第230話
いつもありがとうございます!
ちょっと古いけど人間味溢れて趣がある小さな家。
一階にはリビングとお母さん、お父さんの部屋、台所とお父さんの書斎があってその上の二階には私の部屋があります。更に上には屋根裏もありますが今はただの物置扱いです。
でも二階にあるのは私の部屋と物置の部屋だけではありません。実はもう一つの人が暮らしていた部屋があります。
それは子供の時、お母さんがゆりちゃんのために用意してくれた「ゆりちゃんの部屋」です。
そして私は今
「おやすみなさい。みもりちゃん。」
中学校以来、初めてゆりちゃんの部屋で同衾することになりました。
お母さんが私達のために用意してくれた夜食を食べた後、積もった話は起きてからすることにして早速休みことになった私達。
列車からずっと寝ている会長さんと護衛の薫さん、そして先輩から会長さんのことを頼まれた青葉さんは今私の部屋で、そして私とゆりちゃんはその隣のゆりちゃんの部屋で寝ることになりました。
実家の部屋に比べて大分ちっちゃくて狭い部屋。
でも
「ここならいつでもみもりちゃんのところに会いに行けますから。」
っとこの場所を大切にしてくれました。
まあ、殆ど私の部屋で一緒に寝ちゃったんですけどね…
家で使っているお姫様向けのベッドじゃなく普通なセミシングルベッド。部屋に飾られているいくつかの写真は私との思い出を映しているもの。
窓からは眠っている街の明かり達がほのかに見えていてとてもロマンチックです。
派手好きのゆりちゃんにしてはちょっと地味な部屋かも知れませんがゆりちゃんはこの部屋にいると心がそっと静まって落ち着くっとよくそう言ってくれました。
「狭くないですか?みもりちゃん…」
「ううん。大丈夫。」
自分の方にぺったりくっついてもぞもぞしている私に何か不便なところはないかと聞くゆりちゃん。
まあ、確かにゆりちゃん一人で使っていたベッドを二人で使うってのはやはりちょっと狭い感がありますがそれでも私は今結構いい感じだと思います。
だってゆりちゃんがああなってから一度もこうやってお互いの体を密着して一緒に寝たことがありませんでしたから。
だから今こうやってお互いの体を触れ合って体温を交わしていることが…って
「ええ…!?ゆ…ゆりちゃん…!?」
「あ…すみません…つい手が…」
いきなりお股の方から感じられる触り感にびくっと体を震えながら驚く私に今の行動を謝るゆりちゃん。
ゆりちゃんはなぜか私のあそこのところを右手でなでつけていました。
「ごめんなさい…なんか日頃の癖とかが残っているようで…」
何の癖なんだよ!?でも今日は特別に見逃してやろう!!
たっく…びっくりしました…いきなりあんなところを触られるなんて誰でも驚いちゃうんじゃないですか…?っていうかついって何だよ、ついって…
「本当にごめんなさい…私の体はまだみもりちゃんの体を貪っているようです…」
「そ…そう?」
ん…嬉しいような、そうじゃないような…でも一応喜ぶところなのかな…?ここは…
「やっぱりみもりちゃんには苦手ですよね?こういうの…」
っと普段の自分は私にとって迷惑にしかならないんじゃないかと聞いてくるゆりちゃんでしたが
「ううん。いいよ、別に。」
私はこういうのもゆりちゃんの私への愛情表現の一つだと思って子供の時からあまり気にしてない、むしろちょっと嬉しいって思っていました。
いつも私のところに寄ってくれて傍から私のことを守ってくれた大切な幼馴染。
私への「大好き」を惜しまず全部出してくれたその可愛い女の子のちょっぴり激しい愛の表現は決してそんなに嫌なものではありませんでした。
私のことならどんな些細な事でも知りたがってくれて自分のことより私の方を優先してくれるその優しさはたまに心配になるくらいでした。
でも
「みもりちゃんは私の生きる意味ですから。どんなことがあろうともみもりちゃんへの私の気持ちは変わりありません。」
っと自分の人生の中で最も大切な存在として私のことを言ってくれた時は本当に嬉しくて涙まで出ちゃったんです。
まあ…たまに人前で脱がそうとしたり関節技とか仕掛けて触ったりするのは勘弁して欲しいですけどね…私だって人前で肌を出すのは嫌ですしゆりちゃんは力持ちだからそんな技とか掛けられたら普通に痛いですから…まあ、スカートの中にこっそり下着を履いてなかったりするのはそれなりにスリルがあってちょっと癖になりそうかも知れませんが…って何言わせているんですか!?
と…とにかく今までゆりちゃんのことを迷惑だと思ったことはないから…!だから自分のことをそんな風に思わないで欲しいということです…!
