第236話
いつもありがとうございます!
久しぶりのあい先輩は相変わらずきれいだった。
真っ白な髪。透明なお肌。ツリ目の氷みたいな目には未だにも地味に恐れを感じていたがそれはただの外見だけで本当はとても優しくて温かい人というのは私は知っている。
でも
「もうことりちゃんはうちの学校に、いや、「黄金の塔」には要らないわ。」
うみっことの件で学校から追い出される時、私にそう言ったあい先輩は今まで一度も見せなかった怖い顔をしていた。
まるで傍に置いてはいけない不潔な滓でも見ているような嫌悪の目。
私は今もその目をずっと覚えている。
だから怖かった。あい先輩に呼ばれたことも、
「久しぶりわね。ことりちゃん。」
こうやって面と向かって挨拶するのも。
「ことりちゃん?」
「うう…」
車から降りた私と先輩を迎えてくれるあい先輩と
「久しぶり、赤座さん。」
うちのビジネスパートナーである「灰島」のお嬢様でこの屋敷の主人である「灰島菫」さん。
でも私は車から降りてからずっと先輩の後ろに隠れているままであった。
灰島さんのことなら平気。あの人はお姉ちゃんのビジネスパートナーでそこそこ顔見知りだから。気まずいところとかそういうのはあまりないから特に問題はない。
問題はむしろ同じ「黄金の塔」のあい先輩の方。
まだ何のつもりで私を呼びつけたのかすら把握していない私にいきなりのあい先輩の登場は色んな心配を招かせるのに十分なものであった。
「ほら、速水さんとすみれちゃんがことりちゃんにご挨拶してるんですよ?ことりちゃんはいい子ですからちゃんとご返事できますよね?」
「は…はい…もちろんです…」
挨拶するあい先輩の言葉にも先輩の背中からびくっともしない私を見てちゃんと返事することを求める先輩。
そしてそんな私のことを「ああ…やっぱりまだ怖がっているわ…」っとした少し寂しそうな顔で見ているあい先輩。
二人の先輩の間で結局否応なしに先輩の背中からちらっと体を出した私は
「お…お久しぶりです…あい先輩…灰島さん…」
呟くような小さな声で適当な挨拶を済ました。
「もう完全に桃坂さんの方が保護者になってるわね…」
またちょっぴり寂しそうな顔色。
うみっこのことが大好きだったほど私のこともすごく大切にしてくれたあい先輩だったがそのこと以来、私は一度もあい先輩に連絡も、会いにも行かなかった。
「もう二度と私の目につかないでもらえるかしら。」
そう言ったあい先輩のことがあまりにも怖かったから私はあい先輩のところにも、うみっこのところにも近寄らなかった。
「えっと…」
空気が重い…
あい先輩のことが元から苦手だったわけではない。あのことが起きる前までは割りと仲が良かった。
「ことりちゃんの次の新作、楽しみにしているから絶対見に行くわ。」
っと私の作品なら全部見てくれた優しい人。
元女優だった母の影響なのかあい先輩その自身も演技や歌が大好きだった。そしてあい先輩は歌も結構上手でそのクールで大人っぽい魅力のおかげで性別の区別なく皆に人気があった。
私もお父さんに連れられて子供の頃から何度も会ったことがあってあい先輩のことなら人並み以上は知っているつもりでお互いのことはよく理解していると思っていた。
でも自分にもよく分からない事件のせいで私達はもう赤の他人のような関係になってしまい、今のあい先輩はそれがたまらなく悲しいというのを私はあい先輩の表情を読むだけで分かるようになった。
でも仕方はないと思う。もうここまで来ちゃったから元の仲には戻れない。私は「黄金の塔」の人としてその頭領のあい先輩に散々迷惑をかけてついに世界中の皆の前で頭を下げさせてしまったから。
神界の人にとって誰より高貴で美しいお姫様にあんな恥をかかせてしまった。私は今もそれが許せなかった。
きっと私が謝ってもあい先輩は許してくれないし、私だってそれで自分の罪が全部償えるとは思わないから。
だからあい先輩には今後こうやって私を呼びつけることとかは控えて欲し…
「ごめんなさい。ことりちゃん。」
「…え?」
っと思いっきり気まずいって気持ちを出しまくっていた私の手をそっと握ったあい先輩からの謝りの言葉。
それは私を即混乱させ、戸惑わせてしまったが
「私は間違ってた。」
