(後編)
何の感情も無さそうな鋭い目に射ぬかれ、膝がガクガクと震えだす。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
今まで野生の獣に食べられそうになった事は数あれど、ここまでハッキリ死を感じるのは初めてだ。
駄目だ、逃げる事すら出来ない。
俺はこんな所で喰われて死ぬのか──
「ぅぐ……ぁ……」
「!」
デスベアーが俺を見たまま、トトル兄ちゃんを前足でゴロリゴロリと左右に転がし始めた。
「ぐぁ、ぁあ゛……」
痛々しげなトトル兄ちゃんの呻き声を聞き、俺の胆が別の意味で冷える。
こいつ、トトル兄ちゃんを弄んで弱らせる気か──!
トトル兄ちゃんの肩と脇腹からドクドクと流れるおびただしい血に気付いた瞬間、俺は沸き起こった怒りの力をバネに足元の石を投げつけた。
「トトル兄ちゃんを離せこの野郎ーっ!!」
石はデスベアーまで届かず放物線を描いて落下したが、挑発には成功したらしい。
デスベアーはトトル兄ちゃんからゆっくりと足を下ろし、俺に一歩、また一歩とにじり寄ってきた。
そうだ、もっとこっち来てトトル兄ちゃんから離れろ。
「……ぐ、逃げろ、チビオ……」
「ぃ、嫌だ!」
俺みたいなクソ雑魚魔物にだって、何かの役に立ちたいって意地がある。
それに、最悪俺が死んでもデスベアーの腹の足しになればトトル兄ちゃんを見逃してくれるかもしれない。
──ガルルルル……
四足歩行で近付いてきたデスベアーに真正面から対峙する。
そうだ、来い。
もっと引き付けるんだ、せめてあと三歩……
俺が攻撃射程圏内に入った瞬間、デスベアーが右前足を動かした。
「くっ!」
攻撃が来ると予測すると同時に右後方へと思い切りジャンプする。
俺の予想は運良く当たり、デスベアーの右手は斜めに振り下ろされて空を切った。
速すぎて全然見えなかったけど、動き自体は単調だぞ、こいつ。
足を止める事なく今度は左に動く。
デスベアーの目は俺を見据えたままだが自身の右手の動きに捕らわれてすぐに二撃目を繰り出せない。
「こっちだ!」
そのままピョンと後退して近くの木の前に立つ。
既に体勢を整えたデスベアーは怒ったように唸りながらノシノシと俺の元へと寄ってきた。
攻撃は早いけど、走って追ってくる様子は無さそうだ。
……今の所は。
──ガルルルル……
デスベアーが両前足を高く上げて仁王立ちした。
でっっっっか!!
これは全体重をかけた両手振り下ろし攻撃っぽい。
そう思うやいなや、俺は後ろの木を支えにしてクルリと後ろへ回って避けた。
ズドォォン!
轟音と震動に襲われたものの、まだ俺は生きている。
攻撃は全く見えなかったけど、また予想が当たったようだ。
良かった。
「はぁっ!」
バッ
──ガルルルル……
「やぁっ!」
ドォン!
──ヴォォォォォ……
その後も二度、三度とデスベアーの攻撃をギリギリで避け続ける。
よしよし、苛立ってるな。
トトル兄ちゃんの事は完全に忘れてるみたいだ。
と、ここで突然デスベアーが姿勢を低く構えた。
あ、これまず──
ダンッ!
それまで探るような足取りだったデスベアーが一気に距離を縮めてきた。
突進攻撃だと理解するより先に視界がグルンと回る。
俺、ついに死ぬのか?
「ふむ。やはり本気を出した獣が相手では素早さが足りなかったようだな」
「…………え?」
どういう事だ?
