第304話
遅くなって大変申し訳ありません…
いきなりの大雪のため、少し風邪気味だったので不本意ながら何日か休ませて頂いてしまいました。
体調には自分なりに気をつけているつもりですが体質というのはなかなか変わらないものですね。
皆様の健康には十分お気をつけてください!
いつもありがとうございます!
夕方の頃、無事に学校駅に到着するようになった私達。
そしてそんな私達を
「おかえりなさい、皆。」
向こうに行く列車に乗る時と同じく先輩は笑顔で迎えてくれたです。
「はい!ただいまです!先輩!」
っと元気よく無事に帰って来たことを先輩に確かめさせる虹森さん。
そしてその隣で
「只今戻りました。先輩。」
少し照れくさい顔で虹森さんと手をギュッと取り合っている緑山さんのことに気がついた時、
「おめでとう。ゆりちゃん。」
その一瞬で全ての状況が分かったような先輩はやっと実を結んだ彼女の想いを心から祝福したのです。
右手の薬指に着けられている同じ形の指。
少し欠けて古びてもその中に込められた大切な想いだけはちゃんと伝わっているように先輩はただ微笑ましく二人のことを見守っているだけでした。
まだ話してもないのに何もかも全部知らされてしまったって二人はお互いの顔を見て
「えへへ…」
ちょっとだけ小っ恥ずかしく笑い合ってしまいましたが
「ありがとうございます、先輩。」
自分達の幸福を心から願ってくれる先輩の素直な気持ちだけはちゃんと受け取ったのです。
「みらいちゃん!」
「あらあら。」
そして誰よりも先輩に会いたがっていた会長は列車から降りた途端、一思いに先輩の大きな胸に飛び込んでそれまでの満たせなかった分を取り戻すために思いっきり甘えていったのです。
顔を埋めてスリスリ擦って先輩に頭を撫でてもらって完全に先輩の子供になっている会長を見ているとなんだか心の中がほっとして。
まるで本の中の母と娘の感動的な再会を見ているような安堵感にこんなに心がポカポカして
「ああ…やっぱり会長の居場所は先輩の傍じゃなきゃダメなんだ…」
いつの間にかそう思うようになってしまってほんのちょっぴり寂しい気持ちもしてー…
「ということは会長って先輩さえいれば私のことなんてどうでも良いってことですか…?」
ってなんか私、自分のことをもうすっかり会長の保護者って思ってるんじゃ…
「セシリアちゃんのこと、本当にありがとう。うみちゃん。」
っと会長と先輩への気持ちが混ざり合った複雑な感情に頭を悩ましていた私に週末の間、会長につきっきりで面倒を見てくれたことにお礼を言ってくる先輩。
あの夜のことは全く機にしていないみたいないつもの優しくて私と対する時のちょっぴり気まずい顔だったのでそれが急にムーッとなった私は
「ほら…やっぱり私だけめっちゃ意識してたじゃん…」
っと一人でブツブツするようになりました。
「…え?どうしたんですか?うみちゃん…急にそんなむっつりした顔で…」
「別になんでもありませんよ…もう…」
っと急にむくれ気味になった私に何かありましたかと様子をうかがう先輩でしたが自分はそれにちゃんと答えず、ただそこから目をそらすだけでした。
「でも私のことを気にしてる先輩…やっぱり可愛い…♥」
その慌てる反応をこっそり楽しんでしまった自分のことはまた別の話。
「それでは皆様、まもなくお迎えが来ますのでこちらで少々お待ちください。」
「あ、私は大丈夫です。ちょっと学校内を歩きたくて。」
寮まで送り届ける車が来る予定と会長の付添のかおるさんはそう言いましたが私はこのままだとこの胸のざわめきが収まらないと少し散歩でもして気分を落ち着けようと思いました。
先輩に会えたのは嬉しいけど
「えへへ♥可愛いセシリアちゃん♥ドプッドプッ母乳出ちゃいそうです♥」
「もう…先輩ったら変なこと言わないでくださいよ…」
あの知れった顔を見たら一晩中頭を抱えて悩んでいた自分のことがものすごくバカバカしくなっちゃってこのままだと胸の中のモヤモヤに飲み込まれそうっていうか…
とにかくちょっとした気晴らしでこのむしゃくしゃを解消から寮に戻った方がいいと判断した私は学校敷地内のどこかでぶらついてから寮に帰ると言いましたが
「じゃあ、私もうみちゃんと一緒に散歩でもしましょうか。」
突然私との同行を決めた先輩の唐突な行動に私は自分のモヤモヤはまた進むべき道を失い、脳内を巡り巡ることを予感しました。
