第261話
いつもありがとうございます!
「運命の出会い…ですか。」
「はい~」
去年。
私が同好会で先輩と一緒に青春を駆け抜けていた大切でキラキラだった一時。
他の先輩達も、たまに遊びに来た赤座さんも来ない静かな部室で私と先輩は二人きりの時間を堪能していました。
レッスンもすっぽかしてすっかり先輩との時間に夢中になってしまった自分。
私は私とのことを「運命の出会い」と言ってくれた先輩の言葉を今もはっきり覚えています。
「人と人が繋がるために最も大事なのはお互いに触れること。その中でうみちゃんは私にとって特別な「運命の出会い」なんです。」
可愛い笑顔。
透き通ったつぶらな目が桃色の髪の中でただ私だけを見つめているだけで息が詰まるほど嬉しい。
まるで天使の笑顔のようにただ見ているだけで心が晴れ渡って明るくなっていく。
もう後のことなんてどうでもいいって抱いてしまうほど先輩のあり得ない可愛さに一瞬理性が麻痺されてしまいましたがあえて理性を保った私は
「私にとっての先輩だって同じですよ。」
今の自分が思っているありのままの気持ちを先輩に伝えました。
皆と繋がりたくて、皆に私の歌を聞いてもらいたくて始めた芸能生活。
でもまだまだ自分には修行が足りないというに気づいた私はその忙しい生活に嫌気が差しました。
そんな私を救ってくれたのが先輩。
先輩は今まで出会った誰よりもキラキラしてて真っ直ぐな人だったのです。
「そ…そうですか?えへへ…なんか嬉しいです…」
「またすぐてれてれしちゃうんですから。本当可愛いんですね、先輩は。」
そして誰よりも純粋な心を持った私が人生初めて出会った愛する人。
もはや先輩は私の人生を変えてくれた特別な「運命の人」と言っても過言ではありませんでした。
先輩との出会いで変わり始めた私の日常。
私は前より楽しく歌えるようになって芸能生活とはまた別の充実感を得ることができました。
華やかで派手ではなくても先輩と過ごす平凡な日常は心を安らかにして癒やしてくれる。
その毎日が愛しすぎて大切すぎて自分でも仕方がない。
こんな気持ちになるのは初めて芸の道を選んだあの時以来でした。
芸という自分の道を選んだきっかけになったのは都会に出て見たある小さな劇場での演劇。
そこで私は自分の夢と出会ってしまったのです。
「きれい…」
今もはっきり覚えている彼女の姿。
最後まで名前は聞けませんでしたがそのとびきりの笑顔ときれいな歌声はちゃんと覚えています。
後ろの風景が映るほど透き通った長くてきれいな銀髪を持った無名の役者さん。
観客席に向けて思いっきり幸せを歌う彼女の歌声は私の心を大きく響かせて私は一瞬彼女の虜になってしまいました。
舞台の大きさや役の重さに関係なくただ目の前の人達を幸せにするために全力を出す彼女のことに私はやっと自分がなりたいのが何なのか気づきました。
それはまさに私の人生初の「運命の出会い」。
先輩との出会いと一緒に私の大切な宝物なんです。
後で彼女に会うためにもう一度あの劇場に行きましたが彼女はもう引退して故郷の神界に帰ったらしくて私は未だにあの時のお礼を伝えられなかったまま。
名前の「湖」もただの活動名で本名は知りません。あまりにも無名だったゆえネットでの情報も少なすぎて彼女のことはそれ以上調べられませんでしたが彼女の「湖」と同じ「海」の名前を使っている私はいつか彼女のように私を見てくれる皆に夢を与える存在になりたいです。
今私が昔話をしたのはただの思い出話がしたかったわけではありません。
初めて役者としての道を自分の将来と決めたこと、初めてアイドルになったこと、あの方からもらった夢のことや先輩と分かち合った大切な日々、その全てを思い出させてしまったのは
「虹森さん…すごい…」
今の彼女のライブが恐ろしいほど先輩に似ているからでした。
私は今まで虹森さんのことをただの自己投影の存在にしか見てませんでした。
私は先輩にアイドルを続けてもらいたくて同好会を抜け、今回の派閥争いを起こしました。
そしてもう先輩とアイドルができない哀れな自分を虹森さんに投影して彼女の存在を通って自分を足りないところを補っていました。
だから私は彼女に協力し、部員達の反対も押し切って彼女の面倒を見てあげているんです。
まあ、単に虹森さんのことを可愛い後輩ちゃんって思っているからかも知れませんが。
でも私は少し…いや、かなり彼女のことを侮っていたかも知れません。
「こんにちはー!「フェアリーズ」です!」
「皆!久しぶり!」
