(前編)
※全二話。
子供の頃の話だ。
俺は魔物であるにも関わらず、致命的な食物アレルギー持ちであった。
おまけに軽い喘息持ち。
その上親は魔王城に住み込みで働いていてほとんど不在ときたものだ。
当然子供一人では狩りなど出来る筈もなく、森に転がる木の実や果実ばかり食べて過ごしていた為、常に栄養不足で虚弱体質という悪循環であった。
同年代の魔物の子達からも「お前ホントは人間なんじゃねーか? 口だけでっかい豆もやし!」「人型魔物の面汚し!」などとバカにされる毎日。
その結果、すっかりいじけた子供になってしまった。
あの日の奇妙な出会いがなければ、俺は今でもリセマラ出来ない人生を呪って生きていたかもしれない。
◇
「あ~あ、暇だなぁ。そうだ、豆もやしで遊ぼうぜ!」
「おー、いいな! おぉーい、豆もやし! 出てこいよ! 遊ぼうぜ! お前ボールな!」
「ギャバギャバギャバ!」
あの頭の悪い声はミノタウロスとケンタウロスと……リザードマンか。
誰が出ていくかバカ野郎。
そう心の中で悪態を吐きながら木のウロに潜って息を殺す。
先月折られた肋がやっと治ったばかりなのに、また怪我なんてしたら今度こそ獣の餌になってしまうだろう。
全く、これだから獣人系の魔物は野蛮で困る。
もし俺が大人になれたら覚えてろよ。
同窓会でお前らの黒歴史暴露しまくって社会的に抹殺してやるからな。
力の加減を知らないいじめっ子共は暫く辺りを徘徊した後、俺の蔑称を繰り返しながら森の奥へと消えていった。
……もう出ても良いか……?
チラリとウロから顔を出してみると、突然目の前の茂みを何かが掻き分けた。
ガサッ
「っひ!」
「おおっ、チビオ、見ーっけぇ」
「なんだ、トトル兄ちゃんか」
トロールのトトル兄ちゃんはこの森で俺に優しくしてくれる、唯一と言って良い存在だ。
大きくて強くて、とても親切で頼もしい、俺の自慢の兄貴分である。
「よく俺がここにいるって分かったね」
「ヘッヘッヘェ、そりゃお前の隠れそうな場所くらい見当つかなきゃ兄貴分の名が泣くぜぇ」
やっぱトトル兄ちゃんはすげぇ!
いじめっ子共もトトル兄ちゃんがいると絡んでこないし、俺もいつかこんな風になれたらなぁ……
「今日は何して遊ぶ?」
「そうだなぁ~……そういや今朝、トゲトゲ崖の方で変な穴を見付けたぜぇ」
「穴?」
「そ。トレーニングしようと思って手頃な岩を持ち上げたら見付けてよぉ」
トゲトゲ崖は森の西端にある、その名の通りトゲだらけの崖である。
崖の上には魔王様が住む岩山洞窟のお城があって、俺は行った事ないけれど、とにかくもの凄~く広いらしい。
「一緒に見に行こうぜぇ。今日はトゲトゲ崖の見回りだ!」
「うん! 見回りだ!」
大股でドスドス進むトトル兄ちゃんの後に小走りで続く。
少し怖いけど二人一緒なら平気だろう。
「ほら、ここ、ここ。変な穴が開いてるだろ? この岩で隠されてたんだぜぇ」
俺の腰近くまである岩の横にあるのは、ポッカリと開いた小さな穴。
あまりにも不自然な穴だ。
「ホントだ。……これ、自然に出来たものじゃないね。きっと誰かが掘ったんだよ」
「そうなのか?」
「自然に見えるようにわざと歪に削ったような跡があるし……ほら、岩にも何か字みたいのが彫られてる」
俺達は字なんてほとんど読めないけれど、誰かの手が加わっているのは明らかだ。
そう告げればトトル兄ちゃんは感心したように唸った。
「相変わらずチビオは細けぇ所に気が付くなぁ。流石だぜぇ!」
「……うん!」
周りからはよく「男のくせに神経質だ」と言われがちだけど、トトル兄ちゃんの言葉には裏がない。
嬉しくなった俺はトトル兄ちゃんに引っ付きながらも、勇気を出して穴を覗き込んだ。
しゃがめば俺なら余裕で通れそうな大きさだ。
中は暗くて全く見えない。
「チビオ、行けそうか?」
「無理!」
「ヘッヘッヘェ、だよなぁ~」
さてどうするかと顔を見合わせた所で、フッと嗅ぎなれない匂いが鼻を掠めた。
「!? 誰だ!」
警戒心剥き出しで振り向くと、俺達の背後にあった岩場に一人の少女が立っていた。
コイツいつからいたんだ?
