第61話
いつもありがとうございます!
「先輩、お見舞いに来ました。」
先輩の部屋の前で中のかなの不在を確認するゆり。
まもなく中からドタバタする派手な音が聞こえ、その後、適当に服をまとったかなが困ったような顔で頭だけをドアの狭間にそっと出して来客を迎えた。
「ユリユリじゃん…?ど…どうしたの?」
ぎこちない表情。そしてガチガチな口調。
風邪というのは明らかな仮病のようだったがそれを全部見抜いたゆりはあえてそのまま知らないふりを一貫した。
「いいえ、ご様子を見たいと思いまして。お体の具合はいかがですか。」
その質問に更に気まずい顔になってしまうかな。
だが彼女にとってこのまま適当に言う選択肢しかなかったのでかなは今の自分の様子を
「も…もう随分良くなったから心配しなくてもいいよ…?心配してくれてありがとう…お茶でも入れたいけど風邪とか移ったらまずいし…」
っとごまかすことにした。
このまま大人しく帰ってもらいという露骨な表情。
だが相手はあのゆり。屈指の名門「緑山」家の次期当主でありながら幼馴染への愛情を人前で心置きなく出しまくっている彼女は基本あまり人の目を気にしてない性格でそれは母より父の譲りであった。
「いいえ、大丈夫です。私、バカですから風邪とか引かないんです。」
「政の鬼」「鉄血大臣」などの凶悪なあだ名で呼ばれる父と同じく一度その気になったらとことん押し付ける気質は実にどうしようもないものであったがその全ては大切なみもりを中心に行われること。
今回もまたそう信じているゆりは強引でもかなの部屋に入ってもらうことにした。
「ええ…!?で…でも…!」
慌てたかなはそんなゆりを急いで阻止しようとしたが
「お邪魔します。」
既に片手でドアを取っているゆりの並外れの力の前にはどうすることもできなかった。
「きれいな部屋ですね。」
無理矢理にドアを開けて部屋に入ったゆりの一言。
イメージとは違って掃除まできちんとできているきれいな部屋の状態がゆりはさぞ以外だったようだ。
「先輩ってあまりきれいなのが苦手な人だと思ってましたが。」
「け…結構容赦ないな、ユリユリっって…汗はちょっと多いけどちゃんとお風呂も入っているし掃除もやっているよ…」
いきなり辛辣な言葉を差し詰めてくるゆりの話に少し呆れてしまうかな。
だが今の言葉の中から一部否定できないところがある点だけは認めざるを得なかった。
「ななが散らかすの、嫌だったから。」
そうつぶやいたかなのことをゆりは決して見逃さなかった。
壁にかけられているチアのユニフォームと制服。枕元に飾られているぬいぐるみ。
そして
「「Fantasia」…」
ななの「Fantasia」のメンバーとしての初ライブのポスター。
シンプルだが同時に女の子としての感想がたっぷり出ているかなの寝床にゆりはどことなく新鮮な気分になった。
「あははっ…なんかちょっとはずいね…後輩に部屋を見せるのは…」
「いいえ。とても可愛いお部屋だと思います。」
そう褒められた時、かなはますます恥ずかしい気分になって「そ…そうかな…」っと照れくさく笑うしかなかった。
「青葉さんはまだですね。この時間ならやはり部活なのでしょうか。」
かなの同居人であるうみの姿が見当たらないところから今の彼女の居所を推測するゆり。
その通りにうみは今「合唱部」のレッスンのため部活に励んでいた。
「そうね。何と言ってもウミウミは「合唱部」の部長だから。って言っても私も部長だけどね。」
まるで部長という役目を真面目に全うしていない自分を恥じらっているような口調。
だがかなは以外にチア部の部長と同好会の助っ人という二足のわらじをきちんとこなしていた。
そこはゆりにも十分分かっていることだったので
「そんなことないです。先輩はよく頑張っていますからもっと胸を張ってもいいと思います。」
彼女は少しでもかなを励ますことにした。
「そういえば「合唱部」は来年生徒会と一緒に「名前」がもらうんだって。すごいね。」
っとかなはそのことに感心していたがそのことは今に至っては結構知られていることであった。
世界政府は付属高校の中で著しい業績を上げた部に限って「名前」という称号を与えて、その目覚ましい成果を讃える制度を行っている。
