第288話
いつもありがとうございます!
久しぶりに帰った秘密基地。
ゆりちゃんはここを「ラブハウス」と名付けてずっと大切に使っていました。
大きな木を隔てて作られた木材の2階の家。
隣には小さな展望台もあってすぐ向こうの湖が眺望できて周りはこんなに大きな木に囲まれてより近くから自然を感じることができます。
息を吸ったら森の土の匂いと木の匂いが体中を巡って体の底から癒やしてくれて今も目を閉じれば昔の思い出が蘇ってくるような懐かしさに包まれていく。
嫌なことがあったらすぐここに来て引きこもってしまうゆりちゃんとそんなゆりちゃんを探しにきた私。
ここは私達の幼年時代から欠かせない大切な場所だったのです。
「全然変わってないね。」
「そうですね。」
管理人さんがいたとしてもちっとも変わってない秘密基地。
落ち葉一つもなく完璧に掃除されていて丁寧に手入れまでされていて今でも使えそう。
「入って…みましょうか?」
私の手を握って中に入ることを提案するゆりちゃん。
手先から伝わってくる微妙な震い。
少し緊張しているような、それともただの武者震いなのか。
正確には分かりませんがきっとゆりちゃんはここから何か探せるかも知れないという期待をしていることには間違いないと私はそう感じました。
「うん。一緒に入ろう?」
でも私もまた最初から何かの目的を持ってここに来ましたからここで入らない理由はありませんでした。
「うわぁ…中も全然変わってない…」
ドアを開けたその中はもっと懐かしいものがいっぱいでした。
床に敷かれているラグも、台所で使った調理器具も今もちゃんとあそこにある。
壁を飾った昔の写真や「フェアリーズ」のグッズ、一緒に眠ったベッド、端っこにある戯れの落書き。
特に私とゆりちゃん、二人の名前が刻まれている相合い傘はもうなんと言いますか…
もう胸がこんなにグッとしてすごく懐かしいというか…
あの時はお城みたいに大きかった私達だけの秘密基地が今はもうこんなに小さく見えていて自分達の成長を改めて実感してしまう。
でもその空間にとどまっている大切な思い出は一気に私達をあの時の幼い心に引っ張り出してくれる。
自分達の思い出が今もこんな風にあの頃のままにいてくれるのが嬉しくてほっとしてもう涙まで出ちゃいそうです…
「みもりちゃん?もしかして泣いてます?」
「だってー…」
どんだけ涙もろいんだよん、私は…
でも本当はゆりちゃんだって内心ほっとしていたことをゆりちゃんの潤った目を見た時、私はすぐ分かるようになったのです。
おじさんが娘のゆりちゃんのために用意してくれた秘密基地。
もちろんちゃんとした調理施設や家電、お風呂とラウンジまで付いているここはもはや別荘と言っても過言ではないですが町と少し離れてすごく非日常感だけは普段味わうことのできない新鮮さを与えてくれました。
ここに来たら毎日が冒険の中にいる気がして私達は二人でよくバスで遊びに来たんです。
バスの中で
「みもりちゃん、今日は何して遊びましょうか?」
っと目を煌めかせたゆりちゃんのことを思い出したらつい笑いが飛び出てしまいますね。
「な…なんですか?みもりちゃん…急に私を見て笑うなんて…」
「いや、ごめんごめん。なんかゆりちゃんって昔からずっと可愛かったんだなって。」
「ええ…?本当にどうしたんですか…?でもありがとうございます…」
っとほっぺを赤く染めて照れるゆりちゃん。
こういう素直なところがまたたまらなく可愛いですよね。
家の中を一回りしながら古い思い出に浸るようになった私達。
「あ、見てください、みもりちゃん。みもりちゃんのお気に入りの白玉ちゃんお箸です。」
「本当だー可愛いよねー白玉ちゃん。」
ご当地ゆるキャラのカモの「白玉」ちゃん食器を見ながら笑い合ったり、
「あ!みもりちゃんが幼稚園の時に履いたパンツ!なくしたと思ったのにこんなところにありましたか!」
「なんでそんなの持ってるの!?」
いつものゆりちゃんの趣味に出会ったりとにかく楽しい時間でした。
「私達、ここで色んな思い出を一緒に作ってきたんですね。」
そしてその思い出はより私達の心を豊かに育んでくれて更に優しい人として成長できるようにしてくれた。
その事実を私は今ゆりちゃんとの思い出さがしの中で気づくことになりました。
ただここにいるだけで昔の記憶が一気に蘇ってきてもうこんなにも胸がいっぱいになる。
「じゃあ、次は展望台に行ってみようか?」
でも私がゆりちゃんに探してあげたかったのは思い出だけではなく、
「これは…」
小さかった頃、お互いに約束した大切で褪せることのない輝かしい誓、その全てでした。
「ここも昔のままだねー懐かしいー」
家から出て隣に作られた天体観測用の展望台に登った私とゆりちゃん。
はしごと階段の整備や中の掃除まできっちりできているところを見るとやはり誰か私達が帰ってくることを想定して予めやっておいたとしか考えられませんね。
となるとやっぱり森の管理人さんかな。
開けた木の挟みから空全体が見渡すことができる3階建ての展望台。
木の周りをぐるっと巻いた階段を登って2階のはしごを使って上に登ったらやっとたどり着けるあそこは天体観測が趣味だったおじさんが私達のために特別にご自身で作ってくれた場所なんです。
夏休みの宿題におじさんと一緒に星座を観察したり、星の歴史を教えてもらったり。
夜空に降り注ぐ数多なお星様、そしてどこまでも広がっている天の川。
その壮観は今も私の記憶の中で私達の幼い心を照らしてくれています。