気配も音も全く無かったぞ!?
俺はササッとトトル兄ちゃんの後ろに隠れつつ、ソイツをジトリと観察した。
ポニーテールのソイツは俺より頭一つ分背が高い。
髪は黒に近い深緑色で、ヤギのような二本の黒いツノが生えている。
耳の先は俺と同様に尖っており、高価そうな茶色い革のローブと手袋を身に纏っていた。
見慣れない種族の奴だ。
亜人か?
ソイツは何か言いたげに眉根を寄せたかと思うと、突然満面の笑みを浮かべた。
「やぁやぁお二人さん、こんちゃ~っす。ここで会ったが百年目、って事で一緒に遊ばないかい?」
何だこいつ。
ヘラヘラとした表情からは真意を読み取る事が出来ない。
長らく無反応を貫いていれば、ポニテは「あ、あれ? もしかしてスベった? 恥ずかしっ」と顔を覆った。
ほんと何だこいつ。
襲ってくる気配は無いから無視だ、無視。
「こんな奴放っといて行こう」
「……」
「……トトル兄ちゃん?」
怖々上を向いてみると、そこには見たこと無い顔でポニテを凝視するトトル兄ちゃんの姿があった。
何なんだ? 一体。
「あ、お、うぉぉ……」
「トトル兄ちゃん?」
「(ハッ!) トトル! あなたトトルっていうのね!?」
おいやめろ。
何をかは分からんが偉い人に怒られそうだからとにかく止めろ。
ふざけた態度を崩さないソイツは「まぁそう怒るなよ~」と右手をヒラつかせている。
うざい。
若干苛つきながらもう一度声をかけると、急に我に返ったトトル兄ちゃんが大声を上げた。
「あっあっ、遊ぼうぜぇ! そのっ、三人でっ! 今日はっ!」
「はぁぁ!?」
「マジで? やったー」
何でこんな変な奴を仲間に入れなきゃならないんだ。
絶対に嫌だと答えたら、何故かトトル兄ちゃんは真っ赤な顔で俺の両肩を掴んで力説しだした。
ちょ、痛い痛い、折れる折れる。
「あのなぁチビオ! こ~んな可愛い子に誘われて断るってぇのは男じゃないんだぜぇ! 覚えとけ!」
「えぇぇ……」
そんな可愛いと思えないのは第一印象が悪すぎるからだろうか。
やっぱ第一印象って大事なんだな。
いつか魔王城で面接試験があったら気を付けよう。
そんな事を考えながらポニテを盗み見ると、ソイツは何事か考え込んだ様子で顎に手を当てていた。
やっぱり変な奴だ、間違いない。
ソイツはブツブツ独り言を呟いたあと、再びパッと明るい顔を上げた。
「……まぁ良っか。で、何をして遊ぶ? 日頃の二人の遊びを教えよ」
「おぉ、おぉ! 俺らは大抵森ん中探検したり虫を捕まえたり、戦いの特訓したりしてるぜぇ!」
あ、これ完全に一緒に遊ぶ流れだ。
トトル兄ちゃんが俺の意見を完全無視するなんて初めてかもしれない。
