第307話
いつもありがとうございます!
美しく、そして堂々としたその背中を追いかけてずっと走り続けてきた私。
そんな私の気持ちをまるごと踏みにじって潰すようにうみっこは普通の女の子に変わっていった。
もはやその人生の中心にいるのはうみっこ自身ではない。
「あら。いらっしゃい、ことりちゃん。」
うみっこの人生は常にアイドル同好会の「桃坂未来」先輩を中心として回っていて。
これ以上はないほど凶悪な胸の大きさを見せつけていた当時の2年生。
入学ばかりの私達と1年しか年が離れてないということが信じられないほどしとやかでしおらしい桃色のふわっとした髪の毛の少女のことをうみっこは心から愛していた。
あの「Fantasia」の会長を出し抜いてうみっこと同じく音楽特待生として入学した先輩。
でもうみっことは違って何故か先輩は胸以外は特に注目されることもせず、毎日アイドル同好会という弱小部でのんびり暮らしているだけであった。
「今日も可愛いですねーことりちゃんって。」
っと同好会に遊びに来た私を満面の笑みで迎えてくれた先輩。
当時の先輩は大注目のうみっこが同好会に入部したことで毎日がニコニコパレードであった。
彼女のことをうみっこはいつもこう話した。
「先輩は私に生まれ変わるきっかけを与えてくれたの。」
自分にもう一度本当の気持ちで歌わせてくれた先輩のことが好き。
その気持だけは止められないとうみっこはよく私の前で先輩への自分の気持ちをありのまま打ち明けた。
でもそれを言われる度に私は
「じゃあ、私じゃダメだったんだ…」
何故か心のどこかでこっそりとそう思うようになってしまった。
無論先輩が嫌いだったと言われたらそれはないとはっきり言える。
実際私はあの頃から先輩のことがずっと好きだったし結構頼っていたと思う。
だから転校した学校を辞めた時、真っ先に先輩のところに行くことができた。
優しくて頼りになる人。
まるでお姉ちゃんと一緒にいる時の安堵感を私は先輩のことから感じていた。
それでも先輩のせいでうみっこが変わっていくのはどうしても耐えきれないほど苦しくて辛い苦痛とした感じられなかった。
子供の頃、初めて見たうみっこの舞台。
私と同い年でステージに上って大勢の前で堂々と演じ、歌ううみっこの姿はあまりにもキラキラして私はお父さんとお姉ちゃんにワガママを言って芸能界のキャリアを始めることができた。
いつかあの子と同じ高さで同じ景色が見たい。
その一心で一生懸命頑張り続けた結果、地道にキャリアを積んだ私は同世代には肩を並べるものがないと言われるほどの目覚ましい成長を成し遂げ、ついにうみっこと同じ景色が見られるところまでたどり着くことができた。
でもこれからだと思ったその瞬間、
「私、来年から学校に通おうと思う。」
うみっこは突然勉学を決め、暫定的な活動中止を決行した。
いつまでも二人でお互いと競い合い、高め合うと思った私の期待はその一言であっけなく崩れ、途方もない失望感だけを与えられる。
でもそんなうみっこの意思を尊重し、その成長を傍で見守るため私もまたうみっこと同じ学校に入学したがそこで見たのはただ凡人に成り下がったうみっこであった。
それ自体は悪くない。
でも私のうみっこはいつだって特別じゃなければいけない。
なのに一生の憧れであったうみっこが今度は先輩に憧れて幸せに普通な日常を暮らしている。
特別だったはずのうみっこがどこにもいる普通な女の子になっていくのが死ぬほど嫌だった私は
「それじゃダメなんだよ…」
っと思いながら悩ましい日々を送るようになってしまった。
元のうみっこを取り戻したい。
皆の前で頂点として孤高と振る舞う「歌姫」のうみっこを取り戻したい。
その想いが強ければ強くなるほどうみっこへの恨みはどんどん増えていく。
そしてそれがついに限界を迎えた時、
「ねぇ…赤座さん…どうしてこんなことをするの…?」
私の前には生ゴミや絵の具などでめちゃくちゃになったうみっこが私のことを見上げていた。
いつから自分があんなことをやらかしたのかは覚えていない。
それだけ夢中になっていたのか、それともただあまりにも思い出したくなくて記憶から消してしまったのか。
どっちにしろ私が、うみっこの親友である私、「赤座小鳥」が何人かの不良達と組んでうみっこをいじめた事実は変わらなかった。
陰から密かに行われたうみっこへのイジメ。
そしてその中心にいたのが自分であることは毎日私に吐き気を催させ、私の心をずたずたにしたがそれでも私はそのことを止められなかった。