「そうでしたね…良かった…」
「うん。だから自分のことを迷惑とか言わないでね?私はむしろゆりちゃんに何も報えなくてごめんって思っているから。」
「そんな…!そう思わないでください…!私はみもりちゃんがいてくれたこそ今までずっと頑張って来られたんですから…!」
自分の傍にいつまでもいてくれればこれ以上望むことはない。
ゆりちゃんは私から欲しい見返りはそれだけで十分だと言っていました。
「あなたは今まで一度も自分の意思で私の傍から離れたことがありませんでしたから。っとか言っても私は割りと結構ありましたよね…」
「あはは。でも殆ど私が原因だったからそれももういいよ。」
「そ…そうですか?ありがとうございます…」
子供の時は二人入っても余裕だったセミシングルのベッド。
今は私も、ゆりちゃんもこんなに大きくなってお互いの体をぴったりとくっつかなきゃならなくなったんですがそのおかげで私は今のゆりちゃんの体を前よりもっと知ることができました。
伝わる体温と鼻をくすぐる百合花の匂い。そして私を引き寄せてくれる腕の頼もしさと流れてくるがっしりした気持ち。
その全てが今私をこんなにも強く抱きしめてくれていることがどうしようもなく心地よい。
私はふといつまでもこうしたいっと密かにゆりちゃんの心に甘えてしまったのです。
「そういえばこの前、少し変わった夢を見たんです。」
「変わった夢?」
その中でゆりちゃんから言い出した考えもしなかった「夢」という話題でした。
「変わった夢って…どんな夢だったの?」
っと言われた時、実は私もちょっとだけ似たような経験があったことを私自身は思いつきました。
それはもろに万が一のもしもの世界って言えないものでもないある程度の現実味を帯びていた世界。
私の嫁さんはそこで過去から来た私のことを笑顔で迎えてくれました。
左手の薬指に嵌められていた結婚指輪。そして膨らんだお腹とそれを幸せそうに見つめていたゆりちゃんの幸福の表情。
その全てを初めて接した時、私が感じたのは他ならでもない絶望という気持ちでした。
ゆりちゃんは、私の大切なゆりちゃんは私が幸せにしてあげたかったのにもう他の人の伴侶になっていて子供までできていた。そのことはなんだか簡単には受け入れられない実に現実的で辛いものでした。
祝福してあげなきゃとは思っていましたが私は素直に喜べなかった。今もその事実に後ろめたい気持ちを抱えている私です。
でも
「愛しています。旦那様。」
最後のそれを聞いた瞬間、目が覚めた私は
「あはは…何…?今の…」
あまりにも呆れてしまってつい笑っちゃったんです。
今自分が見たのは一体何?ってこともありましたがそれ以上の感情。それはゆりちゃんのことは決して他の人に渡したくないという気持ちでした。
ずっと一緒にいると約束したから。私が守ってあげるって約束したから。
だから私が幸せにしてあげたかったんです。誰の傍ではなく私の傍でゆりちゃんを幸せに。
後でそれがクリスちゃんがやったことで私とゆりちゃんの夢の中から何かの繋がりを作りたかったといいうことが分かった時は
「ええ…!?じゃ…じゃあ、クリスちゃんも一緒の方がいいよ…!」
っとひたすら私とゆりちゃんだけを心配するクリスちゃんにそう言っちゃったんです。
でもクリスちゃん…そんなに気にしないでって顔になって
「いいえ。今回はみもりちゃんと緑山さんの方が大事ですから。私はその次でいいです。」
って言われて…
なんか言葉で出てませんでしたよね…クリスちゃんにあんな顔されちゃって…
ゆりちゃんのこともすごく心配ですけどやっぱりクリスちゃんのことも放っておけないんですよ…
やっぱり学校に戻ったら一度ちゃんと話し合った方がいいかも…
ところでゆりちゃんが見たという夢ってもしかして…
「なんかみもりちゃんが他の人の嫁さんになってたんですよね。」
やっぱり!!
「もうお腹もかなり膨らんで子供の名前まで考えてたんです。私が考えてた「ミユ」ちゃんって名前で付けるって言われた時、なんか悔しくて涙まで出ちゃったんです。でもみもりちゃんがあんなに幸せそうな顔をしていてどうしてもみもりちゃんの前では泣けなかったんです。」
内容までそっくり…!クリスちゃん…!なんで私達に同じ夢を見せちゃったの…!?っていうか今度は私の方が嫁さんになったの…!?私、別にそういうことに興味とかないから…!
あ…!特に嫁さんが嫌ってわけではありません…!ただ自分には男の人とかあまり縁がないっていうか想像がつかないっていうか…!
と…とにかくゆりちゃんも夢の中で私と同じ気持ちをしたってわけですね…!それは大変だったんですよ…!なんかもう泣きたいのにゆりちゃんがあまりにも幸せそうだったから泣けないってのは…!
それでゆりちゃんはどうしたの…!?私は…じゃなく…!私だったらきっと…!