諦める事を諦めきれずに俯いていると、ポニテがひょっこりと俺の顔を覗き込んできた。
「うわ! な、何だよ!?」
「ん? いや、ずっとトトルの陰に隠れてたかと思えば、俯きながら威嚇してばかり。ここまで目が合わないのが不思議でな」
「このコミュ障ちゃんめ☆」と笑われ、頭に血が上る。
ソイツは俺が何かを言い返すより先に、全く悪びれる事なく言葉を続けた。
「さてチビオとやら。お前は何かやりたい遊びはあるのか?」
「……気安く呼ぶな! その首を噛み千切るぞ!」
そのあだ名はトトル兄ちゃんだから許せるのだ。
初対面の、しかもこんな怪しい奴に呼ばれたくはない。
ギッと顔を上げて精一杯の虚勢で牙を見せれば、奴は何故か楽しそうに紫色の瞳を丸くした。
「何だ、出来るじゃないか」
「はぁ? 何をだよ!」
「おいおい、二人とも、ケンカはよそうぜぇ」
トトル兄ちゃんの仲裁で一触即発の空気は免れたが、俺の気分は最悪のままである。
俺は森の奥に向かって進む二人の後ろを付いていく事しか出来ず、むくれたまま揺れるポニーテールを睨んだ。
何でこんな奴と仲良く喋ってんだ、トトル兄ちゃん。
……というか、何かこいつの動き、さっきから変じゃないか?
カサッ
「うっ!」
ブブブブブ!
「ひ……!」
トカゲが足元を走れば大袈裟に後ずさり、アブが横切れば派手に跳ね上がっている。
もしかしてこいつ──
「……お前、虫苦手なのか?」
ふと出た問いかけに、ポニテはこれでもかという程分かりやすく狼狽えた。
「いやあの別に虫がっていうか……いや、まぁ苦手っていうか……まぁ苦手は苦手なんだけどな、うん」
ハッキリしない態度に何度めか分からない苛立ちを覚える俺とは逆に、トトル兄ちゃんは「女の子らしくて可愛いぜぇ」とポジティブに受け取っている。
いや虫苦手のくせに森で遊ぼうとするとか、絶対バカだろ。
と、ここで俺は気付いてしまった。
ポニテの左肩に乗る芋虫の存在に──
茶色いローブが保護色になっていて気付きにくいが、ジリジリ確実に登っている。
恐ろしく目立たない動き。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「…………」
奴の肩を叩いて潰してやろうかとも思ったが、トトル兄ちゃんに怒られそうだと思い止まる。
それに何より俺をいじめる奴等と同レベルの奴に成り下がってしまう気がしたのだ。
それだけは絶対に御免だと、無言で肩に手を伸ばす。
潰さないように芋虫をつまんだ瞬間、急にポニテが振り返った。
「? なんだ?……っぎゃっ!?」
ズザザッと距離を置かれ、嫌な沈黙が訪れる。
あ、これ俺が嫌がらせしようとしたと勘違いされないか?
