第266話
いつもありがとうございます!
「お疲れー二人共。」
「お…お疲れ様でした…!」
「青葉さん!会長さん!」
久しぶりの「フェアリーズ」のライブ。
その華麗なステージを最後までしっかり見届けてくれた青葉さんと会長さんは私達を労うために楽屋まで来てくれました。
「すごかったね。私、二人があんな風に歌えるなんて全然知らなかったからびっくりしたよ。」
「えへへ…なんか照れちゃいます…でもありがとうございます。」
まさかあの伝説の「歌姫」である青葉さんから歌のことで褒められるとは…
恐縮すぎて身の置き所がありません…
「本当に感動しました…!きっとみらいだってすごく喜んだと思います…!」
「えへへ…ありがとうございます。会長さん。」
そして思いっきり目をきらめかしながら自分が感じた感動の渦潮を語る会長さんのその話は私達にもう一度ここに来て良かったって気持ちを吹き込んでくれました。
私個人の今回の里帰りの目的は主にゆりちゃんのことでしたがもう一つの目的として会長さんに少しだけでもゆっくりして頂きたいってことがありましてそれは果たしてちゃんと満たされているのかって不安がありました。
でも
「会長ったらもうすっかり燥いっじゃって。」
「だって~」
今の会長さん、記憶のこととかもうすっかり忘れて思いっきり楽しんでいるように見えて私、やっと一息ついたって感じです。
いつも恐れ入りすぎって態度で接していた青葉さんとも随分打ち解けた感じだし。
薫さんだってそんな会長さんのことを微笑ましく見ていますし半分くらいは目的達成ってところでしょうか。
って今なんで先輩のこと?
「あ、二人のことなら先輩のところにもお届けしたから。きっと喜ぶだと思ってね。」
「えええ…!?」
も…もしかして先輩も私達のライブを一緒に見たってこと…!?ど…どうしよう…!なんかめっちゃ恥ずかしんですけど…!?
同じ部活、しかも一度夢を諦めた私のことをもう一度立たせてくれた先輩であるこそ感じる恥ずかしいって気持ち。
先輩にどんな風に見られたか、どこか恥ずかしく思われるミスはなかったか、自分の本気がちゃんと伝わったか。
色々思い浮かぶことはありましたが
「大丈夫。先輩、ちゃんと喜んでたから。」
青葉さんはその一言で私の不安な思考を押さえてくれました。
「先輩、こう言ったんだ。二人ならきっとこんな素敵な歌ができると信じてたって。むしろ想像を超えすぎてびっくりしたくらいだって。もちろん私も、会長も二人の歌がすごく素敵だったと思うし。
だから自身持って。」
「先輩が…」
そのことがあまりにも嬉しかった私はつい先までの恥ずかしいって気持ちを忘れられて少しずつですが自分に自身を持つことができました。
ステージから離れて随分時間が経って勢いで上がった舞台なのにこんなにたくさんの人達が喜んでくれる。
それがどれだけ私に勇気を与えてくれるのか考えるだけで胸がいっぱいになって…
でも私はそれより
「先輩…」
自分達の歌でほんのちょっとだけでも先輩と青葉さんが繋がったってことがたまらなく嬉しかったのです。
「緑山さんも良かったんでしょう?虹森さんの歌。」
そして青葉さんのゆりちゃんへの感想を聞く声に私の視線は
「ゆりちゃん…」
自然に私と一緒に舞台に立ったゆりちゃんへ向かいました。
「ふぅ…」
まだライブの時の高ぶりが抑え切れないのか、それとも久しぶりのライブに少し疲れてしまったのか未だに体の振るいが止まらなくなっているゆりちゃんは飲みきったペットボトルをテーブルに置いて
「そう…ですね。」
少し離れたところで私達に目を向けました。
きれいな青い目。
まるで晴れ渡る空のように一点の曇もない透き通ったその目で私達を、私を見つめているゆりちゃんのことにふとざわめくこの胸。
きっとあの時の私は色んなことを考えて不安だったり期待してたりしたと思います。
もしゆりちゃんが楽しくなったならどうしよう。
もし「フェアリーズ」のことが思ったより幼稚でまだ夢見がちっぽかったらどうしよう。
でも万が一先のライブで何か手がかりをつかんでくれたら何か変わるかも。
そのような考えが混ざり合って複雑に吹き荒れている脳内を一瞬で貫くゆりちゃんの声。
それは紛れもない
「本当にすごかったんですよ…♥みもりちゃん…♥」
私が知っているエクスタシーなゆりちゃんでした。
