第178話
いつもありがとうございます!
「ど…どうだった?なな…」
「ダメでしたわ…」
放課後、心配そうに状況を聞くかなの前で挫折しまうなな。彼女は授業が終わった後、普段お世話になっていたすみれの方に行って先の話について彼女と話し合った。
「まさかあの灰島さんと石川さんが勝負してしまうなんて…」
だがその結果はあまり良くなかったようにすぐ落ち込んでしまうななであった。
戦いが嫌いで鬼とうい出身にも関わらず「Vermilion」に入った彼女ならきっとこんごうと戦うことについてもう一度考え直してくれるはずだと思ったなな。今の学校でろくな会話ができると思っていたのは「灰島」の一人娘のすみれしかないと思ったななはすみれとちゃんと話し合って攻めてくる新たな危機に対応しようとした。
だが返ってきたのは
「すまない、副会長。でもこれは私と石川のことだから。」
っという返事だけであった。
「向こうから止めてくれたら助かるだがあいにく石川はこれで私との全ての関係を片付けようとしている。あまり気に食わないだがこれも全部あいと石川のためのことだから私もちゃんと石川と向き合うつもりよ。」
決してこんごうとの勝負のことに気が進まないすみれだったがこれ以上この危うい関係を維持するのは危険だと判断してやむを得ずこんごうからの挑戦を受けて立つことにした。
「私はいくらでも我慢できる。だが石川はもう限界だ。石川のあいへの気持ちは強すぎるからそろそろその部分についてはっきりしないと石川はきっと壊れてしまう。いつまでこう隠していても埒が明かない。これ以上石川だけに荷を負わせるわけにはいかない。」
すみれにはすみれの考えがあった。幸い自分の好きなあいに危害を加えたくないっとあいとすみれの関係のことについては他言無用にしてくれたこんごうのおかげでしばらくは保身を保つことができたがこれ以上こんごう一人だけに負担をかけるわけにはいかなかった。
「君達には迷惑掛けないようにするから安心して。私も、石川も根に持つタイプではないから明日の勝敗には承服するだろう。これが最善策とは思わない。でも今に至ってはやはりこれしかないと納得してしまう私がいる。尤もいい方法があったとしても私なんかでは多分思いつかないだろうけど。」
すみれは本気だった。この学校で五本の指に入る5人の生徒、さき、ゆり、ゆうな、ゆうき、あいに次ぐこんごうと自分が本気でぶつかるときっとどちらが大怪我することを彼女はよく知っていた。自分に本気でぶつけるこんごうを納得させるためには自分も本気にならなければならないということもよく知っていた。
だがその同時にこの期に及んでもその挑戦を受けてしまった自分の選択に後悔しているすみれであった。
「石川さんには面会すら断られてしまって話もできませんでしたわ…」
「そうなんだ…」
こんごうの方は最初から合わせてもくれなかったのでやむを得ずそのまま部室に戻ってしまったなな。
こんごうは今でも団長のゆうなやあいのことまで帰しっぱなしにしてずっと副団長室にこもっているばかりであった。
だがななにとってそれは十分分かりそうな気持ちだった。
「誰も会いたくないでしょう。当たり前ですわ。あんな顔、誰にでも見せたくないですもの。まして好きな人ならなおさら…」
膿みまくってはみ出してきた惨めさ。過去からもたらした古い傷はそうやって今の自分を蝕んでゆく。その見えない傷に朽ち果ててゆく自分のことなんて決して人に見せられるものではない。もしそれを好きな相手に見られてしまったらそれはいっそ死んだ方がマシだと思われるほど惨めな経験だとななはそう覚えていた。
「正直今も信じられません…本当にあの「幽霊少佐」の速水さんが灰島さんと付き合っていたなんて…でもそんなことより今はただあの二人を阻止する方が先ですわ。なんとか方法を探してあの二人を止めなきゃ…」
「なな…」
かなはここ最近ななの中で大きな変化があったということを実感した。セシリアとは違っていつも強圧的な手段で物事を収めようとしたなな。かつて生徒会の地位を固めるために他部の統廃合を強力に主張した生徒会過激派の先頭に立っていたななは上品な見掛けとは違って結構力づくで押し付ける無茶なタイプだった。
だがそんななながちゃんと二人と話し合ってこのことを解決しようとしている。かなはいつの間にか成長してしまったななのことを嬉しく思っていたのであった。
それ以上ななが他人のためにこんなに頑張ってくれているのがどうしようもなく嬉しかった。
「まあ、元から優しい子だったから、ななは。」
「何か言いましたの?」
「いや、何でもない。」
そっと独り言でななの成長を喜ぶかな。そんなかなを見て首をかしげるななであった。
「そうだよね。やっぱりこんなやり方、いいわけないよ。」
「あなた…」
