第315話
いつもありがとうございます!
「はい!赤城さん!いっぱい食べて栄養をつけないと!」
「じ…自分で食べますわ…!」
「先輩…!赤城さんが困ってますから…!」
「かな先輩もたくさん食べてくださいね?頑張って作ってましたから。」
「食べてるよ食べてるよ。」
久々の皆での食事。
赤城さんも、中黄さんも上機嫌ですごく楽しそう。
「デザートに何が食べたいです?マミーが何でも作ってあげますからなんでも言ってご覧!」
「まだ食べる気ですの!?」
「先輩食べ過ぎです…!」
夕方皆で一生懸命作った料理を赤城さんに押し付ける先輩も、それに困っている赤城さんと虹森さんもああ見えても今の状況を結構楽しんでいることが分かる。
「あはは!ダメだよ!ミラミラ!お腹めっちゃやばいじゃん!」
「こ…これは全部ミルクに変わりますから全然大丈夫です…!」
「出ないんでしょう…ミルク…というか先輩の目、めっちゃ泳いでるんですけど…」
何よりこんなに笑っている中黄さんのことは本当に久しぶりに見ると彼女はそう言いました。
「赤座さん…」
いつか街で偶然出会った彼女は思ったより今回のことに深く関与していました。
去年と違って思いを切ってバッサリと切ったショートカット。
それでも未だにその愛くるしさとりんとした雰囲気は顔つきに如実に残っている。
それに
「胸…ちょっとだけ大きくなってかな…」
体だってまだちゃんと成長しているみたいでちょっと安心しました。
「昔はあんなにペチャパイだったのにもうあんな膨らみが出て。」
っと思っていた私に
「ど…どうしたの…?うみっこ…先からチラチラ胸とか見てない…?」
いつからか感じた視線のことを聞く察しの良い赤座さん。
さすが感だけは恐ろしいほど鋭いな、赤座さんって。
「ううん。何も。」
「そう?ならいいけど…」
っと私達の会話はそこで終了となりましたが本当はもっと彼女と話がしたかったのです。
なぜ彼女が赤城さんと中黄さんのことに関わっていてここにいるのか。
去年のことを全く気にしていないというわけではありませんが何でも今ここでやらなければならない話ではありませんから。
でもそれを差し置いても私にはやっぱり彼女に聞きたいことが山程ありました。
赤座さんはここに来る途中私達に詳しい事情があったのかは話してくれませんでした。
今の自分は赤城さんと中黄さんの保護者の一人に過ぎない、詳しいことは二人の口から聞いて欲しいっと自分から事情を話すことを極力控えた赤座さん。
おそらく自分から他人の辛い話を他人事のように軽々しく話す感じが嫌だったのでしょう。
彼女はそういう人です。
今までどんな暮らしをしてきたのか私には何も分かりません。
ただ一人でずっと後悔し、懺悔の時間を過ごしてきたと先輩はそう言いました。
「ことりちゃんはあの時のことをずっと後悔していました。
大切な友人であるうみちゃんを自分の手で傷つけたことを。
それが本人にどれだけの罪悪感を与えたのか私はよく知っています。」
今すぐ許して欲しいとは言わない。
ただ彼女の本当の気持ちだけは分かって欲しい。
優しい先輩は赤座さんのために私に彼女の本心を話してくれたのです。
赤座さんがただ自分のコマにするために先輩を騙したなんて思いません。
彼女は演技が得意で表舞台とは違った裏の顔を持った人なんですが決して自分に嘘をつかない信念のある人物であることだけは私はよく知っている。
だから大好きな先輩の優しい気持ちを都合よく利用するような卑怯な真似は決してしないと私は断言できます。
そうなると先輩が言ったのはすべてが真実で赤座さんが去年のことをずっと気にかけていたのも嘘ではない。
だからこそ私は困惑していました。
「私にどうするっていうの…」
もはや自分でも止めない暴走。
学校中を巻き込んだせいでことは自分一人だけでは収まりがつかない。
行き場を失った怒りと全て無駄にしてしまった先輩との青春。
もう自分には頼れる支えや拠り所なんて何一つ残されていない。
空っぽの私はそうやって混乱と自責が混ざり合ったごちゃまぜの感情の中でただ虚しい空回りを繰り返しているだけだったのです。
「でも…」
そんな状況だからこそ鮮やかに感じられるたった一つの生命力。
私はいつか自分の唇の上に重なった先輩の温もりをそっと手で感じながら
「全部失ったわけではない…かな。」
自分がまだこの世界に残っているその理由を再確認したのです。