既に第3女子校には「Scum」「百花繚乱」「Vermilion」など社会に大きく貢献した実績がある部活が複数存在し、世界政府の付属高校の中では一番多い数の「名前」が与えられていた。
「進学校の第1や軍・科学特化の第2より第3の方がずっと数多いのに更に生徒会と「合唱部」まで名前をもらうんだなんて。会長も頑張ったね。」
「まあ、付属校の生徒会の中では一番遅かったんですが。」
他校に比べて生徒会を囲んだトラブルが多かった第3女子校。
当然それに関した悪い噂も人々の口の端に上っていたが
「私、生徒会長に立候補するわ。」
人気アイドル「Fantasia」としてその名を轟かした2年の頃のセシリアが生徒達から圧倒的な評を得て生徒会のトップになってから状況は変わり始めた。
「会長は優秀な方です。学校自体とは違って泥まみれで腐っていた生徒会という組織を何から何まで全部組み立て直しましたから。お仕事の途中でも欠かさず学校業務にお努めになりましたし。私は会長のことを尊敬していますし自分も会長のようにならなきゃって思っています。」
生徒会という組織の改編。健やかで正しい学校生活のための生徒達の不満解消と生活様式の向上。
そして密かに存在していた下級生に向けた上級生達の横暴。
彗星のようなセシリアの登場は正しく「革命」と呼ぶべきのものであった。
セシリアは生徒会の指揮を執るようになってから元第3女子校の生徒会は今年その目指して業績を認められて「名前」までもらうことになった。
だがそんなセシリアですらうみのことはどうすることもできない実に厄介な問題であった。
理由はただ一つ。うみと繋がっている人が自分の大好きなみらいということであった。
「伝説の歌姫」として手に入れることができた揺れることもない支持。
そして未だに潜んでいる魔界と神界の中に凝っているわだかまりを片っ端から利用しているうみはもはやこの学校の帝王であった。
「今も神界の中では魔界への憎しみを抱いている人が多いです。逆に魔界の中でも神界は自分達が支配するべきと思っている人が結構いて青葉さんはそれを利用したんです。」
長い間、魔界に支配されていた神界の住民達は今もその恨みを抱えて生きている人が多い。
その現象は特に社会的地位が高い名門のほど著しく表れたが周りの目を意識してそれを決して表には出さなかった。
同じく長い時間をこの星の支配者として君臨していた魔界の方は今も自分達が世界のトップだと思っている人が多かった。
そこを食い込んだうみの作戦は実に効果的で悪辣であった。
「青葉さんのおかげでこの学校は崩壊寸前です。あんなに会長が頑張って守ってくださったこの学校は真二つに分かれてお互いの憎み合い、いがみ合っています。」
それでもうみの暴走をセシリアは止められなかった。
「理由は簡単。青葉さんは同好会やみらい先輩と何らかの関係がありますから。」
むやみにうみを阻止しようとしたらうみは確実に学校の敵になってしまう。
そうなったらきっとあの子が気づいて悲しんでしまうから自分にはどうしてもそんなことはできない。
セシリアはそう思ってただ現状を保ち、この危うい均衡を維持することにした。
「いずれ崩れてしまうバランス。それでも会長はただ先輩のためにこの曖昧でもろい平和を保ちたかったんです。」
今更うみのことを責める気はない。これは決してよくないと彼女自身が誰より知っている。そうするしかない彼女なりの理由がきっと存在するはず。
セシリアの生ぬるい策もまたそれなりに仕方はないと思っている。
それでもゆりはただ自分だけの大切なあの子のために今をなんとかしたかった。
「私はやっと再出発のスタートを切ったみもりちゃんの前を邪魔する全てを全部排除するつもりです。立ちはだかるものがあれば全部自分の手でぶっ壊して目の前から取り除いてみせる。今までずっとこんな生き方で生きてきましたしこれからも私はそうします。」
一点の迷いもない強い目。
鋼のような硬く、そして爽快感すら感じられる澄み渡った青い目をその真正面から見た時、かなはついゆりのそのブレない強さが羨ましくなってしまった。