そうやって私をその強い力で引っ張って抱きしめるあい先輩の中で私はそのまま心を委ねてしまった。
久しぶりのあい先輩の体温。人並みより体温が低いあい先輩でもなぜか抱いた時の温度は妙に温かった。
雲のようなふわっとした胸。包まれてくる温もり。伝えたい気持ちがあると言っているように激しく走っている心臓の鼓動。
その透明な先輩は久しぶりに会ったばかりの私を自分の中に入れてかつての自分が間違っていたことをずっと謝っていた。
「あ…あい先輩…!?」
いきなりなあい先輩の行動に驚いたしまった私は何度もパタパタしながら今の唐突な行動の意味を求めていたが
「ちょっとだけ…ちょっとだけこうさせて?」
あい先輩は今はただこのままにして欲しいと私のことを放してくれなかった。
「せ…先輩…!なんとかしてください…!」
慌てて先輩に助けを求めようとして後ろの先輩の方を振り向いた私だったが
「むむむ…ことりちゃんのマミーは私なのに…」
何故かこの人は一人だけ別のテンションだったので私の方から放っておくことにした。
なんであい先輩が私のことを咎めたり、詰ったりせずただ抱き込んで謝り続けるのか。正直に言ってそれに関して恥ずかしいって気持ちや戸惑いもさぞ感じていたが
「あい先輩…」
本音のことをちょっとだけ言わせてもらえば私はちょっぴりほっとした気持ちだった。
正確な意図までは分からないがなんだかあい先輩が私のことを未だに嫌っていないような気がしてて…
「私は今までたった一度もあなたのことを嫌ったことがないわ。」
でもその後のあい先輩からのその話はそれはただ私一人で勝手に思いこんでいたことに過ぎないということを代わりに語ってくれた。
「積もった話は中に入って話しましょ。ほら、皆ついてきて。」
その後、自然に屋敷の中に私達を案内するあい先輩。
そんなあい先輩のことがもう慣れているのか灰島さんからは何の話もなかったが
「なんだかあい先輩…雰囲気、ちょっと変わったかも…」
私は以前には決して見られなかったあい先輩のことを何故か彼女のおかげで見られたような気がしてしまった。
「今日は来てくれて本当にありがとう。」
「い…いいえ…」
急な呼びにも文句一言も言わずここまで来たことに感謝の言葉を表すあい先輩。
でも驚きはしなかったが文句が全くないわけではなかった。
「実は今日二人で遊ぶ予定だったんです。ことりちゃんが今週くらいはちゃんと休んでおいた方がいいって。」
「ええ!?そうだったかしら!?本当にごめんね?ことりちゃん…お母さんと遊びたかったのに勝手に呼びつけちゃって…」
「いえいえ…」
っていうか誰のお母さんですか。
とは言ってもやっぱり私はちょっと不機嫌だった。
あい先輩が私のことをそんなに嫌わないというのは確かな収穫でそれはすごく嬉しかったが今日はせっかくの先輩とのお出かけだったから。
先輩は自分にもこちらに用があるから平気って言ったが私はやっぱり先輩と二人でゆっくり…
ってなんか最近の私、先輩に甘え過ぎるのかな…
「なんだか前より仲良くなった雰囲気だね。桃坂さんとことりちゃん。」
「そうなんですーもう家族みたいなもんですよーそうですよね?ことりちゃん?」
「せ…先輩がそれで良ければ…」
っと先輩は私のことをすごく恥ずかしがらせてしまったが私はやっぱり先輩がそんな風に言ってくれたのがすごく嬉しかった。
産まれた時、母が亡くなって私にはそういう関係を持つ機会が少なかったから。
お父さんは秘密の多い人でたまに家には顔を出すこと以外はあまり来なくてお姉ちゃんも後継者教育とかで忙しかったから。
だから私はいつも家族の絆というものに植えていた。
そんな中で先輩の家で居候できたのは非常にいい経験となった。
先輩は優しくてお料理も上手でいつでも私のことを笑顔で待っていてくれたから。
うみっこのことが解決するまでの期間だけにっと話しておいたが本当のことを言うとこのまま先輩とずっと一緒にいたい。
お金とかそういうのは全部私が稼ぐから先輩にはこの先、ずっと私と一緒にいて欲しい。だって先輩はもう私の家族みたいな存在だから…
でももし大人になったら先輩だったいつか…
っていうかこれ…なんだか会長やうみっこみたいなセリフな気がするんだけど…
もしかして私…先輩のことが好きだったりして…?
