第310話
いつもありがとうございます!
「じゃあ、行って参りますわ。」
「うん。気をつけて。」
「ええ。」
かなに挨拶をして出かけるなな。
彼女の手に持たれているのは昼食の弁当といくつかの掃除用具のみ。
「おはようございます。」
そして二人の住むアパートの入口に車一台が着き、それに乗るなな。
その動きに特に変な様子は一切見つからず、極普通に見える。
ななは一体どこへ向かっているのか。今それを知っているのは窓の向こうから外を眺めているかなだけであった。
「さて、私は家事でもするか。」
っと掃除機と選択の準備をするかな。
ここ数日かなはすっかり専業主婦に生まれ変わっていた。
市内から随分離れた2階建てのボロいアパート。
ここが今のかなとななが生活している住まいであって外の世界から完全に断切された唯一の憩いの場であった。
だがかなはここになんの不満も持たず、むしろ感謝の気持ちまで感じている。
「ここはうちのお父さんが身を潜める時に使った物件であまり目立たないからしばらく身を隠すにはちょうどいいと思う。
ちょっとボロいけど設備はちゃんとできているし中には秘密通路とかいくつかの仕掛けがあるからいざという時は使える。
普通に人も住んでいるからまず疑われることはないと思う。」
っとここは「赤座組」絡みの物騒な物件であることを予め知らせ、二人にここを紹介したのはなんとそこの第一関係者である「赤座小鳥」であった。
彼女とはほんの短い付き合いだったが彼女は決して危機に瀕した二人のことを見捨てなく、むしろ自ら二人の力になろうとした。
「そこの娘をこちらによこせ。さもないと今ここで殺す。」
今もはっきり覚えているその夜の悪夢。
かなは再び自分を襲ってきたそのことに凄まじい寒気を感じ、腕で震える体を抱え込んだ。
「私の名前は「ドクタードグマ」。お前達もよく知っている「Dogma」の設立者である。」
ななの父、「赤城ウォルター」のお見舞いを済ませた後の帰り道、突然現れた黒尽くめの男達。
その中でリーダーと思われる鳥の形の仮面を被った男は自分のことを二人にそう紹介した。
まるで大昔流行り病で多くの人々が死に続けた時の医者の姿と同じ格好をしたその男はざっと見ても身長2メートは余裕で超えそうな巨大の図体を持った巨漢であったが何より一番おっかないと感じたのは
「声が死んでいる…」
その生命力の一欠片も見当たらないどす黒くて禍々しい声であった。
なんの希望も、未来への期待も持たず、ただひたすらの復讐だけを渇望する亡霊の声。
背骨が凍てつくほどその声は恐怖そのものであったが
「もう一度言う。そこの娘をこちらによこせ。」
自分の宝物をこっちに渡せという脅迫を聞かれた時、ななは足のホルスターから拳銃を抜かざるを得なかった。
「Accel・Rose」。
5発入りのその大型リボルバーはこの世でななでしか使えないなな専用の武器である。
母の「鮮血女王」の血流操作による斬撃、そして父の「絶対零度」の氷結能力。
その2つの能力を兼ね備え、更に自分でしか使えない能力まで持っているななは歴代の吸血鬼の中でも初代の吸血鬼「ノスフェラトゥ」、「無機王」と呼ばれる「ヴラド・ツェペシュ」に最も近い存在であった。
相手が銃に撃たれなくても発動するななの能力「ローズ・アンド・ガンズ」は「薔薇園」と呼ばれる血の領域を展開し、攻撃と防御を同時に行う技で範囲内なら確実に相手を殺せる必殺必中の技だが体力と血液を激しく消耗するため、使用する際には慎重な判断が要求される。
それでもななは決してためらわない。
ななにはいつでも大切なものを守るためであればそれをためらわず使う覚悟ができていた。
自分の全てを捧げて、命がけで守るとした存在。
それをよこせと言われた時、気がついたらななはあっという間にその鳥の下面の男以外の全員を八つ裂きにした後であった。
「驚いたな。」
その鬼神のような戦いぶりに驚嘆に近い感情を表す男。
