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部屋のドアを開け、物音立てずに廊下を下る。屋敷は高い壁に囲まれており、そこを上り出るのは不可能。門を通らなければいけない。だが今日、門番は見当たらなかった。
「...」
お母様がやってくれたのだと気づく、彼女には感謝しきってもしきれない。嬉しさで心を弾ませながらこれから歩み行く自由の世界へと向かう。
門を通る直前、見慣れた人が3人、私の目の前に立ちはだかった。自分の体が自然と強張る。
「ぇ?」
驚きと絶望で体が震えた。
「本当だったのねぇ!?逃げようとするなんて馬鹿じゃないの?!できるわけないじゃない!!」
愉快な笑い声が私の妹セレナから聞こえる。隣にいるお父様は今にでも爆発しそうだった。だが、私の目に彼らは写っていない。隣に立っている人物を捉えていたから。
「おか、さま」
見下すように微笑んでいる彼女はとっても綺麗だった。月明かりに照らされているせいで普段よりも綺麗に見える。その女性は他でもない私のお母様。
「どし、て」
喉に言葉が詰まり、言いたいことをちゃんと言えない。頭がぐるぐると回って気持ち悪い。
お母様は、仲間じゃなかった...?でも、ごめんなさいって...逃げてって。
心から溢れてくる絶望と悲しみに目の前が真っ暗になる。
「あら、ネズミが何か言ってるわ。あー臭い臭い」
お母様はクスクス笑いながら持っている扇で口元を隠した。
「っ!」
今までに生まれなかった感情が身体中に広がる。悲しみ、憎しみ、怒り、疑い、絶望。それらが合わさった感情。感情と同時に、他の何かが私の中から暴走した。
「...いいわよ。どうせ私は何もできないんでしょ?」
バシンっと頬がセレナによって叩かれる。
「わかってるじゃないの。嬉しいわ、自覚してくれて」
グイッとお父様に金髪の髪を引っ張られ、小さい悲鳴が口から出る。それと一緒にお母様とセレナが私を叩いたり蹴ったりしてきた。顔、お腹、腕、足首、指、顔、顔、顔、顔。私の顔が気に入らないのか顔だけを他のところより殴ってくる。
悪夢だ。こんなの。ただの。悪夢。起きたときには全てが戻る。元どおりに...。
戻るわけないんだ。
途端に強風が敷地内に吹き荒れ、お父様、セレナ、お母様が吹き飛ぶ。セレナは壁に勢いよくぶつかり、痛みに顔を歪ませた。風は私を巻くように渦巻き、私の足は地から離れていた。ほんのりと緑色にひかる風は体を優しく包み込む。それに続いて、火、水、氷、光、闇、葉、土、といったものが私の周りを渦巻いていた。その光景を私の家族は驚愕の眼差しで見つめる。
「...」
その中でも一番驚いているのは自分自身だった。浮かんでいることもそうだが、こんな幻想的な光景を見たことがない。美しい。先ほどのネガティブな感情が嘘のように嬉しさが心から込み上がってきた。やがて全て私の胸の中に吸収されるように吸い込まれていき、最後には何もなかったかのように沈黙がその場を制した。
「貴様...何をした!!」
お父様はセレナへ駆け寄り、治療魔法をかける。
「よくも私たちのセレナを怪我させたわね」
横を見ればお母様が魔法陣を展開しており、私に向けて打とうとしていた。
「『ファイアーアロー』」
炎の矢が5本現れ攻撃してくる。もちろん、避けられるわけもなく恐怖に目を瞑った。だが、熱さが襲ってこない。薄く目を開くと、目の前で青白い結界みたいなものが私を守っていた。
「な、何よ!!それは!」
お母様が混乱しているのと同じぐらい自分も混乱している。
「私...魔法が使えないはずじゃ...」
「そうよ!なのに何よ、この高度な防御結界は。しかも魔法陣も詠唱もなしに!!」
お母様はさらに『ファイアーアロー』を打ってきた。青白い結界はそれを侵入させない。
「どけ!!俺がやる!」
お母様を押し除けてお父様が魔法陣を展開し始めた。