第216話
いつもありがとうございます!
「そうなんだ。」
「はい…」
青葉さんと別れた後、そのまま後門の方に向かった私。
校内の寮で暮らしている私はあまり後門から出入れしたりはしませんが今日は少し回って後門を通して外に出ることにしました。
放課後とはいえ山と神社を面している後門は生徒の通りが比較的に少ないです。放課後には皆部室棟やグラウンドの方にいますから。外に出るって言っても大通りがある正門から出入れしています。
それに
「うわぁ…この時間ならやっぱ怖いよ、ここ…」
早めに日が暮れる山なんてどこかおっかない感じがするからますますこの時間なら誰も近づいたりはしません。
でも…
「マネージャーちゃんってことりが思ったよりうみっこと仲良しさんだったんだ。」
やっぱりこの人のことをこっそり外に出すにはここしかありませんから…
夕暮れの紅に染まった薄赤のショートカット。話している途中にちらっと見える小さな八重歯。あまり長身とは言えないかも知れない小さくて可愛らしい体ですがその目に宿った重みのある大人の雰囲気っというのは決して私みたいな何も知らない子供が計れるものではありませんでした。
テレビの向こうから何年も私達を楽しませてくれた小さい少女。その豊富な演技力と明るい性格は誰にでも愛されられて皆彼女のことを「天才」と言って愛し、憧れました。
どんな役でも一生懸命最善を尽くした彼女はいつも自分のお仕事を心ゆくまで楽しんで誇りを持っている、そういう目をして私達を感動させてきました。
年末の音楽番組も、いたずら系のバラエティー番組も笑顔で楽しんでいた彼女。私達の青春と共に同じ時間を過ごしてきた彼女から自分の夢を見る子も決して少なくなかった。
でもある日を堺に彼女は私達の傍から完全にいなくなってしまいました。それがどういう理由なのか、その当時の私達は何も知らなかったままでしたが私はこの学校に来て初めて真実のことを知ることができました。
かつて「伝説の歌姫」と称された青葉さんと共にその業界の大きな柱として活躍した同世代の神界の少女。人々から「天才」と呼ばれながら今も大きく愛されている彼女の名前は「赤座小鳥」。
この学校の全てをひっくり返すきっかけになってしまった彼女は今再びこの学校に来ています。
ここまで来る間、私と青葉さんの関係に関した話をじっくり聞いていた赤座さんの夕焼けに照らされている横顔はどことなく寂しい色に染まりついていました。
「良かった。うみっこ、ことりがなくてもちゃんとしていて。」
そう言った彼女は私にも「ありがとう」って礼を伝えました。
でも私はそんな彼女の表情があまりにも暗くて寂しかったので素直にそのお礼を受け入れられませんでした。
彼女と出会ったのはつい先のこと。一人で部室に残って留守番をしていた時のことです。
「はいー今出ますねー」
珍しく叩かれる部室のドア。その音のことをどこかのお客さんだと思った私は嬉しい気持ちでそのドアを思いっきり開けてしまいました。
「あら…?」
ドアを開けた時、そこにいたのは確かに大事なお客さんだと思います。あまり人もない私達の同好会にわざわざ足を運んでくださった大切なお客さん。
でも私の目の前にいるその小さい少女は私が思っているお客さんとは少し違った方向性のお客さんでした。
「ここ…だよね…?アイドル同好会…」
少し驚いたような顔。でもあまりにも可愛くてキラキラしている少女のことを逆にびっくりしていたのは私の方でした。
「はい…そうですけど…」
「なんてきれいな人…」っと思いながらそう答える私でしたが私は少女のことを見て一目で彼女のことが分かってしまったんです。
今朝畑さんから持ってきたカレンダーの中にもいたとびっきりの笑顔の少女。潮風になびく薄赤のツインテールと太陽みたいな笑顔がとても眩しかったその少女は少し変わった姿で私の前で驚いた小鳥さんみたいな目で私のことを見つめていました。
「ど…どうしよう…!」
その丸っこい目を同じく見つめ合いながら一瞬で頭を働かせて今の状況を確認する私。でも戸惑っていたのは私だけではありませんでした。
「え…えっと…」
思いがけない初対面の人が出てきたせいか自分からも何を言ったらいいのか随分と悩んでいるような少女。そんな彼女から私に向かって言ったのは
「もしかして…マネージャーさん…かな?」
でした。
「え…?」
マネージャー…ひょっとして私ってあまり人にアイドルっぽく見えないのかな…っと地味な衝撃を受けてしまった私。
多分悪気はなかったと思いますが正直に言ってあの時の私はがっかりしすぎてそれまでの考えことが全部ふっとばされるような気分でした。
おかげさまで困惑していたのは少し落ち着きましたがその同時に私は「なんで私、アイドルやっているんだろう…」っと改めて自分を振り返るようになりました。
「あ…まあ…」
なんかもうものすごく失望してしまって自分がこの同好会でアイドルをやっていることを話したくなかった私は適当にそれでいいですっと言っちゃいましたが本音を言うと私はあの時、あの人に自分がアイドルということを明かすことに大きな恥じらいを抱いてしまったのです。
彼女の正体を一発で気づいた私は自分の目の前の少女を見て思い知らされてしまいました。やっぱり本物は違うんだなっと…
今までは少し慣れていたからあまり自覚しませんでしたがまさか一発でナマはこんなにも差があるんだっと思われてしまうとは…
あの時は本当に自尊心が完膚なきまで叩きのめされた惨めな気分でしたが
「でもマネージャーよりアイドルの方が向いているんじゃない?」