「……言っとくけど、肩に乗ってたのを取ってやったんだからな」
「ぉ、おぉ、そそそうか! それは感謝するありがとうっ!」
「ヘッヘッヘェ、やっぱチビオは流石だなぁ~。目敏いぜぇ」
何だろう、折角トトル兄ちゃんが褒めてくれたのに、さっきと違ってあんまり嬉しくない。
やっぱこのポニテ邪魔だなぁ。
ポイッと芋虫を投げ捨てるとトトル兄ちゃんが明るい声を上げた。
「おっ! メェメェ花見ーっけ!」
「メェメェ花?」
トトル兄ちゃんは小首を傾げるポニテに見せるよう白い花をプチリとむしる。
「この花は下の方から一気に息を吹くとメェメェ音が鳴るんだぜぇ」
「ほぅ、それは面白いな」
ポニテは興味津々とばかりに花を見つめるものの、手を出す素振りはない。
しびれを切らしたトトル兄ちゃんがフーッとメェメェ花を咥えて吹けば、しわがれたヤギのような音がメェメェと鳴り響いた。
「……ふっ、ははは! 思っていた三倍可愛くない鳴き声だな!」
「! な、面白いだろ!?」
ケタケタと笑い合う二人についていけず、つい下を向いていじけてしまう。
まるで仲間外れにされた気分だ。
グゥ~~~
「「ん?」」
空気読め、俺の腹。
そういえば今日は薄い干し芋一個しか食べていなかった。
情けなさのあまりしゃがみ込んで顔を膝に埋めていると、ザクザクと誰かが近付く音がした。
こんな軽い足音、トトル兄ちゃんな訳がない。
「なんだ、空腹か。ははぁ~ん、さてはそれで機嫌が悪かったのだな?」
「違う。黙れ」
「まぁまぁ、これでも食べて落ち着くがよい」
フワリと良い匂いが鼻を擽り、反射的に顔を上げてしまう。
目の前に差し出されていたのは丸くて茶色いパン……パン!?
「お前、どこから来たんだ? パンなんて人里から奪ってくるか、魔王城でしか手に入らないだろ」
「お年玉で買ったんですぅ~。まぁ細かい事は気にせずこれでも食らえ」
何だその下手な誤魔化し方は。
仮に事実だとしても普通に気にするだろ。
こんな奴の施しを受けるなんて……と突っぱねたかったが、体は正直だ。
気付けば俺はガツガツとパンにかぶり付いていた。
パンなんて親がたまに持ってきてくれるお土産以来である。
うまい、うますぎる。
腹が膨れたからか、今なら少しだけポニテを許せる気がした。
「……あ、あの……」
「なぁに、礼なら出世払いで構わんぞ。なぁトトル」
「(えっ?)あ、おぅ! 良かったなぁ、チビオ!」
でもやっぱ変な奴だ。
その認識は変わらない。
「お、あれは何だ? あのピロピロ~っとした蔓は」
「あ~、あれはなぁ……」
何だかんだと三人で森を歩き回っている内に、いくつか分かった事がある。
ポニテはとにかくこの森の物を知らないのだ。
しかも頑として木登りはしないし、茂みにも入らない。
トトル兄ちゃんに何か誘われる度に「いやぁ、ほら、お…私ってば虫が苦手でございますから、ホホホ」と言い淀んで俺達の遊びを見ているだけなのだ。
……そんなんで本当に面白いのか?
トトル兄ちゃんは「おしとやかだぜぇ」とか感心してるけど、本当におしとやかな奴はいちいち「ゲッ」だの「ひょっ」だのと変な悲鳴は上げないんだよなぁ……
物理的にも精神的にもドン引いて観察していると、とうとう嫌な奴等に遭遇してしまった。
「あれれ~、豆もやし見~っけ!」
「なんだぁ? 見慣れない奴がいんぞ?」
「ギャバギャバギャバ」
ちっ、ミノタウロスとケンタウロスとリザードマンだ。
見つかるとはツイてない。
でも今はトトル兄ちゃんがいるからフルボッコだドン! な目には遭わないだろう。
即座にトトル兄ちゃんの背後に隠れた俺を見て、ミノタウロスが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「モーモッモ! 相変わらずトロールの威を借るもやしだぜ!」
「ダッセーなぁ! おい、そこの女! そんな豆もやしと一緒に遊んでるとビョーキが移るぞー!」
「ギャバギャバギャバ!」
「……っ」
なんでわざわざ今そんな事を言うんだ。
しかもよりによってこんな気に食わない変なポニテなんかに……!
