第44話
いつもありがとうございます!
「それ以来、私はあまり笑わなくなりました。うみちゃんが苦しんでいたのにそれを気づいてあげられなかった自分があまりにも情けなくて以前みたいに笑えなかったんです。
うみちゃんの傍にいても罪悪感のせいで何もできなかったんです。ただうみちゃんのことを気にかけてうろうろしていただけ。アイドルも、同好会の活動も何一つできなかった…うみちゃんはそんな私から離れてしまいました。」
悔しむ先輩。先輩は去年の自分はまた思い出したくないくらい惨めで情けないと言いました。
「同好会からうみちゃんがいなくなっても私はずっとそのままでした。
また私のせいで同好会が壊れてしまったらどうしよう。また悪くなってしまったどうしよう。そんなことばっかり考えて私はいつも自分の選択を迷っていました。ただ必死に同好会のことを守っていただけで。かなちゃんにも随分ひどいことをさせちゃいました。最低ですね、私って子は。」
初めて聞く先輩の自分を下げるような話。それはまるで鏡の向こうにいる私のことを見ているように気分でした。
無力感、悲しみ、そして後悔。その全てが混ざり合った暗い顔で出会ってから初めて自分の過去の一つを話してくれる先輩。
でも私はなんだか先輩のその気持ちが自分にも分かりそうな気分でした。
「守りたかったです。いや、守らなければならなかったんです。だってこの同好会がいなくなってしまったらもううみちゃんが帰る場所がいなくなりますから。それだけはなんとかしたいって頭がいっぱいになっていて私はいつの間にかアイドルの楽しみも、大切な皆との思い出まで忘れかけました。
そんな時に私の前に現したのがみもりちゃん。初めて合った時のみもりちゃんのこと、私は今もはっきりと覚えています。」
ふと初めて出会った時のことを思い返す先輩。先輩はその時の私を見て忘れかけていたこの時代に来た時の自分の夢を再び蘇らせることができたとそう話しました。
「部室のグッズのことをあんなキラキラな目で見ていたみもりちゃんのことを見て私は思い出しました。自分が何のためにこの時代に来たのか、自分の夢は何なのか。
本当にやりたいこと、夢見たこと、その全てを私はあの時のみもりちゃんを見て全部思い出せたんです。今までずっと悩んで迷っていた自分が恥ずかしくなってしまうほどみもりちゃんの目はただひたすら真っ直ぐに憧れで輝いていました。
私はそんなみもりちゃんを見てこれは運命を感じたんです。」
「運命…」
はずい…でもそんな気持ちすらしないほど真面目で真剣な先輩のその目は躓いて挫けていた自分を立て直してくれた私のことを「ありがとう」って言いました。
いつまでも前には進めなかった自分に振り返す機会を与えてくれた私との出会いを彼女は「運命」だと言ってくれました。
自分には全くその自覚はありませんが私は自分も知らないうちに先輩の大きな力になっていました。
「だからみもりちゃんのことを守ってあげたかったです。私みたいに過去に捕らわれない欲しかったです。あなたには過去なんかに挫けないで欲しくて私はもう一度自分を奮い立たせることにしました。自分が頑張らなければみもりちゃんのことが守れないと思って。結果的に私はもう一度アイドルになれました。みもりちゃんのおかげで。」
っと私の手を握って
「ありがとう。みもりちゃん。あなたもまた私の運命の人の一人でした。」
私のことを自分の運命の人の一人って言う先輩。
その言葉の意味なんて今の自分には分かりません。でも確かなのは私は自分が思っていたより先輩にとってより意味のある人間ということでした。
私は私の存在をそう言ってくれた先輩のその言葉がとても嬉しかったです。
「うみちゃんのことも決して諦めてはいません。私は何があっても必ずうみちゃんのことも、同好会のことも守ってみせます。あなたがいて、皆がいて私はいくらでも頑張れる。本当にありがとう、みもりちゃん。こんな気持ちになったのは全部あなたのおかげです。」
っと何度も私にお礼を伝える先輩。
取り合った手から伝わってくるその優しさは私は決してポンコツで役立たずではないっと言っているようにとても温かくて安らぐものでした。
でもそれは決して先輩だけではありません。私もまた先輩に勇気をもらったおかげでまたアイドルになれましたから。
先輩があの時、私のことを普通でもいいって言ってくれたおかげで今の自分がいる。感謝の言葉を伝えたいのはむしろ私の方だと私はそう思いました。
だから私は先輩の力になりたいです。先輩を笑顔にしたいです。私に笑って欲しいって言ってくれた先輩のように私だって先輩に笑って欲しいですから。
私を抱きしめて頭をなでてくれる先輩のことが、私のことをありがとうって言ってくれる先輩が私は大好きですから。
