第18-2
「普通」。
それは誰にでもある有り触れたありのままの個性。
誰かは淡々と受け入れても、誰かはまた死ぬほどそれを悩む。
どう足掻いても決して手に入れられない特別な私。
誰でもその特別な自分を求めて旅を続けている。
私もまた普通っということにずっと悩んでいた側の人間でした。
でも私は皆と違って、ただ特別な自分が手に入れたくて悩んでいたわけではありません。
「否定しなさい。あなたの「普通」という自分を。」
生き延びるため、生き残るために特別な自分にならなければならなかった。
「普通では誰もついて来ないのです、みもり。」
あの家で普通というのは「罪」に等しいものだったから。
「先輩は「大家」というのを知ってますか。」
今は口にすることすらおぞましいと思う名前。
それは去年、いきなり私の前に現れて私の日常を壊して、皆から連れ去った私の恐怖の名前でした。
「「大家」…ですか。」
私の聞きに少し目を閉じて頭の中の辞書から「大家」という単語について調べ始めた先輩。
私にとって二度と思い出したくない悪夢でしたが、先輩なら話しても大丈夫だと、私はそう信じて今までずっと隠してきたそのすべてを先輩に打ち明けようとしました。
「確か世界政府ができる前の人界のトップですよね?
今は世界政府に負けて大分衰えたと聞きましたが…」
っと世間でよく知っている範囲での知識を持っている先輩。
大まかな情報は知っているようで助かりますが、私は本当はこんな話をして迷惑になったらどうしようって、ずっと戸惑いを感じていました。
でも、
「大丈夫ですよ、みもりちゃん。私を信じて話してくださいませんか。」
離れないように私の震える手をギュッと握って、私のことを真正面から見てくれる先輩の言葉に勇気をもらって、私はついにその「大家」と自分の間の話を先輩に聞かせる決心が付きました。
今は3つの世界を代表して世界の均衡と平和のための「柱」として活躍している世界政府。
救世主「光」様の崇高な理念を受け継いで、常に平和と秩序、均衡と正義、そして調和のために頑張っている世界政府ですが、世界政府のいない以前の世界、あの混沌の時代を再び引き起こそうとしている組織はたくさんあって、その一つが今、私が話した「大家」です。
世界政府から悪の組織と指定した明らかな「敵」。
世界政府樹立以前まで人界を支配していた「大家」は世界政府の最も大きな敵であり、
「私は「大家」の後継者だったんです。」
同時に私の本だったのです。
極端な「人間主義」を理念として、世界の調和を拒んで、他種族を排除し、徹底的な鎖国政策を取っている「大家」。
人界のどこかに自分たちの城を建てて、隠れている「大家」は裏社会を牛耳る闇の組織です。
世界政府を狙った明らかなテロ行為、その後ろには必ず「大家」を含めた裏の組織がついている。
世界政府は「大家」の居所を判明するために片っ端からあらゆる手を尽くして捜索をしていますが、今も位置を特定できず、なんの手がかりも手に入れなくて、ただ不毛な時間だけを過ごしているそうです。
自ら「防人」と名乗って、人界の開放と人間の、人間のための社会を構築しようとする「大家」は目的のためなら手段を選ばない過激な組織として名高い。
でも表に出ることなく、いつも後ろで誰かを操っているから、なおさら尻尾が掴まない。
その上、何らかの方法で関係者たちの記憶を封じているから、会長さんのような精神系能力者たちが頭の中を覗いもなんの手がかりも出てこない。
その中で、一度後継者に抜擢されて、あの家に行ったことがある私は世界政府にとって「大家」のことに関する大きな可能性でしたが、
「でもあまりそれどころではなかったんです。
私はほぼ廃人になっちゃってましたから。」
あの家での半年ぐらいの生活は私の精神と価値、そして自分自身への自信を徹底的に壊してしまったので、そんな私から読み取れるのはただひたすらの絶望と恐怖感だけでした。
中3のある日、突然現れた「大家」の関係者という人たちに私はさらわれて、社会から完全に姿を消しました。
「部活が終わって家でお父さんとお母さんと一緒に夕食を食べました。
夕食は私の好きなハンバーグで、食事の後は皆でテレビを見たんです。」
今も覚えている社会での最後の日。
地元の大学で教授をやっているお父さんと、公務員として働いているお母さんも帰りが早かったので、久しぶりに家族皆で楽しい時間を送っていました。
その日は出張に行ったお父さんが帰る日で、
「みもり、これ、後でゆりちゃんちにも届けてくれるかい?」
「うん、分かった。」
お父さんが出張先で有名なお菓子を買ってきてくれて、
「あ、ゆりちゃん?今、そっちに行くんだけど大丈夫?」
「今ですか?んー…私、今みもりちゃんの靴下でオ◯ニーしているんですけど…」
「なんで!?」
ゆりちゃんと電話でちょっとボケて、途中で会う約束をして家から出かけましたが、
「お待ちしておりました、お嬢様。」
「…え?」
私がゆりちゃんに会うことは最後まで叶いませんでした。
緑と白の官服を着た街で私のことを待ち構えていた仮面の人たち。
その中で、ひときわ危険そうな雰囲気を出す黒髪の女の人は私のことを「お嬢様」と呼びました。
「いざ、参りましょか。」
そして私からなにか質問する暇もなく、私のことを強制的に車に乗せた彼らはそのまま私を連れ去ったのです。
「ど…どういうこと…!?私…今、誘拐された…!?」
っと目隠しまでつけられて自分に何が起きたのかすら分からないまま、どこかに連れて行かれた自分。
真っ暗になった視線の中で、意識だけがはっきりしていた私は、
「助けて…助けて…ゆりちゃん…お父さん…お母さん…」
とてつもない恐怖の中で、ただ愛する人たちに虚しい救助信号を送るだけでした。
やがて車が止まって、目的地についた私は車から降ろされました。
目隠しも取れた、やっと自分の目で現状を把握できた私。
でもその前に待ち構えていたのは、
「あなたが「げん」の娘…つまり私の孫娘ということですね。」
世界政府が指名した世界で最も危険な組織「大家」の「大母」、「鉄国七曜」、つまり私の祖母でした。
「これからあなたには死んだ「潤」の代わりにこの「大家」を受け継ぐ後継者になってもらいます。」
っと私に意見を問うこともなく、いきなり私に「大家」の後継者になりなさいと命じた御祖母様。
子供の時に一度だけしか会ったことがない親戚の「鉄国潤」お兄ちゃんが死んだという話だけでも、私は衝撃でしばらく立ち上がれませんでしたが、御祖母様は私に戸惑う時間も、お兄ちゃんを弔う時間も与えず、
「生まれ変わるのです、みもり。」
ただそう言いながら、社会での私を殺そうとしました。
そして待っていた地獄の日々。
苦しい、辛いという言葉では言い切れない残酷な日々の中、やがて私は完全に自分を失って、自分を否定するようになったのです。