うみっこならこれくらいのピンチ、簡単に乗り越えられる。
そうしたらきっと元の強くて堂々としたうみっこに戻ってくれるはず。
そのためには自分が悪役になっても構わないと私は毎晩自分に言い聞かせながら罪悪感から目をそらしてしまった。
でも私は一つ、とても大事な決定的なことを見落としていた。
「うみちゃんならそれくらいのイジメ、なんとでもなかった。
あなたさえいなかったら。」
そのイジメ事件の中心には私がいたこと。
私はうみっこの中の自分という存在の大きさを侮っていた。
信じていた友達からの理解不能の暴力。それこそが耐えきれない苦痛だったと会長はうみっこの当時の気持ちを代わりに述べた。
ツアーから帰った会長の「心理支配」によって私達のイジメ事件があからさまとなり、本格的な捜査が行われ、ついにその首謀者、及び関係者全員には最高意思決定機関、すなわち「黄金の塔」からの処分が下された。
関係者人員が神界の生徒だった故、「黄金の塔」の威信は完全に地に落ち、その代表者であるあい先輩にも処罰が下されて
「この度、「青葉海」さんに辛い思いをさせ、皆様を失望させてしまい、誠に申し訳ございません。」
あい先輩は全責任を取ってうみっこの前で頭を下げ、テレビの前で全世界に謝罪しなければならなかった。
「お前達には二度とまともな生活ができないようにしてやるのだ。」
そしてこの事件で「黄金の塔」、ひいては神界全体の人々の顔に泥を塗ったと憤慨した「黄金の塔」の長、「神族」の「朝倉哀憐」様は二度と元の世界には戻れないように私達の全ての記録を抹消し、そのまま神界から追い出した。
家族からの援助も受けられず、会うことすら許されない孤独な人生。
「お前達のようなゴミクズの面汚し達にはそんな惨めな人生がお似合いなのだ。」
それこそ今後私達が生き抜かなければならない残った人生の全てであった。
私だけお姉ちゃんのおかげでなんとか助かったが他の子達は今頃何をしているのかそれすら分かっていない。
それだけあの事件に関わっている皆は社会から完全に孤立されていた。
転校が決まって逃げ出すように学校から離れた日、最後に会長は私にこう言った。
「私はあなたが本気でうみちゃんのことが嫌いで傷つけたとは思えない。きっと何かわけがあると思う。
だから私が必ず答えを探し出してみせる。」
あの頃には会長の言っていることの意味が全く分からなくてあまり気に留めなかったが今思えば会長はあの時から既に薄々気づいていたと思う。
「君がなればいいのよ。あの子に試練を与える「悪役」に☆」
私に「ヒロイン」を目覚めさせる「悪役」になれっと声をかけてきた存在のことを。
***
「…つまりあれがルルさんだった…ということですね…?」
話が終わった時、私が彼女にそう聞いたら
「…うん。全部私なの…」
彼女は小さな声でそう答えながらそっとうなずくだけであった。
驚くほど鮮明となっていく記憶。
今まではただ霧がかかったようにぼんやりしていたのになぜ今になってこれほどはっきりと思い出させるのか。
その答えもまた彼女、ルルさんに関係があるというに考えが及ぶまでそんなに時間は掛からなかった。
「私はことりちゃんに私のことを覚えない現実だけを許可したの。
まあ、今の私は随分弱くなっていて完璧に作動はしてなかったけどね。」
わずかに残った記憶の澱。
それを辿って自分の正体を暴き出した会長は大した人だと彼女はそう言ったが
「じゃあ…あんた、もしかして会長にも…」
それは同時に私達に今の会長の体に起こった異変のこともまた自分に関わっていることを告白することと同じものであった。
去年、あのイジメ事件で一番傷ついたのは私とうみっこだけではない。
私が学校から追い出され、うみっこが暴走を始めて一番傷ついたのは私の傍で震えている先輩。
つまり今の私にとってお姉ちゃんと同様の一番大切な人ということ。
だから私はこの話を先輩と一緒に聞いてしまったことを心底後悔してしまった。
もし自分にもう少し賢明な行動が取れたなら
「本当…ですか…?」
先輩のこんな絶望的な顔は見なくて済んでたのに。
去年私とうみっこのこと。
そして会長に起きた能力の暴走による記憶喪失を含めた先輩を巡った数々の異変。
その全てがルルさんが引き起こしたことでそれが計画の一部に過ぎないってことを言われた時、先輩は次々と大切なものを奪われる痛みを何度も繰り返して味わわなければならなかった。
その度に削れ、砕かれていく心に私は一度ルルさんの話を中断しようとしたが