デスベアーは俺が先程まで立っていた場所の延長にある岩にぶつかってよろめいている。
どうやら俺はいつの間にかポニテに小脇に抱えられて移動していたようだ。
そんな馬鹿な。
「お前、今どうやって俺を助けた?」
「出来る限り映えを意識して華麗に助けたぞ」
「そういう事を聞いてるんじゃない!」
デスベアーが怒り狂った咆哮を上げ、再びこちらに突進してきた。
来る! 速い!
「そぉいっ!」
「はぁぁっ!?」
俺はポニテの手によりポーンとボールのように投げ飛ばされ、少し離れた木の上へと落とされた。
超痛ってぇ……ってそうじゃない!
「おいお前……!」
急いで上体を起こして下を見下ろせば、デスベアーとポニテが距離を取って対峙していた。
あいつ、まさか俺を投げつつあの突進攻撃を避けたのか!?
腕力オーガかよ。
ポニテは俺と目が合うと悪戯っぽく笑いながら人差し指を口元に立てた。
声を出すなという事か。
デスベアーは俺を見失った腹いせにポニテを次の標的にしたらしい。
鋭い爪が何度も振り下ろされては空を切る。
「すげぇ……」
ポニテはまるで地を這うGの如き素早さでデスベアーを翻弄している。
靡く長髪はさながら触角といった所か。
「おいお前今失礼な事考えて無かったか!?」
デスベアーの動きを完全に見切っているポニテの怒声に、慌ててフルフルと首を振る。
なぜバレたし。
「あ、ってゆーかヤバい。汗かいてきた。汗臭くなるからこれ以上は動きたくないでござる」
「(はぁ!?)」
ポニテは「タンマタンマ!」と叫びながら俺やトトル兄ちゃんから離れた岩陰に身を潜めた。
いや、角出てる角出てる。
当然のように岩を目掛けてまっしぐらなデスベアー。
「ちょ、待てって言ってんだろーが先生に言いつけるぞ男子ぃ!」
先程とはうって変わって焦りの色を見せる情けないポニテの姿に、どうしたものかと思考を巡らせる。
俺が行った所で足手まといだし、投擲武器もない。
詰んだか? これ。
「……よし……」
ならせめて捨て身戦法だ。
冬眠明けのデスベアーなら僅かな餌でも食べたい筈。
ポニテのあの素早さと力なら、俺が餌になってる隙にトトル兄ちゃんを助けてくれるかもしれない。
のそのそと木を降りるやいなや、ポニテより先にデスベアーが俺の存在に気が付いた。
控え目に言って爆裂怖い。
「こ、来い! 喰うなら俺を喰え!」
「バッカお前……っ」
ダンッ! と地を蹴りデスベアーが俺の方に駆け出した。
血走った目と剥き出しの牙が迫ってくる。
あぁ、今度こそ終わった──
「くたばれクマ公ーっ!」
「逃げろ豆もやしー!」
「ギャバギャバギャバ!」
ドスドスドスッと何かが刺さる音がしてデスベアーの動きが止まる。
その隙に近くの茂みに飛び込むと、すぐ背後でデスベアーの振り絞るような呻き声が聞こえた。
近っ!
「こっちだクマ公ーっ!」
「豆もやし、今の内に移動しろー!」
「ギャバギャバギャバ!」
どうやらケンタウロスとミノタウロスとリザードマンが弓矢攻撃で引き付けてくれているようだ。
まさかあいつ等に助けられる日が来るとは思わなかった。
「ハァッ、ハァッ」
咳き込みつつ地べたを這って移動する。
格好なんて気にしてられない。
この機を逃したら本当に死ぬ。
──グヴヴヴゥゥ、ヴォォーー!
矢は十発以上当たっているのに、デスベアーは倒れない。
むしろ興奮して暴れだす始末である。
防御力も高いのか、厄介な……
「ギャバ!?」
デスベアーが一番近くに居たリザードマンに狙いを定めた。
頭を振り乱して高速で迫る巨体に恐れをなしたのか、リザードマンが転倒する。
くそっ!
「っのヤロー!」
こんな奴等に借りを作られたまま死なれて堪るか!
