第234話
いつもありがとうございます!
「…どうした?あい。」
今朝起きた時、マンションの前で私の待っていたのはかつて私が愛してやまなかった
「おはよう。こんごう。」
あいだった。
私の理想のお姫様。
でもあいにはあの「灰島」の鬼目と付き合っていたという二人だけの秘密が存在していた。
そのことで私はあの鬼野郎と互いの退学を賭けて勝負したわけだがあの鬼が部長でいる「Vermilion」の「火村祭」という名前の1年生によってなんか変な落ちでそのまま終わってしまった。
スタジオに行くために出かけようとした私を朝からずっと待っていたあい。
あいはどうしても私に一緒に行って欲しいところがあったと言った。
「やっぱりちゃんとした方がいいと思ってね。それにやっぱり私にはこんごうの力が必要なの。」
っとぜひ自分に力を貸して欲しいと頼むあい。
でも私はその場であいのお願いをきっぱり断った。
「悪いけど私は断らせてもらう。今の私はあいに何の力もなれない。それに私は今後あいのことには一切関わらないことにしたから。」
あの鬼を連れてこなかったのは実に賢明な判断だった。あいつがいれば私はまたキレてまともな会話もできずにそのまま家に帰ってしまったから。
それに私はこう思っていた。
「あいは強い。私なんかと違ってあいはもう一人でも歩けるようになった。これ以上、私からあいにやってあげることなんてない。」
あいは本当に強くなったと。
あいのことに関わらないようにしたのは私がそう判断したからだ。
あいはこの学校のため、そして自分のため自分の心に素直になって自分の頭で考えて、自分の意思で決めたことをしようとしている。
今まで散々あいのことや種族のことに捉われて押し流されて私と違って。
「でも私はあいと違う。私がこれから変わることなんて一切ないし私自身もそれを確信している。その以前に私に変わろうという意思がない。」
これからあいが他の連中と手を取り合って作っていく世界に私の居場所はない。
私はこれからもずっと魔界のことが大嫌いで森を燃やして「ゴーレム」の、私達家族の人生を狂わせたあいつらを許さないだろう。
「絵だったそう。私の絵はただ親父のコピーにすぎない。私が描いているのは親父の絵で私の絵じゃない。」
幼い娘に全部押し付けて家を出てしまったくそオヤジ。
たまに手紙は届いているが一度も顔を出しには来なかった。
でも親父の絵は本物だった。周りからの評判も良くてたまにいい値段で売れたりしてそこそこ家系にも足しになった。
ゴーレムという種族は木の実やきのこなどを主食にしていてあまり金がかかる種族ではなかったが問題は森の殆どは火事によって焼失され、食べ物が相当数なくなったといいうことだった。
親父は村長として村の皆の生活のため絵を書いて畑を耕した。そしてその役は私に巡って今は私が村の皆の生活を背負っている。
でも私が親父の瓜二つになったのはただ売れるからではない。それはあいにもっと褒めてもらいたかった小さかった私の願望によるものだった。
自分の絵なんて親父のものに比べたら極めて雑で未熟なものだったから。だからどんどん親父の真似を
して今に至っては自分の絵が何だったのかさえ忘れてしまった。
「私、コンちゃんの絵、大好き!」
あいにそう言われた頃の私の絵はもはやこの世にいなかった。
私は自分の存在意義になる絵すら自分の意思でも、自分の絵でもなかった。
「私はきっとあいの足手纏になっちまう。私は今のあいと違って未だに自分の意思でやっていることなんて一つもないから。あの「Scum」の生意気な副部長が言った通りに私はただ動いているだけの「土人形」だよ。だからこれ以上、私からあいに話すことはない。もう帰ってくれ。」
あいのことが嫌いになったわけではない。むしろ私に力を貸してくれって言われた時は地味に嬉しかった。
あんなことがあったのにあいは今も私のことを頼っているんだと思われて。
でも私はこれ以上、あいのことには関わらないと決めつけていた。
もしあいの命に何か脅威が迫ってきたら全力でそれを排除するがそれ以外は私ともう何の関係もない。むしろどうでもいいと思っているくらいだ。
あいは誰よりも賢くて物わかりがいいから確実に正しい選択肢を選べる。今後どんな困難が立ちはだかってもきっと乗り越えられるだろう。
