第331話
遅くなって申し訳ございません…( ;∀;)
本職のことでドタバタしすぎてすっかりタイミングを失ってしまいました…
またこの前の新人賞にも落ちてしまいまして、ちょっとだけ凹んでしまいましたが、なんとか立ち上がってまだまだ頑張るぞって感じです!
これからも楽しんでいただけるように頑張って参りますのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!
いつもありがとうございます!
その男はかつて陸軍によって行われた異種族討伐戦「グレークリアー」の生き残りで、世界政府の立役者である「春雨」、あの「保安局」の前身となる組織の一員であるが分かったのは私があの悪意の女、「大家」の「鉄国七曜」と手を組んだ時。
「春雨」は特に平和というものに固執して、妥協も許さない救世主「光」の狂信者の集まりで、「黄昏」と呼ばれる「情報局」とともに世界政府のあらゆる汚れ仕事をやっていると、あの帳の女は私にそう教えてくれた。
他に「東雲」、「夕凪」、「木霊」、「暁」、「泡沫」などのいくつかの組織があって、それら全ては世界政府の手足となって今の社会が維持できるように役目を果たしている。
「まがい物のくせに。」
人の大切な娘の命の上に建てられた偽りの分際で。
救世主「光」によって結ばれた3つの世界。
そしてそこから生まれた史上最大の中央政府。
「黄金の塔」、「魔界皇室」、「大家」などの各世界ごと別の巨大勢力は存在するが、この星の秩序はその世界政府を中心にして回っているということは否定できない確かな事実。
救世主「光」の意志を継いで完全なる平和を成し遂げて、維持するのが世界政府の役目。
だが、私の目にはただ私から大切なものを奪ってその上に建てられた偽りと嘘にまみれた忌々しいはりぼてにすぎない。
きっかけさえあればあっという間に崩れてしまいそうなもろくて儚い浜辺の砂の城。
それを崩してその土台になって苦しまれていた我が娘、珠璃を取り戻すのが私の役目。
平和のためであれば手段を問わない世界政府。
そして珠璃を取り戻すという崇高な目的を果たすためなら世界ごと消えてしまって構わないと思う自分。
両方とも普通には手に入れられない悪意を自分たちの武器にして、全力で相手にぶつけてねじ伏せようとしている。
私と世界は最初から交わることのできない平行線の関係であった。
異種族討伐戦「グレークリアー」の生き残りであるその「春雨」の男の要求はただ一つ。
「「ネバーランドプラン」を廃棄してください。」
自動兵器の開発と量産、実戦投入に至るまでそれら全ての計画が含まれている「ネバーランドプラン」の廃棄。
その男はそのプランが戦場にもたらす大きな変化を完璧に理解していた。
「「ネバーランドプラン」は必ず戦況を変える。
死なない鋼の兵隊。生物としての敬意と尊厳を踏みにじって生み出した冷酷な人形は必ずこの世界の平穏と平和に不幸をもたらします。」
軍で密かに運用している「ネバーランドプラン」が本格的に使われたら収拾がつかない。
そうなる前に事前に潰しておく必要があると判断した「春雨」という組織は愛する我が孫、翠湖ちゃんを攫って私にプランの廃棄を指示した。
だったらなぜプランの譲渡ではなく、廃棄を要求したのか。
それは「春雨」が本気で平和のために「ネバーランドプラン」を闇に葬って、悪用されないことを望んでいた組織で、その男はもう一度自分の家族を「ネバーランドプラン」に失われたからであった。
「「ネバーランドプラン」を用いた陸軍の第7科学歩兵連隊「両面宿儺」。
あなたがのうのうと呑気に家族たちと幸せな時間を送っていた十年前、そのデッドマンたちは私の前で私の妻と娘たちを踏み殺してしまいました。
私は二度もあなたに私の家族を奪われてしまったということです。」
惨たらしく踏みにじられて悲鳴すらあげられなかった妻と子供たち。
戦争は二度も自分の目の前で大切なものを奪っていたと、彼は静かに自分の無惨な気持ちを語っていた。
だが、なぜだったのか。
「でも私には同時に道が見えたのです。」
私がその時の彼から感じたのは戦争や自分への恨みではなく、その先にある何かへのただひたすらの狂気と熱望だけであった。
深い悲しみと身を焦がす恨みの炎。
その全てを渇望に変えた彼は「春雨」という組織を作って自分が信じている正義のためであればいかなる汚れ仕事も厭わなかった。
そしてその正義が平和というツギハギの衣をまとったどす黒い悪意であることが分かった時は、
「必ず見つけ出してぶっ殺してやる。このゲス野郎。」
私は心の底からその男のことを嫌悪するようになった。
平和という名の下で行われる悪行。
それはいかなる時でも許されるものだと、その男は私達から大切な翠湖ちゃんを攫ったことを自分の行動を正当化していた。
「もし本当の意味の平和がこの地に定着していたとなら私達家族もまたあなたの家族と同じく穏やかで幸せな毎日を過ごせたのでしょう。
自分一人で死に損なってしまった私に亡くなってしまった妻と子供たち、そして仲間たちのためにできるのは平和という花をみんなの墓前に捧げることだけです。」
そして自分のように不幸な人生は二度と繰り返されてしまってはならないと、彼はそのためなら私以上の悪人にも快くなってみせると、自分の決意を固めていた。