「ことりちゃん?」
「あ…いいえ…なんでも…」
ふと合ってしまう視線。
先輩の大きな目が自分の中に映った時、私はなぜか今まで感じたこともない不思議な感情にそのまま目をそらしてしまった。
「手、つなぎましょうか?」
そんな私の手をそっと握り取ってくれる先輩。
私の寂しそうな気持ちを感じ取ったのか、それともただのいつもの癖なのかはよく分からないがそれでも私はこういう先輩の何気ない自然としたところが大好きだった。
「はい…」
自然に周りの気持ちを分かって慰めて抱いてくれる優しい人。
私はそんな先輩にいつまでも私の傍にいて欲しかった。
…なんかはずい、これ…
「大丈夫だわ。」
そんな私の気持ちを予めに察したいたようなあい先輩のその時の言葉が一体何の意味だったのか、私はまだ知らなかったままであった。
「はい。皆、中へどうぞ。」
やがてあい先輩に連れられてある部屋にたどり着いた時、
「久しぶりだな、赤座。」
この屋敷で私を待っていたのはあい先輩だけではないことを私は部屋に入った途端に知ってしまった。
「こんごう先輩…」
「百花繚乱」副団長の「石川金剛」先輩。
美術系ではもう根を生やした美術系の寵児。
眉目秀麗、頭脳明晰。その上、運動もできる文武両道の完璧超人の人だが幼いの頃の事故によって性格に多少の問題を抱えている。
すぐキレてすぐ人を殴るろくでなし。いつも怖い顔で周りに大声で怒鳴って癪に障ったら手加減なしで相手をぶちのめす。
ごんごう先輩は自分でもこういうやつとは付き合いたくないって自分の性格のことを随分嫌っていたが私はそんなに嫌じゃなかった。
「お前のことは結構気に入っている。あいがお前のことを昔からずっと好きだったし私もお前みたいな懐っこいやつは嫌いじゃねえんだ。何か困りそうなことがあったらいつでも言いな。」
っと私には随分仲良くしてくれたから。
「お久しぶりです…やっぱり先輩も来てたんですね…」
「まあ、半分騙されたもんだがな。」
ああ…なんか想像できるかも、その状況…
でもこの人にとって私のことはどうでもいいものに過ぎなかったということが知っている私は彼女との久々の再会がもっぱら嬉しいものではなかった。
この人が私に親しくしてくれたのはただあい先輩が私のファンだったという理由だけ。この人の行動原理は全てあい先輩を中心にしているもので私が学校から追い出される時だってあい先輩に一言もしなかったそうだ。
むしろ
「あいつはあいの顔に泥を塗りやがった。私はあいつの退学に賛成する。」
っと傍観ところか、私の退学にも積極的に賛成したそうで今はちょっと嫌い…
「ことりちゃん?」
だから今ここにいるこんごう先輩は決して私にとって嬉しい人ではなかった。
今のところ、この部屋の中で私の味方だと確信しているのはただ先輩だけ。だから私は今こうやって先輩の後ろにくっついて様子を見ていた。
「やっぱり煙たがられているんだな、私達。」
そんな私を見てもう分かっていたよとしたなんともない顔で自分の前に置かれているコーヒーを一口するこんごう先輩。
私は早速今の行動について謝ったが
「別にいい。私もここに来るまであいがお前を呼ぶことを散々反対していたから。」
こんごう先輩はさらっとすごいことを言って私をフォロー…してくれたのかな…?
