第55話
いつもありがとうございます!
っと言ったものの…
「うまくいくかな…」
赤城さんの様子を見るために昼休みの時間に音楽科の2年生教室を訪れた私とゆりちゃん。
でもさすがに上級生の空気というものにはいささか妙に緊張を感じてしまいますね…
それに私達は普通科ですから音楽科の先輩達とはあまり顔見知りってわけでもないですし…
「あ。あちらにいますよ、みもりちゃん。」
前のドアからこっそり赤城さんを探していた私達なんですがこうすると何か単なる赤城さんのファンみたいな感じですね…
な…何かちょっと恥ずかしくなってきちゃいしたよ、私…!
「聞いた通りやっぱり一人なんだ…」
ゆりちゃんから指したあそこには日光が当たったらダメな故に周りを黒い布で囲んだ端っこの席から私達が来ているさえ気づかずにずっと本を読んでいた赤城さんがいました。
真っ赤なくるくるのツインテール。何の本を見ているのか本に釘付けになった満月の瞳は私達の方には目もくれなかったのですがその一人だけの時間が彼女にとってどれほど心地よいものなのかを一目で分かるほど落ち着いていました。
昨日のことがまるで嘘だったと思われるほど静かな雰囲気。
そのゴージャスでエレガントな姿はお嬢様という感じですごく憧れちゃいますがこんな広い教室で誰とも話さずにたった一人で本を読んでいる赤城さんのことを見て私はなんだか寂しいって気持ちになってしまいました。
「今朝会長と先輩の方から改めて副会長のことを頼んだのもこれですね。」
一人になってまるでこの世の異物にされている赤城さんのことがすごく気になったゆりちゃん。
でも私から見ると多分それは赤城さん自ら皆と距離を取っている感じでした。
誰にでも目もくれず自分だけの場所を構築してこの世界から欠け落ちようとする彼女のことを会長さんはすごく心配していました。
「ななから企んでいるのは全部把握しているわ。何せ私にはななの頭の中が丸見えだもの。」
今朝私達のところに電話をかけた会長さんは既に赤城さんの目論見を全部知っていました。
常に会長さんの穏健な方針が気に食わなかったこと。
会長さんの不在に乗じて生徒会のことを乗っ取ろうとすること。
そしてそうなった生徒会からやって行くこと。
でも会長さんは決して赤城さんの考えを否定しませんでした。
「私には人の考えが見える責任というのがあってね。それを利用してこの状況をなんとかするのはできないわ。だから私なりに皆を仲良くさせようとしたけどうまくいかなかったみたい。」
皆の個性と意思を大事にしたいという会長さんの言葉。
だから会長さんは赤城さんのそういう危うい考えも尊重するべきだと言いました。
「私と方法は少し違ってもななだってこの学校のことを大切にしているから。」
っと全てのことを知っていながらも会長さんは赤城さんの止めませんでした。
「そこでみもりちゃんとゆりちゃんにちょっと頼みたいことがあるんだけど聞いてくれないかしら。」
ふと私達にお願いがあるって話を続ける会長さん。
会長さんは昨夜の寮長さんと同じことを私達に頼みました。
「私達がいない間にななのことをちょっと見てくれないかしら?知っている通りななはあまり友達とかいないからいつも一人でね。生徒会のことは一旦忘れてもいいから。」
同じ「Fantasia」の自分達までいなくなったら赤城さんは学校では本当に一人になってしまう。会長さんはそれをずっと心配していました。
「だからななが自分のことを一人って感じないようにして欲しいの。ぶっちゃけに言ってお友達になって欲しいって言いたいところかしら。」
そう言った会長さんは「よろしくねー」っと電話を切りましたが実のことを言うと本当は会長さんよりそのことを私達に頼んだ人がいました。
赤城さんのことをこの世で誰より心配する人。誰より彼女に近づきたいと思っている人。そして誰よりその赤城さんから憎まれて遠ざけられている人。
彼女は自分の大好きな人のことを私達にこう頼みました。
「ななのこと、よろしくね?」
彼女から言ったのはただそれだけだったんです。
今朝、学校に来たばかりにかかって来た電話。
発信者は何故かすごく元気がなかったかな先輩でした。
「…おはよう、モリモリ。」
ちょっぴり枯れている声。
私は先輩と電話を間にして離れていましたが私は何となくあの時の先輩のことを気づいてしまいました。
「先輩…泣いちゃったんだ…」
っと。
「あははっ…ごめんね、何か風邪とか引いちゃったみたいで…だから今日はお休みなんだ。」
それは多分嘘。この人はただ自分の落ち込んだ姿を誰かに見せたくないだけっとその時の私はそう思ってしまいました。
その以前にかな先輩自身はあまり気づいてないように見えますが先輩って割りと嘘つくのがびっくりするほど下手くそですから。
でも私はそんな素直で純真な先輩のことが大好きでした。
だから赤城さんのことを放っておけませんでした。私の大好きなかな先輩が悲しんでいましたから。