だから私はもうあいのことには一切関係しない。私はあいのことを信じているから。
「私は魔界の連中が大嫌いだから。まだ森に火をつけた犯人が確実に明かされたわけではないが少なくとも私はあれは魔界の仕業だと思っている。私の目で見たからな。あいが何を考えているのか、知らないわけではないがそんなこと、私にはどうでもいい。まあ、あれ以来、なんかその火村って1年生が部室にうろつくようになったがそのうち私への興味を失ってくれるだろう。」
「火村祭」。あいとは別の意味で最近の私を困らせている1年生。
「Vermilion」所属で去年の私の展示会で私にひどいことを言われたその子はここんとこずっと美術部の部室で居座っていた。
「お…お茶です…!石川さん…!」
頼んだこともないお茶を入れてくれたり
「ここら辺、私が片付けておきましょうか…!?」
勝手に散らかっている棚や部室の掃除を担ったり実に困る。
「ゲホゲホ…!」
おまけにあいつが咳をするせいで部室でタバコも吸えなくなっちまってその面倒臭さが半端なかった。
未だに私のことには慣れてないようで私に話をかける度にすごく緊張していることを見たら去年目の前であんなことを言ってしまったことをつい後悔していまう。でも面倒くさいのは面倒くさいものだ。
それでも私は彼女のことを当分の間、好きにさせることにした。
だって
「…美味しい。」
あいつが入れてくれるお茶はすごく美味しいから。
いつも一人で日が暮れるまで引きこもっていた空っぽの部室。
そこでいつも一人でお茶を飲んでタバコを吸っていたがあいつが勝手に部室に出入りするようになってからその風景は少し変わった気がした。
タバコの煙や絵の具の匂い、そして冷たい孤独しか残ってなかった部室があの子が来てから少し明るくて、温かくなった。
不思議なことだった。
筋金入りの魔界嫌いの私がまさか炎の魔界の子を傍に置くとは。
でもあの子はふとあいとの子供の頃のことを思い出させたり、たまには今の嫌な感情を抑えてくれたりした。
まるで黒い部屋を照らしてくれる灯火のように私という人をその明で包んでくれたその子は
「私は石川さんの絵が大好きですから。」
みっともない私の絵をすごく気に入ってくれた。
でも私はその同時に思ってしまう。私という存在はそんなに人に好かれそうな性格でもない上に魅力的でもないからそのうちこいつもここに来なくなってしまうだろう。
そうなったら少し…少し寂しくなっちまうかも知れないっと。
自分のことをそんなに好きにしてくれる人って人生の中であい以外はいなかったから。
でも私はきっとそういう人こそあいが作ろうと決めた世界にふさわしい人だと思ってもしその時が来てもあえてあいつを止めないつもりだ。
「私はだからこそこんごうが必要なのよ。」
その時、私は忘れていた。
「私はこんごうのこと、いや、コンちゃんのことを一人にしない。」
あいもまた昔からずっと私を散々困らせてきたということを。初めて合った時からあいはずっと私の傍についていたことを。
そしてあいは実に久しぶりに私のことを「コンちゃん」と呼んでくれた。
「…本当にずるいんだな、あいって…こういう時ばっかり…」
私は今日のスタジオへ行くことを断念せざるを得なかった。
「お…おはようございます…石川さん…」
そして車に乗った私はその中で私を待っているもう一人の少女のことに
「…帰る…」
私はやっぱり今の話はなしにすることにした。
***
「ことりって…まさかあの「赤座小鳥」のことなのか…?」
「うん。今日向こうに呼びつけるつもり。」
車での移動中、あいの口からその名前が飛び出た時、私は少なからず驚かされてしまった。
「赤座組」から生まれた神界最高の女優「赤座小鳥」。
神界の人なら誰でも知っている彼女であるが残念ながらあいつはもうこの学校にはいなかった。
去年この学校から起きた開校以来最大の事件。
彼女が手動し、多数の生徒による魔界芸能界において絶対王者である「青葉海」に向けた集団イジメ。
それはこの学校の歴史をたった一年足らずでひっくり返すほど大きな災いをもたらした。
結果は最悪。学校側からなんとか手を回して外に話が漏れないようにしてくれたが人の口なんて止めきれるものではない。噂というのは必然的に広まるものだった。
