第324話
いつもありがとうございます!
「さくら先輩と全く連絡が取れません。」
私達は今「陽炎」の車で移動していて、目的地はなぜかこの近くでは有名な観光スポットである「スカイタワー」となっています。
でもこれが決して夜景を見に行こうということではないというのはここの全員はよく知っていました。
その中で以前、私達が赤城さんと中黄さんに会えるように手伝ってくれたよざくらさんとの連絡が取れないという「陽炎」の「頭領」の「荒沼蘭」さん。
仮面を被っているせいで彼女の表情は全く分からのですが、きっと私達が赤城さんと中黄さんのことを思っている気持ちとそう変わりはないと、私はそれだけは分かっていました。
「状況から見るとやはりドクターに襲われたと考える方が妥当でしょう。」
「それって…」
赤城さんと中黄さんの護衛についてよざくらさんとの途切れた連絡。
その状況から導き出せる最悪の結末。
「最悪の場合、もう殺されたかも知れません。」
その時、私達は生まれて初めて「死」という概念に触れて、自覚できたのです。
まるで一瞬で元の世界から突き放されて別のところに落ちてしまったような異質で奇妙な感覚。
その場にいた皆も、きっと私が感じたその異常な感覚を同じように感じ取ったと私は思います。
妙に緑山さんだけは落ち着いているように見えるのは気のせいなのでしょうか。それとも虹森さんのことを混乱させるため?
どちらにしても決して快い気分ではないということは確かです。
「さくら先輩は強いです。
ですが隠密行動のために一人で動いていた分、ドクターほどの人が相手になったら話は別。
能力の強奪を防ぐためでも彼女はドクターとの心中を図るのでしょう。」
淡々と物騒なことを心置きなく話す荒沼さん。
私はよざくらさんの死という最悪のことを枯れた木のように、まるで何も感じられないように述べる荒沼さんのことに私はゾクッとしましたが、
「さくら先輩…」
その時、小さな声で彼女の名前を切なく呼び続ける彼女のことを見てこう思ったのです。
彼女もまた常に冷静で現実的でしかいられるない自分のことを責めているのではないかと。
純粋に彼女のことを心配できず、状況を正確に把握して、今後の行動を決めることしかできない自分のことを彼女自身も悲しんでいる。
そう思ったら私は一瞬でも彼女のことを誤解してしまったことを恥じらうようになったのです。
「ど…どうしよう…ゆりちゃん…」
そしてこのような状況に全く慣れてないため、ただ緑山さんの手をギュッと握って震えている虹森さん。
よほど赤城さんたちが心配になっているのか、もうこんなに声も震えていて…
「大丈夫です、みもりちゃん。大丈夫ですから。」
っと震えている虹森さんの体を抱え込んで背中をなでおろす緑山さん。
付き合うことになってから間もないのにこんなことになってしまった二人には気の毒なことですが、今はそれどころではないというのは二人の方が一番分かっているはず。
特に赤城さんと中黄さんは二人と幼馴染同士という共通点もあり、仲直りさせた時のこともあって一段と特別に感じているはずだと、私はそう思います。
その上、虹森さんが初めて同好会に来た時は中黄さんが、緑山さんの生徒会役員としての生活は赤城さんが、それぞれサポートしたらしいですし。
もし赤城さんと中黄さんになにかあったら二人はきっとその人を一生許せないでしょう。
でも不安なのは二人だけではありません。
本当は私だって…
「うみちゃん。」
その時、心配と不安で頭がいっぱいになってなんとか自分の気持ちを外には出さずに隠していた私の手をそっと握ってきたのは、
「大丈夫です。」
強い目で真正面から私のことを見つめていた先輩だったのです。
強い確信に満ちたきれいな桃色の瞳。
私の心をぐっと抱きしめて安心させてくれる温かさに溢れている先輩の目を見たらどうしてこんなにも心が和んでしまうのか。
先輩だって本当は怖いのに、二人のことが心配で仕方がないのに、
「大丈夫ですよ、うみちゃん。」
あなたはどうしてこんなにも強くて、真っ直ぐな目をしているのですか。
私に「大丈夫」とかけてくれた先輩の魔法。
それに私はなんの保証もないのに本当に大丈夫そうな、そんな気がしました。
「みもりちゃんも泣かないで。二人のことなら大丈夫です。」
泣き始めた虹森さんを慰めて、
「よざくらさんもきっと無事なはずです。元気出してください、荒沼さん。」
落ち込んでいる荒沼さんを元気づける。
これこそまさに自分が心から愛していた先輩だと、私は今も変わらずその優しい心を保っている先輩のことにほっとしてしまいました。
「ありがとうございます。少し元気が出ました。」
「わ…私も…」
っと自分たちを励ましてくれた先輩にお礼をいう二人。