だから言います。この胸の言葉を。今自分が思っているこの先輩への気持ちを。
***
「じゃあ、お気をつけてお帰りくださいね、みもりちゃん。」
「はい。それでは明日部室で。先輩もお気をつけてお帰りください。」
「はい。」
駅の前で別れの挨拶をする私と先輩。でも心はここに来たばかりより晴れやかになってすごくいい気分です。
自分のありたっけの気持ちがうまく伝えられたからでしょうか。なんだか足取りまで軽やかになった気がします。
ギリギリのところでなんとか間に合った終電。少し名残惜しいって気持ちはありますが明日でもすぐ会えますから。
でも先輩はなんだかまだ別れたくないのか先からずっと駅の外から私のことを見守っていました。
「みもりちゃん!」
ホームに入った私を見て急に名前を呼ぶ先輩。
振り向いたあそこには一皮剥けたような一段と軽くなった表情の先輩が
「大好きです!」
っと私に向かって手を降っていました。
それがすごく恥ずかしくて「ええ!?」って気分にもなってしまった私でしたが心の底からはこんなに喜んでいる。
私は今日ここに来て本当に良かったっと思いました。
やがて電車に乗って先輩と一緒に手を振った私はどんどん遠くなる先輩の姿に少し寂しい気分になってしまいましたが今はそれでいいと思います。だって私達は明日部室でまた会えますから。私達が立ち止まらない限り私達はいつでも…
「みもりちゃん…♥」
「うわぁ!?」
いきなり耳元に吹き込んでくる変な風。一気にぴんと立ち上がる鳥肌に振り向いた後ろにはなぜかすごい顔で私のことを見つめているゆうなさんがいました!
何してるんですか!?っていうかいつの間に!?
「私達、ずっと見えないところから見守っていたからね♥でも惜しかったね♥せっかくみらいちゃんと寝られるチャンスだったのに♥」
「何言ってるんですか!?本当意味分かんないですけど!?」
まさか見たんですか!?あのラブホのこととか!?は…恥ずかしい…!
「なんで行かなかったのよ♥みらいちゃん、おっぱいもでっかいし結構ちょろいからみもりちゃんなら楽勝だったのに♥」
なんかめっちゃ惜しいって顔している!!この人!!
「あ、やっぱり正妻の嫁さんがいるから?♥律儀だねーみもりちゃんって♥」
何言ってんの!?この人!?
「でもたまには息抜きも必要なんだぞ?♥抜くだけに♥何なら私がちょっと抜いてあげようか?♥」
止めんか!!っていうか一体なんですか!その変な素振りは!?
「け…結構ですから!」
必死に嫌がっている私の見て「ちぇっー残念ー」っとからかっちゃうゆうなさん!
本当何ですか!?この人って!?いきなり現れてなんかひどいことばっかりして!あなた、それでも「百花繚乱」の団長ですか!?
まったく…なんかもう何考えていたのかすら忘れちゃったじゃないですか…ちょっと色々考えたかったのに…いきなりゆうなさんが変なことして…
「ごめんごめん。でもみもりちゃん、なんか嬉しそうな顔をしているから。」
「そ…そんな顔してたんですか?私…」
そりゃ嬉しいって気持ちはあったからそうだったかも知れませんがまさか顔に丸出していたとは…昔から隠すこととか下手くそなタイプだったから自分なりに自覚はあったけどさすがに人の口から言われるとちょっと恥ずかしいかも…
「まあいいじゃない。みらいちゃんもすごく喜んでたし。」
「そ…そうでしょうか…」
喜んだ先輩…確かにそれだけでもここに来た甲斐はあったと私はそう思います。
先輩は私の先輩の力になりたいって話を聞いて
「本当ですか!?私、本当に…本当に嬉しくてもう涙まで出ちゃって…」
っといつもと同じくすぐ泣くようになりましたがその同時に嬉しすぎて抑えられなかった喜びの笑いも溢れ出してしまったんです。
何度もありがとうってお礼を繰り返した先輩。私はその先輩を見て初めて先輩の力になってあげられたという気がして今日のことをすごく充実な一日だと思うようになりました。
私はやっと見られた今の先輩の笑顔をいつまでも見たいと心の底からそう願ったのです。
「頑張ってね。私もできる範囲でサポートするから。」
「いいんですか!?」
「ええ。」
そんな私の応援のことを約束するゆうなさん。
彼女は「百花繚乱」の団長という立場にも関わらずこの学校のために自ら一肌脱いでくれることにしました。
「いや、だって学校がこうなっちゃって私と寝てくれる魔界の子が全然いないんだもん。」
例えその理由が不健全で不順なものだろうと私はその決心に敬意を表したいです。
だが多分それだけではないでしょう。私は彼女の視線を辿ったそこに立っている彼女の腹違いの妹さんを見てそう思いました。
切なくて侘しい眼差し。彼女は今自分の妹がいる終電の空っぽな車両を眺めて何を思い描いているんでしょう…
「痴漢したいな…」
この人…どうやって「百花繚乱」に入れたんだろう…