だってステージの虹森さん、こんなにキラキラしているんですもの。
驚きました。
思いっきりステージの上に上がって自分達を紹介する虹森さんと緑山さん。
先三屋さんが渡したライブ衣装を着て現れた二人の姿は紛れもなく私が知っているアイドルそのものでした。
まるで別人になったような空気の切り替え。
二人はもう私が知っている引っ込み思案の虹森さんといつも幼馴染の女の子を犯すことしか考えてない怖いお嬢さんの緑山さんではなくここの立派なご当地アイドルである「フェアリーズ」でした。
「え…?「フェアリーズ」…?」
「嘘だろ…?」
想定外の飛び入り参加。
その唐突な事態に観客席は一瞬混乱に陥りましたが
「うおおおぉ!!」
まもなくそれは大きな歓声に置き換わりました。
「みもりちゃん!ゆりちゃん!」
「姉ちゃん…」
「あはは…」
そして一番興奮しているのは当然筋金入りの「フェアリーズ」オタである三屋さんでした。
虹森さんには少しハードルが高そうな腹出しの制服風の衣装。
大きな帽子とブーツ、可愛い手袋まで三屋さんがあの衣装にどれだけ念を入れたのかその完成度が代わりに物語っています。
「あれこそお姉ちゃんだね。」
「まあ、バカみたいけど確かに。」
そしてそんな姉のことを嬉しいような少し恥ずかしいような眺めている弟くんは最近元気がなかった姉が「フェアリーズ」のことで元気が出てきたような姉のことにほっとしたと言いました。
「姉ちゃん、ああ見えても結構一人で溜め込むタイプですから。俺のことはすぐボコるくせになんか他のやつには愚痴も言わない人だしきっと生徒会のことやら将来のことやら全部一人で抱え込んでいたんでしょう。」
「第2って伝統的な軍事学校ですしお姉ちゃんみたいな自由な人は人並み以上ストレスも多いのでしょう。」
「なるほど。」
自分が選んだ道に悔いはない。
でも生徒会副会長という立場と厳しい学風に繊細な乙女心が時々傷ついてしまう。
弟くんと神宮寺さんは姉の三屋さんのそういうところをすごく心配していました。
「じゃあ、「フェアリーズ」に出て欲しかったのはお姉ちゃんを励ましたかったこともあったんだね?弟くん、優しいー」
「そういうところあるんだよねーまさるくんって。」
「う…うっせ…!」
テンプラの反応。こういうところは素直で可愛いですね。
でも弟くんはこう言いました。
「でもあいつらが元気づけるのは姉ちゃんだけではないです。」
「フェアリーズ」はアイドルとしてここに集まった人達を見事に元気づけてやるって。
でもそれ以上私は何も考えられませんでした。
皆の歓声の中で始まった人生初の「フェアリーズ」の生ライブ。
動画で見たのとは全く別格の迫力が私の心と脳内を襲い、そのまま私は「フェアリーズ」の虜になって彼女達のライブに夢中にならざるを得ませんでした。
「この曲って…」
「「Dreamer」じゃん!」
ステージの上から流れ込む曲に更に盛り上がってくる観客席。
出演者も皆彼女達のライブを見るために外に出てしまうほど「フェアリーズ」の飛び入り参加は予想外の波及力を呼び起こしました。
明るくて元気な曲調が特徴の弾ける曲。
幼馴染の夢を引き継いた緑山さんのお母さんがお父さんと一緒に作ったという「フェアリーズ」の記念すべきデビュー曲「Dreamer」。
でもそれはただのご当地アイドルの歌と呼ぶにはあまりにも素晴らしくてとてもいい曲でした。
夢見る二人の少女。
その間に結ばれた絆を信じ、お互いのことを励まし合って夢への歩みを止めない決心を歌った少女達の讃歌。
それは私のファーストアルバムに載っている「Future」と共通する曲でしたがこの歌は決して「フェアリーズ」の二人ではなければ歌えないものだと不思議に私はそう感じてしまったのです。
見ている人、聞いている人達を一気に引き込んでしまう吸引力。
胸がグッとくるほど心に訴える豊かな感性。
何より心の底から歌うことを楽しんでいる眩しいきらめき。
それはかつて私が先輩と私に夢を与えてくれた名も知らないあの方から覗いた輝きでした。
「ゆりちゃん…!ダメだって…!」
「うふふっ♥みもりちゃんが悪いんですよ?♥その可愛いお尻を私にさらさら見せつけて誘い込むなんて♥」
「そんなことやってねぇし…!うわぁ…!?もうタイツ脱がせてるっ…!」
普段の二人から考えたら絶対思い出せない迫力と大胆なパフォーマンス。
特に虹森さんの普段の性格からでは全く繋がらない真逆のパワフルな舞台は…
っていや…!あの緑山さんが虹森さん以外にもあんな笑顔ができるってところがもっとたまげたかも…!
