第224話
いつもありがとうございます!
「なんだーやっぱりそれだったのね。」
「じゃあ、全然問題ないじゃない」っとのうのうと話している青葉さんですが本当のことを言うとそれは私達にとっては相当な問題でした。
ゆりちゃんだって未だにあんな不安そうな顔で戸惑って…ってなんか嬉しそうな顔をしているような…
「そ…そうですか…?でもそうかも知れませんね。だってあんな風にみもりちゃんの方から触れてくれた時はありませんでしたから…」
っとほんのりした笑みを私に向けるゆりちゃん。
そんなゆりちゃんの話に恥ずかしい気持ちももちろんありませんでしたがそれ以上、あの時のことを喜んでくれたのが私はすごく嬉しかったのです。
「そ…そうなんだ…えへへ…私はゆりちゃんのこと、てっきり怒らせちゃったと思ってたから…」
だって今まであんなことやってあげたことなかったから…なのに急にゆりちゃんの態度が変わったからそれをなんとかするためにってイメージで思われたらどうしようって…これでなんとかできるのかって安直な考えっぽく見えたらって
なんかそういうの…ずるいじゃん…?
「そんな…どうしてそんなことを…」
それは全然違いますっとここ数日の以前にも増したよそよそしい態度について謝るゆりちゃん。
ゆりちゃんはここ最近ずっとこういうのを悩んでいました。
「確かにそういう考え方もありました。どうして今更やってくれたんだろうって…前はあんなに私が欲しがっても全然してくれなかったのに…なんとあざとい人なんだろうっと思ったりしたこともあります。」
「うん…ごめんね…もう本当に…」
っと本当に申し訳ありませんでしたって謝罪する私の話に首を横に振るゆりちゃん。
ゆりちゃんは自分が言いたいところはそこではないと私の話を正してくれました。
「でもそれはきっとみもりちゃんのなりに勇気を振り絞ってくれた証だと私はそう思いました。あなたは私と違ってそういうことをはっきりとは言わないタイプですから。」
「ゆりちゃん…」
そう言ったゆりちゃんはあの時、本当に幸せな気分だったと私の勇気に感謝の気持ちを表しました。
「初めてのキス。私はみもりちゃんが私に許してくれたことがすごく嬉しかったのです。今更なんですが本当にありがとうございます、みもりちゃん。」
「そ…そう言われるとなんかちょっと照れちゃう…かな?」
私のちっぽけな愛情表現のことを心から喜んでくれるゆりちゃん。
でも私はやっぱりそのことによる潔くない気持ちを払い切れませんでした。
ゆりちゃんはそんな形で理解してくれたようですが私はずっとこう後悔していました。もっと前にやってくれたら良かったのにって…
今までずっと一緒だったから全然気づかなかった大切さ。
ゆりちゃんならきっといつまでも私のことをずっと大切にして好きにしてくれると自分勝手に決め込んでいた。
もっとゆりちゃんが欲しがっていた時にちゃんと伝えるべきだった気持ち。その気持ちは今も私の心残りになって私の心を苦しませていました。
あの夜のことは私のゆりちゃんのことを失いたくないという最後の悪あがきかも知れないと私は自分のやったことに胸を張ることができませんでした。
何で大切なものはなくなってから分かるのだろう…そう思った時は私は自分の未熟さを改めて思い知らされてしまったのです。
「でも完全になくしたわけではありませんから。」
「ゆりちゃん…?」
っと私の手を握りながら私のことを励ましてくれるゆりちゃん。
取り合った手から伝わる優しい気持ちに心がぐっとくる。そんな私にゆりちゃんから言ってくれたのは「一緒に頑張りましょう」でした。
