第296話
いつもありがとうございます!
夜中、ふと目が覚めてしまった。
薄かな暗さに包まれている静かな部屋。
隣には夕方いきなり押しかけてきたお姉ちゃんがスヤスヤといびきまでかいて寝ていて暖房をつけた部屋はこんなにもポカポカしてすごく心地よい。
でも
「先輩…?」
眠る直前まで傍で子守唄を歌ってくれたはずの先輩がどこにも見当たらない。
「せ…先輩…」
ふと迫ってくる不安感にお姉ちゃんを起こさないようにして布団の中から出る。
ちょうど先までは隣にいたように布団の中は未だに先輩の体温でポカポカして先輩の体臭も残っていてー…
「はっ…!」
っと気が付いた時、私はいつの間にか再び布団の中に潜り込んで先輩の残香を堪能していた。
「ん…ここんとこすっかり会長みたいになっちゃって…」
見た目はあんなに大人っぽくてクールなのに先輩のことになったら目がなくなる会長。
「みらいちゃんのブラ…♥でかいわ…♥いい匂い…♥」
そしてその会長と同じことをやっている自分。
二人共そろそろまずいんじゃないと思われてきた頃、
「と…とりあえず先輩のことを探そう…」
私はやっと布団から抜けてリビングの方へ先輩を探しに行った。
「あ、いた。」
心配していたのは違って私達を置いてどこへも行かなかった先輩。
「こんな時間に電話…?」
先輩は私達を起こさないようにベランダの方で誰かと電話をしていたが
「先輩…なんだかすごく深刻そうな顔…」
先輩の覚悟を決めたような真剣そうな表情を見た時、私は心のどこかで今自分には見えないところで何か動き出そうとしていることに気が付いてしまった。
「盗み聞きはよくないけど…」
でも先輩一人で突っ走って行くのは嫌。
もう誰も私のことを一人にしないで欲しい、置いて行かないで欲しい。
そう思ったら私はいつの間にか先輩の話をこっそり聞くために息を潜めて先輩のいるベランダの方に耳を澄ませていた。
「もしかしてあい先輩だったりするのかな…」
今日は本当に色んなことがあった。
朝にはあい先輩と灰島さんが主催した全部活共同親睦会に招待され、そこで私はクリスちゃんやまつりちゃんみたいな色んな子達と友達になった。
思ったより自分が皆に嫌われていないことにも分かってあい先輩とも仲直りできた。
おかげさまで夕食の後、
「ことりちゃん♥今日は本当に楽しかったわ♥ヾ(*´∀`*)ノ
これからも仲良くしていきましょうね♥(≧◡≦)
あ、もしかして私のこと忘れてないよね…?( ´•̥̥̥ω•̥̥̥` )
あいママです…ことりちゃんのことが大好きなあいママですよ…(´;д;`)」
あい先輩からいっぱいメッセージが届いて正直に結構焦ってしまった。
あい先輩とのやり取りは初めってわけではないがいつ見てもあい先輩ってギャップがすごいっていうか…
立場上皆の前では凛としていかなければならないあい先輩だが知り合いだけに見せてくるこういう可愛いところ、すごいだなって。
灰島さんは
「そういうところが可愛いだと思う、あいは。」
って言ってたし。
まあ、それには私も同意するがとにかくこういうの、久しぶりすぎてちょっと戸惑っただけだからすぐ慣れると私はそう思う。
あい先輩ってクールな見た目と違って案外可愛いもの好きで実家では筋金入りの甘えん坊さんだからそれをちゃんと出せたらきっと今まで以上にモテると思うからこれからうまく行けばいいだろう。
だから最初に私は今の先輩の電話相手はあい先輩だと決めつけていた。
だって今日の親睦会で私達はあい先輩から衝撃的な話を聞くことができたから。
「これは青葉さんが桃坂さんのために仕組んだことなの。」
うみっこを筆頭にした「合唱部」による部活狩り。
それが全部自分のためだと言われた時、先輩はいきなり突き出された現実に思考が追いつかなくなり、当分衝撃から抜け出すことができなかった。
もっともな反応だと思う。だって先輩はこの学校のことが、ここに通っている皆のことが大好きだから。
そんな皆を傷つけているのが大好きなうみっこでその理由が全部自分だと知った時、先輩は自分の存在がうみっこにとてつもない重さの荷物を押し付けたと思ってその罪悪感に苦しんでいた。
でも先輩は強かった。
「でももう大丈夫です。だって私、こんなにもうみちゃんのことが大好きなんですもの。」
立ち直るのも、自分のやるべきが何か分かることも前の先輩に比べたら恐ろしいほど早い。
早い上に明確していてまるで別人と感じてしまうくらいだった。
「私はもう迷いません。だって私には応援してくれる大切な人達がたくさんいるんですから。」
以前の先輩だったらきっと皆のことが大切すぎてむしろ迷っていたはず。
でも今の先輩は自分にできることが何か、やるべきのことは何かを明確に知っている。
私はしばらくそこまで先輩を変えたものは何か、何が先輩にそのようなきっかけを与えたのか考えるようになったのであった。
でもやっぱり一番衝撃な話は
「私は未来から来ました。」
お風呂の時に先輩が自ら明かしてくれた先輩の素性だと私はそう確信している。
先輩とのお風呂は何かエッチなお店でやってくれるプライやらの類のものだったので話は全然頭に入ってこなかったがそれだけははっきり覚えている。
あい先輩にも明かした先輩の正体は遠い未来からこの時間軸にやってきた未来人。
