第267話
遅くなってしまい大変申し訳ございません。
やっと3週連続の出勤が終わり、まともな休日が送れるようになりました。
さすがに休み無しで3週連続は厳しいですね。
今はこんな感じで危なっかしいところもありますが頑張っていきますのでこれからも何卒よろしくお願いします。
いつもありがとうございます!
神界と人界の境にあるとある小さな町。
かつて前線基地として活躍したその町は戦争の銃声の代わりに人々の笑い声が高らかに響く住心地いいところに生まれ変わりました。
豊かな緑に囲まれてきれいな川が流れてその自然の恵みを受け、私達は健やかに育つことができました。
街の人達は皆優しくて街にはいつも活気が溢れていてただそこにいるだけでつい楽しい気持ちになります。
近くには大戦争の時の歴史を覗くことができる「国立戦争記念館」の一つがあってこの星が経てきた痛みの時間を間接的ながらも経験して当たり前のように営んでいる今の平和の時間を感謝し、自分をより成熟に成長させる。
例え目立つ観光名所や名物はなくても私はのどかで温かいこの町が心の底から大好きです。
でもそんな小さな私達の町が今、
「なにこれ…」
大騒ぎになっています。
ついにこの日のことは「天が開けた日」と語り継がれるようになりました。
「どうだった?二人共。」
っと平気そうな顔で感想を聞く青葉さんでしたが私達はなかなか答えられませんでした。
ただ一言。
「すごかったです…」
ありったけの尊敬の念を入れてそうつぶやくだけでした。
青葉さんと知り合ってからは随分時間が経ちましたが私は今まで彼女の歌を生で聞いたことがありませんでした。
聞いた話によると青葉さんは「合唱部」の指導以外は殆ど歌を歌わなくなったそうです。
歌の指導役として入部した合唱部のことはちゃんと全うすると自分なりに責任感を持っているって先輩はそう言いましたが青葉さんは同好会から抜けた後、誰の前でも歌わなかったです。
先輩はきっと誰かと一緒に歌う楽しさを青葉さんが失ってしまったとすごく悲しんでましたが私は多分それだけではないと感じました。
だって青葉さんは先輩のことが大好きだしきっと先輩と歌うのがすごく楽しかったんでしょう。
それができなくて、先輩に顔向けできなくて歌のがちょっと嫌になったんじゃないかと私はそう思います。
でもそんな心配を吹き飛ばしてくれるように青葉さんと会長さんの初めてのデュエットステージはこれ以上はないほどパーフェクトでした。
「楽しかったねー」
「みもりちゃんも、ゆりちゃんもすごく可愛かったー」
久しぶりの「フェアリーズ」のカムバックステージにいっぱい盛り上がっている客席。
でもその余韻を噛みしめる暇もなく皆の前に現れた規格外の存在に
「あれ…?」
「あの人…まさか…」
客席はそのまま言葉を失ってしまいました。
いつもの三つ編みのおさげではなく、解いた濃い目のアクアマリンを靡かせながら舞台に上がる本気の青葉さんはまさに出会ってから初めて生で見る、私達が知っているあの「歌姫」の青葉さんでした。
透き通ったきれいな目で一瞬客席を圧倒し、通りすがりの皆の目を自分に引き寄せる。
それだけの存在感だったと私はそう思いました。
とても同じ年頃とは思えないほどの迫力と貫禄を青葉さんはただの16歳に充備していたのです。
そしてその隣で青葉さんの手をギュッと握っていたのは
「私…!頑張ります…!」
っと緊張しつつもすごく張り切っていた神界のスーパーアイドル「Fantasia」のリーダーの会長さんでした。
まるでお姉ちゃんと一緒に初めて舞台に上がった子供のように見えているこっちがソワソワするほど緊張している会長さん。
その可愛らしい目に前のような人の心を見抜く不思議な鋭さの代わりにただの緊張と胸さわぎだけが満ちていましたが私にはなぜか分かりそうな気がしました。
こわばる気持ちも、混乱する気持ちもあるけどその先に見える何かを期待している気持ちも確かにそこにあるということを。
「ほ…本物…!?」
「本当にセシリア様…!?」
ざわめき始めた客席。
会長さんのカチューシャの模様で結び上げたプラチナブロンドと白い手袋とニーソの組み合わせを真似する子はいくらでもあるほどこの町には会長さんに憧れている子がいっぱいあります。
そんな町にまさかのご本人が登場するとは誰も思えなかったように皆はただ呆然と舞台の上を眺めているだけでした。
ステージの上のお二人さんはまさに誰もいない海に映った星影。
皆はその輝かしくて尊い姿から目が離せなくなってしまったのです。
「ふぅ…」
静まった空気の中から聞こえる青葉さんの低い呼吸の音。
そこから始まったのは
「「Peach」…」
アイドル界の大波乱を招いた会長さんのデビュー曲である「Peach」でした。
「女王座」を含また様々な売れっ子アイドル達を倒し、無名だった「Fantasia」を頂点に引き上げた歴史的な一曲。
繊細で可憐な旋律、そしてどことなく胸がキュンとする切なくてつい夢中になってしまうほど吸収力のある歌詞。