自分で全部解決できないかも知れませんけど私はせめて誰かの小さな力にでもなりたいと思っています。
「大丈夫ですか?先輩…」
あえて知らないフリをしながら聞く私。
そんな私の些細な気遣いのことを気づいたのか、気づかなかったのか
「平気平気。ちょっと休んだらすぐ元通りになるはずだから心配しないでね。」
っと大したことではないって振る舞う先輩。
私は先輩のその無理する姿にもっと心が辛くなってしまいました。
「それよりサキサキから聞いたんだ。ななのこと、世話するんだって。ありがとう。」
「いえいえ。お礼には及びませんから。」
私こそいつも先輩に助けてもらうばかりだから。
これでちょっとだけでも先輩の荷物を減らせるのなら私はそれで十分と思います。
「後で美味しいものでもおごるからななのこと、よろしくね?」
「はい。任せてください、先輩。先輩こそお体、お大事にしてください。後でお見舞い行きますね?」
「えへへ…ありがとう。」
っと言う私の言葉に少し安心したような先輩の萎れた笑い。
私は先輩のそういうテンションがすごく苦手でした。
そんな感じで赤城さんの様子を見に来たわけですがいざとなるとやっぱり緊張しちゃいますね…
「よく考えてたら私、赤城さんとは顔見知りのだけでそれ以外はなんとも言える関係でもないから…」
自分でやるって決めたからちゃんと成し遂げたいって気持ちはありますが…
「赤城さん…めっちゃ「話しかけるべからず」ってオーラ出しまくっている…」
赤城さんのあのつーんとした顔…
あれ…絶対話したくないって空気ですよね…?
「まあ、生徒会室でも大体あんな空気ですから私的には割りと普通ですけどね。」
「そ…そうなんだ…」
っとゆりちゃんはなんということでもないって言いましたがあんな広い教室で一人でいる赤城さんのことをただ見ているだけのことってなかなかしんどいですね…
何かゆりちゃんがいない時の私を見ているみたいで胸が苦しいっていうか…
って何でそんな心配した顔をしているの?ゆりちゃん…
「わ…私…そんなにみもりちゃんを寂しくさせちゃいましたか…?」
ってえええ!?べ…別にそんな意味で言ったわけではないんだけど…!?
「ごめんなさい、みもりちゃん…!これからは絶対みもりちゃんの傍から離れませんから…!」
っと何かすごい誤解をしているゆりちゃんから仕掛けてきたのはいつものギュッとした関節技でした!
だからこれ…!普通に痛いからやめろって…!
「ごめんなさい…!ごめんなさい、みもりちゃん…!私が…!(スー)みもりちゃんを…!(ハー)寂しく…!(スー)させちゃって…!(ハー)」
匂い嗅ぐな!!っていうか折れる…!絶対折れちゃうよ、これ…!
「朝から忙しいね、二人共。それもこんなところで。」
その時、後ろから聞こえる女性の声に少し緩んでくるゆりちゃんの関節技。
私が助けていただいてありがとうございますって心を込めたお礼をするためにあそこを振り向いた時、そこに立っていたのは
「あ…青葉さん!?」
この芸術文化系の屈指の名門、第3女子校の中でも最も皆のディーバとして名高い「伝説の歌姫」「青葉海」さんでした!
「二人共、おはよう。」
いつもテレビや舞台でしか見られなかったセレブリティー。
その本物の有名人が今私達に向かって「おはよう」と挨拶してくれているんです!
いつ見てもきれいな人…一個しか離れてない同年代の女の子なのになんという気品でしょうか…
女優だからでしょうか…私なんかにはいくらあがいてもたどり着けない大人の階段を一気に登ったようなその淑やかで優雅な姿はまるで後ろから光が放たれているように輝いてもうまともに目も当てられません…
その上、背も高くてスタイルもすらっとしてすごく良くて水滴を人の形でイメージ化したように清らかで滑らかでどことなく色気もついて…
でも何より海の深さを思い出させてしまうその深海色の青い目は背筋がぞくっとするほど美しくて恐ろしいものでした。
それなのに可愛いお下げの髪型や柔らかい物腰は彼女のことを世界の至宝ではなくご近所の眼鏡のお姉ちゃんに取り替えてしまうほど親しく感じられてつい心も、体も全部委ねてしまう。
到底その「伝説の歌姫」とは思われないほどの親近感と圧倒的なカリスマを同時に発散している彼女こそこの世で選ばれた数少ない人間ということを気づいた時、私はなぜ彼女が老若男女を問わず愛されているのかはっきりと分かるようになってしまいました。
「お…おはようございます…!」
あまりにも慌ててつい青葉さんのところに大声で挨拶を返しましたが
「おはよう。虹森さん。」
彼女は笑顔で私の挨拶に応えてくれました。
すごい…「おはよう」って挨拶しちゃった…芸能人っぽい…
「まあ、普通に午前中だからそんなにおかしくないんじゃない?」
「え…?」
言われてみれば…!ど…どうしよう…!なんかめっちゃ恥ずかしいことしちゃったかも…!
