第62話
職場が変えて最近あまりうまく適応できないんですね。勉強する時間も減ってしまってとても困ります。早く今の生活に慣れると良いのですね。
いつもありがとうございます!
「遅いですわね…緑山さん…」
「はい…」
せっかくの赤城さんから私達の練習を見てくれるっていうのに思ったより時間が掛かっているゆりちゃん。
でもその理由を分かっている私はそれに関して何も言えませんでした。
「仕方ありませんわね。緑山さんの方はわたくしが後で見てあげることにしてまずはあなたから始めても差し上げますわ。」
「え…!?わ…私一人ですか…!?」
そしてこれ以上時間を無駄遣いしたくなかった赤城さんはまず私の方からレッスンを始めることにしましたが
「よ…よろしくお願いします…!」
こ…これってなんだかすごくドキドキしちゃいますね…!
「まずはストレッチから始めますわ。始める前に体を温めて柔らかくするのは負傷を防いで全体的なパフォーマンスを向上させてくれるんですの。まあ、経験者のあなたにはもう知っていることかも知れませんが。」
中学校時代の水泳部からのことやゆりちゃんと一緒にアイドルをやってたことを指してそう言った赤城さん。
もちろん心得てはいますが赤城さんからそう言われるとやっぱり説得力が違うかも。
「やはり聞いた通りの柔らかさですわね。」
「そ…そうでしょうか…?」
「さすが元水泳部ですわ。」
赤城さんの指示に従って体中を伸ばしていく私のことに感心する赤城さん。
特に自慢ではありませんが体はそこそこ柔らかい方だと思いますよね、私。前屈とかも結構できるし子供の時、ゆりちゃんに連れられてバレエスクールとか行った時も先生から
「みもりちゃん、上手なんだねー」
っと褒められたりして。
まあ、ゆりちゃんはなんかそこもツボだったようでたまに
「みもりちゃんのお体が柔らかいおかげで色んな体位が楽しめるかも♥48手とか♥」
っとなんかすごい絵を見せちゃったりするんです…本人が喜べばそれでいいんですけど…
でも赤城さんに体感がいいって褒められるのはやっぱり嬉しいかも!
それにしても…
「練習着、とてもお似合いです。」
赤城さんの練習着姿…これ、なかなかのレアものかも…
普段のくるっとしたツインテールじゃなく激しい動きのための一本のポニーテールと割りと普通な練習着姿のレッスンモードの赤城さん。
会長さん並みの長身ってわけではありませんがお肌も真っ白くてまるで高級の陶器みたいに上品さが溢れていてとてもきれい…
その真っ赤な髪の毛が真っ白な肌の上から舞い踊っている姿は言葉で表現しきれないほどでただ目の前のことに視線を凝らせた満月の瞳は夜空に浮かんだたった1つの至宝…
私…ずっと赤城さんのファンだったから今の状況が信じられないんです…まさか
「帰らない紅蓮のシンデレラ」「真紅のシンデレラ」の赤城さんと知り合いになれた上にレッスンまでしてもらえるなんて…
「ほ…褒めすぎですわ…」
私からの褒め言葉にどう反応したらいいのか少し困りそうな赤城さん。
いつもびしって決めていてすっごく大人っぽいのにこういうところにはちゃんと照れているんですね。ちょっと可愛いかも…
「でもありがとうですわ…」
つーんとした顔でぽっての上に垂れている髪の毛を弄りながらちゃんと今のことにお礼を言う赤城さん。
私、なんでゆりちゃんが赤城さんのことを可愛いって思っているのかちょっと分かった気がします…
「それにしても本当に汗かくの早いですわね。まだストレッチが終わっただけなのに。」
「あはは…そういう体質で…」
「疲れませんの?少し休憩してもよろしくてよ?」
ストレッチが終わったところでいつの間にか汗だくになっている私に本格的なレッスンに入る前につかの間の休憩を提案する赤城さん。
どこか体調でも悪くなったかなっと心配しているようですが私は特に問題ありません。
お母さんだって似たような体質で健康診断からでも特に問題はないって書いていましたから。もちろんちょっと普段なところはありますが日常生活に支障が出ることなんて…
「みもりちゃん♥もうこんなに汗かいちゃって大変♥あなたのゆりが隅から隅まで全部舐め…拭いてあげますね?♥」
ありました。支障。
と…とにかくご心配には及びません…!ゆりちゃんのことならいつものことですし特に疲れてませんから…!体力にはちょっと自信あってむしろ赤城さんから早く稽古してもらいたい気分です!