使わない時は今みたいに天井を閉ざしておきますがいつかまたゆりちゃんと一緒にあの時の星空を見上げたいと思います。
そしてここには
「ゆりちゃん、これ、覚えている?」
もう一つの私達の宝物が眠っていました。
先程思いついたのはここでの思い出だけはありません。
遠い昔、二人で作ってここに大切にずっとしまっておいた二人だけの宝物。
鍵がかかっている引き出しの中から取り出した埃っぽい箱の中にはその日の私達の誓いが今もそっと眠っていました。
「これは…」
忘れたわけではない。
ただ何を書いて何を入れておいたのか覚えてないだけ。
時間を超えて突然自分の前に現れたその止まった時の箱をゆりちゃんは驚いたような、それとも懐かしいようなそんな目でしばらくずっと見つめていました。
商店街でもらったブリキ箱に中に未来の自分と大好きなお互いに送るための手紙と贈り物を詰め込んだ幼かった私達。
「じゃあ、開けるね?」
そしてその中に眠っていた未来への約束が私達が生きている時の光を浴びた時、
「や…やっちゃった…」
私は既にゆりちゃんとの一仕事を終えた後でした…
***
「あのね…お姉ちゃん…」
「ん?どうしたの?ことり。」
久々のお姉ちゃんと一緒に過ごす一夜。
同じ布団に入って自分とそっくりした顔を見つめ合っている私達の時間は今もゆっくる流れているが私と違ってずっと大人になってしまったお姉ちゃんから感じる遠い距離感だけはどうしても消せなかった。
それでもその偽りのない愛情だけはしっかり伝わってくる。
それ故お姉ちゃんは私に何も教えてくれない。
私はいくら時間が経ってもお姉ちゃんというヒーローに守られるだけの小さな小鳥さんに過ぎなかった。
「大丈夫。ことりは何も心配しなくても。」
っと不安そうな私の頭を撫でてくれるお姉ちゃん。
大きさは私とそんなに変わってないのにもうこんなにも心強く感じてしまう。
私にとってお姉ちゃんの「大丈夫」は世界の波風から私を守ってくれるおまじないだったが同時に私の成長の道を阻む障害物でもあった。
今まで何も自分でやったことがない私。
そんな私だからこそ感じてしまう自分に対する不甲斐なさ。
私はお姉ちゃんに守るべき存在ではなく堂々と隣りで歩ける一人前のパートナーになりたかった。
「もうー。ことりは心配性なんだなー」
っと私の額に軽く触れるお姉ちゃんのチューは相変わらず温かくてフニフニ気持ちよかった。
「本当にお二人は仲良しなんですね。可愛いです~」
そんな私達のことを微笑ましく見えているベッドの上の先輩。
好きだな、カモさんパジャマ…
「私、兄弟がいないからことりちゃんとすずめちゃんみたいな仲良しの姉妹とかすごく憧れてます。」
「みらいちゃん、一人っ子だったんだー」
「ちょっ…!お姉ちゃん…!?」
いつの間にか先輩のことを下の名前で、しかもちゃん付けまでしたお姉ちゃんの先輩への呼び方にさすがに私は布団の中から飛び上がってしまったが
「いいんですよ、ことりちゃん。私は全然大丈夫ですから。」
優しい先輩はお姉ちゃんのことを全然気に留めてくれなかった。
「ムムム…私でさえまだ「先輩」って呼んでいるのに抜け駆けしちゃって…」
無論私が不機嫌になったのはそっちではなかったが。
それはそうと先輩って一人っ子だったんだ。
そういえば今まで家族のこと、一度も話したことなかったかも。
それはそれですごく寂しそうな気がするが私は先輩の知らなかったことを一つ知るようになってちょっと嬉しいかも。
「あ、でも私のことをお姉ちゃんみたいに懐いてくれた子達はいました。皆、可愛くてすごく優しかったんです。」
ちょうど私や同好会の皆みたいに自分に懐いてくれる子達がいたという先輩の話。
これってもしかして先輩の正体である未来での話かも知れないともう少し先輩の話に耳を傾ける私だったがそれ以上先輩はその話題について詳しく話してはくれなかった。
おそらく未来のことを過去の人である私達にかんづかれないための禁則事項の一つかも知れないと私はどう話したらいいんだろうっと困っている先輩の表情から読めることができた。
でも安心した。
先輩はどこへ行っても優しい先輩のままですぐ誰とも仲良くできて愛されることができる人だってことが分かって。
まあ、それはそれでちょっと私だけの先輩じゃないみたいな気がしてちょっと気に食わないけど。
「心配しないでください、ことりちゃん。全部うまくいくはずですから。」
っとベッドから降りて私のことをギュッと抱きしめる先輩。
かすかなシャンプーの匂いに濃い先輩の体臭が混ざって頭がクラクラする…
今日に限ってやたらソワソワしている私のことを安心させるために自分の体で何も怖くないということを教えてくれる先輩。
その体温の熱さに私はお姉ちゃんがこの家に来た直後からふと感じ取ってしまった不安な気持ちがどんどん解れていくような気がした。
激しい鼓動。そして芳醇な香り。
その全てが私を包み込んで世界の不安から守ってくれる。
「あぁ…これこそ母の温もり…」っと思わずそう感じてしまうほど私の先輩のこの温かい懐が大好きだった。
でもその週末が終わった時、私達は厳しい現実に直面してしまった。
こんごう先輩のお父さんが何者に襲われて重傷を負い、赤城さんと中黄さんの失踪、
「じゃあ、もう本格的にやるしかないですね。」
そしてついに始まったうみっこの暴走による「部活殺し」まで学校は前代未聞の危機に瀕してしまった。
そして私は自分の不安な予感がドンピシャ当たってしまったことを心から嘆いてしまった。




