第308話
いつもありがとうございます!
先輩は私にこう話しました。
「これだけは分かって欲しいです、うみちゃん。」
誰も悪くない。ただ皆が自分が正しいって思った道を選んだだけ。
「だからどうか勇気を失わないでください。」
そして待っていてください。
そう言った先輩は
「私はうみちゃんのことが本当に大好きなんです。」
静かに私の唇の上に自分の口を重ねたのです。
柔らかくて温かい感触。
でもそこから始まったとてつもない感動は私の視界を真っピンクに染め、理性を麻痺させるほどの凄まじいインパクトでした。
かつて感じたこともない気が遠くなるほどの高揚感ととろけそうな幸福さに私は思わず涙まで流してしまったのです。
突然押しかかってきた不意の衝撃。
でも私がその一瞬で覚えてのはただひたすらの熱さと心和む安らぎだったのです。
まるで今までのやったことをねぎらってくれるような強烈だったのファーストキス。
私はそのことを一生忘れないと心から誓いました。
「でも先輩のことだし…」
でも相手はなんといってもあの天然の先輩。
だからこそこのキスの意味を深刻に考えざるを得ないと私はそう思いました。
だって昨夜、電話で
「好きです。うみちゃん。」
とか言ってたくせに今日会った時は特に変わらなかったし…
意識してたのは自分だけでそれがなんだかすごくバカバカしくなった私は内心先輩のことを恨んでましたから。
もしかしてこれってただ私のことを戸惑わせるための何かだったりしてとか思ってましたし…
でもまさかあそこでキスとかしてくるとはこれっぽっちも思えませんでした…
だからこれってただ先輩なりの愛情表現の一種でそんなに深い意味は…
「だからってキスとはするの…?普通…」
でも私はやっぱり心のどこかでそのキスにだけは何らかの意味があって欲しいと思っていました。
「うぅ…どうしてなんですか…先輩…」
今まであんなに欲しがっても全然気づいてくれなかったくせになんで今さらあんなことを…
そういえば緑山さんが虹森さんとのファーストキスをやったのはつい最近のことでどうもこれでちょっと悩んでいた聞きましたがそれってこういう気持ちだったんでしょうか…
あっちは全くの天然ってわけじゃないんですが虹森さんって随分長い間緑山さんとの関係について色々考えてきたようでなかなか決心がつかなかったそうです。
まあ、結局一番の形で二人は結ばれて見守っていた立場としてもめでたしめでたしって言いたいところなんですが私の場合はどう受け取ればいいものなのか…
「それに…」
最後のその一言だってやっぱり気になるのは仕方がないことだったのです。
「私は未来から来ました。」
っと別れる前の先輩からの一言。
それについて聞く暇もなく先輩は
「じゃあ、うみちゃん。また明日。」
そのまま先輩は薄暗くなった夕暮れの中に消えてしまったのです。
「今日はうみちゃんに自分の気持ちをちゃんと伝えることだけが目的でしたから。」
何の説明もなく、ただそうやって先輩は明日学校で会うことを約束してくれたのです。
「甘えたくなったらいつだってマミーのところにおいでくださいね?」
っとか言って…
「またキスとか…してくれるのかな…」
でもその誘惑には耐えきれなかった弱い自分でした。
「というかやっぱり深い意味なんてないじゃん…」
っと先輩のあのキスには単に私のことを励まそうという気持ちしか込められなかったってことにそろそろ気づいてきた頃、
「それにしても遅いな…中黄さん…」
ふと私は赤城さんと一緒に病院に行った中黄さんの帰りがいつもよりずっと遅いってことに気づいてたのです。
赤城さんの影響か普段から規則正しい生活を心得る中黄さん。
彼女の今日の予定はおそらく赤城さんのお父さんのお見舞いを済まして現地で久々に赤城さんとの二人っきりの時間を過ごす。
だから遅くても点呼の前までは帰ってくると思いましたが…
「もしかして電車でも乗り間違えちゃったかな…」
中黄さんってちょっとそそっかしいところもありますし十分ありえる。
「まあ、さすがに無断外泊ってことはないけどね。」
でも一応真面目な人だし許可も取らず勝手に外で寝てくることはないでしょう。
赤城さんならほぼ間違いなく
「断然ホテル行きですわ。」
真顔であんなことを言って中黄さんのことを困らせてたはずですが。
「なんでもいいけど怒られる前には帰ってきてね、二人共。」
っと電話もせず寝てしまった自分。
「日付が変わるまでは帰ってくるまでは帰ってくるでしょう。」
っと思ったのが昨日のこと。
「指名手配…ですか…?」
でもその翌日に帰ってきたのは二人に指名手配が掛けられたという衝撃的な知らせだけだったのです。
結局私はまた自分のことについてじっくり考える暇も与えられくて先延ばしにしてしまったのです。
***
「お姉ちゃんったらあんなことがあったのに今までずっと黙ってて…」
昨夜、家に帰った私は長い時間を掛けてお姉ちゃんと話し合った。
ルルさんから聞いた「方舟」のこと、それにお姉ちゃんがとっくに昔から関係者の一人として深く関与していたこと。
そしてそれが全部一族のためだったということ。
「「赤座組」はいつか消える。「黄金の塔」は落ちこぼれには容赦がないから私達はいずれ自然と絶滅するようになる。」
そこで「方舟」を利用してあのお方と取引を図ろうとしたお姉ちゃん。
お姉ちゃんはルルさんとあのお方の橋渡し役になって密かに「方舟」を進めていた。
「あの人は強い神界以外は眼中にないからきっと乗ってくれると思ったの。
