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思ったより深刻な状況に眉を潜めた。服装を見るからに主人には気に入られているように見える。だが、頬は赤く腫れており、ノアも奴隷と言葉を聞いた瞬間、怯えていた。主人と喧嘩して家を追い出されたとか。だがそしたら彼が怯える理由がわからない。
こんなこと考えるんだったら直接ノアに聞くのが一番。
「ノア、君はどこの奴隷なの?主人様はあなたをどういう風に扱っているの?」
ノアは口ごもる。
「...言ったらアーシェさんたちの命が危ない」
なんと、私たちのことを心配して言わなかった。私は少しノアの子供とは思えない行動に驚いてしまう。まだ十歳で人を巻き込まないことを学ぶとは。
「ディルさんは、気を付けてください」
意味あり気に述べるノアの言葉をディルは真剣に聞く。
「ノア、ここで主人の名前を喋ったらいけないの?」
「そう」
「じゃあ、直接記憶に聞いちゃおう」
「「え」」
記憶に聞く?
ディルは人差し指をノアの額に当てる。するとそこが青白く光、まるで情報を抜き取られているかのようにディルの指先に吸い込まれていった。
「そう言うことか」
一通り重要な情報を揃えたディルは満足そうに頷いた。その後すぐに私に向かい合う。
「結構危ない状況だね。アーシェ、君が倒したブラックドラゴン覚えてる?」
「あー、あれね。覚えてるよ」
結構最近のことだし。それに見かけに寄らず弱かったな、ということで覚えていた。
「あれね、自然にスポーンしたわけじゃなくて、意図的にそこに置かれていたんだ」
他の人がわざとあの魔物をあの森においた。でもその人々はなんのためにおいたのか。もしも誰かを襲うために置くのならもっと強いやつの方がいいのではないか?
「なんでわざわざあんな弱い魔物を?」
「そうだよね、そこが問題なんだよ。今回発生したスタンピートも同じ連中が意図的に誘導したものだ。明らかに街を襲おうとしている。なのに強い魔物を使わないで弱い魔物を誘導していた。戦力不足なのかもしれない」
考えれば考えるほど訳が分からなくなる。これは一つの罠なのか、それとも連中は本気で勝てると思っていたのか。
私とディルが頭を抱えていると、ノアが話に割って入った。
「あのー、ちょっと今色々と意味不明なこと言ってなかった?スタンピートが弱い、とか。僕の聞き間違いだよね?」
ノアが複雑な表情を浮かべる。
「言ったよ。あれは弱かったって」
ディルの返答にノアは安心したように肩を落とす。
「なら、勝てるかもしれません」
ノアは心を撫で下ろした。まるで長い間待っていたかのように笑顔になる。
「勝ってみせるよ」
ノアとディルは頷き合い、互いに笑みを溢しているが私はノアの記憶を読んでいない。現状が全く理解できないのだが。
「ちょっと何が起きてるか教えてもらってもいい?」
二人の微笑ましい時間を割るのは惜しいが、私もある程度何が起きているか理解した方が助けになれるだろう。
「長くなるから後で話すよ」
私は頷きはしたが、内心早く教えて欲しくてうずいている。
数十分後、ディルは私に事の一部始終をそれはそれは細かく話してくれた。
「スコーピオンはどうやら一つの教団らしい。そしてその本拠点がここ、メーアの街の地下にある。彼らの目的は彼らが信仰している”神”を復活させること。そのためには人の命が復活への条件の一部らしい。それはそれはもうたくさんの人の命がいるそうだ。で、ここのメーアの街は軽運動がてらに滅ぼしちゃおう、ってこと。今の話を簡潔に説明するとね」
とんでもない勝手をしてくれている。存在するかも分からない神なんかを復活させるために人を殺すなんて狂っている他ない。
「じゃあとにかくディルが言ってたメーアの街の地下に行こう。この街にはもう少しいることになりそう」
どうやって乗り込もう等等計画を立てる。すると途中でノアが私の服を引っ張ってきてた。
「気をつけて。中の人たち、強いから」
私はノアの頭を撫でて微笑んだ。
「大丈夫、ディルがいればなんとかなるから」
ノアはまだ安心していない。むしろもっと心配していた。彼はきっと私たちがまた仲間を集めてから多人数で攻め込もうとしていると思ってたのだろう。
「Sランク冒険者でも、勝つのは難しい」
そこのところは大丈夫だ。もし私たちよりも強い場合、転移魔法で戻れる。もしも魔法無効化の結界を貼られている場合、話は別だが。だがそんなことをしたら敵も魔法が使えなくなる。だから結局は剣で最終的に戦うことになるのだが。大抵の魔法使いは剣術ができないからこそ魔法を使う。それがどっちもできるディルがいれば平気だろう。私も一応使えるし、結界が切れるまでは耐えられる気がする。