トトル兄ちゃんが「おいやめろ!」と注意してくれたけど、効果は今一つのようだ。
「はて、病気とは?」
何も知らないポニテが不思議そうに首を傾げる。
揺れる深緑色の毛先が見えた気がしたが、完全に俯いてしまった俺にはそれ以上のこいつらの動向は見えなくなってしまった。
くそっ、情けない。
ギリ、と歯を食い縛る俺に構わず、いじめっ子共は俺の気にしている事を大声で囃し立てる。
「こいつ食人鬼のくせに人間アレルギーで人間喰えねぇんだぜー!」
「しかも喘息で早く走れねぇから狩りもド下手なんだぜー!」
「ギャバギャバギャバァ!」
あぁ、バレた。
もう終わりだ。
ポニテにも絶対馬鹿にされる。
トトル兄ちゃんが「やめろって言ってるだろぉ!」と地面を踏みつけた所で、いじめっ子共は蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げていった。
そして俺も──
「あっ! チビオ!?」
気付けばいじめっ子共とは反対の方向へと駆け出していた。
ポニテが何を言ってどんな反応をするのかは分からないが、これ以上惨めになりたくない。
馬鹿にされるのも下手に慰められるのも、気を使われて変な空気になるのも御免だった。
「ハッ……ハァッ、ハッ……コホッ、」
久しぶりの全速力。
ヤバい、ちょっとかなり普通に苦しい。
「ケホッ、ハッ……ゴホッ……」
倒木の陰にしゃがみ込み、息を整える。
ゼェゼェと五月蝿い呼吸に苛立ちと焦りを覚えていると、フッと顔に影がかかった。
……何だ?
「ふむ、だいぶ辛そうだが大丈夫か?」
「コホッ、……な、んでっ……ここにっ」
「あ、無理に喋るな。ほら、ヒッヒッフー」
明らかに間違っている呼吸法をレクチャーしているのは例に漏れずポニテである。
何で居んだよ、来んな。
トトル兄ちゃんならともかく、コイツが俺を追ってくる理由が分からない。
「ハァッ……馬鹿にしにっ、ゼェ、来たのかっ……?」
「はいぃ~?! お……私はそんな性悪ではないぞ!」
失敬な! とむくれるポニテは無視して息を整える事に集中する。
ポニテは腕を組んで黙ったまま、踞って苦しむ俺を眺めるだけだ。
今は話さない方が良いとコイツなりに察したのだろう。
「まぁ弱点の一つや二つや三つや四つ、誰にだってあるしな。あんな奴等の言う事なんてあんま気にすんなよボーイ」
察 し て な か っ た 。
とことん俺の神経を逆撫でするポニテは「そう睨むな睨むな。流石に傷付くわぁ~」とヘラヘラしている。
どこまで無神経なんだこの野郎!
「ふざけるな! そんなの、大した弱みがない奴だから言えるんだ! 俺みたいな奴はすぐ死ぬのが現実だ! 気にしないでいられる訳ないだろ!」
もはや肺が痛いのか心が痛いのかすら分からない。
感情のままに怒鳴りつけたにも関わらず、ポニテは表情一つ変える事なくしゃがみ込んで目線を合わせてきた。
くそっ、何なんだよ。
「貴様は今、『大した弱みがない奴だから言える』と言ったな。だが、お……私は弱点だらけだぞ? それでも清く・楽しく・ふてぶてしく毎日を生きている。要は何事も気の持ちようなのだ」
いやそこは清く正しく美しく生きろよ。
清く楽しくふてぶてしくとか、周りはいい迷惑だろ。
……そう言い返してやりたいのに言葉が出てこない。
俺を正面から真っ直ぐに見てくる紫色の瞳が居心地悪い。
膝に顔を埋めて視線から逃れれば、ポニテは聞いてもいないのにベラベラと語りだした。