「そ…そういうことなら私も…!」
「あ、じゃあ、私達も一緒に行きましょうか。」
っと会長と虹森さんもせっかくですからご一緒しますと私と先輩に付いて行こうとしましたが
「お嬢様にはご予定が控えており、ひとまずそちらを優先して頂きます。」
「みもりちゃんもダメです。まずは黒木さんのところへ行かなきゃ。」
全力で二人を止めるかおりさんと緑山さんのおかげで散歩は私と先輩の二人っきりとなりました。
「本当は皆で行った方が気楽なんだけどね…」
でも本音を言わせてもらうと今の状況で先輩と二人っきりになるのはやっぱりちょっと避けたいところだったのです。
明日学校に行く前に定期検診を受けなければならない会長と今の自分達のことを黒木さんに知らせたいという緑山さん。
でも本当は私と先輩の二人だけの時間を虹森さんに邪魔させたくなかったということを私は次の彼女の言葉から察することができました。
「もう…野暮なんですよ、みもりちゃん…」
っと彼女は虹森さんにもう少し空気を読んでくださいと言いましたが
「えへへ…ごめん…」
あの時、彼女のぎこちない笑顔を見た時、私はこう感じました。
もしかして彼女は今の私と先輩を二人っきりにするのはちょっとまずいって思ったのではないかと。
「なるほどね。」
今の不安定な状態の私が先輩と二人っきりになったらちょっとした刺激だけできっと混乱し、取り乱してしまうかも知れない。
そうなったらますます私と先輩の間の誤解はこじらせられて仲直りはどんどん難しくなってしまう。
先輩は傷ついて私は先輩を傷つけた自分を責めて、追い詰めることになるだろう。
彼女の目には今の私のことがあまりにも危なっかしくて仕方がなかったのです。
「やっぱりあなたは先輩に似ているね、虹森さん。」
そんな細かい気遣いさえ恐ろしいほど先輩に似ている彼女のことに私は内心驚き、感心しましたが
「大丈夫よ、虹森さん。ただの散歩だもの。」
私はまず一人の先輩として彼女のことを安心させてあげたいと思いました。
「青葉さん…」
そして私のその言葉に自分の気持ちがバレたことに気づいた彼女は恥ずかしそうな真っ赤な顔で言葉に詰まるようになりましたが
「が…頑張ってください…!」
最後には私を信じる決心を固めて
「じゃあ、また明日学校で!」
先に離れる私と先輩に向かって手を振ってくれたのです。
「セシリアちゃんもまた明日。」
そして自分と離れたくないと駄々をこねる会長に明日また学校で会うことを約束する先輩と
「…うん。また学校でね…」
ちょっぴり寂しそうな顔で渋々先輩に別れの挨拶をする会長のことは本当の親子のように切なくて愛らしかったのです。
「それでは皆のこと、よろしくお願いします。かおるさん。」
「承知いたしました。」
最後に今度の旅に大変お世話になったかおるさんにお礼と皆のことをよろしくと言った後、私と先輩は一緒に肩を並べて学校内を歩き始めたのです。
「みもりちゃん♥実は私、例のお薬、持ち込んだんです♥後でやりませんか?♥」
「ええ…!?まだ残ってたの!?そのお薬!?というか何!?その怪しげな手さばき!?」
どんどん遠ざかる皆の声。
会話の内容は殆ど虹森さん向けの緑山さんからのセクハラでしたがこの間までのあのよそよそしい空気のことを思うと確かにあっちの方がずっと安心できるかも。
「大丈夫ですよ♥みもりちゃん♥あなたの「射精管理」はあなたのゆりにお任せください♥」
「しゃっ…!ええ…!?」
もちろんその分、虹森さんの責任は以前とは比べないほど大きくなったかも知れませんが。
「それではお二人共、またチャンスがあればお会いしましょう。」
寮に帰る虹森さんと緑山さんと違って診察のため早速病院へ向かう予定の会長と彼女のボディーガードのかおるさんはそろそろここでお別れの挨拶をしなかればならないと言って彼女達とは別の車に身を乗せました。
診察だけ終われば特に異常がない限り明日から通常通り登校できる会長と違って珍しく今のお別れのことを寂しがっているかおるさんのことに私は内心驚いていたのです。
「この度は本当にありがとうございました。かおるさんが一緒にいてくれてすごく心強かったんです。またいつか会えたら良いですね。」
「ありがたいお言葉痛み入ります。こちらこそご同行できて光栄でした。