「私の方こそごめんなさいでした、みもりちゃん。私の曖昧な態度のせいで混乱させてしまいましたね。私が悩んでいたのはただみもりちゃんもこんなに頑張っているのに何もできない自分のことが不甲斐ないと思っただけです。そんな私があなたにあなたの大切なファーストキスを頂いてもいいのか悩んだこともあります。」
でもゆりちゃんは決して流されませんでした。
今の自分にそれを受ける資格がないと自分のことを責めたりした時もあったけどゆりちゃんは何があっても私のことが好きな気持ちを取り戻したいと強く思っていた故、決して道を外れませんでした。
どんなに大変なことがあってもぶれない大切な気持ち。
この世界に生まれた存在なら誰でも持っているその黄金のようなきらめく心だけはどんなことがあろうとも変わらないものだとゆりちゃんはまた自分を奮い立たせました。
あの夜、私がゆりちゃんに与えた私の初めてから感じた私のゆりちゃんを大切に思っている気持ち。
そこから感じたのはひたすら純粋で純潔な愛情だとゆりちゃんはそう話しました。
「本当はとても幸せでした。あなたの初めての相手に私ができたこと。」
そう言ったゆりちゃんはあの時、自分の胸には新たな愛の種が芽生えた気がしたと話しました。
「でももしよろしかったら今度はちゃんとあなたのゆりが欲しがる時にやってくださいませんか?今度は万全を期して頂きますから。」
「が…頑張ってみるよ…」
もちろん次の約束も欠かさずちゃんとお願いする律儀なゆりちゃんでした。
今日この列車に乗って本当に良かったと思います。もしこの列車に乗ってゆりちゃんとちゃんと話し合わなかったのならゆりちゃんのこういう心のメッセージも聞くことができなかったんでしょう。
どうして急にそういうことを話そうとした気がしたのかは分かりませんがとにかく今のゆりちゃんの考えを知ることができて本当に良かったです。
「これで一件落着ってとこかな。でもまさかキスのことで二人共そんなに悩んでいたなんて全然知らなかったね。可愛いー」
「ええ…!?でも普通に悩んだりしませんか…!?女の子だし…!」
それに私とゆりちゃんはあんな状態でしたから悩むのも当たり前ですよ…!
「まあ、それはそうだけど。でも緑山さん、すごく喜んでいるからいいんじゃない?
それに初めてのことなら他にもまだたくさんあるから。このことを踏まえて次はもっと頑張ろうよ。」
「他にって…」
ゆりちゃんはゆりちゃんなりに満足しているようですが私はやっぱりもうちょっとって名残惜しい気持ちです…やっぱりできればゆりちゃんが欲しいって思っている時にやってあげるべきだったって…
ごめんね、ゆりちゃん…私、もっと頑張るから…
それにしてもキス以外の初めてなんて…青葉さんのことです…この人、見た目と違って言いたいことはずばっと言っちゃうタイプですから…
「例えばそうね。虹森さん。まだしたことないよね?セッ○ス。」
やっぱり!!!
「な…ななな…!何言ってるんですか!?」
「あははっ。そんなに慌てるなって。冗談よ、冗談。」
全然冗談口ではなかったんですけど!?!?
きゅ…急に何言ってるんですか!?この人!?
もちろんある程度予想はしてたんですがさすがに面と向かってこんな話、言われると…!
でも今はそういうところじゃないですから…!ねぇ!?ゆり…ちゃん…?
「つ…次は私も頑張ります…みもりちゃんだけではなく…」
なんか思いっきり照れているし!!
「まあ、いいじゃないーこれでもっと頑張れるきっかけがなったからー」
「ええ!?」
何のんきなことを…!もしかしてゆりちゃんもそう思っているっ…
「みもりちゃんと交尾…じゃあ、例の薬を用意しなきゃ…」
めっちゃ楽しんでいるし!!っていうかその惚れ薬、また使う気!?