「反対…してたんですね…」
「ああ。今の私達にとってお前との接続は何の得にもならないから当たり前だろう?」
さすがこんごう先輩…身も蓋もなくずばっと…
「ちょっとこんごう。久しぶりに会ったんだからもっと優しく…」
「お前がそれを言う立場か?あい。お前が学校から追い出したんだぞ?」
「そ…それは…」
あまりにも冷たいこんごう先輩の反応にもう少し柔らかい物腰で言って欲しいと苦情を言うあい先輩。
だがその次のこんごう先輩からの正論に口が閉ざされてしまったあい先輩は思いっきりほっぺを膨らませて
「なに?なにかの嫌味?何がそんなに不満なの?はっきりと言って。」
こんごう先輩に今の不満、洗いざらい話しなさいと珍しく激おこぷんぷん丸状態に入るようになった。
「速水さん…可愛い…」
そんなあい先輩の姿に中から何か不思議な気持ちが湧いてきたような先輩は一旦忘れることにして私はここはひとまずお二人を落ち着けるために
「こ…ことりは大丈夫です…!ほら…!こんごう先輩だって別に悪気で言ったわけではないはずです…!」
っと今はあまり好きでもこんごう先輩の方を持とうとしたが
「いや、そのままの意味だ。私は本気でお前に今でも帰ってもらいたい。」
この全く空気を読めない石みたいな人はせっかくの私からのフォローをその場で叩き潰した。
珍しくあい先輩に嫌なことを並べているこんごう先輩。
先輩の顔は今もあんなにぐしゃぐしゃになって一目で分かるほど不機嫌そうだった。
当然そんなこんごう先輩のことがほっとけなかったあい先輩は
「だから何?何がそんなに嫌なわけ?先約束してくれたんじゃない?力貸してくれるって。」
しつこくこんごう先輩の苛つきさを問い詰めていた。
この人はあい先輩に対してはまるで別人だった。いつも周りの人を脅かして大声で怒鳴っていてもあい先輩にだけは割りと普通だった。
そんなこんごう先輩がこんなに眉をしかめてあい先輩に向けて苛立ちをぶつけるなんて…
何がそんなに彼女を不機嫌にさせてしまったのか、私はその後の先輩からの話を聞いてようやく今日のあい先輩の目的が分かるようになった。
「言っておくが別に赤座のせいじゃねえ。ただ赤座が今日帰ってくれればこんなくだらないお茶会もこれで終了になってくれるだろうと思っただけだ。」
「お茶会…?」
思いもしなかった予想外の単語。
この意味不明の招待が何を意味するのかどんどん分かってきた私だったがそれこそ本当に意味不明なところだと私は何の質問もせずにそのままこんごう先輩の話を聞くことにした。
私を学校から追い出したあい先輩。そしてそのあい先輩からのいきなりな「灰島」のお嬢様の屋敷への招待。
そしてその目的がただのお茶会だったというのは十分私を混乱させるに足りるものであった。
「私、分かっちまったんだ。あいが何の目的で私を、いや、私達をここに呼んだのか。」
それを言った瞬間、
「おはようございますー」
「あいちゃん、おはよう!今日もおっぱい大きいね!」
ドアを開けて入ってくる灰島さんから連れてきた私と先輩以外の人の群れ。
「こ…これは…」
見慣れの顔達。
彼女達こそあい先輩がこの学校から革命を起こすのに必要な逸材というのを分かるようにまでそんなに時間が立たなかったのは後ほどのことであった。




