第229話
明日はまた試験です。緊張はしてませんがどうかいい結果を残したいですね。
いつもありがとうございます!
家に着いた時は3時がちょっと過ぎた頃でしたがお母さんはまだ寝てませんでした。
久しぶりに家に帰ってくる娘とその幼馴染、そして同じ学校の特別なお客さん達のために仕事から帰ってきてから夜食を作ってずっと待っていたくれたお母さん。
久しぶりのお母さんは相変わらず優しくて穏やかな笑顔で私達を迎えてくれました。
「お帰り!みもり!ゆりちゃん!」
車から下りた私とゆりちゃんを思いっきりギュッと抱きつくお母さんの温かい腕。
そのほっとする温かさに私は少し冷えてきた体を温めながら
「うん。ただいま。」
やっと帰ってきたっという実感を満喫しました。
私の拡大版だと言っても過言ではないほど私とお母さんは結構似ています。
長くてしなやかな黒髪。元水泳選手としてよく仕上がっている体。
何より
「ほ…本物のうみちゃんとセシリアちゃんだ…」
アイドルなら目がない性格。
私のアイドル好きの成分はお母さん譲りだったかも知れないと私はそう感じてしまいました。
「初めまして。「青葉海」と申します。娘さんにはいつもお世話になっております。」
疲れた様子もなくにっこりした笑顔でお母さんに挨拶する青葉さん。
青葉さんには一度うちのお母さんが青葉さんの大ファンだってことを言っておきましたが
「と…尊い…」
どうやらお母さんにもう限界がきたようです。
「あ…!ご…ごめんなさい…!みもりの母です…!初めまして…!」
そしてやっと青葉さんに自分のことを紹介するお母さんのことに私はつい笑いがこみ上げるようになっちゃったんです。
「お母さん、緊張しすぎー」
「だ…だってうみちゃんだよ…!?みもりは慣れているかも知れないけど…!」
もはや尊すぎて目も当てられない状態。
そんなお母さんの緊張を少しでも解すために青葉さんは
「あははっ。みもりさんからお母様が私のファンだって話はかねがね聞いていました。私のデビュー頃からずっと応援してくださったようでむしろこちらから感謝の言葉を言わせて頂きたいです。」
っと今までずっと支えてくれたお母さんの応援に感謝の気持ちを表しましたが
「い…いえいえ…!光栄の至りです…!」
それはむしろお母さんをもっと低くさせてしまいました。
「あの…!握手とかいいんですか…!後写真とかサインも…!」
「お母さん、注文多いって。っていうかなんか娘のことより喜んでいるじゃないの?」
「そ…そんなことないって…!」
いや…絶対そうしているし…
「あははっ。はい、もちろんです。ぜひそうさせてください。」
「ほ…本当ですか…!?やった…!」
絶対そうしているし…
「もう…お母さんって娘が来たのに青葉さんばっかり…もういいよ…入って休む…」
「ごめんごめん…!嬉しくてつい…!お母さん、頑張って夜食も作っといたから…!皆も早く上がってて…!」
すねた口ぶりでぶつぶつ文句を言う私のことをなだめてやっと家の中に皆を案内してくれるお母さん。
別にすねてないし…
「ゆりちゃんもごめんね?おばさん、あまりこういう危機がなかったからつい興奮しちゃって。」
「いえいえ。お気持ちは分かりますから。」
「えへへ、ありがとう。ゆりちゃん、前よりちょっと背伸びたんじゃない?もうすっかり大人だねー」
っと久しぶりに再会するゆりちゃんを嬉しく迎えてくれるお母さんでしたが実はお母さんはまだ私とゆりちゃんの中に起きたことを知りませんでした。
変な心配を掛けたくないってわざわざ黙っていた私のことを分かってくれたゆりちゃんもおばさんやうちのお母さんにこの前までのことを言ってなかったようです。
揉めたことでもないのになんだかお互いのことを遠ざけ合っていることをお母さんや皆が知ってしまったらきっとすごく心配する。
私はできるだけ今の状況をそのままほっておきたかったんです。
「2ヶ月くらいしか経ってないのにうちってこんな感じだったんだ…」