彼は今まで出会ってきたどのような吸血鬼よりも強い吸血鬼だとななのことをそう評価した。
「量産型とはいえ一応ベテランの傭兵達の脳で作ったものだぞ?バケモンか。」
「人形ごときにやられるほどやわじゃありませんわよ。
それにしても汚いですわね、これって。」
っと手に付いたオイルを拭き取りながら苦情をいうなな。
最初からななは相手が本物の人間ではなく人間もどきの機械であることを見破って本気でそれらを潰そうとしていた。
「いいんですの?これは明らかに犯罪行為ですのよ?」
「灰島」と肩を並べる大手企業「Dogma」。
その設立者が今自分達のことに危害を加えようとしていることについて今後のことは覚悟はできているのかを問うなな。
ななはこのことが知られたらただでは済まないと「Dogma」の設立者、「ドクタードグマ」に警告した。
「今なら見逃してあげてもよろしくてよ?もちろん理由はきっちり聞かせてもらうつもりですが。」
「まあ、確かに今の装備じゃまともにやり合いそうもないだがな。」
っと割りと大人しく観念すると思った瞬間、
「捕らえろう。「フォールアウト」。」
彼の命令が下った途端に現れた巨大な人影に
「な…なんですの…?これは…!」
ななは戦うことよりかなを連れて速やかにそこから離れることを選んでしまった。
「実に賢明だ。小娘。」
その時、男は逃げ出したななをそう思った。
「今のお前じゃこいつらには勝てない。戦うことになったら真っ先に潰されるのはお前の方だ。」
生きている間には兵として名高かった生き物。
それらの脳を使って作った専属のアンドロイド部隊。
その「フォールアウト」と呼ばれる無機質の兵器達と対面した時、ななは今の自分では決して勝てないと判断して逃げる道を選んだのであった。
そしてその一瞬でその判断ができたななのことを彼は実に賢いと思っていた。
「ただの吸血鬼の小娘だと思ったがこれだけの力と判断力。
これだけの才能、実に「ノスフェラトゥ」にふさわしい。」
かつて自分が率いた全自動討伐部隊をたった一人で全滅させた最強の吸血鬼。
彼もまた「ノスフェラトゥ」と呼ばれた存在で男は一瞬だけその鬼神のような圧倒的な強さに見惚れてしまった。
それと同じ感動と震えが体の内側から起き上がれ、やがて高揚感と興奮に包まれ、血が湧いて胸が駆け出してきたが
「だがワシの欲しいものはお前じゃねぇ。ワシはどうしてもその後にいた金色の「リセットボタン」が手に入れたい。」
瞬時に冷静を取り戻した彼は決して自分の目的を忘れてはなく、むしろより深い執念でそれを渇望した。
「欲しい。どうしても欲しい。あれさえいればこの世界を元の世界に戻せる。」
降り注ぐ月光。
その中に注ぎ込むのはただひたすらの欲望。
そのためには世界中を敵に回しても関係ないと彼の狂気は夜中にそう叫んでいた。
「娘を追え。何があっても確保しろ。」
そしてその黒い手をななとかなに差し向けた彼は月の中で狂ったように笑っていた。
「一体何だよ…この手って…」
だからこそかなは混乱し続けた。
「別に臨んでこんな体になったわけじゃないのに…」
触れたら消し飛ばしてしまう不思議な右手。
かなはそれを「ザ・ハンド」と呼んでいるがそれはあくまで能力のことで未だにその能力のことを肯定していたわけではない。
かなは自分の手は不幸だけを招く呪われたものだと疎み、遠ざけていた。
ななとの喧嘩、それが解決できたと思ったら今度はわけも分からず追われるはめになって一体これからどうすればいいのかと一日中何千、何万回も自分に問い続ける。
結局答えは出られず、悩みだけが増えていく毎日だが
「今日の晩ご飯、何がいいかな。」
ななとの二人暮らしはそんなに嫌な気分ではないということだけは否めない事実であった。
追手が撃った銃に撃たれてずっと逃げ回っていたななとかな。
丸一日寝ることもできず、ただ町の裏に潜んでいた二人はどこに助けを求められなかった。