赤城さん!今日はビシビシよろしくお願いします!
「わ…分かりましたわ…」
っと張り切っている私のことに少し戸惑っている赤城さんですが私には分かります!
赤城さん、今すごく楽しいってことを!だって赤城さん、こんなにウキウキした顔してるんですもん!
私、ゆりちゃんから言われた自分の任務とか忘れたわけではありませんがただ純粋に赤城さんには今を思う存分楽しんでもらいたいです!
「体も温まったところですしそろそろ始めましょうか。あの首席の桃坂さんほどではありませんがわたくしだって一応あの青葉さんと一緒に共同首席で入学しましたから。今日はダンスのレッスンから始めますわ。」
「はい…!よろしくお願いします…!」
歌の練習じゃないんだ…っと得意の歌じゃなくダンスの方を優先する赤城さんの話にちょっとだけ意外って気持ちになっちゃいましたが
「あ…もしかして…」
私はふとこれも赤城さんがかな先輩のことを気遣ってくれたのではないかと思ってしまいました。
「まずはステップですわ。ゆっくりしてもいいですからわたくしと同じくやってみるですわ。」
「あ…!はい…!」
っと赤城さんの足と同じステップを踏み出す私。
でも私はわざわざ自慢の歌ではないダンスの方を選んだ赤城さんのことを少し考え込んでしまいました。
特に大した理由はなかったかも知れません。でも私は赤城さんが不在のかな先輩の穴を埋めたかったと思ったんじゃないかなと思ってしまったんです。
だって赤城さんはすごく責任感の強い人ですから。もし赤城さんが今も先輩のことを想っているのならきっと…
「雑念は後にしてくださいます?今は集中ですわ。」
「あ…!す…すみません…!」
お…怒られちゃった…
いけません…なんか余計なことまで考えちゃったかも…ここはやっぱり赤城さんのことに集中しなきゃ…
でもよく見ると赤城さん、結構ダンスがお上手ですね…動き一つ一つに気品があってとてもきれい…
その上歌もすごく上手で顔だってあんなに可愛くて…
やっぱりアイドルというのはこういう人なのかな…
っと少し落ち込んでいる私のことに気付きたのか赤城さんは自分の人生から学んだ何かを身につける時、最も大事な教えを私に話してくれました。
「焦るのも分かりますが何事も丹念に積み上げるものですわ。焦らず一歩ずつゆっくり。心が先走っては元も子もありません。毎日の時間を着実に歩いて行く人だけが最後にたどり着けるのですわ。」
「一歩ずつ…」
皆に平等に与えられる時間。その時間をどうやって過ごすか、それを判断するのは自分自身。
赤城さんは自分に恥じらわないように、悔いのないようにコツコツ積み上げることを何よりも大事だと言いました。
「今はそこそこ弾けるようになりましたがわたくしが初めてピアノを学んだ時はあまり人に聞かせられるものではありませんでしたわ。ダンスだってそう。わたくしは多分あなたより下手だったかも知れません。」
「私…ですか?」
っと聞く私を見てそっとした笑みを浮かべる赤城さん。
赤城さんは私とゆりちゃんがやっていたアイドル活動のことを知ってからネットで私達のことを色々探してみたと言いました。
「あなたと緑山さん、「フェアリーズ」の活動、拝見させていただきましたわ。結構昔のことでしたが市役所のホームページにデータが残っていて他に動画サイトにも保存された動画や映像がありましたわ。今はこんなに大きくなって素敵な女性として成長しましたがあの時はあの時で本当に可愛かったですわ。」
「フェアリーズ」…
それは私とゆりちゃんが地元のロコドルとして活動していた頃の名前。そして私の夢のもう一つの名前。
今は大分忘れられたかも知れないけどその名前は今も私の胸の底から生きている。そして私達は今もその名前を大切にしていました。
赤城さんは私達の古く、そして輝かしい夢を
「それは正しく「奇跡」でしたわ。」
たった1つの「奇跡」と言ってくれました。
「わたくし、あんな笑顔は初めて見ましたわ。心ゆくまで歌うことを楽しんでファンや応援してくださる皆と心から繋がりたいって思わせるような笑顔。わたくしが今こうやってアイドルをやっていられるのは全部会長のご恩のおかげでわたくし自信はあまりいいアイドルではありませんから。」
っと自分と昔の私達のことを重ねて今の自分を振り返る赤城さん。
私は何故か今の赤城さんはあまりアイドルが好きじゃないと感じってしまいました。
だからこう聞いてしまったんでしょう。
「赤城さんはアイドル…そんなに好きじゃないんですか…?」