玄関を通って家に入った私は産まれたからずっと住んでいた大切な住まいのことを見てつい新鮮な気分になってしまいました。
きれいに整っている玄関は私を迎えてくれて中の親しくてほっとする雰囲気は別のところで生活していた私の苦労をねぎらってくれる。
離れてから変わったことは一つもないのにこの見慣れた風景を見ているとどことなく不思議な気分になってしまい、一歩中に足を踏み入れれば温かい住まいの心地よさが私をそっと包んでくれる。
華やかではなくてもいつでも私を温かく迎えてくれる大切な場所。
私はこの場所のことがどうしようもなく大好きだったんです。
「お帰り、みもり。」
そしてそんな私を後ろからギュッと抱いてくれるお母さんのこともまた世界一で大好きでした。
「うん。ただいま。」
2ヶ月ぶりの再会。
後ろから感じられる体温とほんのりした化粧品の匂いに包まれた私はもうちょっとだけそのままお母さんの中に抱えられるようにしました。
「部屋に荷物置いて下に来てね。セシリアちゃんはみもりの部屋で寝かせて。」
「うん。分かった。薫さん、こっちです。」
「はい。」
列車からずっと眠っている会長さんと挨拶できなかったことをすごく惜しんでいたお母さん。
そんなお母さんを朝になったら大丈夫って慰めた後、会長さんを寝かすために会長さんを背負っている薫さんを部屋まで案内することになった私でしたが
「そういえばゆりちゃん以外の人って久しぶりかも…」
まもなく自分の部屋に人を入れることについて地味な緊張感を感じてしまいました。
「なんか恥ずかしい…」
特に変なところがあるわけではないんです…けどなんか自分にも忘れている何かが飛び出してしまうかも知れないっていうかあまり人に見せるのが慣れないっていうか…
「虹森さんの部屋なんてちょっとわくわくするね。」
「ええ…?そんな期待されても普通な部屋ですから…」
青葉さんもなんか色々期待しているようですが残念ながら私の部屋に青葉さんの期待に応えられる要素なんてあまりないと思います…
だってただのどこにもある普通な女子高生の部屋でそれも長い間空けっぱなしだったから結構散らかっていると思いま…
っと思ってドアを開けた瞬間、
「全部片付いている…」
私は予想とは違ってきれいになっている部屋の状態にびっくりしてしましました。
机の上も、棚やチェストの中も全部私が住んでいた時と同じくきちんと片付いていて2ヶ月の間、部屋を空けていたことまで忘れてしまうほどの完璧な状態。
枕や布団も選択済みでふかふかしててすごく気持ちいい。
一点のホコリさえ見つからないほどきれいに掃除もできている私の部屋。
それはお母さんとお父さんがいつ私が帰ってもいいように毎日私の部屋を掃除してくれていたということでした。
毎日愛娘のことを想いながら部屋を掃除してくれたというお二人さんの優しい気持ち。
私は自分は本当に周りから愛されているってことをこの部屋を見て改めて感じられるようになってしまいました。
「虹森さんのご両親は本当に優しい方々だね。」
っと言った青葉さんは私のことをこう話してくれました。
「私、どうして虹森さんがあんなに世話好きでいい人なのかちょっと分かった気がするよ。」
私は青葉さんが私の両親のことも、私のことも気に入ってくれたのがすごく嬉しかったのです。
「それにしてもまさに女の子の部屋って感じね。可愛い。」
「普通じゃないですか…?ゆりちゃんの部屋の方がもっとおしゃれで可愛いし…」
っと青葉さんは私の部屋のことを女の子の匂いがしていて趣があるって言ってくれましたが私的には青葉さんや会長さんがお泊りするのにはちょっと物足りないかなって感じています。
ベッドも、机や押入れも全部昔から使ってきたものですし持ち主の属性をそのままそっくり写したようなまあまあって感じで…
本当にここでいいんでしょうか…
「ううん。ここがいいの。ね?緑山さん。」