案外彼女は自分が感じた私の印象のことを正直にそう言ってくれました。
「そ…そうですか…?」
「うん。絶対そうだよ。だってあなた、すごく可愛いんだもん。」
本当はアイドルなんですけどね…っと苦いそうな気分もありましたが…
「う…嬉しい…!」
私は自分が思っていたより結構ちょろい人間でした。
まさか自分がこの人から可愛いって言われる日が来るだなんて…軽い敗北感はありましたがそれを取り返すほど私は私のことを可愛いって言ってくれる彼女のその言葉がとても嬉しかったです。
「後でことりから先輩に言ってあげるから。ここの部長さん、ことりの先輩なんだぞ?」
「あ…ありがとうございます…」
もうやっているんですけどね…っていうかこの人、自分のこと隠す気全然ないんだな…
「ちょっとお邪魔してもいい?」
「あ、はい…ちょうど今誰もいないんですからどうぞ…」
っといきなり部室に入ろうとする彼女のことを思わず部室に案内してしまう私。
本来だったらこの機会をなんとか生かしたはずですがあの時はあまりにも突然なことだったのでとりあえず今は彼女を部屋に入れようと私はそう思いました。
「ありがとう。マネージャーちゃん。」
部室に入りながら私に「マネージャーちゃん」って名前を付けてしまう彼女のことにまた感じてしまう複雑な気分…でもその時の私はそのことについて密かに実感してしまいました。
これはおそらく大きな台風を招く一大の事件になってしまうってことを…
***
「お…お茶です。どうぞ…」
「ありがとう。マネージャーちゃんは気が利くのね?」
「ありがとうございます…」
ん…まだマネージャー…
一応部室には入れたんですがこれからどうしたらいいのか…
強いて言うまでもなく今私が入れてきたお茶を美味しく飲んでいるこの人はあの神界最高の女優である「赤座小鳥」さんでした。
「一日百合日記」「絶叫姫」などの数々の名作をヒットしてきた「天才」と呼ばれたその「赤座小鳥」が今私の目の前にいる!この喜びをなんと言えばいいのでしょう!
でも私はその同時に彼女が例のイジメ事件の主導者だったということに大きな不安を感じていました。
この学校を、そして青葉さんの全てを変えてしまった例のイジメ事件。そのことで皆の健やかで楽しい学校生活という歯車が噛み合わなくなってしまった。それをどうにかしたいから色んな人達が頑張っている。今はちょっと大変かも知れないけど皆で一緒に頑張ればなんとかできると私はそう信じて動いてきました。
なのにこんな時期にいきなりその主導者が同好会に訪ねてくるとは…一体彼女は何の考えをしているのでしょう…
「いいお茶ね。すごく美味しい。」
「良かったんですね…」
っと呑気にお茶をすすっている赤座さんですが私は今の彼女を見てただの不安しか感じていません…
確か赤座さんって「百花繚乱」の速水さんからこの学校に近づくことを禁じられましたよね?それってつまり「百花繚乱」の人に見つかったらまずいってことでは…?
っと一人で悩んでいる私の見て何か妙な気配でも気づいたような赤座さん。そんな私に早速彼女から言ったのは
「マネージャーちゃんはことりのことを知ってるよね?」
でした。
「あ…えっと…」
っと図星を指されたような顔で戸惑っている私の行動が決め手になってしまい、それから確信してしまった赤座さんはティーカップを下ろして私のことを見つめる赤座さん。
薄赤の髪の毛とは真逆の真っ青な彼女の目は既に私の内面に吹き付けている考えの渦巻を見透かしていました。
「マネージャーちゃんって嘘つくの下手くそなんだ。」
「すみません…」
さすが元神界最高の女優…私の考えていることなんて全部見抜いていたってことですね…
「謝らならなくてもいいよ。あれだけのことをやらかしたもの。慌てるのも当然だと思う。」
なんだか後悔しているような顔…もしかして赤座さん…去年のことを後悔しているのかな…
「心配しないで。もうちょっとで離れるから。今日はここの理事長さんに用があってだけでそろそろ帰ろうとしたところだったから。でもここに来て昔のことをちょっとだけ思い出してね。私がいない間何か変わったのかなっと思って来てみたんだけど全然変わらなかったね、ここって。」
今の時間なら先輩しかいないからちょっとだけなら大丈夫だろうと思って帰り道に先輩の顔でも見ていくことにした赤座さん。でも部室から出たのが先輩ではなく私だったことに彼女も相当驚かされちゃったそうです。
「びっくりしたよ。先輩、私にはあまり同好会のこととか話さないんだもの。」
「以外ですね…先輩が…」
でも私はそれは多分先輩なりの気遣いだと思います。
先輩は今も青葉さんと赤座さんも一緒だった同好会のことを大切な思い出だと思ってるんですから。先輩は赤座さんに自分がいなくても同好会は大丈夫なんだっと思わないで欲しかったんです。もし赤座さんがそんなことを思ってしまったら赤座さんはきっとまた一人になってしまうから。
「でも正直に言ってやっぱり安心したよ。やっと同好会にも部員が増えたなって。」
でも私がその心配とは違って彼女は部員が増えた同好会のことを心の底から喜んでくれました。彼女もまた先輩や私みたいに同好会のことを愛している一人でした。
私はそんな彼女のことをそう悪い人ではないかも知れないと思うようになりました。
「マネージャーちゃんは年いくつ?名前は何?」
っとふと私のことをもっと聞きたいって顔の赤座さん。
そんな彼女のことから「あ、やっと聞いてくれますね」っと心から喜ぶ私でしたが
ーコンコン
それもあれっきりでした。