それからくれぐれも妹、しおりのことをよろしくお願いします。」
「はい。任せてください。」
欠かさず二人のクラスメイトの妹さんのことも頼むかおるさんとそんなかおるさんにまたどこかで会いたいですと次の出会いにありったけの期待を寄せる虹森さんと緑山さん。
もうすっかり馴染んだのか寂しいって思っているのはかおるさんだけではないことを私は今の会話から窺えたのです。
「会長も明日学校でお会いしましょう。診察、頑張ってくださいね。」
「はい!また明日!」
そして明日学校で会う約束をする虹森さんの言葉に会長はまた大喜びになって張り切って今日の診察も頑張ると誓っている。
私は今回の旅できっと会長は大切なものをいっぱい手に入れることができたと信じて密かに会長の成長を心から喜ぶようになりました。
「どうしたんですか?うみちゃん。なんだがすごく微笑んでいるんですけど何か良いことでもあったんですか?」
っといつの間にかふやけた顔になっている私を見て何か良いことでもあったのかと聞いてくる先輩に
「いいえ。何も。」
私はこの小さな喜びだけは自分だけのものにしておこうと何もない、ただそう答えるだけでした。
「かおるさん!お元気で!」
「またお会いしましょう!」
やがて会長とかおるさんを乗せた車が出発し、ちょうど二人のお迎えの車も着いて駅には誰も残らないようになりました。
先までのワイワイした皆の声がもう聞こえなくなってただひたすらの静寂だけがその場所に流れるようになった時、
「私達だけですね。うみちゃん。」
私は今の自分が先輩と二人っきりになっていることにやっと気がついたのです。
「そ…そういえば私…!今先輩と二人っきり…!」
意識したら急に走り出してきた胸。
もうこれ大丈夫なの!?って思われるくらいバクバクと胸が激しく走ってその鼓動の勢いから生じた震えにもう全身が戦慄している。
それでも私は今自分が見つめている先輩の後ろ姿から決して目をそらさなかったのです。
風に乗って私の耳元をくすぐる優しい声。
春風のように凍えた私の心を温かく包み込み、今までの苦労を労ってくれる先輩の声。
そして今も聞こえてくるあの夜の「好き」という言葉。
翻るふわふわな桃色の長い髪の毛と脳内の隅々まで染めていくような濃厚で柔らかい匂い。
全体的に豊かでボリューミーなボディーバランスとスラッとした背丈。
改めて再確認できた先輩の姿は相変わらず美しくてきれいな私の理想そのものでした。
この後ろ姿にどれだけの憧れの気持ちを抱いて追いかけるために努力したのか。
少しでも先輩の隣に追いつくために、そして先輩に自分のことを見てもらうためにどんな思いで走り続けてきたのか。
今ではとっくに忘れたと思ったあの時の感覚が自分の中から再び蠢き始めたことに気づいた時、私はそれ以上自分の先輩への思いを押さえつける戦意すら失いかけていたのです。
ただ純粋にこの後ろ姿を愛したい。
ありのままの自分を晒してありったけの気持ちをぶつけたい。
今までかろうじて抑制してきた想いがちょっとした油断でこのもどかしい胸から溢れそう。
そうなる前に私は一旦あそこから身を引く必要があると感じましたが
「うみちゃん。」
ふと私の名前を呼ぶその声にそこから一歩も動けなくなってしまったのです。
たったの一瞬で固まってしまった全身。
自分の名前が愛しい先輩の唇から出された時、全身は電流でも流し込まれたような戦慄に包まれ、完全に制御不能の状態に入りました。
高まる高揚感と興奮、そしてそれと同時にどんどん遠くなる意識。
ただ名前を呼ばれただけなのに何たる情けなくて不甲斐ない反応。
私はまだ自分が先輩のことをどれだけ好きなのか、その恐ろしい感情の破壊力を身を持って改めて思い知らされてしまいました。
いかに否定しても先輩はたった一人の初恋。
それだけは否めない、偽りのない自分の真心であったのです。
「私はやっぱりうみちゃんのことが好きです。」
ぼやける視界。
でも体の感覚だけは恐ろしいほど研ぎ澄まされて目で確かめなくても私は今自分に何が起きたのか分かることができました。
「これが私の本当の気持ちです。」
唇にそっと触れる柔らかい感触。
でもそこから伝わる熱い体温と大きい思いに気がついた時、
「先輩…?」
先輩の気持ちは私の唇に触れた後だったのです。