「いいえ…ことりちゃんだって頑張ってるんですから…」
っと先輩は一度私の手をギュッと握って自分の苦しみと向き合うことにした。
「会長のことは特に殺すつもりはなかったの。一応会長だって貴重なサンプルでこのプロジェクトの候補だから。
ただこの土壇場で邪魔されたら何もかも全部台無しになってしまうからしばらく黙ってもらいたかっただけ。
事態が落ち着いたら私のこと以外は全部もとに戻すつもりだったの。」
会長の自分にたどり着いた過程すら候補にふさわしいと判断したルルさん。
自分が作り上げる新世界には会長のような鋭い判断力と強い精神力を同時に併せ持った人が必要だと彼女はそう言った。
自分の最後の力を振り絞って作り上げようとする新世界。
そこで生きられるのは選ばれた新人類のみ。
「方舟」というプロジェクトはそのための人類の間引きだったわけだが
「じゃあ、あなたの言っている「新世界」というのは一体何なんですか…?」
私達は未だにその肝心な「新世界」ってやらを知らない。
だからこそ先輩はそう聞かざるを得なかった。
「それが本当に皆を傷つけ、困難させるほどの価値のあるものなんですか…?」
そして己の人生をかけるほどの価値のあるものかと。
先輩の質問に少し考え込むルルさん。
しばらく時間が経った後、彼女は先輩の質問に対する答えの代わりこういう話をした。
「この星はいずれ滅ぶ。こんな世界、うまくいくはずがない。」
異なる全種族同士で共存なんてできっこない。
なら少なくとも共存できる一部だけを残して残り種族全員を自分の手で絶滅させる。
そのためにどんな大きな犠牲を払っても構わない。
それがたとえ自分の命であろうとこれっぽっちも惜しまないと彼女は自分の決心を私達に漂白した。
当然あんなことで納得するはずがない先輩は
「どうしてそう言い切れるんですか…!皆で頑張ればきっと…!」
っと早速言い返したが
「…やっぱりあんたは何も分かっていない…」
ルルさんは自分とは真逆の視線で世界を見ている先輩に初めて剥き出しの敵意を表し、嫌悪に近いどす黒い感情を向けた。
「なんですか…」
「ことりちゃん…」
「やるつもり?上等じゃないのよ。ぶっ殺してやるから。」
何か嫌な予感を感じ取った私とお姉ちゃんがテーブルを隔てて向き合っている先輩とルルさんの間に割り込んで彼女を先輩と引き離したが
「別にあんた達とやり合うつもりはないわ。」
彼女は最初に特にこちらに危害を及ばすつもりはないという意思を表してきた。
「ことりちゃんにも、あなたにも私は自分なりに悪いって思っているの。
意図はどうであれあなた達を傷つけたのは紛れもない事実だし。」
でも今自分が感じている生理的な嫌悪とは話が違うってそこんとこははっきりしておきたいというルルさんの話。
その時、ルルさんは怒ったり、絶望したりではなく
「…あなた達には分かんないんのよ…」
ただ悲しみに満ちた目で理事長の色葉様の手をギュッと握っているだけであった。
前代未聞の現実操作というとてつもない能力を持っている人。
しかもその正体がもはやこの星の存在ではなく遠い宇宙からやってきた宇宙人であることだけで私達は十分戸惑っていたが
「ルルさん…」
あの時に見せられた彼女の儚い眼差しはあまりにも我々の持つ感情に似ていたので先輩も、そして私達も過去に彼女に何があったのか聞き出そうとは思わなかった。
「とにかく私はこれからもあなた達に協力していくつもりよ。
これは「超越体」の意思ではなく私だけの意思。
私はこの人のことを信じてあなた達の可能性に賭けるわ。」
っと隣の色葉様の見る彼女の愛情に満ちた意味深長な目に気がついた私達は
「あ、この人、そっち側だったんだ。」
宇宙人って本当は私達とそう変わらない存在かも知れないと思うようになってしまった。
「私は自分の罪を皆に告白したいの。」
ちゃんと皆に謝罪して許してもらうこと。
そして一人の人として初めて自分の人生を歩むこと。
ルルさんは私と同じく「やり直し」がしたいと初めて今の自分の夢を私達に表してきた。
「そのために私はまずあなた達に謝らなければならない。」
っと席から立った彼女は
「今まで本当にごめんなさい。私は間違っていた。」
自ら頭を下げて初めて自分の間違いを認めたのであった。
でも長い間、「超越体」との連絡が取れなかったルルさんには気づかなかった大事な一つ。
「「方舟」は「超越体」によって続行されている…」
この計画はすでにルルさんの手から離れてルルさんの上司、「超越体」に引き継がれていた。