全ては先輩のため。愛する大好きな先輩のため。
先輩との思い出さえあれば私はいくらでも頑張れる。
たとえそれが間違っていることを自分が一番分かっていても。
でも今の赤座さんは結構いい感じです。思ったより元気そうで何よりちゃんと笑っている。
私に気を遣っているところは少し落ち着かないんですがなんとか以前の赤座さんに戻ってくれて友人としてほっとしました。
先輩の家で居候しているって聞きましたが彼女は赤城さんと中黄さんのために数日前から少し離れたところで暮らしながら二人の世話を焼いているらしいです。
昔はずっと妹って感じだったのにもうこんなに立派になってなんだかちょっと感動しちゃったかも。
「な…なに?その微笑ましい眼差し…」
「ううん。何も。」
「なんか嫌なんだけど…その目…」
照れ方も相変わらずでやっぱり可愛いですね、赤座さんって。
あんな感じで複雑な思いを抱えている私ですが赤城さんと中黄さんに会えたのは純粋に嬉しいです。
二人共いきなり学校を来なくなってそれからずっと行方不明でしたから皆すごく心配してたんです。
でもこうやって再会できたのがただ素直に嬉しくてほっとしてもう涙まで出そうです。
先輩と虹森さんだって先はあんなにギャン泣きになっちゃってましたし。
赤城さんも、中黄さんも皆に会えて大分元気を取り戻しましたからわざわざここまで来た甲斐があるかも。
「しかしまさか神界にいたとは思わなかったね。」
「まあ、色々ありまして。」
っと赤城さんはその間の苦労を物語るようなしんどい顔をしましたがそう思うのも多分無理ではないと私はそう思います。
彼女は私以上に意思の強い人で人前でめったに弱いところを見せない人ですから。
「赤城」家の次期当主として常に上に立つ立場としての彼女は決して自分の弱さを外に出さない人。
だからこそ一度崩れたら立ち直るのは至難だということを私はよく知っていました。
冷徹で冷静。
合理的で決して感情に振り回されない。
私があの演奏会場で初めて会った赤城さんの印象はそういうものでした。
でも彼女は思ったより自分の感情に素直でたまにだけど自分も知らないうちに本当の気持ちを私達にぶつけてくれる。
それは彼女が心のどこかで私達のことを心から信頼してくれるという証拠でその気持ちが嬉しくて余計に彼女のことに気を遣ってしまうようになるのかも知れません。
「な…なんですの…?その慈愛に満ちた目は…」
「今日のうみっこってなんかキモい…」
あれ?
「はい、みもりちゃん♥あーんして♥」
「じ…自分で食べるよ…!先輩達の前だし恥ずかしいよ…」
そんな複雑な思いをしている私と違って向こうでこれ見よがしにいちゃついている空気の読めない仲良し1年生達。
でもそれができるだけ赤城さん達に普段の生活に似た安定感を感じさせたいという二人なりの気遣いであることに気がつくまでそんなに長い時間はかかりませんでした。
「いいじゃないですか♥私達のラブ力を皆に見せつけちゃいましょう♥」
というのも多分半分ですがとにかく二人はいつも以上に絡んで睦み合ったのです。
まあ、絡むっていっても殆ど虹森さんじゃなく緑山さんの方でしたが。
「まさかあの奥手の虹森さんが緑山さんのことを恋人として迎え入れるとは思いもしなったですわ。」
「本当だよ。でもある意味では一番お似合いのカップルなのかな。」
でもそんな二人のことを赤城さんも、中黄さんも皮肉ることなくただ素直に祝ってあげたのです。
二人にとって虹森さんと緑山さんは自分達の仲直りのために頑張ってくれた恩人。
祝ってあげられない理由なんて一つも存在しないということです。
「ありがとうございます、副会長。そしてかな先輩。」
「えへへ…ありがとうございます…」
未だにそういう祝には慣れてないのか少し照れくさく笑ってしまう可愛い虹森さん。
そんな虹森さんのことを愛しく見つめている緑山さんの目には愛情がいっぱい詰まっていてなんだか傍から見たらもう立派な婦婦です。
良かったね、緑山さん。
「その指輪はどうしたの?」
「あ、これは私のお母様、お父様の大切なものですが特別に私達がつけることになったんです。」
っと快く指輪のことを二人に見せる緑山さん。
虹森さんのとお揃いのきれいなダイヤモンドリングは今日も大切に二人の心を結んでいて
「きれいですわ。」
「うん。本当にきれい。」
二人はその指輪のことを羨ましそうな顔で見ていたのです。
「サイズもぴったりでとてもお下がりとは思えないかも。」