火事場のクソ力で石を投げ付けてやると、今度はガツンと命中した。
しかも当たったのはデスベアーの目元である。
どうなってんだ俺のエイム力。
デスベアーが怯んでいる間にリザードマンと俺は弾けるように駆け出した。
早く、早く、ここから離れないと……!
──グァァァァァ!
すぐ背後で感じる獣臭い息遣い。
堪らず振り返った俺は本日何度目かの後悔をした。
赤黒い口と乳白色の牙が、目の前に迫っ
「我が道を阻みし者よ深淵に消え去れ、消去魔法」
突然感じる目眩のような空気の震え。
何が起きたのか理解する暇もなく、デスベアーは地面から這い上がってきた黒い靄に呑み込まれて消えてしまった。
俺はペタンと尻餅を付き、放心してしまって動けない。
「いやぁ、危なかったな。まさかお前がそこまで無茶をするとは思わなかった」
ザクザクッと軽快な靴音を鳴らして駆け寄って来るポニテ。
またお前か。
「今の魔法……何だよ。お前がやったのか?」
「あれ? 折角手を汚してまで助けたのに思った以上に感謝されてない件。泣くぞ?」
「……………………ありがとう」
「やだ、こんな嫌そうな感謝、アタイ初めて!」
白々しく傷付いたフリをするポニテから目を逸らしてどうにか立ち上がる。
気付けばわらわらとケンタウロス達が俺達の周りに集まってきていた。
「お前スゲーな! 何だあの魔法! あのデスベアーが消えちまったよオイ!」
「豆もやしも案外やるじゃねーか! あんな化けクマに正面から向かってくなんてよ!」
「ギャバ……お陰で助かり申した、感謝致す」
「「「「キェェェェアァァァァシャベッタァァァァァァ!?」」」」
リザードマンお前喋れたのか。
デスベアーの件が無ければ今年一番の衝撃だったぞ。
「コホン……それはそうと、お前達も中々の働きだったぞ。普段いがみ合う者同士が、いざという時に助け合う……年一回のガキ大将的な展開で感動した!」
ポニテはケンタウロス達を褒めながら「こんな熱い戦い見せられたら見捨てられんわ」とハンカチで額に滲む汗を丁寧に拭っている。
あんなに汗をかく事を嫌っていたのに……コイツなりに頑張ってくれたのだろう。
ちっ、面白くない。
「! そうだ、トトル兄ちゃん!」
すっかり忘れてた!
慌てて来た道を戻ると、血溜まりの中で倒れ伏すトトル兄ちゃんの姿があった。
一瞬ヒヤリとしたけれど、小さな呻き声を聞いて胸を撫で下ろす。
良かった、まだ生きてた。
「大丈夫かトトル!」
「俺らを庇って……すまねぇ!」
「ギャバ……恩に着るギャバ」
「運べ運べー!」とトトル兄ちゃんを担ぐケンタウロス達の言葉で色々察する。
やっぱりトトル兄ちゃんは優しいや。
背も力も足りない俺は心配する事しか出来ずに皆の後ろを付いていく。
ふと視線を感じて振り返ると、ポニテが思案顔で俺を見ていた。
「な、何だよ」
「……いや、先の戦闘を見て思ったのだが、貴様は観察眼が抜きん出ているようだな」
「……よく言われるけど……」
「予測だけでよくあれだけの攻撃を避けられたものだ。無謀な判断もありはしたが、醜く取り乱す事も無かったしな」
ここまで真っ直ぐに褒められてはくすぐったい。
やたらと感心しているポニテの意図が読めず、俺はまた憎まれ口を叩いてしまった。
「でも、結局強い奴には勝てないよ。今回は運が良かったけど……どうせ俺はこの先生きのこれないんだ」
「ネガティ部の部長かお前は。そういった考えは良くないぞ?」
ポニテは眉を顰めて「これからは教養とエンタメの時代だ!」などと訳の分からない事を力説している。
俺、なんでこんな変な奴より弱いんだろ……