***
「そう?」
「はい。」
傍から自分が寝る前まで見届けることにしたその栗色の髪の毛の「人獣」「馬の一族」の少女は数日前のことを虚心坦懐に話そうとした。
こんな状況になっている自分をここまで信頼してくれる彼女のことがどうしようもなく嬉しかったセシリアは誠心誠意に彼女の話に耳を傾けた。
「みもりちゃんの唇が触れた後、私はずっとこう思いました。何だ。やはり好きじゃない、私。みもりちゃんのことがっと。でも眠りにつけないほどずっと悩みました。果たして今の私はみもりちゃんの初めてのキスを頂く資格があるのかっと。みもりちゃんはあんなに頑張っているのに今の私は何をしているんだろうっと。」
今の彼女が直面している状況は自分にも分かりそうな似ているものだった。
頭ではあのみもりって女の子のことが好きなのを分かっているのに心では感じられない。今までの記憶を失った自分と似たように記憶の断面を丸ごと取られてしまった彼女の痛みにセシリアは同感の気持ちを表した。
「本人には話してみた?」
きっと困惑しているだろう。今の状況でそんなに望んでいたことが起きたことだから。
だがそういう時こそ本人達の本当の気持ちが大事だとセシリアはそう思っていた。
「いいえ…直接に話すことに凄まじいためらいを感じてしまうので…」
無論何度もちゃんと向き合おうとはしたゆり。
だが彼女はみもりの前ではどうしてもその「罪悪感」ということに縛られ、それ以上進むことを躊躇してしまった。
「みもりちゃんのお見舞いの時も、私のために男装や色んなことをやってくれたのは本当に嬉しかったんです。普段ああいうことをあまりやらない人ですから。でも私は私自分が知っていた以上の臆病者だったから言えませんでした。」
「そう?」
がっかりした顔。多分今もこうやってためらっている自分のことを責めて情けないと思っているだろう。
だがあえて自分に資格があるかどうかなんて悩む必要もないことだと思っているセシリア。
なぜならそのみもりっという子は自分の大切な幼馴染に対しては常に真剣な気持ちで接する人というのを彼女はよく知っていた。
「みもりちゃんはゆりちゃんのことが大好きですから。」
自分の大切な人が彼女のことをいつもそう言ってたからセシリアはみもりのことを心底から信頼していた。
「でも緑山さんのそのみもりちゃんって子が好きって気持ちをあの時、気づいたんだろう?だったら素直に言ってあげなきゃダメだよ。」
二人の仲が言葉で伝わなくてもお互いのことを理解できるものというのはよく知っている。
だが言葉ではっきりと言うべきの時もまた存在することも彼女はよく知っていた。
「人っというのは分かっていても相手の言葉として確信されたいと思う生き物だから。お互いのことを知っていてもちゃんと言葉で伝わなきゃダメな時もあるのよ。」
「そ…そうでしょうか…でも一体どうしたらいいのか…」
いくら自分が覚悟を決めてもあの子の前に立ったら自分は小さくなってしまう。
それを気にかけていたゆりは自分のことを応援してくれるセシリアの言葉にもすぐ勇気が出なかった。
「伝えたいです…本当は嬉しかったっと。みもりちゃんの初めてになれて本当はとても嬉しかったっと。あの時、この胸に芽生えた新しい愛は決して嘘では嘘ではないっと。だってあの時のことを思い出すと今もこんなに胸がドキドキしますから。」
「なら私が手伝ってあげる。」
っと言ったセシリアはゆりの手をギュッと握ってその手から自分のありったけの気持ちを注ぎ込んだ。
「私が緑山さんのために祈ってあげる。みもりちゃんに緑山さんの気持ちが伝えられるように私が祈ってあげる。だからちゃんと伝えよう。みもりちゃんを笑顔にしよう。」
「会長…」
今のセシリアに「心理支配」は使えない。能力の発現の前まで記憶が飛ばされてその能力の存在を知っていながら未だにその取っ掛かりさえ掴めていない。
だがゆりはその取り合った手から何故か今の自分ならみもりに自分の気持ちを伝えられそうな予感がした。
例え保証はなくてもこうやってセシリアから自分のことを応援してくれる限り自分はみもりにあの時の気持ちを伝えられるかも知れない。
そう思ったゆりは
「ありがとうございます、会長。私、やってみます!」
自分のことを応援してくれるセシリアに今の感謝の気持ちを伝えた。
それから二人はしばらくずっと話し合った。
ゆりが覚えている前のセシリアのこと、アイドルだったセシリアのこと。お互いの好きな人や好みなど色んなことをずっと話し合った。
「そろそろ眠ってきたかも…」
っと重くなったまぶたをこすりながら眠りにつくセシリアのことを最後まで見届けた後、静かに部屋を出たゆりはそのままうみとみもりが待っている客車へ戻ることにした。
だがゆりは気づかなかった。その時の自分は既に無意識的に発動したセシリアの能力によってたった一つの感情が鈍っていたことを。
それは今のゆりがみもりの前に立つと必ず感じてしまう「罪悪感」と言うものだった。