大切な人のことを思い描いて会長さんが自分の手で作曲から作詞、編曲まで一から十までたった一人で作ったその曲はまるで自分達の話のように私達の心に響き渡りました。
数々のライバル達さえ納得させてしまうほど圧倒的な完成度を誇るたった一人の「女王」のための曲。
それが今この街で初めて生まれ変わろうとしています。
***
「ユニット名…ですか?」
「は…はい…!」
先程の青葉さんと会長さんの会話。
どうやら会長さんは今回の青葉さんとの短い間のユニットに名前をつけてあげたいと思っているらしいです。
「や…やっぱり名前があった方がもっとやる気出ますし盛り上がるんじゃないかって…!」
「ふーん。そうですね。」
っと少し考えた後、
「いいですね。すごくいい案だと思います。」
喜んで会長さんの意見に同意を表しました。
「実は私、ずっと憧れてたんですよ。誰かとユニット組むの。」
っとデビューしてから誰かと組むユニット活動のことを夢見てきたという青葉さん。
でも事務所の方針でずっとソロ活動しかさせてもらえなかったそうです。
「今更売り方を変えたくないんだろうな。いつまでも孤高で高貴なたった一人の王座にさせときたいっていうか。」
苦い笑顔。
本当は青葉さんはそんな気持ちで舞台に立ちたくなかったのではないかとふと私はそう思うようになりました。
「あ、社長は決して悪い人ではないから。ちょっと怖いところもあるけどちゃんと私のことを考えてくれるし仕事を休むことだって許してくれたから割りといい人かな。」
初めて言った学校へ行きたいというたった一つのワガママ。
青葉さんがそう言い出した時、あの社長さんはこう話したそうです。
「学生の本分は学校へ行くこと。私こそお前をここに張り付けすぎたな。すまなかった。」
っと学費から生活に必要な費用を全部出してくれたという社長さん。
青葉さんは大損を覚悟の上で自分を快く見送ってくれた社長さんに感謝していると言いました。
「お前はこれから今まで以上に進化できる。その可能性を常に信じ、自分の道を進みたまえ。」
椅子の向こうから自分に手を振りながら前途を祈ってくれる何本の触手。
それが青葉さんが最後に見た社長さんの姿だそうです。
「あの人、あまり人前では姿を表したりはしないから。普段どこで何やっているのか謎だし。」
自分の仕事は殆ど自分だけのためのチームで回っていてあまり社長さんと会う機会がなかったという青葉さん。
社長さんは青葉さんのお母さんとも知り合いだそうですが私はやっぱり今の青葉さんを作ったのは青葉さんご自身の実力だと思います。
「「Twinkle」…」
そんな中、会長さんの脳内に下りてきたそうなユニット名に私達はその理由を聞かざるを得ませんでした。
「昔…お姉様方と一緒に人魚の里に寄ったことがあります…そこで聞いた「人魚の灯火」という伝承から思い付いたっていうか…」
「よくそんなの覚えてるんですね、会長って。」
っと自分でさえ忘れかけていた古い伝承のことを思い出した会長さんに内心感心する青葉さん。
青葉さんは昔から里に伝わってくるその伝承のことを私達に聞かせてくれました。
「「人魚の灯火」っていうのは文字通りに願いを叶えてくれるという人魚の灯火のことでうちの村では結構有名な話なんだ。完全に忘れていたよ。」
「素敵なお話ですね。」
見つけた人の安寧と健康を全力で願って叶えてくれるという「人魚の灯火」。
遠い昔、遠征の帰りの兵隊さん達の道標役を担っていた人魚さん達のランプから由来したその伝承のことを会長さんは相変わらずしっかり覚えていたらしいです。
「私は今の自分が何のために歌を歌っていたのか全然覚えていませんがやっぱり誰かの幸福を願って歌うのは素敵なことだと思います。
ここに集まってくださった皆さんのために心を込めて歌った「妖精」のお二人さんのように。」
っと私達のことを心から尊敬していると会長さんからそう言われた時は照れくさくて自分でもどんな顔をしたのか全く分からなかったんですが決して悪い気持ちではない、むしろすごく嬉しいって気持ちでした。
私達にとってずっと憧れだった雲の上の存在であった会長さんにもちゃんと自分達の歌が届いたって思われてそれがすごく嬉しくて。
もちろん
「特に緑山さんのことを強く想って歌ったってところが一番感動的でした…!」
「ええ…!?」
「みもりちゃん…♥」
っとちょっとだけ本音を見抜かれてしまった時は恥ずかしくて仕方がありませんでした…
「そうですね…」
会長さんが提案した「Twinkle」というユニット名に少し考え込む青葉さん。
でも
「じゃあ、せっかくですしどうせならどこから見ても輝いている本当の輝きになりましょうか。」
どうやら青葉さんはその名前からより高みの輝きを覗いたようです。
そして私達は自分達の目で見ってしまいました。
「これが青葉さんの本気…」
出会って初めての青葉さんの本当の実力を…