ガックリと肩を落とす俺など意に介さず、ポニテはコロリと話を変えた。
「ところでお前のレベルはいくつなんだ? 誰にも言わないから教えろよー」
「……それあとで絶対バラす奴だろ」
嫌な事を聞きやがる。
「前に調べた時はレベル9だった」と呟くと、ポニテはどこまでも明るく笑い飛ばした。
「ハハッ、弱いな! とりあえずお前、死なない程度に頑張ってレベルを上げよ。とりまレベル15もあれば魔王城に入れるだろう」
「それが出来たら苦労はない!」
簡単に言うなよ、この無神経野郎。
そもそも魔王城に行ける力があったら親に置いていかれる生活なんて送っていない。
「まぁ聞け。魔王城の食料事情はこの森とは比べ物にならない程良いのは分かるな? 良い飯を満足に食えるようになれば、その貧相な体躯も幾らかマシになろう」
「……本当か?」
食事を満足に食えるなんて、そんな夢みたいな話……揺らがない訳がない。
ポニテの誘惑の言葉は続く。
「お前次第ではあるがな。だが、そこから更に力をつければ、運が良ければ城勤めの魔物として正式に採用されるやもしれん」
「……」
運か……そんなの俺には無縁な物である。
暗くなる俺の肩をバシリと叩き、ポニテは腹立つどや顔を向けてきた。
「元気出せ青少年! レベル20もあればよほど面接でポカしない限り採用されるぞ! お前顔はそこそこ良さそうだし、人事が女なら顔採用もありかもしれん」
「いやお前なんでそんな魔王城の採用事情に詳しいんだよ……」
俺のツッコミは華麗に流され、ポニテは髪をかき上げてあからさまに話を逸らす。
「そうだ! もし貴様がレベル25に到達したら、祝いの一つでもくれてやろう! 目標があるとやる気出るって言うしな」
「いらない」
バッサリ切り捨ててやったのに、奴は楽しげに笑うだけである。
「まぁ気長に待つとしよう。待ってるからな」
「………………ん……」
「何を」とか「どこで」とか聞くのは無粋な気がした。
小さな返事は確かに届いたらしく、ポニテは満足気に頷くと長い髪を翻して俺達の向かう先とは違う方向に歩き始めた。
「え、どこに行くんだよ。そっちはトゲトゲ崖しかないぞ?」
「今日は十分楽しめたからな。お……私はもう帰る。じゃあな、チビオ。トトル達によろしくしなちく」
急だなおい!
左右に揺れるポニーテールが迷いのない足取りで遠ざかる。
今を逃したらこの変人にもう二度と会えなくなるような気がして、俺は夢中で叫んだ。
「お、俺はチビオじゃない! 俺は……食人鬼のグルオだっ! 覚えとけよ!」
今までずっとグールを名乗る事に抵抗があったけど、不思議と今は気にならない。
そんな小さな事より、もっと気にしなきゃならない事、やらなきゃいけない事が沢山出来たのだ。
まるで三下の捨て台詞になってしまったが、ポニテは気にした風でもなく振り返った。
「……覚えておこう。じゃあな、グルオ」
ちっ、何だよ、格好つけやがって。
そんなに早く帰らないといけない理由でもあるのか、この野郎。
「……名前くらい教えろよな! このオンナ男!」
「!」
ギクリと肩を揺らし、ポニテは右手で頭を抱えた。
いや、あれだけ「俺」って言いかけてたら流石に気付くに決まってんだろ。
「バレテーラ。まぁいっか…………俺の名は──」
◇
「二代目様、この度は正式な魔王就任、おめでとうございます」
「親父が死んで繰り上がり当選したようなもんだし、そんなめでたいもんでも無いけどなー」
「それはそれ、これはこれでございます。めでたい事に変わりはありません」
改めて頭を下げると目の前の大男は居心地悪そうに頭を振った。