一体いつぶりなんでしょう。
「本当あんなにおヘソ出しまくって…♥誘惑しているのかなと思っちゃいましたよ、もう…♥」
子供の頃から一日だけで何十回も見てきたゆりちゃんのうっとりした惚れ顔。
「見せびらかす脇だってピカピカでキラキラで…♥程よくぷっくりしたふくよかな肉付きなんてもう最高なんですよ…♥あんなにフェロモン溢しまくって…♥もう死ぬかと思っちゃいました…♥」
懐かしい食レポっぽい脇の感想。
「それと可愛いお尻とかムチムチの太もももたまりませんでしたね…♥」
そして身も蓋もないセクハラ。
前だったらきっと「ええ…!?や…止めてよ…!」とか言って恥ずかしがったり嫌がったりしたはずなのにこんなにも懐かしくなっちゃうなんて…
そんな当たり前な日常がやっと返ってきた気がして私はもう…
「み…みもりちゃん…?もしかして泣いてますか…?」
っとふと心配そうに私の顔色を窺うゆりちゃんでしたが私は先のライブできっとゆりちゃんが何かを掴んでくれたことに涙が止まらなくなりました。
もう戻らなかったらどうしようとずっとソワソワしていました。
ゆりちゃんが私のことをもう好きじゃないって言ってた時、もう終わったって気分でした。
ゆりちゃんが私のことが好きだった分、私だってそれくらい…いや、それ以上にゆりちゃんのことが大好きだった私だから。
それが取り戻せないって思った時は心が折れそうでした。
でも諦めたくない。
楽しかった二人だけの日々を絶対取り戻してみせる。
そう決めた私の心に応えてくれるようにゆりちゃんもまた私への気持ちを取り戻すために頑張ってくれました。
そしてその報いとして元のゆりちゃんに戻ってくれたことに私は涙を止められませんでした。
そんな私をギュッと抱き込んで
「私、やっと気づいたんです。自分が何を望んでいたのか、自分がどうしてあなたのことを愛していたのか。答えはやっぱりあなたの歌にありましたね。」
その甘くて可愛い声で私の耳元にそう囁いてくれるゆりちゃんのことに私はもっと涙を堪えられませんでした。
一体自分が何をして何を気付かさせたのか全く覚えがありません。
自覚がないってくらいではなく全く見に覚えがありません。
でも私なんかよりずっと賢くてすごいゆりちゃんは自分なりの答えを探してくれました。
私の歌。
ただ心を込めて一生懸命歌ったその曲から私の気持ちを、眠っていた褪せた記憶を見つけ出してくれたゆりちゃんは
「思い出したんです。あの頃の気持ちも、自分がどんな想いであなたのことを見守っていたのか、その時の自分が何を思っていたのか全部。
皆のために、そして私のために歌ってくれて本当にありがとう。」
この記憶を目覚めさせてくれてありがとうってお礼を言ってくれました。
それがまたどうしようもなく嬉しくてありがたくて…
「もうー本当すぐ泣いちゃうんですから。」
「だ…だって…」
私は思ったよりずっとすごいことをやっていたかも知れません。
ただ今の自分にできる精一杯のことをやっただけの自分なのにこんなに喜んでくれる人がいる。
久しぶりのステージでしたが私は頑張って歌ってくれた自分のことをちょっとだけ褒めたくなっちゃったのです。
「ごめんなさい。みもりちゃん。遅くなっちゃいました。」
頭がぼんやりするほど泣き続ける私の頭をそっと撫で下ろしながら宥めてくれるゆりちゃん。
ゆりちゃんの「ただいま」の挨拶がこれほど嬉しいいものだったとは…
今だけはその一言が世界一嬉しい言葉だって思った私は
「お…お帰り…ゆりちゃん…」
今度は自分からゆりちゃんを抱き抱えて思いっきりゆりちゃんの帰りを喜びました。
何もない、ただ普通で今の自分に与えられている最善を尽くすことに精一杯の私を誰よりも愛してくれたゆりちゃん。
始めて出会った瞬間から大切にしまっておいたあの頃の気持ちを今も変わらず抱きしめていたゆりちゃんの心がまた私達を結んでくれる。
私はあの時、今度こそその大切な心にちゃんと応えてあげようと心を決めたのです。
「じゃあ、そんな二人のために今度は私達が歌ってあげる。」
そう言って会長の手を握って楽屋から出ていく青葉さん。
「ちゃんと聞いてね、二人共。私達の歌。」
お二人さんのデビュー以来の初めてのデュエット。
それは正しく伝説の…いや、神話の幕開けでした。