「フェアリーズ」の活動は二人の小学校の時に中止になったと聞きました。
だから今の彼女の舞台はあの頃と大分変わると思います。
私だってたまに子供の頃と比べられますが二人と違って私は去年入学前までは空白なくずっと活動してきましたから。
でもここに集まった皆はあの頃と今の乖離なんて全く気にせずただ目の前の大きくなった「フェアリーズ」のことを受け入れて昔と変わらず彼女達を応援している。
そしてその期待に応えるために「フェアリーズ」の二人もすごく頑張っていてその絆が何より輝かしく見える。
私はふと自分も彼女達みたいなローカルアイドルで始めたら村の皆がこんな風に応援してくれたかなって思うようになりました。
私、都会に出てから忙しくてあまり故郷には戻れませんでしたしいつも村の皆に申し訳ないって思ってますから…
でもまあ、暇があれば村の全員がバスで遠征に来て応援してくれましたからそう遠いって感じはしなかったんですよね。
今度はぜひ私が「フェアリーズ」のように村の皆を応援したいです。
「すごいです…」
でも彼女達のライブに感動したのは街の人達だけではありませんでした。
私を含めた昔の「フェアリーズ」とは全く関係ないよそ者である会長も彼女達のライブから目が離せなかったのです。
「これがライブ…これが本当のアイドルですね…」
こみ上げる感情を抑えきれない羨望の目。
その一言で今の会長にとっての初めてのライブが「フェアリーズ」のであることに私は心から感謝の気持ちを抱きました。
「はい。これがアイドルです。」
そう言った私は私と同じ気持ちでワクワクしている会長の手をギュッと握って「フェアリーズ」のライブを目に焼き付けようとしました。
正真正銘の本物のアイドル。
皆に勇気を、元気を与えて皆と一つになる本当の意味のアイドル。
それはかつて私が先輩と一緒に目指した本当の夢でした。
最後の最後まで自分にはできなかった夢のまた夢の存在。
でも何でしょう。何故か私は今の彼女達をそう嫌な気分ではありませんでした。
むしろこれはすごく懐かしい気分。
彼女達の歌を聞いていると胸がこんなにワクワクしてモヤモヤの気持ちが晴れ渡ってスカッとする。
「フェアリーズ」の歌は私が忘れていた何か重要なものを再び呼び覚ましてくれたのです。
これがアイドルだって。アイドルとして目指すのはこういうものだって。
この熱気、この情熱、この感動と絆。
その全てを自分の中にしっかり残しておきたい。
いくら時間が経ってもまた思い出せるようにしっかり胸の中に覚えておきたい。
そう思った私達はこの舞い踊る胸を握りしめて彼女達のライブを最後までしっかり見届けるために目を…
「…ってなんか虹森さんのおへそだけやけに潤ってないんですか…?」
「言われてみれば…」
その時、私の余計にいい目はいつの間にかやけにしっとりと虹森さんのおへそを補足、
「緑山さん…また何かやったんだ…」
まもなく舞台に上がる前に緑山さんに何をされたのか予想がつくようになりました。