真っ直ぐ下ろされた深緑色の長髪と二本のツノ。
相手を真っ直ぐ見つめる紫色の瞳は昔と変わらないものの、それ以外の外見は大きく変わったものである。
「あ、そーいやお前、先週地元の奴等と合コン行ったってマ? 可愛い娘いた? お持ち帰ったりしちゃった?」
魔物・魔族の頂点に君臨したばかりだというのに、嬉々として恋バナに興じるこの男の神経が理解できない。
こんな変わり者にまさか自分が忠誠を誓うようになるだなんて、一体誰が予想できただろうか。
長い魔物人生、何が起きるか分からないものである。
「参加女性の容姿は問題ではないのです。そんな事より重要なのは、参加した地元メンズです」
「あっ……(察し)」
「ミノタウロス、ケンタウロス、リザードマンの黒歴史やイキり節をことごとく披露し、奴等が真剣に狙った女性を囲うのは実に爽快でした」
「お前は鬼か」
「グールです。それに昔やられた分を平和的にやり返しただけです」
すっかり慣れた軽口を交わしながら俺は仕事に取り掛かる。
口より手を動かさねば部下に示しがつかない。
「いやー、折角雰囲気イケメンの胸キュンエピソード期待してたのに、そんなざまぁ話は聞きたくなかったわー」
次は俺も誘えし! などと色んな意味で身の程をわきまえない主の発言はスルーしてテーブルや棚を拭く。
こういった地味な清掃でも毎日続ける事が肝心なのだ。
ちなみに俺は埃対策として柔軟剤をほんの少し入れた水で雑巾を固く絞って拭いている。
リンスでも代用可。その後の乾拭き推奨だ。
いつかこの潔癖症対策の盛大な心配りを知る日がくれば、この大男も狂喜乱舞する事間違いなしだろう。
泣いて感謝しろ。
「つかその合コン、トトルは参加しなかったのか?」
「トトルなら十年くらい前に結婚しましたよ。今や七児のビッグダディです」
「うひゃぁぁ、俺だけ世間に取り残されてる実感キタコレー……」
彼女欲しいと駄々をこねる声は聞こえないふりをして床掃除に取り掛かる。
この城は岩の洞窟故にどうしても細かい石片や砂が出てしまう。
そこで役立つのが新聞紙である。
水で濡らして軽く絞り、千切って床に撒く。
ホウキで掃けば細かい塵ごと新聞紙が絡め取ってくれるのだ。
「ところで魔王様。先日の健康診断で私のレベルが40だという事が判明致しました」
「へー、で?」
「昔、仰ってましたよね。私がレベル25に到達したら褒美をくれると」
「褒美じゃなくて祝いな……ハッ!」
「覚えてるじゃないですか」
言質取ったりとばかりに向き直れば、やれやれと肩を竦められた。
自分から言い出した事なのに何で「妥協してやるか」感出してんだ腹立つ。
「して、何が所望だ? 金ならともかく女は無いぞ。居たら俺が彼女にしてる」
「そんなの魔王様にねだらなくても間に合ってます」
「サラッと俺と全非モテを敵に回してくスタイルほんとやめろ」
おい魔族の王が白々しい泣き真似をするな、情けない。
「……実は私が見込んだ魔物達だけを集めた新しい部隊が欲しいのです」
「え、何、謀反の企て? 怖っ」
「違います」
笑えない冗談だと睨みつつ「清掃専門に特化した特殊部隊を編成したい」と告げれば、目の前の阿呆は目を輝かせた。
単純か。
「それは素晴らしい! 今のグルオを主軸とした当番制では掃除が行き届かない所も多かったからな! すぐやろう、今作ろう!」
「前向きすぎるお返事をありがとうございます。二代目魔王様の新たな体制に組んで貰えるよう、私からも周りに働きかけてみます」
深々と頭を下げる俺の姿を見て思う所があったらしい。
新たな王は感慨深げに顎を撫でながら馬鹿デカい玉座に背を埋めた。
