第227話
いつもありがとうございます!
「ただいまー」
「あ、ことりちゃん。おかえりなさい。」
お姉ちゃんと約束で予定時間より帰宅が遅くなったのにまだ寝ずに私のことを待っていてくれた優しい先輩。
先輩は私の顔を見るなり、私の手をギュッと握りながら
「遅いから心配してたんです。駅まで迎えに行こうとしたところだったんです。」
一息ついたって顔で私の帰宅を喜んでくれました。
出かける支度まで済ませておいた先輩。
ただの居候に過ぎない私のためにここまでやってくれる先輩のことが嬉しいような申し訳ないような複雑な気分…
でも私は先輩のこういう温かい心遣いがとても大好きだった。
「お腹は空きませんか?ちょっと待っててくれればすぐ温めてきますから。」
「あ、大丈夫です。お姉ちゃんと一緒に食べましたから。」
早速食事のことから聞く先輩。
先輩のご飯は本当に美味しくて大好きだけど今日はお姉ちゃんと食べてから今日の食事はもういい。
「そうですか。お姉さんとの時間は楽しかったんですか?」
「はい。いっぱい話しましたから本当に楽しかったです。」
「それは何よりですね。」
床にカバンを置く私。
私は先輩から入れてくれたお茶とお茶菓子を添えて少し先輩に今日のことを話すことにした。
「今日は動物園に行ったんです。お姉ちゃん、動物園が大好きですけど忙しいからあまり行く機会がなかったんですから。あ、先輩が作ってくれたお弁当もすごく美味しかったです。お姉ちゃんとも美味しいって言ってくれて。お料理作ってくれて本当にありがとうございます、先輩。」
「いえいえ、どういたしまして。実はことりちゃんのお姉さんの好きなものは全部入れ込んだつもりでしたけど喜んでくれるのかはちょっと不安だったんです。」
先輩はそうやって自分のお弁当に少し不安な気持ちを抱えていたようだったがお姉ちゃんからの評判は実に高かった。
「え!?なにこれ!?こんなに美味しいお料理初めてかも!本当にお姉さんが食べてもいい!?お金とか払わなくてもいい!?」
っと先輩のお料理に感動したお姉ちゃんは普段の少食にも関わらずお腹がいっぱいになるまで食べ尽くしてしまった。
メインのサンドイッチとデザートのフルーツまで完璧備わった愛情たっぷりの先輩の手作りお弁当。
普段少食をなしている私達姉妹はお母さんから作ってくれたようなその温かいお弁当を夢中になってその場で全部片付けてしまった。
それほど先輩のお料理は世界一と言っても過言ではないレベルのものであった。
「そんなに喜んでくれてなんか照れちゃいます…」
私から褒めすぎたせいかいつもの「えへへ…」って顔で照れてしまう先輩。
私は先輩のこういう純朴で可愛いところが大好きであった。
「でもお姉さんと二人きりで動物園ってなんだか微笑ましいですねー私もよくセシリアちゃんが連れて行ってくれました。」
ふと動物園に関わる会長との思い出を振り向く先輩。
その表情から溢れる懐かしさと会長への愛情はつい心がほぐれてしまうほど微笑ましいことだったが私はなんだかそういう顔をしている先輩の顔が合わせづらく感じてしまった。
会長が先輩のことを昔からずっと好きだったのはよく知っている。普段何でも全部知っているような顔をしているあの人が先輩の前ではすぐ恋に落ちた乙女みたいな顔になってしまうから。
去年まで会長はほぼ学校にも来られなくなったほど大忙しだったが週末には大体先輩と一緒だった。先輩のためにわざわざスケジュールを空けて時間を作ってくれた会長は先輩を色んなところに連れて行ってくれた。
でもそれは単に会長が先輩と一緒にいたいということだけではなく会長なりに先輩を励ましてあげたい心遣いの一つだと私はよく知っていた。
去年、私のせいでめっちゃくちゃになってしまった学校。その中で先輩はうみっこのことや同好会のことで苦しい毎日を送っていた。
日々着実に溜まってゆくとてつもないストレス。潰れそうなプレッシャー。同好会から、いや、先輩の傍からうみっこが離れたから先輩の精神的な苦痛と負担は毎日を新たな新記録を更新していた。
いつ崩れてもおかしくないその状況で先輩を全力で支えてくれたのが会長。
会長は私だけではなく私の大切な先輩もずっと傍から守ってくれた。そして先輩から離れたうみっこのこともずっと気にしてくれた。
いくら恩返ししても返し切れないほどの恩を会長にもらったおかげで私は危うくてもギリギリな学校生活が続けられた。
だから会長も、先輩も、うみっこも皆自分の望んだ形でその好きな気持が報われたらっと心から願っていた。