っとついに話をゆりちゃんの方に振った青葉さんはゆりちゃん自身にこの部屋の感想を聞きました。
でも青葉さんからの質問になぜかずっと沈黙を保っていたゆりちゃん。
そんなゆりちゃんを振り向いた時、私は
「はい…とても懐かしくて愛しいです…」
っと急に湧いてきた思い出に目が潤ってきたゆりちゃんのことを見られました。
「思い出します…ここがみもりちゃんのお部屋…ここで私達はたくさんお喋りしました…」
記憶の引き出しの中にしまっておいた何か大切なことを思い出したようなゆりちゃん。
そう回想している時のゆりちゃんを見た瞬間、私はなぜか急に去年までの時間に引き返したような気分になってしまったのです。
「みもりちゃん♥ここ、教えてください♥」
「ええ?ゆりちゃんの方が私より断然勉強できるじゃん。っていうか何よ!?保健体育って!?」
「うふふっ♥みもりちゃんの体でじっくり教えてくださいね?♥」
っとか言ってすぐ私に抱きついてくるゆりちゃんとの中学校最後の冬。
あの時は随分ひどい目に遭ったと覚えていますがとにかくそれも含めてこの部屋でのことも、この家や街でのことも、ゆりちゃんと一緒だったことは私にとってかけがえのないものでした。
そんなに時間が経ってことでもないのについ去年のことまで忘れてしまうほど私達は急いで来たということでしょうか。
今は分かりませんがとにかくこの部屋に入ってくることで今ゆりちゃんの中から何か大切なものが蘇ったことだけは私はなぜか直感していました。
だってそれは私も同じ気持ちでしたから。
私はゆりちゃんには聞こえないくらいの小さい声で
「お帰り、ゆりちゃん。」
こっそりゆりちゃんのことを迎えました。
「荷物置いたら下に行って簡単に夜食でもしましょうか。あ、会長さんはベッドに寝かせてもいいです。」
「虹森さん、なんかエッチなおもちゃとかない?」
急に何言ってるんですか!?この人!?女の子の匂いがする素敵な部屋って今言ったくせに!?
「あははっ。別に悪いことでもないじゃない。私だって一つや二つくらいは持っているし。」
「ええ!?そうですか!?」
着替えなどが入れているカバンを床においたところでいきなり秘密の告白タイムに突入する青葉さん!
っていうか青葉さんみたいな人だってやっているんだ!!
私…青葉さんみたいな人はそんなの全然興味ないって思ってたからちょっとびっくりしました…!
「私のことを何だと思っているのよ、虹森さんって。私だって好きな人くらいはちゃんといるし普通に性欲もあるから。」
「あ…なんかすみません…」
っと青葉さんは普通なことよって平然と言っていますが本当に驚きましたね…
でもよく考えてみればそうですね。青葉さんだって普通の16歳の女の子ですもの。「伝説の歌姫」とか「天才歌劇少女」とかで呼ばれても中身は私達とそう変わらない。
その当たり前なことに改めて自分の未熟さに気づいてしまう私でした。
だとするとオカズはおそらく先輩…
ん…このことは私の中だけにしまっておきましょうか…
「っていうかお…おもちゃって言っても一つもありませんよ…あったところで人前で見せるもんじゃないですし…」
「あ、そうか。まあ、虹森さんには特に要らなさそうだし。」
どういう意味ですか…?それ…
「それにしてもさすがに5人ならちょっと狭いですね。」
「そうだね。私、他の部屋でも構わないから。」
「そうですね。」
私の部屋にこんなに人が入ることなんてめったになかったので気づいてませんでしたがさすがに5人になると部屋の面積がちょっと足りないって感じになっちゃいますね。
会長さんはもうベッドで寝ていて薫さんも会長さんの傍から離れられないしここを使わせたのが良さそうですし。
それに青葉さんは先輩から会長さんのことを頼まれたからあまり会長さんのところから引き離したくないですね。
となると余った部屋は物置と…
「後はゆりちゃんの部屋かな…?」
っと思った私はこの二階にあるもう一つの部屋に考えが付きました。