「なんかムカついて相手のことを聞きました。一発ぶん殴ってあげようと思いまして。」
そうですよね!!だってゆりちゃんですもの!!きっとそうですよね!!
でもなぜか怒っているわけではないほっとするような表情のゆりちゃん。
ちょうど前だったらきっと大騒ぎになったかも知れないその夢を見てもゆりちゃんは自分にこんな顔ができたのは最後の私からの一言だそうです。
でもそれは私が夢が覚めるその直前に聞いたことと全く同じことだったので私はクリスちゃんが本当に私達のために頑張ってくれたことを改めて分かるようになりました。
「みもりちゃんが言いました。この子は私とみもりちゃんの愛の結晶と。二人でずっと夢見てきた未来に繋ぐ私達の希望だと。その同時に気づいたんです。あ、やっぱり私は誰にでもみもりちゃんのことを奪われたくないって。」
「ゆりちゃん…」
そう思ったのはところまで私と同じ。
改めて自分の心を確かめることができたゆりちゃんはその夢に心から感謝していると言いました。
「後から聞いたところによるとあれは黒木さんからの気遣いだったんです。私とみもりちゃんの間に何かきっかけを作りたかったと。それはとても嬉しいですが私は黒木さんがあんな風に自分の心を押し殺すのはよくないと思って今度ちゃんと話し合ってみようと思います。」
そこも同じなんだ…
クリスちゃんに対して悪いって気持ちを抱えているのも確かな事実だそうなゆりちゃん。
でもそのクリスちゃんの頑張りのおかげでゆりちゃんは色んなことに気づくことができたそうでした。
「あの日のことと同じです。みもりちゃんから初めてのキスをもらった時のようにあの夢を見て私、何だ…やっぱり私はみもりちゃんのことが好きではなかったんじゃないですかっと思ったんです。」
愛しているこそ感じられる妬みと悔しみ、そして挫折感。
あの日、私が感じたその全てはゆりちゃんにも同じく訪れたものでした。
そしてありえないほどの安心感を与えてくれたその一言も。私達はちゃんとお互いの心に繋がっていました。
「だから私にそう言ってくれて本当にありがとうございます、みもりちゃん。例え夢の中でもゆりは本当に嬉しかったのです。」
っとずっと私にお礼が言いたかったとその時の感謝の気持ちを表すゆりちゃん。
そんなゆりちゃんに私もまた
「うん。私もありがとう。」
こんな風に自分の心をゆりちゃんに素直に聞かせてあげました。
「なんかちょっと眠くなったかも…」
なんかたくさんお喋りしましたね。最近あまりゆりちゃんとお話する機会がなかったからちょっと話が弾んじゃったかも。
でもなんかそろそろ目が…閉じてきて…ちょっと眠くなって…でもまだお話したいことたくさんあるのに…
そんな私を見てゆりちゃんはこの辺で今日の一日という区切りをつけようとしました。
「うふふっ。そろそろ寝ましょうか。午後には青葉さんと会長に私達の街をご案内しながら私達の思い出探しをする予定ですからしっかり休んでおかないと。」
「そ…そうかな…」
午後の予定…起きたらまずゆりちゃんちのところに行っておばさんに挨拶をして青葉さんと会長さんに私達の街を紹介するために街に出る…
それから街をぶらぶらしながらゆりちゃんのためにヒントになりそうな思い出の場所とか行ってみたりして…
「もう。そろそろ休もうって言ってたのにまた何か考えてるんですね?みもりちゃん。誠実なのは結構ですが休憩を疎かにするのはNGですからね?」
「うん…そうだよね…」
「ほら、ゆりがトントンしてあげますから。」
「うん…ありがとう…」
っともう半分くらい気が抜けている私を抱きかかえて背中を軽く叩き、なでおろしてくれるゆりちゃんの手にまぶたの重さはどんどんその重さを増していきました。
「うふふっ。もうほぼ眠りましたね、みもりちゃん。赤ちゃんみたいでとても可愛いです。」
「え…?なんか恥ずかしいよ、その表現…っていうかそれ、完全に先輩のセリフ…」
もはや自分の力にはどうにもならないほど重くなった目の帳。
その向こうからちょいちょい聞こえるゆりちゃんの話に私は適当に喋っていますがもう眠すぎて自分が何を言っていたのか意識がぼんやりしてあまり覚えてませんでした。
でもこれだけははっきり覚えています。
「ありがとう。みもりちゃん。」
遠いくなっていく意識の向こうから何故か私にお礼を言っているゆりちゃんのこと。
その時、私は私がゆりちゃんに何かお礼をされることを言ったのかはっきりとは覚えていませんでしたがその時のゆりちゃんはなんだかとても幸せで嬉しそうな顔をしていました。
まるで自分の人生や今までの悩みを全部報われたようなスッキリして幸福の色をついている顔。
私はゆりちゃんのその顔を最後にそのまま夢の中に旅立ちました。