「あははっ。いいじゃない。可愛いしね。」
っと私の恥ずかしいところをフォローしてくれる優しい青葉さん。
彼女の言葉に私は照れくさく「えへへ…」って頭を掻くだけでした。
「ぷく…」
「ゆりちゃん…?」
でもこんな私と違ってどこか不機嫌そうにほっぺを膨らませているゆりちゃん。
もしかして私が青葉さんのことに夢中になってたのが嫌だった…かな?
「みもりちゃんって本当に有名な人には目がないんですね…私だってネットで名前くらいは出るんですよ…」
何張り合っているのかな、うちのゆりちゃんは…でもなんかごめん…
って今…青葉さんが私のことを言ってなかったっけ…?
「中黄さんからかねがね聞いてね。同好会に可愛い後輩ちゃん達ができたってすごく喜んでいたから。緑山さんとは会議のことで何度も合ったし。」
「かな先輩が…」
な…なんかちょっと感動しちゃったかも、私…
まさかあの「青葉海」さんから私のことを覚えてくれるとは夢見もできませんでしたから…これ、絶対実家の皆に自慢できるかも…!
「う…うちのお母さん…!青葉さんの大ファンなんですから…!私、すごく嬉しいです…!」
「あら、そう?喜んでくれて良かったね。」
実はうちのお母さん、青葉さんのことがあまりにも大好きで出演した作品なら全部揃っています。
私が青葉さんと初めて合った時だって
「ええ!?本当!?お母さんもうみちゃんに合いたいよ!」
って電話ですごく羨んでいましたし。
直接合ったら死んでしまうほどの感動しちゃうかも知れませんが良かったらぜひ生で見て欲しいですね。
でもそうか…青葉さんだって赤城さんと同じ音楽科だからこの辺で会えるんだ。クラスは違うようですけど。
女優なのに演劇科ではないのはちょっと珍しいかも…
あ、そういえばうちの学校ってなんで演劇科はあるのに演劇部がないんだろう…
「二人共、ここは何の用?」
っと1年生の私達が2年の音楽科の教室まで来た理由について話を聞こうとする青葉さん。
私はそう聞く青葉さんに寮長さんや会長さん、そしてかな先輩からの頼みのことや私達個人的なことで赤城さんの様子を見に来たと答えました。
「やっぱり赤城さんのことだったんだ。実は中黄さん、昨日夕食も抜きにしてずっと部屋にこもっていてなんかおかしいって思ったけどなるほどね。」
先輩と同じ部屋を使っているからこそ知っている先輩の様子。
青葉さんは今朝だって結局そんな状態で先輩のことをおいてきたと言いました。
「今はそっとしてあげようとしたんだ。なんか具合が悪いって言ったけど私は多分精神的な問題だと見たから。どこか痛いところはなさそうだったしあの中黄さんに何か問題が出たのなら大方赤城さんとのことだから。だから私も赤城さんの様子を見に来たわけなんだ。」
「す…すごいですね…」
さすが今の第3女子校の魔界側を率いている「合唱部」の部長…なんという鋭さ…
青葉さんってそんなことまで見通していたんですね…
「まあねえ。中黄さんは私の友達だし赤城さんだって友達であり音楽のことで競い合っているライバルだから。」
「ライバル…」
っと青葉さんから言われた時、私はついこう思いました。
私、赤城さんのことをちょっと心配しすぎだったかも知れないって…
皆に赤城さんのことを頼まれた時は赤城さんって本当に独りぼっちで私がなんとかしなきゃとか思ってたんですが自分のことを「ライバル」って呼んでくれる素敵な友達もちゃんといるんじゃないですか。
ただ張り合うだけではなく競い合うことでお互いのことを高め合うその関係の素晴らしさは私だってよく知っていますから。
「どうしたんですか?みもりちゃん。そんなにじーっと見て。」
何だって子供の頃からずっと一緒でしたから。強くて優しくてきれいなその子のことを見るといつも私ももっと頑張らなきゃと思うようになっちゃいます。
私には持てないすごいところなんていくらでもあるその子に私は今だって強いライバル意識を抱いています。
誰より堂々で誰より相手のことを大切にしてくれる。私は今もその子みたいになるために毎日頑張っています。
「なんか悔しい…」
「何がですか?」っとやさぐれている私に返って聞くゆりちゃん。
何がって…色々なところっていうか…ゆりちゃんは私と違って何でもできるし弱そうなところあまりないから…
っと少し落ち込んでいた私の手をギュッと握って
「こんな私でも苦手なことや弱いところはたくさんありますよ?みもりちゃん。」
自分だって私と同じくそういうところはいくらでもあるって話すゆりちゃんのことに私は少し戸惑いを抱えてしまいました。
だって私がゆりちゃんのことについて知らないものがあるとは全然思わなかったんですから…
「例えるとそうですね。ク○トリスとか。あ、匂い責めも結構弱いかも。」
…私…ゆりちゃんのどんなところにライバル意識を持ってたっけ…
っていうかゆりちゃん…匂いとか普通に楽しんでいるじゃん…