実際あの女との関係は友好的だったと思うしうまく行ったから半分くらいは成功だった。」
行方不明のお父さんの代わりに一族を守るためにはそれしかなかったというお姉ちゃん。
でもお姉ちゃんはそれが逆に私を傷つけることになったことをずっと後悔していた。
「私達だけで生き残ることなんて考えもしなかった。
ただことりや一族の皆がもう少しいい環境で暮せばいいと思っただけだから。
でもあいつが私に黙ってことりまで巻き込んで計画に利用しやがって…」
私達を守るためのことが逆に私達を傷つけてしまった。
そのことにお姉ちゃんは胸が張り裂けるように苦しんでいたが
「ううん。お姉ちゃんは悪くないよ。」
私はそんなお姉ちゃんを決して悪人にしたくなかった。
「だってお姉ちゃんはいつだって私達の「ヒーロー」だから。」
誰か困っていたら必ず助けに来てくれるかっこよくて優しいヒーロー。
私は生まれて初めて会った私の最初の味方である双子の姉のことをただそう言いながらギュッと抱きしめた。
「だからもういいんだ。」
「ことり…」
それからお姉ちゃんは私の懐でしばらく声を上げて泣いてしまった。
他人には、特に私の前では決して見せない涙まで流してお姉ちゃんは大声で泣いてしまった。
そして私もまた一人で孤独な戦いを続けたお姉ちゃんへの申し訳無さでお姉ちゃんを掴んでしばらく号泣してしまったのであった。
その後、先輩が帰って私達はいつものように穏やかな日曜日の夜を過ごすことにした。
でも玄関に私が帰宅の先輩を迎えに行った時、
「先輩、なんか前よりちょっと頼もしくなったかも…」
何故か先輩は決心に満ちた逞しい顔つきをしていた。
「確かうみっこに会いに行くって言ってたけど…」
後輩ちゃん達の迎えのついでに一緒に行ったうみっこと少し話がしたいと先に行って欲しいって言った先輩。
何を話したかまでは聞かなかったが
「大好きです。ことりちゃん。」
その時、唇に触れたその温かい感触だけははっきり覚えている。
一瞬視界がぼやけてしまうほどの感動が押し寄せて私は足の力が抜けていくような脱力感に包まれたがそれでも現状確認のために最後まで気を失わずにあそこに立っていた。
「せ…先輩…!?これは一体…!」
っと今のことについて私は早速問いかけたが
「いつも頑張ってることりちゃんへのマミーからのプレゼントです♥」
とか言って笑ってしまう先輩のことに私はそれ以上何も聞くことができなかった。
「私…ファーストキスだったのに…」
色々期待が大きかったかちょっとだけむっとする気もあったが
「で…でも先輩だから許してあげます…!」
それでも私は初めての相手が先輩だったことに気持ちが舞い踊るくらい嬉しかったことだけは否めないかも知れない。
「おかげさまで全然眠れなかったじゃん…」
無論だからといってそのことに悩まされなかったわけではないんだがな。
「さて…今日は何しようかな…」
週末が終わってまたやってきた新たな一週間。
先輩は朝早く学校へ行ってお姉ちゃんも用事ができて今日は一緒ではない。
よって私はこれから一人で今日を乗り越えなければならないということだが
「一人じゃやっぱり退屈なんだよな…」
私は今日だけはなぜか誰かと一緒にいたいセンチメンタルな気分であった。
「前は一人の方がずっと楽だったんだけど…」
ここ最近あまり一人でいたことがなかったせいか何故か他の誰かを求めるようになった自分。
そんな自分のことがなんだか少し非力に感じられたりもしたが最近の私は前に比べて人との付き合いがちょっとだけ好きになった気がする。
先輩と一緒にいる時の賑やかさがすっかり身に染み付いて思わずそれと似たようなものを求めている自分がいる。
それに少し戸惑いを感じたりもするがそんなに悪い気分ではー…
「赤城さん…?」
っと思いかけだった私の目についたのは物陰からちらっと見えた赤城さんのくるくるの赤い髪の毛であった。
見間違えのはずがない。
音楽科の赤城さんと芸能科の私はクラスは違っても結構仲が良かったから。
それに私は一度見た相手の特徴や顔はよっぽど変わらない限りほぼ完璧に覚えられるからこんな私が赤城さんのことを見間違えることなんてまずありえない。
だからこそこんな真っ昼間に彼女が学校ではなくこんな町の中をフラフラしていることがおかしいと感じられた。
「それに今、確かに後に誰かいたよね…?」
顔までは見られなかったが確かに彼女の後にもう一人、体格から見たら女の子と思われる人が彼女の後に付いていた。
赤城さんより背はちょっと大きくて日光のようなキラキラした金髪の女の子。
ちょうど赤城さんの幼馴染であるチア部の中黄さんのような女の子が彼女の後から歩いていた。
「ついて行ってみようか…?」
特に何か不穏な空気を感じ取ったわけではない。
遠くて顔はあまり見えなかったし日差しが苦手で物陰から移動すること自体だってそんなに不思議じゃないから。
まあ、赤城さんほどの優等生がサボりっていうのはちょっと意外だけど赤城さんだって年頃の女の子だし偶には学校も仕事も全部忘れてパーッと遊びたいと思ってるだろう。
もし会えたら一緒に遊びたいなってくらいの軽い気持ちでそれ以外は特に深い意味はない。
ただ久しぶりに彼女と話し合いがしたいと思っただけであった。
だがその光景を見た時、私は自分が何をすればいいのか早速考えなければならなかった。
「こっちよ…!赤城さん…!」
銃傷を負った二人。
私は頭で判断することより体が先に反応して気がついたら二人を安全なところへ連れて行っていた。




