表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬嵐記  作者: 槐
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/308

20-3

「あにうえのお庭のコイに、背中に赤と白のもようがあるものがいて……」

 日ごろから、むさ苦しい男どもしか周囲にないのだ。あどけなく可愛らしい幸松の声に、心が洗われる。

 小鳥のさえずりにも似たそのお喋りに、勝千代はうんうんと頷きながら耳を傾ける。

「紅白というなまえをつけたのです。手をならしたら近くにきてくれるのです」

「そうか。楽しみだな」

 やはりこの子は、奥の庭に立ち入ることを許されていないのだろう。

 それが身分故のことなのか、荒らされてはかなわないというお葉殿の判断かはわからないが。

「彦丸さまと川でメダカを取ってきて、池にはなってみたことがあります。なぜかよくじつには皆いなくなってしまって……」

 そ、それは生餌というのでは。

「ではオタマジャクシはどうだろうと、いっしょにとりに行くやくそくをしていました」

「そうか」

 たぶんそれも食われるよ。鯉は雑食だから。

 奥の庭には入らないという決まり事を含め、突っ込みどころはいろいろある。

 だが、彦丸兄を恋しがる幸松を見ていると、何も言えなかった。


 手と手をしっかりと握りあい、庭園を並んで歩く二人の童。

 はたから見たら、微笑ましい光景だろう。

 会話の内容も、男の子同士らしく、ドジョウを捕まえる方法だったり、蝶やトンボを飼育する方法だったりする。

 だがしかし、二人の周囲には十人近い護衛。

 屋敷の奥の、最も警備が厳重な区画にもかかわらず、ピリピリとした感じが抜けない。

 原因はどう考えても勝千代側にある。

 幸松の護衛たちは、表面上は勝千代に敬意を払い、丁寧な対応をしてくれていた。

 それをぶち壊したのが二木だ。

 過剰なほどに警戒する様子が気にくわなかったのだろう。ねちねちと、幸松に置いてけぼりにされていた状況を咎め立てしたのだ。

 もちろん脇腹をつねって叱っておいた。幸松には優しく穏やかな兄と思ってもらいたいのに!

 まったく、大人げない奴だ。


 楽しくおしゃべりをしながら、もうすぐ池にたどり着こうかというとき、「ここで何をなさっておいでですか!」と、鋭い声が掛けられた。

 幸松の護衛たちはそろって体格が良いので、どこから声がしたのかもわからなかった。

 幸松の側付きが六人、それに二木と土井を入れて総勢八人だ。ぴったり隙間もないほど周りを囲み、実に物々しい。

「この庭にはお入りにならないようにと、あれほど申し上げておりましたのに!」

 だが、特徴的な声で相手が誰かはわかった。

 家宰の戸田彦左衛門だ。

「気ままに何でも許されると思うては困ります!」

 戸田は勝千代に気づいていないようだった。

 気づいてこれではかなり問題だが、気づかないにしても、幸松へのその態度はいただけない。

 もしかしてずっとああなのか?

 嫡男ではないが、こんなにも父によく似ている幸松に?

 怒鳴り付けられてビクリとした幸松を見て、顔をしかめる。


 父に生き写し、ほぼミニチュアな幸松だが、幼少故か少し気が小さいところがある。もしかして父も昔はこうで、成長するにしたがって克服していったのかと思っていたが、なるほど、幸松にはそうなる理由があったという事か。

「早う出て行かれよ! ここはあなた様が来て良い場所ではない!」

 あ、いまのにはカチンときたぞ。

 だが、ここで怒りのままに行動するのは悪手だ。

 相手は仮にも福島家の家宰。いくら陰で横領をしていようが、幼子相手にマウントを取るような下種であろうが、福島家の奥向きでそれなりの権限を握っている男には違いない。


 なおもわあわあ言っている戸田に対して、護衛たちが怒りを堪えている。

 勝千代は、不安そうな幸松の手を一度ぎゅっと握ってから、空いている右手で扇子を抜いた。

 パチン。

 うん。東雲の扇子はやはり良い音がする。

 扇子の音に反応したのは土井と、半笑いのような表情をしていた二木だ。

 勝千代の側付きの二人が片膝をついた。

 土井の肩越しにようやく見ることができた戸田は、父の側にいた時とは違い、かなり険のある表情をしていた。

 土井と、次いで二木が膝を折ったことに、最初は至極満足そうな顔をしていたのだが、ふたりが幸松の側付きではない事にようやく気づいたようだ。

 ものすごくぎょっとした表情になって、ついでさあっと顔色を悪くした。

「に、二木殿?」

 二木は戸田の方を一瞥もせず、無表情で地面に目を向けている。


「戸田」

 努めて声を平坦に抑えて呼ぶと、戸田はこわばった表情のまま、ようやく勝千代の存在を認識した。

「穏やかではないな」

 ぽかんと口を半開きにした顔を見て、もう一度扇子をパチリと開け閉めする。

「おお! 若君!!」

 咎めようとしたのを察してか、大げさなほどの態度で戸田は両手を広げ、笑顔になった。

「このような寒い日におもてに出られて……寝込むとまた殿が心配なさいますよ」

 これは気遣われているのではなく、そういう態で虚弱なところを貶しているな。

 勝千代は「ふっ」と嗤った。

 ……おおっと、幸松にこんな顔を見せるわけにはいかない。

 何通りかの反撃を思い浮かべたが、あえておもてには出さなかった。

 横領の件の内偵が済むまでは、この世の春と思っていてくれたほうがいいのだ。


「なにゆえに幸松はこの庭に入れぬのだ?」

 だが、黙り込んでいる幸松をこのままにしておくのが忍びなく、さも頑是ないお子様のふりをして首を傾けた。

「ここは父上の屋敷ではないのか?」

「若君にはまだお判りではないかもしれませぬが、若君と幸松様では御身分が違います」

 疑う事を知らない子供に、余計な競争意識や敵愾心を植え込もうとするとは……

「父の子の幸松が駄目なら、何故そなたがここにおるのだ?」

 子供、子供だ、自分は子供。

 そう心の中で言い聞かせながら、幸松を真似て、にこっと無邪気な笑みをばらまいてみる。

「おおそうか。そなたは幸松より偉いのだな!」

 幸松を含め、誰もがぎょっとして何も言えずにいる中、二木だけが下を向いて笑いをこらえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

i000000 i000000 i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