「なんかアレだなー……昔は俺が女のフリして私って言ってたのに、今はお前が私っつってんの、今更ながら変な感じだなー」
「……立場を知らなかったとはいえ、その節は大変な無礼を働き申し訳ありませんでした」
「あっちょ、気にしてないから頭上げて。流石に気まずいの極み」
足をバタつかせて「真面目か!」だの「俺の名を言ってみろー」だのとブーイングする主に向けてガッツリ顔を顰めてみせる。
拾われた恩があるとはいえ、こいつには俺の全人生と命をかけてるんだ。
この位の反抗は許されても良い筈だ。
「……チッ」
「♪舌打ち、仕打ち、俺悲ちぃ!(YO!)」
ラップ下手くそか。
大体友達でもないのに誰が名前なんて呼んでやるものか。
俺にとって魔王様は魔王様、ただそれだけだ。
……この十数年後、「もう岩の城は嫌でござる」「綺麗なマイホームを求めて旅に出る!」などという我が儘に巻き込まれた俺が魔王様と共に珍道中に出る羽目になるのはまた別の話である。
<了>
<後書き>
この度はお読み下さりありがとうございます。
本作品、実は同作者の連載の前日譚的なものとなっております。ご興味ある方はそちらも是非。
以下、本作品の裏話↓↓
○チビオ
本編では描写しきれませんでしたが、骨と筋ばかりが浮き出たかなりのガリガリ坊やです。
また、彼自身薄々勘づいていますが、親からは割りと見放されていました。
でもたまに様子は見に来てくれるあたり、微妙な親子関係だった模様。
二代目魔王様の側に使えるようになるまで文字通り血反吐を吐くような努力をしたようですが、その辺は割愛。
旨いパンを貰い、命を救われ、生きる道まで示され、たまにフラッと訪れては戦い方を教えてくれたりしたポニテに報いる為、彼は城一番の清掃員の誇りを胸に、今日も今日とてホウキと雑巾片手に奔走しています。
○トトル兄ちゃん
チビオのよき理解者である彼。
作中では不憫な扱いになってしまいましたが、今は幸せに良いパパやってるようなので許して下さい。
ちなみに今は二メートル五十センチあるそうです。
でかい。
○ポニテ
元々ポニテは女のフリをしてるつもりはありませんでした。
ただ「誤解を解くのが面倒&それより早く遊びたい」という思考回路から、彼の中で女子のフリごっこ()が始まったのです。
お察しの方も多いと思いますが、トゲトゲ崖の穴は魔王城に繋がる秘密の抜け道でした。
暇を持て余した魔王の子がコッソリ抜け出す際に使用していましたが、トトルに見つけられちゃったっていう。
彼はいつだってブレません。いくつになっても真面目に不真面目です。
○いじめっ子達(ミノタウロス、ケンタウロス、リザードマン)
詳しい描写は省きましたが、彼らの苛めっぷりは命の危険がある程に苛烈でした。
彼らの容赦のない意地悪な行動は、ある意味魔物社会の縮図だったのかもしれません。
デスベアーの一件以降、チビオへの認識を改めた彼らが苛めをする事はなくなりました。
大人になっても合コンしちゃう程度には和解できたようで何よりです。
……まぁその合コンで報いは受けたようですが(やられた方はいつまでも忘れないって奴ですね)
ちなみに本作品、チビオは人間年齢でいう所の9歳位、トトルは人間年齢で15歳位、ポニテは人間年齢で13歳位のイメージで執筆しました。
ラストのグルオは五十代半ば(人間年齢でいう所の20歳位)、魔王様は八十代前半(人間年齢で19~20歳位)です。
魔王様の方が年上ですが、種族が違うのでグルオの方が早く老います。
以上、裏話という名の蛇足でした。
最後までお付き合い下さり誠にありがとうございました。