「先輩と副会長のことも同じ。お二人さんの間で何があったのか全く知りませんが今の私にとってただの邪魔者に過ぎません。」
っと言ったゆりはお見舞いのお土産として買ってきた季節限定のプリンをかなの前に差し出した。
「どうぞ召し上がってください。みもりちゃんも美味しいって言ったものですから。」
だがその堂々な姿に思いっきり引いてしまったかなは
「あ…うん…ありがとう…でもこれは後で食べるから…」
今これを食べてもきっと何の味も感じられないだろうっと思ってその無神経さに敬意を払いながら今は遠慮することにした。
普段あまり見せないひやひやでびりっとしたゆりの態度に少なからぬ戸惑いを感じているかな。
そんなかなにゆりはやっと一人でかなのお見舞いにきた経緯を説明することにした。
「みもりちゃんには先に行ってもらいました。あの子は意外なところで感が良すぎで先輩の嘘なんてすぐ気づきますし先輩が頼ってくれないことをまた自分のせいだと思って落ち込んじゃいますから。何より先輩のそんな顔をあの子に見せたくなかったんです。」
お茶を一口。
ゆりは今のかなが随分落ち込んでいることを既に予想していた。
「みもりちゃん、同好会のことを知ってたからよく言いました。あの日、かな先輩に出会えたおかげで同好会のことをもっと知ることになったって。先輩と一緒にいると楽しいしダンスも教えてくれていつか先輩の力になりたいって。」
「モリモリが…」
その言葉にふとあの子との初めての日を思い出すかな。
あの時の自分は偶然廊下でぶつかってあの子のことをただの可愛い後輩にしか思わなかった。
サラサラな黒髪と黒いタイツがとてもお似合いだった可愛い1年生の女の子。
よく笑ってよく泣くあの子に自分には想像もできない大変な過去があることを聞いた時はあまりにも可哀想でつい涙まで出てしまったかなは自分からもあの子のことをちゃんと見てあげようと決めた。
辛かったことや痛みなんかは思い出さないほど楽しい毎日を自分から送らせてあげようとした。
ただ自分から見守って大切にしてあげようとしたあの子が自分の力になりたいって言ってくれたことがとても嬉しかったかなは本当のことを言ってあげられなかった今日のことを心底から後悔してしまった。
「みもりちゃんは先輩のことをよく「ヒーロー」って言ってました。正直に言ってちょっとした嫉妬まで感じちゃったんです。みもりちゃんのヒーローは私しかないと思ってましたから。」
「ヒーロー…」
いつも前から手を引っ張ってくれるかなのことをずっと「ヒーロー」っと思っていたみもり。
「だから応援してくれるあの子のためにもそんな顔はしないでください。」
だからゆりはそんなヒーローの落ち込んでいるところを彼女には見せたくなかった。
「ヒーローは逃げませんから。」
っと言われた時、かなは今まで感じたこともない大きな恥じらいに自分の前でお茶をすすっている後輩に頭が上がらなかった。
「逃げたところで何も解決されません。せめて私は両親からそう教わりました。」
「進撃」「勝利」「征服」。欲しいものはぶっ壊しても手に入れる。
「人獣」の「12家紋」の中で最も優秀で最も圧倒的な「馬の一族」の生き様で自分の身を持って証明したかったゆりは誰よりも強く、そして誰よりも美しく自分を磨いてきた。
だが手に入れることにあたって最も重要視されること。
それは逃げられないことというのをゆりは経験を通して心得ていた。
「先輩にも譲れないものが、どうしても欲しいものがあるんじゃないですか?」
そしてゆりはかなにこう話したかった。
もしどうしても手に入れたいものがあれば、諦められないものがあれば食らいつけ、最後の最後まで粘ってと。
その時、ゆりの目についたのは机の上の書き途中の転校のための書類であった。
「あはは…鋭いな、ユリユリって…」
まいったというしょぼい笑いを見せてしまうかな。
だがかなはゆりのその話に言い返す言葉が見つからなかった。
「逃げるヒーローか…確かにその通りかも…」
そしてそこからゆりに聞かせるその話はかなが今まで抱えていた悔いと
「これは私への罰なんだ。」
自分の罪を告げる最後の秘跡であった。