だが、それはすなわちそのために私の孫を、珠璃の娘である翠湖ちゃんと人類の未来を犠牲にするということ。
私はその男を相手に一筋縄ではいかないということを心の底から直感した。
「ネバーランドプラン」は人類にとって戦況をひっくり返せる奥の手。
それ故に極秘として厳重に取り扱われて、軍内部でも知っているものが少なかった。
機密の管理、監視する政府機関も最優先するほど、今までのどのような機密より厳重に隠されてきたはずの「ネバーランドプラン」。
その情報が外部組織のところに漏れてしまったということは内部にスパイがいるということだが、そんなものはどうでも良かった。
あの時はただ翠湖ちゃんを取り戻すことに夢中になっていて、他は気にする余裕もなかった。
「あなたがやっているのは戦争の延長。
そんなものでは本当の意味の平和は成し遂げられない。
あなたは人類の守り神ではない、単なる凶鳥の形をした死神です。」
私には人類を守る責任がある。
もし私がこの世界を見捨ててしまったら、軟弱な人類などあっという間に他の種族に踏みにじられて滅ぼされてしまう。
そうなったら珠璃の居場所もなくなって、我々は存在することすらできない。
だが同時に翠湖ちゃんこそ珠璃の居場所であって、あの子の全てであるという事実も、あまりにもよく知っていた私は、
「…いいだろう。」
人類を裏切る道を選んでしまった。
人類が滅んでしまってもいいというものではない。
罪悪感が一切ないというわけでもない。
だが、本当に守りたいものは何なのか、天秤にかけて判断しただけのもの。
それが自分にとって一番合理的で愚かな選択だと、私は自分の選択に微塵の後悔も、疑いも抱かなかった。
「あなたならそう言ってくれると思っていました。」
そしてその男はまるで最初からこうなることを予想していたように、笑ったり、勝ち誇ったりすることなく、淡々と私の決断にかけた思いを肯定するだけであった。
「期限は一週間。計画の全てを廃棄するのはさすがに無理がありますが、核となる統合制御システム、通称「オーバーロード」と自律型永久発電機関「アマテラス」、全自動武装システム、「アイギス」、この3つのうち、最低でも一つ必ず廃棄しておいてください。」
すでに中身までほぼ完璧に把握している彼は私にこの3つのプロジェクトの廃棄を指示した。
「アンドロイドの制作方法は全部あなたの頭の中に入っているからそれ自体は今のところ私達にとってなんの意味もありません。」
彼はこう言った。
どうせ作り方そのものは私の頭の中に入っているからその資料を廃棄しても大きなダメージは与えられない。
だが、開発中の統合制御システム「オーバーロード」、動力を担当する自律型永久発電機関「アマテラス」、そして全自動武装システム「アイギス」、核となるこの3つの中で一つでも破壊できれば修復までとてつもない時間がかかる。
その分、自分たちは自分たちが目指す本当の意味の平和のために動く時間を稼げる。
その間、何が起こるか、私には想像もできなかったが、
「よかろう。」
もう自分には何もかも全部どうでもいいことであった。
「望み通りにしてやろう。だが、あの子だけは無事に返すと約束しろ。」
「もちろん。我々が目指す世界に子供が悲しんで傷つくことはない。
これは神より与えられた鉄則。
お孫さんは無事に愛する家族のもとに帰らせます。」
欲しければ3つ全部壊してやってもいい。
こちらが持っている全部をやってもいい。
望むのはただ一つ、翠湖ちゃんを無事に珠璃のもとに帰らせること。
そのためなら私は人類全部を犠牲にしてもいいと、心から思っていた。
「私はあなたが考えているほどあなたのことについてよく知っています。」
彼は私なら必ずこう答えてくれると、まるで最初から知っていたかのように、同時にどこかほっとしたような少し余裕のある声でそう言った。
「あなたは別に人類、ましては国の守護神なんかになるために悪魔になったわけではない。
全てはただ一つ、家族のため。
家族のためであればあなたは喜んで全人類を差し出すと、私は確信しています。」
だからあえて役目を全うできたのか、確かめない。
確かめる術はすでに用意してあるが、そういう野望な方法はできるだけ使いたくないと、彼はなぜか私に異常な信頼を寄せてきた。
そして、私は実際自分が彼の思惑通りに動くと、自分でも確信していたので、何も言い返せなかった。
軍に入って国を守ろうとしたのは妻の久美子のためだった。
幼い頃の事故で下半身が不自由だった久美子のために医学とアンドロイド研究を始めた。
軍で人体に関する知識とあらゆる技術を会得した私の次の人生は全て娘の珠璃と翠湖ちゃんのため。
国や人類のために本気でこの身を捧げようと思ったことは一度もない。
全ては愛する家族のためで、国に忠誠を尽くせば尽くすほど我が家族の安全は保証される。
それ以外に私になんの意味ももたらさないということを、彼は恐ろしいほどよく見抜いていた。
「では期待しています。徳真中尉殿。」
その一言を最後にその男は電話を切り、
「大丈夫だ、珠璃。この父さんが全部解決する。」
私は何があろうとも、必ず翠湖ちゃんを珠璃のもとに帰らせてみせると、自分の覚悟を何度も確かめた。
たとえそれが全人類を犠牲にして、人類に滅亡という最悪の結末をもたらそうとも。




