第254話
いつもありがとうございます!
「なんか騒がしいわね。」
商店街の中から聞こえる賑やかさに興味を見せる青葉さん。
それに惹かれるように私達の足は自然とそこへ向かうようになりましたが
「イベント?」
まもなく私はそれが自分もよく知っている商店街の伝統の一つというに気づきました。
「百合ヶ丘自慢大会」。
商店街の活性化と町興しの一環として毎年ここ「百合ヶ丘商店街」で行われているそのイベントは長い歴史を持っているこの町の一大イベントです。
町の皆の前でそれぞれの特技を披露して皆で盛り上がるこのイベントは商店街の商人さん達には元気と力を、来てくれた人達には笑顔と楽しみをプレゼントする素敵なイベントなのです。
近くの学校や幼稚園、婦人会などの参加もできる老若男女皆が楽しめるこのイベントはもはやこの商店街を代表するメインイベントと言っても過言ではありません。
誰かは歌を、誰かはお芝居や漫才を。
それぞれは精一杯準備した自分達の特技を皆に見せて拍手を受け、それを基準に審査委員達から点数が与えられる。
その点数の総合を競い合って決められた優勝者にはこの町を元にした企業や商店街から用意した豪華の賞品が授与されるんです!
「お義母様は大会が始まった以来の最大優勝者でこの辺りでは「魔王」と呼ばれたんですよ?」
「魔王…」
とかの派手なあだ名が付けられちゃったうちのお母さんですが今のゆりちゃんが言った通りお母さんはその大会でたくさん優勝した経験があります。
「賞品の大半がお米券とかレンジや掃除機みたいな家電でしたから。めっちゃ必死だったんですよ、お母さん。」
今は大分マシになったんですが初めて私達一家がこの町に来た時は結構大変だったとお母さんはそう言いました。
「子育てには結構お金がかかるから色んなところで節約するしかなかったんだ。ゆりちゃんちに毎度お世話になるのも面目ないし。」
市役所の仕事を始める前に殆どの収入がなかったというお母さん。
そこでお母さんが選んだのが賞品がかかっている数々のイベントでした。
「お母さん、こう見えても選手生活する前にはちょっとだけ事務所に入ってたんだよ?
まあ、おじいさんがめっちゃ反対してすぐ止めさせられちゃったけどデビュー直前までやってたから。」
おじいちゃんには内緒でアイドルの事務所に通っていたというお母さん。
そこでの経験を生かして主に歌とパフォーマンスで数々の大会を席巻したお母さんはそこでもらった賞品達が家計の大きな足しになったと話しました。
そして私達の事情を知ったご近所の皆は私達のために色んなことを恵んでくれてお母さんはそのことをずっと感謝していました。
「みもりがこんなに健やかで元気に育つことができたのも全部町の皆のおかげだから。
だからいつかお母さんと一緒に恩返ししようね?」
っといつも私のことを「町っ子」と言ったお母さんは私にもその温かい心が持たれるように私の心を育みました。
私達を受け入れて育ててくれた町。
その恩に自分なりにちゃんと応えたくて始めたアイドル。
この町は私の体の成長だけではなく私の心や夢も同時に育ててくれたのです。
そのことに私もまたお母さんのように心からずっと感謝しています。
他にもスタンプラリーやハロウィーンパーティーなど毎年開かれていますのでよろしければぜひお越ししください!
絶対楽しいですよ!?仮装して買い物したら割引ももらえて!
「虹森さん、完全に町広報モードになったじゃん。可愛いー」
「うふふっ♥本当可愛いんですから♥」
「ハロウィーン仮装…私もやりたいかも…」
ってなんか一人だけ盛り上がっちゃったかも…恥ずかしい…
私とゆりちゃんですか?もちろん参加したことあります。
「「みもりちゃん大好き大会」なら未来永劫私が全優勝を果たせますがさすがに特別ゲストではなく一般参加での初参加っというのは緊張しますね…」
「うん…私も…っていうか何!?その大会!?何をするの!?」
「うふふっ♥秘密です♥」
それまでは「フェアリーズ」としての特別ゲストでしか参加したことがないイベント。
そのイベントに「フェアリーズ」ではなくただの「虹森美森」と「緑山百合」として参加するのはなかなか緊張するものでした。
初めての参加は御祖母様による「フェアリーズ」解散直後。
当時私は私より「フェアリーズ」の解散で落ち込んでいたゆりちゃんを励ますためにイベント参加を申込み、二人で出ることにしました。
そこで歌ったのが青葉さんのファーストアルバムに載っていたタイトル曲の「Future」でした。
「私の曲?二人の曲じゃなく?」
っと少し嬉しいような照れくさいような顔で驚く青葉さん。
でもやっぱり青葉さんは自分の曲を歌ってくれたのがとても嬉しいって話しました。
「はい。大会の決まりがあって私達は私達の曲を使えなかったんです。
代わりにお母さんが大好きだった青葉さんの曲を歌ったんです。」
「そうなんだ。なんか嬉しいな。」