正直にもっぱら飲み込むには多少無理な話だったかも知れないが私はそれを自分なりになんとか受け入れられた。
ずっと先輩のことを普通じゃないと感じてきたから。
先輩はやるべきがあってこの時間軸にやってきてそれはおそらくうみっこに関わっていることに間違いない。
詳しい事情までは話してくれなかったがそれだけはなんとなく気が付いた私は一瞬「私じゃないんだ…」って寂しそな思いもしたがまあ、それはいい。
大事なのは現在この時間軸において一番の影響力を持っているのはうみっこでそのうみっこのために先輩が動き出そうとしていること。
だから私は今先輩が今後の対策についてあい先輩と話し合っているとそう思い込んでいた。
でもそれはとんでもない勘違いだった。
「…あ、うみっこ…?今、大丈夫ですか…?」
先輩は今、なんとうみっこ自身と話をしていた。
学校では決して先輩と口を利かないといううみっこ。
そんなうみっこに先輩は電話をかけて話をしようとしていた。
「えへへ…何しているのかなって…そっちはどうですか?」
なんとよそよそしい空気。
向こうの様子を聞く先輩の顔に気まずくて仕方がないという気持ちが歴々していて見ているこっちの方がハラハラする。
うみっこは現在会長と一緒に先輩の同好会の後輩ちゃん達の故郷に行っている。
会長が記憶を失ってから先輩と初めて離れているからそれがすごく心配になっているのは十分分かっている。
でも先輩はただ会長のことや向こうの様子が知りたいだけでわざわざうみっこに電話をかけたわけではないことを私は今の先輩の表情を見て薄く気づいていた。
「セシリアちゃん、喜んでくれました?良かったーみもりちゃんとゆりちゃんも元気になりましたか?
あ、うみちゃんはどうでした?」
律儀に会長だけではなく後輩達のことやうみっこ自身のことも確認する先輩。
「そうでしたか。みもりちゃん、いつも言ってましたから。すごくいい街だって。」
自分も一度行ってみたいとまた「えへへ…」って笑ってしまう先輩のことを電話の向こうからうみっこは想像できるのかな。
もしこの笑顔が見られたらさぞ喜ぶだろうと私はふとそう思ってしまった。
それからしばらく先輩はうみっこと何の変哲もない話をした。
最近の調子、昨日見たテレビ番組、会長と遊びに行ったことや例のみもりちゃんという後輩ちゃん達のこととにかく色々なこと。
その度に私は
「それ、私は全部とっくに昔から知ってたし。」
っと謎の優越感に自惚れるようになったが別にうみっこのことを出し抜こうとかは思ってない。
今のうみっこはともかく私は未だにうみっこのことを大切な友達と思っている。
そんなうみっこに先輩がどういう存在なのかよく知っている私にうみっこから先輩のことを奪うことなんてできるわけがない。
ましてはうみっこが先輩のためにどれだけ頑張っていたのかあい先輩から本当のことを言われた以上、私は友達としてうみっこの幸せを全力で願わなければならない。
せめて今の自分はそう強く思っている。
でももしうみっこが先輩に全部知られてしまったことが分かったらどう反応するか、それだけは想像もつかなかった。
それほどあい先輩から聞いた今回の派閥争いの全貌は衝撃的でもただ純粋で儚いものであった。
自分を犠牲にして先輩に歌わせること。
そのために学校の皆を巻き込んで自分の未来の可能性まで掛ける。
うみっこは大好きな先輩のために自分自身も含めて皆のことまで不幸の奈落に突き落とそうとしていた。
たとえその先に待っているのが破滅しかなくてもうみっこは決して止まらないと何年もうみっこのことを傍から見てきた私には分かっていた。
「やるなら気が済むまでとことんやり抜く。私、生半可とか中途半端とかそういうの大嫌いだから。」
自分に対する徹底的な完璧主義。
それこそうみっこがトップとして君臨し続けられる原動力であったが同時に足かせとなった。
だからこそただ純粋に物事を楽しめる先輩に惹かれてしまう。
いつかうみっこは私に自分の先輩のことが好きな理由をそう説明してくれた。
忘れかけたただ純粋に楽しめる心。
ただ好きという理由だけで行動できるその心の余裕にどうしても憧れてしまう。
そんな先輩が自分のことで歌えなくなったことがうみっこは死ぬほど耐えきれなかったと私はそう思う。
うみっこはおかしくなったなんかではない。あの子はいつだって真剣で本気で全力疾走しているから。
だからあい先輩から本当のことを言われた時は胸が張り裂けそうに痛かった。
あい先輩は最後まで私のせいじゃないって先輩にそう言ったが自分には分かる。
全てはあの時私がおかしくなってうみっこに酷いことをしたからだ。
自分のせいで大切な友達が傷ついて苦しんでいる。
これは多分去年うみっこが先輩を見て感じた気持ちと同じかも知れないと何故か私はそう感じていた。
だからこそ止めなければならない。
あの子が本気でこんなことをしているのならなんとしても止めてあげなければならない。
先輩の覚悟に満ちたその顔は私達にそう話を掛けていた。
そんなうみっこのために今の自分に何ができるのか。そして何を言うべきか。
うみっこの本当の気持ち。
その気持ちにやっと気が付いた先輩がうみっこに打ち明けた胸の底からの一言。
「あのね、うみちゃん。」
その一言をうみっこがどう受け入れたのか
「好きです。」
その時の自分には知りようもなかった。




