第277話
いつもありがとうございます!
「これが青葉さんの本気…」
ここ最近私はすっかり青葉さんとの生活に馴染んでいました。
たとえ同じ部活ではなくても、先輩と後輩の仲でも青葉さんは私のことを実の妹のように親しく接してくれました。
メール交換も青葉さんの方から提案してくれて好きな曲を勧めてくれたりゆりちゃんも混ぜて一緒に街までお出かけしたり。
その度に私はその接続でなんとか先輩と青葉さんを仲直りさせるヒントがもらえないだろうと思いましたがさすがに青葉さんの前で先輩の話はできませんでした。
青葉さんにとって先輩の話は禁句で結局私は何のヒントも見つからずそのまま普通に青葉さんとの時間を楽しんでしまいましたが
「良かったらこれからもうみちゃんと仲良くしてくれませんか?みもりちゃん。」
先輩はそれでも構わないってそう言ってくれました。
普通に一緒に喫茶店に行ったり映画を見たりカラオケに行ったり。
一緒に同じ時間を過ごしている間に私はふとこう思いました。
「青葉さんだって本当は普通に遊んだりする私と同じ普通なJKなんだ…」
っと。
だからちょっと安心したかも知れません。
私はあの「歌姫」と呼ばれる青葉さんだって本当は私とあまり変わりのない普通な女子高生である事実にほっとしてしました。
でもそれはあまりにもおこがましい勘違い、すなわち傲慢でした。
「青葉さん…」
青葉さんの舞台を見た瞬間、私は思い知らされてしまいました。
ああ、やっぱりあの人は私達とは別格の特別な人だって。
青葉さんが歌を始めた時、場内はあそこから一歩も動けませんでした。
そのきれいな唇から流れてきた美しい旋律が私達の耳元をかすった時、私達はあの一瞬で青葉さんの虜になってしまいました。
耳を包み込む豊富な声量としなやかで滑らかな旋律。
まるで大洋に包み込まれたようにその大自然と言っても過言ではないその歌声に私達はその言葉を失ってただ呆然とするだけでした。
曲は会長さんの「Fantasia」がその名前を世界に知らせる時の「Peach」。
無名の地下アイドルに過ぎなかった「Fantasia」がブレークアップできたミリオンヒットの伝説の曲。
自分に夢を与えてくれた小さな少女。そして彼女のことを愛するようになったまた一人の少女の愛と夢への切ない物語。
アイドル界の絶対王者である「Fantasia」の「セシリア・プラチナ」だけが歌える唯一無二の曲を青葉さんは見事に自分の色で表現していました。
皆のために、特に私とゆりちゃんのために歌うっと言ってくれた青葉さん。
青葉さんの「Peach」は私達が知っている「Fantasia」の「Peach」とはまた違った別の歌として私達の心にグッと入り込みました。
歌の中のたった一人の少女の意味を更に拡張しながら彼女に宿った愛の心を共有し合う匠の技。
音という波に乗って歌の海を自由自在で泳ぎ渡る。
もし会長が「心理支配」なら青葉さんは「歌の支配者」と言えるだと私はそう確信しました。
それだけ私達は彼女の歌に支配されていました。
「すごい…」
その時の私は彼女の歌に戦慄していました。
皆と繋がりたいという青葉さんの優しい気持ちがこんなにもグッと伝わって胸の底から何か熱い気持ちが沸き上がってくる気分…
でもその気持ちになったのは決して私だけではないということを
「みもりちゃん…」
私は取り合っているこの温かい手から分かるようになりました。
私と向かい合っている栗色の少女。
その子はいつだって私とずっと一緒だった世界一で大切な私のたった一人の幼馴染でした。
透明な青い目がとてもきれいで私のことを大好きって言ってくれるその桜色の唇はあまりにも愛しいその子の瞳に宿った愛の気持ちに気づいた時、私はこれ以上この高ぶる気持ちを抑えられませんでした。
やがて私の唇がその子に触れた時、私達はお互いの気持ちが通じたことを感じてそのまましばらく手をギュッと握りしめてざわめく群衆の中で静かに完璧に通じたこの気持ちを一緒に確かめ合いました。
青葉さんの歌はもう一度私とゆりちゃんの心を繋いでくれました。
少しもつれていた私達の心から結ばれていた赤い糸をほぐしてくれるその歌声に
「ゆりちゃん…?もしかして泣いてる…?」
ゆりちゃんは思わず静かに透き通った雫をこぼしてしましました。
青葉さんの生命力の溢れる歌はここに集まった皆に息を吹き込みました。
芽生えた愛情、皆との繋がりと絆、そして輝かしくて儚い夢。
私達は自分達ですら忘れていた色んなことを思い出すことができました。
その渦巻く感情の海の中で私達はそれぞれのありのままの気持ちを釣り上げることができました。
でもその歌で目覚めたのはただの気持ちだけではありませんでした。
「みらい…ちゃん…?」
会長さんと急拵えで組んだ一日限定のユニット「Twinkle」。
だがその存在感は今までのどのグループよりも大きく、さんさんと輝きました。
青黒の青葉さんと白金の会長さんはまるで遠い海の水面の上に映った伝説の「人魚の灯火」のように私達の心を明明と照らしてくれました。
そしてその共演の中、会長さんに見えていたのは自分を立派なアイドルにしてくれたその曲のきっかけとなった人生の中、自分自身よりも愛していたある少女と同じ気持ちで歌っていた青葉さんのことでした。
私達が青葉さんの歌から離れられなかったように会長さんもまた青葉さんの虜になっていたのです。
でもまもなく会長さんの歌う番になった時、私達は改めて思い知らされてしまいました。
この歌は断じて青葉さんだけの歌ではない。