でも会長が能力のことで記憶を失われたと聞いた時、私はまた何か重要な歯車が食い違っていることを気づいてしまった。
何か嫌な予感。会長は決して自分の私利私欲のために能力を使ったり人ではない。あの人はうみっこみたいにかっこよくて先輩みたいに優しい人だからいつも自分のことより周りのことを優先していた。
そんな会長が学校のことところかまさか先輩のことまで覚えてないとは…ワガママというのは分かっていたがそれでも誰か夢だと言ってくれたらと心底からそう祈ってしまった。
何か嫌なことが起きていることを薄く気づき始めた。去年のことのように私達の知らないところで何か起きているっとしか考えられなかった。
長期出張から帰ってここ最近ずっと私と一緒にいるお姉ちゃんのこともこれと関係があるってお姉ちゃんの口から直接言われたからその嫌な予感はどんどんその正確度を増していた。
「ことりは何も心配しなくてもいい。お姉ちゃんが全部解決してあげるから。」
お姉ちゃんに何度もこのことに関して聞いてはみたがお姉ちゃんはただそう言いながら私を今回の事件から離そうとするだけであった。
「もう二度とことりにはそんな辛い思いはさせない。「赤座組」のボスとしてじゃなくことりのお姉ちゃんとして全部お姉ちゃんが最初から全部叩き直してやるから。」
お姉ちゃんが何か重要なキーを持っているのは分かっている。でもお姉ちゃんはこれ以上、私の巻き込みたくないと私の知りたい権利までねじ伏せて今回のことから私を遠ざけた。
これがお姉ちゃんの思いやりなら素直に受け入れる。でも私には私なりのやるべきことがある。
うみっこに謝って自分の罪を悔い改める。そして歪んだ学校を正しい方向へ立ち直して食い違ってしまった学校生活を最初からやり直したい。
例えそれがうみっこだけではなくたくさんの人達から嫌われることになっても私は自分の過ちを皆に許されたかった。
だから私は独自に動かせてもらうことにし、少しずつ情報を集めていた。
幸いお姉ちゃんは私のこの気持ちを理解してくれた。必要となったらまた転校の手続きもしてくれるって言ってくれた。
そのうち、先輩にも紹介するって思っていてお姉ちゃんも妹がお世話になっているからせめて挨拶くらいはしなきゃっと先輩と合うことを結構期待していた。
先輩は誰も好きにしてくれる人だからきっとお姉ちゃんのことも気に入ってくれるはず。紹介するのが楽しみだ。
「あ、そういえばうみちゃんはもう向こうに着いたそうです。無事に到着して良かったですね。」
「そうですか。」
うみっこは今日から会長と一緒に同好会の後輩の実家で週末の間休むことになった。
先輩がよく話してくれた「みもりちゃん」って後輩らしいが聞いたところによると1年生だけどうみっこと結構仲がいいだそうだ。
うみっこ、有名人だからなんか近づきにくいってイメージがあるのにあの「みもりちゃん」って子、よくうみっこと友達になったもんだ。
先輩の大切な後輩だからきっとすごく優しくていい子なんだろう。良かったら私にもお友達になって欲しいかも。
「そういえばあのマネージャーちゃん…名前とか聞いたなかったんだ…」
ふと思い出すこの前、学校に行った時、同好会で出会った黒髪の1年生の子。
パーッとした華やかなところはなかったがなんだか人を和めるようなそのほっとする雰囲気がとても温かくて印象的だった彼女は結局最後まで私に付き合ってくれた。
ドタバタのせいで名前を聞かなかったことがとても残念だったので今度出会ったらちゃんと名前を聞こう。
普段私のことに気を使ってうみっこの話を控えている先輩だが今回は多分私にうみっこは大丈夫ってことを教えてあげたかったって私はそう思う。
せっかくの機会だしうみっこにはぜひしっかり休んでもらいたい。入学してからずっと無理しっぱなしだったから一度くらいは羽根を伸ばしてゆっくり休んで欲しい。
もちろん一緒に療養に行った会長にもパーッと楽しんでもらいたい。
でも私は本当は休みの時間が必要なのは先輩の本人ではないかと思っていた。
「え?私ですか?」
本当のことを言うと最近の先輩は無理をしていた。
会長が記憶を失うようになってから日常生活の殆どを会長のスケジュールに合わせた先輩は会長がいるところならどこにでも一緒だった。
寮ではルームメイトのあい先輩がいるから一安心だったが会長は夜中にもよく先輩に電話をかけて
「みらい…会いたい…今来てくれる…?」
って子供みたいなことを先輩に頼んだりした。
その度に先輩は