っと。
失礼な質問だというのは十分分かっています。
でも私はふと思いついたその質問に対する赤城さんの本当の気持ちがどうしても聞きたかったです。
だって赤城さんは私の大好きなアイドルの一人で命がけで私のことを守ってくれた人だから。
もし赤城さんが好きじゃないって言っても赤城さんが私の憧れという事実は決して変わりありません。
私はただ赤城さんの本当の気持ちに耳を傾けて全力で彼女のことを手伝いたいと思っているだけだったのです。
「本当…婦婦揃ってで同じ質問だなんて…もしかして嫌味ですの?」
「ええ…!?そ…そんなことは…!」
まいったって顔で呆れそうに笑ってしまう赤城さんのその言葉に私は全力で決してそのつもりではなかったということをアピールしなきゃいけませんでしたが
「も…もしかしてゆりちゃんもこれを聞いたんですか…?」
まもなく赤城さんにとってこの質問は私で二度目ということに気がついてしまいました。
しかもそれを聞いたのは私の伴侶と言っても過言ではない「フェアリーズ」のもう一人のメンバーである幼馴染のゆりちゃんということに私は再び驚かされました。
でも赤城さんはこんな私達の無礼な質問にも関わらず
「ええ。どう分かったのは全く知りませんが。」
落ち着いた表情で自分の心を話してくれました。
「嫌いっというより自信がありませんでしたわ。この先、自分がずっとアイドルをやっていけるのか。わたくしは皆が思っているようにずっとポンコツのアイドルですから。」
「ポンコツって…」
初めて聞く話。
まさかあの「真紅のシンデレラ」の赤城さんが自分のことをそう言うとは考えもしなかったゆえ、私はこれにどう反応すればただ迷っているだけでしたが
「わたくしのただ自分の都合でアイドルをやっているだけですの。」
彼女は今はただ自分の話を聞いてもらいたいって私にそう言いました。
「だからあなた達の動画を見て分かりましたわ。ああ、わたくしは結局単に歌って踊っていることを真似していただけっと。」
今まで一度も歌うことを楽しんで誰かのために歌ってことがないという赤城さん。
だから彼女はアイドルを始めてから1年の間、ずっと苦しかったそうです。
「会長はそんなに気にしなくてもいいとおっしゃいましたがそれではダメだと思いましたわ。会長はわたくしのことを信じて選んでくださったのにその期待に応じることができないなんてそんなのわたくし自信が許せません。」
彼女は会長さんに申し訳ないって言いながらもずっと悩んでいたと言いました。
心で歌えない自分のこも、これからの先のこと、そして今の自分を取り囲んだ全ての状況。
「でもどうしても歌うことが楽しめなくて。まあ、当然ですわ。わたくしは自分の歌も、ファンの皆も見ていませんですもの。だから人気も最低でこの期に及んではアイドルとしての自分さえ信じられないようになったのですわ。」
だから迷っていた。この先、ずっとアイドルでいられる自信がなかったから。
アイドルが好きなわけでもない自分がただ会長さんの温情でアイドルを続けている今の状況が許せなかったと赤城さんは悔やんでいました。
でもその話を聞いた時、私はふとそう話している赤城さんにこう聞きたかったです。
「ならどうして赤城さんはアイドルをやっているんですか…?」
っと。
苦しみながらも、傷ついて悩みながらもアイドルを続ける理由。
ただ会長さんのためやチームのためではない赤城さん自信の理由。
それを聞いた時、
「そうしたらあの人がわたくしのことを振り向いてくれると思いましたわ。」
私はお二人さんの間に絡んでいる凝りの顛末が分かるようになりました。
「わたくしはあの日から前に一歩も進めませんでした。」
***
「ね!」
小学校のある日の放課後、その子は突然自分に声をかけてきた。
きれいな長い金髪と真夏の青空のような晴れ渡った青い目。
明るくて元気な笑顔と笑う度にチラッと見せる小さな八重歯がとても可愛かった女の子。
もはや小学生並みの成長とは言えないほど優れた発育をしたその子は自分より頭一個くらいの上の視線で自分のことを見下ろしていた。
クラス一番の人気者。性格も良くて運動もできるその子の周りにはいつもお友達いっぱい。
だがその時の少女は見つめるだけで気分まで爽やかになるその真っ青な目で
「ちょっといい?」
ただ自分だけを見ていた。
その子の名前は「中黄花奈」。
そしてその少女はやがて「赤城奈々」という人生の全てになった。