「ちなみに私の弱点は虫と言っていたが、あれは半分嘘だ。実はここだけの話、私は汚い物や不潔な物、不衛生な物全てが苦手でな。素手で物は触りたくないし、スライム等の粘液系魔物や腐肉を落とすゾンビなんかも苦手だ」
「……」
「それだけじゃないぞ! 砂埃もイヤだから強風の日も苦手だし、一見綺麗な川の水だって蒸留してなきゃ触りたくない。な? 具体的に考えてみろ。お……私の弱点も中々生きにくいだろう?」
何だそりゃ。
自慢にならないだろ、それ。
何でちょっとドヤ顔してるんだ腹立たしい。
腹立たしい筈なのに──
「……ふふっ……弱点で張り合ってくんなよな」
「何でも勝ちたいお年頃なんですぅ~」
コイツの話を聞いてたらウジウジしてるのが馬鹿らしくなってきた。
俺を励まそうって魂胆が透けて見えるのが癪だけど、今回は乗せられてやろう。
「……お前、ポジティブすぎるだろ」
「ん? まぁそうかな。お……私は基本的に悩むの苦手だしな。そんな暇があったら身の回りを綺麗にする努力をした方が建設的だろう!」
ドヤ! と薄い胸を反らして笑うポニテの姿が少しだけ眩しい。
こんな変な奴に対して、一瞬でも「羨ましい」と思ってしまうとは不覚である。
「さて、落ち着いたならそろそろ戻るか。トトルも探しているだろう」
「……うん」
よいしょと立ち上がって素直にポニテの後をついて行く。
そういやトトル兄ちゃん、向かえに来ないな……
全速力で走ったとはいえ、俺の足じゃ移動距離なんてたかがしれているし、とっくに合流していてもおかしくはないだろうに。
「トトル兄ちゃん、違う方に探しに行っちゃったのかな……」
ポツリと呟いた瞬間、前を歩くポニテがザッと警戒するように姿勢を低く構えた。
「! 血の匂いだ。近いぞ!」
「え!?」
反射的に鼻を利かせれば、僅かだが確かに血の匂いが感じ取られた。
こいつ、食人鬼の俺より鼻が良いのか。
いや今はそんな事より──
「……っトトル兄ちゃん!」
「あ! ちょ待てよ」
どこかで聞いた事あるような無いような台詞を放つポニテの横をすり抜け、俺はトトル兄ちゃんと別れた場所を目指して再び駆け出した。
流石に全速力は出来ないけれど、ジッとなんてしてられない。
トトル兄ちゃんは確かに強くて大きい。
でももし冬眠明けのデスベアーや悪い大人の魔物に遭遇していたら大変だ。
「……ハァッ、ハァッ……」
先程いじめっ子共と遭遇した場所に差し掛かる。
トトル兄ちゃんの姿はない。
「……!」
血の匂いが濃くなった。
心臓が警鐘を鳴らすようにドクドクと嫌に脈を打つ。
もしかしてトトル兄ちゃん、いじめっ子共の後を追ったのか?
でも何で……?
考えがまとまらない頭を強く振り、咳をしないよう気をつけながら茂みに隠れて移動する。
……あ。
「ぐぅぅぉぉおぉぉーーっ!!」
「っ、トトル兄ちゃん!」
あの便秘に苦しむサイのような雄叫びはトトル兄ちゃんの咆哮だ、間違いない。
慌てて声のした方へ駆け出せば、トトル兄ちゃんの「来るなチビオ!」という怒鳴り声が聞こえた。
トトル兄ちゃんのこんな焦った声、初めて聞く。
「ハッ、ハッ……トトル兄ちゃ……」
──グルルルル……
「馬鹿! 逃げろチビオ! デスベアーだ!」
辿り着くと同時に目に飛び込んできたのは、見た事もない程でかい化け物がトトル兄ちゃんを組み敷いている光景だった。
何だこれ、デスベアーってこんなでかいのか!?
2メートル近くあるトトル兄ちゃんが小さく見えるぞ。
「ひっ……あ……わ……」
デスベアーがゆっくりと顔を上げて俺を見た。