青葉さんのような「人魚」の歌は大体一般の人が歌うには結構高い難易度を見せますが青葉さんが歌った曲は何故かそのような難しさを感じられません。
むしろすごく親しくて優しくてとても温かい曲だから皆青葉さんの歌が大好きだったんです。
ただ流れているだけでもつい覚えてしまうほど聴きやすくて心が和んでくる誰もが好きな歌。
「女王様」の会長さんの曲が会長さん一人でしか歌えない手の届かない雲の上の歌だったら青葉さんの歌は皆に愛されて親しまれるご近所の歌だとどこかの評論家さんはそう言いました。
人を引き寄せる異なる音楽の力。
でもお二人さんの歌はこの世界をより潤沢にする原動力となったと私はそう信じています。
「それで結果はどうだったの?私の曲だったしどうせなら優勝してもらいたいな。」
「そりゃもちろん優勝でした。」
「そう?やったじゃん。」
まるで自分が優勝したように喜んでくれる青葉さん。
あの時もらった牛肉は私とゆりちゃんの肉になりました。
それはともかくちょうど今日という日に限ってこういうイベントが開かれるとは…
何か裏でもありそうなほどの偶然ですね…
「お母さん…なんで教えてくれなかったんだろう…」
「そうですね。お義母様ほどの方が…」
単に忘れてしまったのか、それともわざと黙ってたのか。
その真意はまだ知りませんがとにかく私達は久しぶりに出会うことができたここの地元の一大イベントへ向かって足を運ぶようになりました。
でもそこへ向かっている途中で鉢合わせてしまったのが
「まさる…くん?」
小学校以来一度も会ったことがないまさるくんでした。
「お前ら…」
驚いたようなまさるくんの顔。
でもその顔はあまりにも私とゆりちゃんが覚えている昔のままだったので逆に驚かされたのは私達の方でした。
体は大分大きくなったけどその雰囲気は昔と比べてあまり変わりなさそう。
特有の特徴である三白眼は相変わらず鋭くて若干怖そうですが
「僕は基本父さんみたいに弱者の味方だからな。」
人並み以上の正義感を持っている優しい心子がこのまさるくんなのです。
ゆうお姉ちゃんと同じ茶色の髪がとても素敵でお父さんみたいな正義感溢れる軍人さんになるのが夢だった男の子。
その子は時間を超えて今私達の前に現れたのです。
「帰ってたんだ。」
「うん。久しぶりだね。本当。」
私達を見ていつ帰ったかと聞くまさるくん。
私とゆりちゃんが地元から離れて学校を通っていることをまさるくんだってもう知っているようです。
一体何年ぶりでしょうか。
また会えるようになって嬉しいって気持ちは確かにあります。
私とゆりちゃんに異性の友達なんてかなり珍しかったから。
特にゆりちゃんの場合はまさるくんとの縁談もありましたからなおさら。
「お久しぶりです。まけるくん。」
もちろん今になってもこれっぽっちも興味はなさそうなゆりちゃんですが…
会ったばかりでいきなり子供の頃のあだ名でまさるくんのことを呼ぶゆりちゃん。
その行動にまさるくんは
「相変わらずだな…お前も…」
思いっきり呆れたようですが
「まあ、元気そうで良かった。」
昔と違ってゆりちゃんのこういう軽い挑発にも一々反応しないようになりました。
「私達は深夜の列車で今日着いたばかり。」
「そうか。」
子供の時と比べて随分落ち着くようになったまさるくん。
背だってこの前に会ったゆうお姉ちゃんよりも高くなってもうすっかり大人ですね。
でも見た目だけではなくまさるくんに起きた一番の変化は
「後ろにあるのはギター?」
まさるくんがいつの間にかバンドを始めたことでした。
「あ、そっか。お前達には初めて見るのか。」
っと背中に背負っていたギターを見せてくれるまさるくん。
「これ、買うのに結構苦労したぜ?父さんには内緒でバイトしてコツコツ貯めたもので買ったやつだからな。
まあ、姉ちゃんから借りたのもあるんだけど。」
「すごいね。」
ギターとかの楽器にはあまり詳しくないですがまさるくんがこのギターをどれほど大切にしているのかだけはちゃんと伝わりそうな気分。
ただのものだけじゃなく買う時の気持ちや努力が全部これに宿っている大切なものということを今のまさるくんの顔を見れば分かります。
きっと誰だってそういう経験があると思いますし私にだってちゃんとありますから理解できます。
まさるくんの熱い気持ちを代わりに物語っているような情熱的な赤いギター。
ただ手に持っているだけなのに何かグッときて胸がいっぱいになるような…
「いいギターね。」
っといつの間にか話に参加する青葉さん。
彼女はかつてバンドをテーマにしたある企画のためギターを含めたいくつかの楽器の弾き方を教わったと言いました。
絶対音感を持っていて学ぶ速度が人並みより速かったという青葉さんの話は青葉さんならありえるなっと思わせるほど何の変哲もない話でしたが
「マジか…」
どうやらまさるくんは目の前に現れた生の青葉さんという存在を到底飲み込めなかったようです。