「ええ。実にいい感じですわ。」
「えへへ…」
でも虹森さんはやっぱり今はちょっと照れくさいようです。
「もうみもりちゃんも、ゆりちゃんもいつの間にかこんなに大人になっちゃって。」
「うん。すごくお似合いのカップルだと思う。おめでとう。」
そして自称同好会の保護者である先輩はもちろん初めて会うはずの赤座さんも二人の付き合いを喜びました。
「あの時はごめんね?勝手にマネージャーって勘違いしちゃって。」
「いいえ…!こちらこそなんだか嘘ついちゃったみたいですみません…!」
でも今日初めて知った情報によると虹森さんと赤座さんはすでに一度会ったことがある顔見知りだったということでした。
「前にちょっとね。先輩と同じ部活だし私はてっきりアイドルやってると思ったけど本人はマネージャーって言ってるもん。」
「なんでです?みもりちゃん。」
っとなぜ自分のことをアイドルではなくマネージャーって紹介したのかその理由について聞く緑山さん。
でもその理由が私はなんとなく分かるような気がしたのです。
「あ…えっと…」
っと少し答えることを躊躇した虹森さんでしたが
「やっぱり本物の芸能人は違うんだなって思っちゃって…
だって赤座さんってこんなに可愛いし何よりオーラが違って…」
結局彼女はあの時自分が感じたことを素直に話してくれたのです。
彼女はあの時赤座さんを見てこう感じたそうです。
テレビで見た本物の女優である赤座さんを見てふと普通な自分のことを色褪せたように感じた。
アイドルと言っても結局自分は半人前で短い全盛期だって遠い昔のことに過ぎないから現役の女優前ではちっぽけな自分の過去なんてなんてことでもないと。
それは未だに虹森さんが去年のトラウマから抜け出せていないことを意味するのをその場にいた私達はよく知っていました。
確かに赤座さんは可愛い。
背もちっこくて円の目やきれいな色白もとてもきれいで名前の「小鳥」という小さな生き物を思い出させるような愛くるしくて可愛らしい美人ということに異論はありません。
でもそれが虹森さんに自分への自身を失わせる理由にはならないと私はそう思います。
実際
「そんなことありません!確かに赤座さんは秀でた美貌の美人ですがみもりちゃんは私にとって世界一の可愛い子ちゃんですから!」
「そうよ!こんなに可愛いのにそんな風に自分を下げるのはもったいないよ!」
「みもりちゃんはマミーの誇らしいみもりちゃんです!」
彼女である緑山さんも、その本人である赤座さんも彼女のことを認めていますし。
というか別に先輩の子供ではありませんからここは大人しくしましょうね。
「だ…大丈夫です…!大丈夫ですから一旦落ち着いて…!皆…!」
でもみもりちゃんがあの時覚えたのはただ赤座さんに対する羨ましさだけではありませんでした。
「私、あの時ちょっと思ったんです。今はこんな私でもいつかは赤座さんのような堂々とした人になりたいって。」
誰の前であろうといじけず、堂々と自分のことを言える人になりたい。
それにたどり着くまでまだまだ道は遠くて越えなければならない障害はいくらでもあるが皆と一緒に頑張りたい。
虹森さんはすでに去年の悪夢から抜け出すための大きな一歩を踏み出していたのです。
「先輩が言ってくれましたから。普通でもいいって。だから普通な私は自分のやり方で頑張りたい。
それでいつか皆の傍を堂々と歩けるようになるって私はこの学校に来てそう決めたのですから。」
「みもりちゃん…」
もう彼女は私達が覚えているか弱くてすぐ誰かの背中に隠れる弱虫ではない。
虹森さんはいつの間にか自分の道に自身を持って堂々と歩ける立派な「アイドル」になっていたことに私達はやっと気づくことができたのです。
もう私達は勝手に彼女のことを心配するのはただの迷惑にすぎないかも知れない。
彼女は自らの自分の道を開く偉大なるアイドルでした。
「だから教えてください、赤城さん、かな先輩。」
そして彼女は今の自分が守りたい日常を守るために全力を出したい。
そう言って赤城さんと中黄さんにすべてを話して欲しいと自ら彼女達の力になろうとしました。
「仕方ありませんわね。」
彼女の成長に少し戸惑っていた赤城さん。
でも彼女もまたその成長を信じていたように一度だけ笑った後、
「これはあなた達が里帰りした頃の話ですわ。」
赤城さんは中黄さんの手をぐっと握ってあの夜の悪夢のことを皆に話したのです。