会長さんがどのような想いでこの曲を作ったのか、誰を思い描いて歌ったのか、今の私ならその気持ちが手に届くほどよく分かります。
会長さんは私達と出会う前に…いや、高校に入って先輩と出会うずっと前から先輩のことを知っていた。
私は何故かそのような気がしました。
いくら記憶を失ったとしても会長さんの中に確かに存在する愛の力。
会長さんは自分の記憶が消えてゆくその吹き荒れる嵐の中でも自分の心だけはしっかり守っていました。
心の底に大切にしまっておいたたった一人の少女とまた出会うために一生懸命歌を歌い続けてきたこんなにもグッと伝わったきて会長さんの中で歌の中の少女がどれほどの大きい存在なのか実感できそうな気分。
たとえそれに関する記憶を今はなくしてしなったとしてもその気持ちだけはこんなにはっきりとここに存在している。
その頃の私達は既に会長さんの無意識の歌に完全に引きずり込まれていました。
会長さんはきっとこの歌で先輩にお礼がしたかったかも知れません。
自分を立て直して夢を与えてくれたあの頃の胸が大きくて桃色の髪の毛がとてもきれいだった海岸の少女に…
「会長…」
そんな会長さんの本気を誰よりも身を持って実感し、共感できた青葉さんは何故かほっとしたような顔で隣の会長さんの手を優しく握りしめてあげました。
まるで会長さんにまだ先輩への想いが変わらず残っていることにほっとしたような…
お二人さんはそうやってお互いの手を取り合って最後まで完璧に「Peach」を歌い上げたのです。
夢のような時間。
たった一曲だけの短い時間でしたが私達にとっては幻のようなとても素敵な一時でした。
お二人さんの歌が終わった途端、場内は大歓声の熱狂の渦!
「すごかったです!青葉さん!」
「最高です!セシリア様!」
客席のあっちこっちから迸る歓声と熱狂的な応援の声。
客席だけではありませんでした。私とゆりちゃんの「フェアリーズ」も、出演者達全員も既にその圧倒的な舞台に心からの尊敬の念を表していました。
今この街は完全にお二人さんの「Twinkle」に掌握され、熱狂していました。
「と…尊い…」
「…そういうのマジで止めてくんねぇ…?姉ちゃん…」
「あははーゆうさんって本当にアイドル好きなんだよねー」
そして一番筋金入りのアイドルオタクのゆうお姉ちゃんはマジ泣きになるほど「Twinkle」のライブに感動していました。
「…お疲れ様でした。会長。」
「は…はい…!」
息を切らしながらお互いの頑張りを労い合う青葉さんと会長さん。
皆が青葉さんと会長さんのキラキラのステージに感動し、それぞれの想いを抱く間、ステージ上のお二人さんもきっと色んな想いを感じ合っていたと私はそう思います。
「もしかして青葉さんってセシリア様とお付き合いだったりするのかな?」
「え!?嘘!」
そして相変わらずお互いの手をギュッと握り合っているお二人さんにはその日を堺に妙なカップリングが生まれたのです。
「皆!ありがとう!」
自分達を応援してくれた皆にしっかりお礼を表す青葉さん。
その隣には恥ずかしいように照れくさく笑っている会長さんが青葉さんにくっついていました。
「申し遅れました。私達、虹森さん、緑山さんと同じ学校に通っている「青葉海」ー…」
「セ…セシリアです…「セシリア・プラチナ」…」
先までのカリスマはどこへ行ってしまったのかまたいつもの引っ込み思案に戻っている会長さん。
でもニュースなどで会長さんのことを知っていた皆はあまり気にしない様子でした。
「実は私達「Twinkle」は先程結成した新生ユニットなんですが今日はこんな素敵な街で歌わせて頂いて本当に光栄です!そうですよね?会長?」
「は…はい…!とても素敵な…街です…!」
物怖じしない自然なMC…!
少し慌ててはいるが会長さんもよく頑張っていますね…!
「この場を借りて私達をこんな素敵な街にご招待してくれた「虹森美森」さん、「緑山百合」さんに感謝を申し上げたいと思います。お二人さんにはいつもお世話になりっぱなしで。
二人共、いつもありがと。」
「ええ!?そうなの!?」
突然飛び出した自分達の名前で一気に注目をあびるようになった私とゆりちゃん。
うわぁ…!いきなり皆に見られて…!
っていうか私、別にお礼されることなんてした覚えはないんですけど…!
「すごいよ!みもりちゃん!まさか青葉さんとセシリア様とお知り合いになったなんて!」
「バーカ!「フェアリーズ」はうちらの自慢なんだぞ?当然だろう!」
「二人のライブも最高だったよ!私、めっちゃ感動しちゃった!」
「おかえり!「フェアリーズ」!」
小学校、中学校の友達。そして商店街の商人さん達と町の皆。
皆は久しぶりに帰ってきた私達のことを喜んで迎えてくれました。
その変わりのない温かさがすごく嬉しくてなんだか涙まで出そうで…
「もう…またうるうるしちゃって…」
「だ…だって…」
涙もろい私を慰めるゆりちゃん。
でもそんなゆりちゃんの目にもほんのりした潤いが宿っていることに私はほんの少しだけ気づくことができました。
そんな私達の微笑ましく眺めていた青葉さんは
「それではこれからも「フェアリーズ」のことも、この町のこともいっぱいいっぱい愛してくださいね?
まだまだ素敵な公演がありますから心ゆくまで楽しんでください!
以上新生ユニット「Twinkle」でした!」
「あ…ありがとうございました…!」
最後の挨拶の言葉だけを舞台の上に残して速やかにそのステージから下りることになりました。
高らかな歓声。冷めない熱狂。
今日この町は前例のない熱気に包まれて最高に盛り上がりました。