幸い向こうは「赤座組」のボスである双子の姉のおかげでなんとか適当に終結できたようだがこっちはそれから大変だった。
「赤座組」が長い間「黄金の塔」の評議委員として彼らと関わっているだけにその影響は必ず「黄金の塔」の頭領であるあいにも及ぶ。
そしてあいはその全ての責任を自分一人で果たそうとした。
「ことりちゃんは曲がりにも「黄金の塔」の子だから私が全部責任を取らなければならない。」
あいつがあいによって退学にされ、学校を立ってからもあいは「黄金の塔」の評議委員会に呼び出されてそこからしばらくその責任を問責されなければならなかった。
「黄金の塔」の威信は地に落ち、彼らの世界政府に対する発言権はすこぶる縮小された。当然あいはそのことを全世界に謝らなかればならなくてそれと相まってあいの評価も大分切り下げられた。
同じ「黄金の塔」の関係者である私達を見捨てた評議会の老いぼれ達がうろたえるのはなかなかの見ものだったがやっぱり顔もよく知らない人達から罵られ、貶されるのは我慢に耐えなかった。
いくら「赤座組」が手を回しても噂というのは必ず襲ってくる。油断してたらその見えないものに足元をすくわれてしまう。
私だって中学校までは結構問題児だったからそれには苦労したものだ。危うく年少に行くところまで行っちまったから。
その時に助けてくれたのが当然あい。…よく考えてみればずっと困らせていたのはむしろ私の方なんじゃ…
「もう気づいたのかしら。あの時は本当に大変だったから。パパ…じゃなくお父さんはなんにもおっしゃらなかったけど私は激おこぷんぷん丸だったぞ?」
「あ…なんかごめん…」
そういえばあの時のおじさん…私に一言もしなかったな…ただ
「こんごうはいい子だ。彼と同じく決して何の意味もなく人を殴ったりする子ではない。」
っとそっと頭をなでてくれて…なんか恥ずいな、これ…
っていうかあい…まだおじさんのことを「パパ」と呼んでいるんだな、お前…
でも私には今のあいの意図が分からなかった。どうしてあの「赤座小鳥」にまた接続するのか。
確かにあいつのことをあいはすごく好きだった。元女優の母の影響なのかあいもその業界に憧れていて特に同年代の赤座とあの「青葉海」のことが一押しだったのを幼馴染の私はよく知っている。
だからあの事件はあいにとってショックだった。自分の大好きな赤座が集団で女の子一人をいじめたりする子ということを知ってあいはすごくがっかりして悲しんでいた。だとしても赤座のことを学校から追い出す時はきっと苦しかったんだろう。
でもそれが赤座と再び接することの理由にはならない。せめて私はそう思っている。
「私は反対だ。あれはもう災しかもたらさない「疫病神」だ。今更あいつのことをなんとかしてあげる義理なんてない。」
冷たいと思われるかも知れないがこれはあくまでも正確な判断による意見。
私は今更あいつと合う必要はないとあいの意見に反対の考えを示した。
「赤座のことが嫌いってわけではない。だが知っている通りにあいつのせいで学校はおかしくなった。それをまた呼び戻してまた混乱を起こす必要性は微塵も感じていない。」
それに私達はもう3年生。私は私のことはともかくあいにもっと自分の将来や未来のこととちゃんと向き合ってもらいたかった。
「あいはやっと自分の道に足を入れたところだからもっと自分のことを大切にして欲しい。確かに赤座のことは気の毒だが私にとってあいが自分のことを放り出すまで危険を冒す必要はない。やっと静まったところでなんでいきなり…そんなのやぶ蛇になるだけに決まっている。私は絶対反対だ。」
わざわざ寝た子を起こす必要がどこにある。私はただあいにこのまま無事に卒業して着実に自分の未来に向けて欲しいだけだった。決してあいの意見にケチを付けたいわけではない。
「そうね…」
じっくり私の話を聞いて少し考え込むあい。
でもあいにとって私から反対することなんて既に想定内のことだったようにその透明な顔に戸惑いの色は一点も存在しなかった。
「でも私はどうしてもこの計画にはこんごうとことりちゃん、そして同好会の力が必要だと思うから。」
やがてあいの口から飛び出したその名前を聞いた時、逆に戸惑わせられたのはむしろ私の方であった。