「もしこのことがお母様に知られたら「赤城財閥」は即「メルティブラッド」を派遣、「Dogma」との抗争が始まる…
そうなったら戦争になりかねませんわ…」
身内のこと、特に自分達の命より大切に思っているななとかなの身に危険が及ぼされたことが知ったら「鮮血女王」は、吸血鬼は戦争も辞さない。
そういう覚悟と決断できる決意を彼女は持っているななはそう説明した。
「とにかく今は身を潜めなければ…」
「なな…!」
っと話の途中、そのまま倒れてしまったなな。
逃亡の途中で負った怪我と出血、いくつかの度重なった戦闘と日光による披露まで重なってついに限界を迎えてしまったななの小さい肉体。
かなまで背負って逃げ続けてきたななはそこから一歩も動けなくなってしまった。
「もういい…!私が…!」
「ダメですわ…!」
っと背中で泣きわめくかなにそれ以上は話すなと口をふさいでしまうななの叫び。
ななは自分の身を案じてかな自ら彼のところへ行こうとしているのまで察して怒ったが一番許せないのはかなにそう思わせてしまう自分の無力さと弱さであった。
「あんなところに行ったら絶対壊れてしまうんですのよ…!
もうあなたと別れることなんてまっぴらですわ…!」
もう二度と離れたところでお互いのことを思うだけの悲しい時間はいや。
それだけななは切迫していた。
「ど…どうしたの…!二人共…!もしかして撃たれたの…!?」
あの時、追われていた自分達を助けてくれたのは去年、例の「青葉海」への集団イジメ事件で退学させられたはずの「赤座小鳥」であった。
「赤座さん…!?どうしてあなたが…!」
突然の彼女の登場に痛みも忘れてしまうほど驚いてしまう二人。
だがそれを説明する前にことりはまず二人の手当に取り掛かることにした。
「弾丸は中黄さんが取り消して傷口は赤城さんが血で凝固させて出血を止めたってこと…!?無茶するね、もう…!」
二人の応急処置を聞いて呆れたような顔のことり。
ことりはまず二人の傷を治すために自分の全ての魔力を注ぎ込むことにした。
「本来ならもっと落ち着いた場所でやった方がいいけど今はそれどころじゃなさそうだから…!」
残りはここから離れた安全な場所でやると言ったことりは早速二人に回復魔法を施し、姉のすずめに頼んで二人を町から運び出した。
その時、かなとななは初めて見る彼女の友への思いやりに彼女のことを見直すようになってこれは後に二人にことりの肩を持たせるきっかけとなった。
ことりのおかげでかろうじて命拾いできたかなとなな。
その後、ななは「赤座組」のフロント企業に掃除婦として雇われ、毎日そこに通勤していた。
「すごい!こんなことまでできるんだ!」
「まるで別人みたいね…」
「これくらいちょちょいのちょいですわ!」
血流操作で顔の形を変えることができるななは生活費を稼ぐため毎日仕事に専念する一方、今の状況を解決するために情報を集めている。
今頃学校と実家は大騒ぎになっていて自分達を探しているはずだがななはなるべく今の状況を穏便に済ませたいという考えがあってできるだけ抗争は避ける方法でことを進めようとしていた。
それだけなながこの世界の平和に掛けている思いが大きいということでその意思を尊重することにしたことりもまた
「まあ、赤城さんがそう言うのなら私もそれに従うよ。」
「赤座組」の力で現状を打破するを諦めたのであった。
「その変わり約束して。危ないことは絶対しない。それと私にも手伝わせて。」
「そんな…もうこれだけで十分…」
っとことりに迷惑がかかることを恐れて虫が良すぎるとななはこれ以上の協力は受け入れられないと遠慮の意思を示したが
「ダメ。だって二人共私の大切な友達だから。」
どうしても二人の力になろうという彼女の強い意志は結局曲がらなかった。
そうやって始まったかなとななの秘密の二人暮らし。
自分達を囲んだ状況は置いといても
「これが新婚生活ってやつ…かな?」
かなも、ななも今の生活を随分楽しんでいたのであった。




