのは正解だ。

 ただし、小柄な勝千代が弾き飛ばされる形になって転びそうになった。


 真横に池があるんだよ。柵なんかないから危ないんだよ。

 危うく池にダイブする寸前、ギリギリのところで腕を掴まれた。

 ありがとう土井!

 護衛が多すぎるのも、動きにくくて大変なのだとわかった。

 かなりひやっとした。


 声を掛けてきたのは、まったく見覚えのない男だった。

 とにかくめちゃくちゃ男前だ。どれぐらいかというと、ジャニーズの大御所が大河ドラマの主役を演じているレベルだ。

 このクラスの男前になると、もはや羨望よりも感心が先に立つ。

 言っちゃあなんだが、糸が熱い目で見ていた南などジャガイモだ。

 二木などその辺の蛇だ。

 勝千代だって、地べたの石ころだ。


 まったくもって、見たこともないほどの美男子だが、その低い枯れたような声には聞き覚えがあった。

 ヒントは、ほぼ全身黒に近い墨色の装束だということだ。

 ファッションなのか、ポリシーがあるのか、はたまた何か事情があるのか知らないが、この男以外がしていたら間違いなく「おかしな奴」だと後ろ指をさされそうな色の取り合わせだった。

「もうしわけござらぬ。殿にお赦しを頂き、若君にご挨拶と謝罪をと思うて参りました」

 間違いない、兵庫介叔父に乗せられて軍を挙げた者たちのひとり、黒い鎧装束の渋沢だ。


 ちょっと二木! 謝罪しに来た人をさりげなく蹴ろうとしない!

 渋沢も慣れているのか、ひょいと避けているが。

「……どの面下げて!」

 ここまで顔面格差があると、二木の怒りがただの嫉妬に見える。

 二木本人にもそれが分かっているのだろう、ますます腹立たし気に渋沢に敵意を向ける。


 渋沢は手に持っていた刀を地面に置き、その場に膝をついた。

「殿にもお叱りを受け申した。我らももう少し頭を冷やすべきでした。取り返しのつかない事になる前に、止めてくださって感謝しています」

「立ってください」

 というかやめて、こんなところで土下座するの。

 幸松の教育上良くないから!

 ……もちろんそれだけではなくて、渋沢は福島家の武将クラスの上級武士だ。

 かなりの地位身代を持つ、もしかしたら城を預けられているほどの武士なのだ。

 幼い童に向かって軽々しく、しかもこんな大勢の前で頭を下げてよい男ではない。

「渋沢殿」

 宥めるように名前を読んでみるが、土下座の姿勢で動こうとしない。

 美男子は土下座まで絵になるな……などと、現実逃避気味にそんな事を考えながら、冷えた土の上で「ザ・謝罪」の姿勢を崩さない男にため息をつく。

 そもそもそんなに怒ってはいないし、むしろ今の今まで思い出しもしなかった。

 しかし考えてみれば、あやうく父に対して謀反ともとれる行動をとるところだったのだ。


 方々からの、色々な意味を含んだ凝視を感じる。

 謝罪を受け入れたというよりも、この状況に辟易として、渋沢までの数メートルの距離を縮めた。

「わたしに謝罪の必要はありません」

 そっと、その広い肩に手を置く。

「父がお赦しになられたのであれば、何も言う事はありません」

 だからやめて。お願いだから土下座やめて。

 先程から、幸松たちだけではない、仕事中の女中たちまでちらほらこちらを伺っている。

 これじゃあまるでパワハラ上司の図じゃないか!

 数え六つにして、すでに暴君の気質ありなどと、変な噂が立ったらどうしてくれる!!


「……場所を変えましょうか」

 仕方がない。

 横領の件が片付くまでは、誰にも会わず部屋に閉じこもっている予定だったのだが。

 勝千代は、楽しい幸松との散策を泣く泣く諦め、美男子だがむさ苦しい男と話をつけることにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎日面白い話、ありがとうございます! 渋沢は東山紀之さんで脳内再生されました。 [一言] 渋沢が東山さんで再生されてとびそうになったけど、 幸松の護衛の1人が勝千代を池に落としそうになった…
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