「はい、もちろんです。ちょっと待っててくださいね、セシリアちゃん。」
っと嫌な気配もせずにすぐ着替えて
「ごめんなさい、ことりちゃん。ちょっとセシリアちゃんのところに行ってきます。」
私に家のことを頼んでタクシーで会長のところまで駆けつけて行った。
学校に行って会長が眠るまで会長の傍にいてあげる先輩は学校からお泊りしてそのまま登校。そして放課後には同好会のことや会長の世話、家に帰ってからは私の世話で休む時間もなかった。
毎日ハードなスケジュールをこなしている先輩のために私はなるべく家事は自分がやっておこうとしているが
「ことりちゃんは大切なお客さんですから。」
っとあまり私に家事をやらせてくれない先輩のせいで今のところ先輩がいない間だけにこっそりやっている状況であった。
「ことり、本当は心配なんです…先輩が倒れちゃったりしたらどうしようって…」
先輩はいつも
「マミーは全然平気ですー」
ってなんともないって顔をしているが私には先輩が一人で我慢しているにしか見えなかった。
疲れても、苦しくても周りの人が大切すぎて心配なんかを掛けたくないって何もかも全部自分の中で溜め込んで無理をしていることにしか見えなかった。
「だからせっかくですし土日ぐらいはゆっくり休みましょう。家事は全部ことりがやりますから先輩は休んでいてください。何ならどこか遊びに行きませんか?」
「遊びに…ですか?」
私や皆のために頑張ってくれる先輩は好き。優しくて真面目な先輩はいつでもかっこよくて温かいから大好き。
「でもことりは先輩が頑張りすぎたのせいで倒れちゃったりするのは嫌です…」
今の私に先輩のためにできることなんてそんなにないかも知れない。
でも私は先輩に喜んでもらうためなら何でもやる覚悟ができていた。
先輩はただ私の先輩だけじゃない。私のもう一人のお姉ちゃんでもう一人のお母さんって言っても過言ではないと私はそう信じている。
私のことを、皆のことを今までずっと支えてくれたから私はその恩返しがしたい。
「ことりちゃん…」
だから先輩。もう一人で無理なんかしないでください。
私の気持ちがうまく伝わったのかはまだ知らない。
でも先輩はただ一つ、これだけは約束してくれた。
「そうですね。休みもとても大事なことですから疎かにしちゃダメですよね?」
今度の土日は私と一緒にいてくれることを。
「でもごめんなさい、ことりちゃん…」
「はい?」
急に申し訳ないって顔で私に謝りたいことがあるって話す先輩の話に少し戸惑ってしまう私。
だって先輩が私に謝ることなんてどこにも…
「最近セシリアちゃんのことで少し寂しい思いをさせてしまいましたね…」
「あ…」
そう言われた時、私は自分にも知らなかった自分の気持ちに少なくない驚きと恥ずかしさを感じてしまった。
「そうだったんだ…」
先輩のためとか言ったけど結局私は寂しかったんだ…
先輩がいない部屋のことが、静寂のことが本当に嫌だったんだ…
カッコつけて大人ぶっても結局私はまだとんでもない寂しがり屋で一人では何もできない子供に過ぎなかったんだ…
っと思われた時、私はなぜか先輩の顔がまともに見られなかった。
「もー可愛いですね、ことりちゃんって。そんなにマミーと遊びに行きたかったんですねー」
「べ…別にそういうわけじゃ…!」
っとなんだか恥ずかしい言葉で私を攻めにいく先輩。
でも私の本格的に攻め始めたのは
「こっちにおいでーマミーとギュッとしましょ?」
「く…苦しい…チュン…」
いつものバカでかい肉の塊であった。
「そうですねーじゃあ、明日は一緒に映画でも見に行きましょうか。カラオケはどうですか?あ、駅前に新しいお店ができましたけどそっちにも行ってみたいですね。そろそろ夏の洋服を揃えなきゃと思って。それとー」
早速明日の予定を決め始めた先輩。
そのうかうかする顔から明日への期待感が覗けた私は話して良かったって自分の選択に誇りを持つことができた。
一人で全部抱えて頑張っていても結局先輩だって遊びたいと思う時くらいはある年頃の女の子であった先輩。
その当たり前のことを改めて分かるようになった私は
「もー先輩、練り込みすぎーことりの意見も聞いてくださいよー」
っと明日の予定に胸をわくわくさせている先輩と一緒に明日のプランを練ることにした。
でもその翌日…
「お迎えに参りました。」
突然私達の前に現れた「灰島」専属の使用人。
そのことによって私と先輩が一生懸命考えた計画はもうしばらく棚上げにならなければならなかった。