先輩はそうやって周りの皆を奮い立たせ、元気づけてくれる
「天使様…」
私だけの「天使様」だったのです。
「でもあのドクターってどうしてこんなことをするのかな…」
そしてその時、虹森さんの頭の中をよぎっていく疑問。
なぜドクターはこんなことをするまで中黄さんの「ザ・ハンド」を欲しがっているのか。
その答えとして色んな説が挙げられましたが、すべての説には「復讐」という共通点が含まれていました。
だったらなぜこんなに目立つやり方を選んだのか。
今ニュースはどこもドクターが私兵を引き連れて神界の村を襲ったという話ばかりで特報として伝えられている。
そしてその町は赤城さんと中黄さんが赤座さんの庇護の下で身を隠している場所で「赤座組」と関わりがある神界の地。
それだけドクターは中黄さんの「ザ・ハンド」に強い確信を持っていたということですが、
「消されるのでしょう。ドクターは。」
ドクターはこの世で最も敵に回してはいけない存在の逆鱗に触れてしまったのです。
「鍛冶屋の神」、「武神」などの色んなあだ名はありますが、彼女のことを最もよく表している異名は「黄金の神」。
歴代の神界の「神様」の中でも最も過激で全盛期の理事長に肩を並べると言われている史上最強の「神様」。
ドクターはあんな人が統べている地に土足で踏み込んでしまったのです。
「いくら落ちぶれたとしても「赤座組」は今も「黄金の塔」の一員。
そして「黄金の神」、「朝倉愛憐」、本名「小金井愛憐」は何らかの事情で「Dogma」のこと、特にドクターのことを嫌悪しています。」
本来なら「Dogma」の関係者、特にドクターの場合は決して神界には入れない。
なのに彼は私兵まで連れて、しかもあの町を急襲した。
それがいかなる波紋を引き起こすのか、荒沼さんは火を見るよりも明らかなだと言いました。
「ドクターの反乱はすぐ鎮圧されます。
相手が「神族」になったら個人では手も足も出ない。国ごとに対抗しない限り、「神族」の種としての差はあまりにも圧倒的です。」
ドクターの反乱を鎮圧することは簡単。
でも、
「ですが私はその先のことを恐れています。」
荒沼さんが恐れいていたのはそのことが呼び寄せてしまう先のことでした。
「お二人さんは関係が成り立つために最も必要なのは何だと思いますか?」
「わ…私達ですか…?」
っと荒沼さんからの唐突な質問にびっくりしてしまう虹森さん。
いきなり聞かれた質問だったのでとっさに答えが出てこない自然な反応の虹森さんはとても可愛かったのですが、
「わ…私は「信頼」だと思います…」
少し考えた後の彼女の答えは、実に真面目で誠実なものだったのです。
「相手に信じてもらえないのはとても悲しいことですし、相手のことを信じられないのもすごく嫌ですから…
うまく言えませんが、私はやっぱり皆を信じて、皆が私のことを信じて欲しいです。」
っとお嫁さんの緑山さんの手をぐっと握りしめる虹森さん。
私はそういう相手への根本的な信頼に基づいた絆こそ一番大事なものではないかと言う虹森さんの言葉に、私は一体何が彼女のことをこんなにも真っ直ぐな人にしているのか、それを気づくようになったのです。
そしてその答えこそまるで自分が求めていたものだったと、
「ええ。おっしゃるとおりです。」
荒沼さんは仮面の中で仄かな笑みを浮かべて彼女の考えに共感しました。
もちろん顔は見えなかったのですがなんとなくそういう気がした、私はあの時の自分が感じたことをそう覚えています。
「人が人と一緒に生きるために不可欠なもの。
欠かせない要素はいくらでもありますが、すべてのものに先立つのが「信頼」です。」
法律、規則、友達との約束ですら信頼に基づいて成り立っている。
目に見えなくても私たちは常に様々な信頼によって結ばれた世界で生きていて、それが失われたらこの世界は一瞬で崩壊してしまう。
信頼というのは、この世界がより正しく生きられるように支えてくれる最も基礎となる人の心だと、荒沼さんはその重要性について強調しました。
またこれは人と人の関係のみならず、すべての物事においても同じだと彼女はそう言いました。
「そしてドクターの狙いこそその「信頼」を崩壊させることだと、私はそう読んでいます。」
そして荒沼さんだけに最初に見えてきたドクターの本当の狙い。
「ドクターはこの世界の「信頼」を崩そうとしています。」
それが分かった時、荒沼さんはこう思ったそうです。
「彼は真っ先にこの世界を崩壊させ、その後、自分の本当の目的を果たすつもりです。」
世界が一度終わってからやっと浮き上がるドクターの本命。
彼は一体どれほどの闇を抱えて、その長い時間の中で時を待っていたのでしょう…