ななの意見には積極的に同意するかな。かな自身もこんごうから選んだこの極端な方法ではきっとろくな結果が出せないといことをよく知っていた。
「このままじゃ皆が傷ついてしまう結果にしかならない。石川さんが勝っても、スミスミが勝ってもどちらはこの学校を去ることになってしまうだから。そうなる前に私達がなんとかするしかないよ!」
確信に満ちている目。ななはそんなかなの真っ直ぐな目が大好きだった。
「そ…そうですわ!このままでは会長に向けられる顔がありませんもの!会長がわたくしを信じて託した学校ですから必ず守ってみせるのですわ!まだ諦めるのは早いですもの!」
「うん!二人で頑張ってみようよ!この学校に来て初めての共同作業だね!」
「初めての共同作業…」
その途端、また真っ赤な顔になってもじもじ照れ始めるなな。ななはこうキーワードに敏感に反応するタイプであった。
「そ…そうですわね…共同作業…そうですわ…えへへ…」
「ん?どうかした?なな。」
そして相手のかなもまたたまに、いや、結構さり気なくこういう発言をするタイプであった。
***
久しぶりのみもりちゃんとのデート。かな先輩からもらったチケットがあってぜひ一緒に見て欲しいっと言ってくれたみもりちゃんはいつものように可愛くて優しかったです。まるで天使が微笑んでいるのではないかという錯覚をするほど私はこれ以上の美しさはないと思いました。
でもみもりちゃんの思いが大きかった私こそ感じられる罪悪感。果たして今の自分のこの笑顔から向けられる資格はあるのか。この何も感じられない胸にあの笑顔をしまっておく資格はあるのか。そんなことばかり考えていた私はせっかくのみもりちゃんとの大切な時間をあまり楽しめられませんでした。
一緒に映画を見ていても、買い物をしていても私は心細い喪失感以外は何も感じられませんでした。そんな私なんかの心などとっくに気づいてしまったみもりちゃんでしたが
「えへへ…」
って優しいみもりちゃんはただ心が痛いほど切ない笑みを見せるだけでした。
今の私はそういう状態でした。本来だったら嬉しすぎてたまらないほど喜んでいたはずの私がみもりちゃんとの大切な時間を粗末にしている。それだけで私は今でもこの無感覚に冷めてしまった胸が崩れ落ちそうに痛かったです。
何よりみもりちゃんのその悲しそうな笑顔を見てしまうと鼻先がズキッとして今でも涙が出そうでいっそこの目をえぐり出してその愛しくて悲しいみもりちゃんのことが見えなくなるのがよほどましだと思ってしまう私でした。
そんな私なのに…あなたには何もできない私なのにあなたは何で…
「みもりちゃん…」
何でこの私にキスなんてしちゃったんですか…
今も残っている微熱…でも体は熱病にでも罹ったようにすごく熱い…私、初めてだったのに…
「ずるいですよ、みもりちゃん…」
いつも私から構って欲しいっと言った時はあんなに恥ずかしがったのにどうしてこんな時にキスなんてしちゃったんですか…こんなことするのならもっと早くして欲しかったんです…
みもりちゃんとのデートが終わった後、しばらくの間過ごすことになった副会長の屋敷に帰ってきたから私はずっとこんな調子でした。それはここに来る前に今のもやもやな気持ちが一発で吹き飛ばされるほどのことが私に起きてしまったというのがその理由でした。
今でもはっきり覚えている感覚。
私を送ってくれるために近くまで一緒に来てくれたみもりちゃんでしたが正直言うとデートの方はぶっちゃけに言って完全にダメダメでした。そのせいでみもりちゃんの表情は嘘でもいいとは言えませんでした。それは多分私を励ましてあげられなかったと思っていたからでしょう。
でも私はそれがみもりちゃんのせいとは思いません。それはただ今の私にはみもりちゃんとの時間を楽しめる余裕がなかっただけです。今の私はみもりちゃんに顔を合わせられないほどの罪悪感しか感じてないから…
でもみもりちゃんはこんな私のために一生懸命頑張ってくれました。いっぱい話をかけてくれました。いつものように手も握ってくれました。私はその事実がただ純粋に嬉しかったです。
でも私はそんなみもりちゃんの努力には答えられませんでした。いつものように手を取って歩いても、一緒におしゃれな服を見ても私は昔のように嬉しくなかったです。感じるのはただみもりちゃんへの申し訳ないという気持ちだけ。そんな状況でみもりちゃんとのデートに集中することは相当難しいことでした。
そんなわけで結局中途半端な落ちで終わってしまった二人だけのデート。私は明日からはどんな顔でみもりちゃんに合えばいいのかずっと悩み苦しんでいるばかりでした。
でも事件はその時に起きました。
「じゃあ…明日学校で…」
副会長の屋敷まで一緒にしてくれた優しいみもりちゃんに私からできるのは精々こんな情けない挨拶だけ。
でも優しいみもりちゃんは
「うん。また明日ね。今日は楽しかったよ、ゆりちゃん。」
少し寂しそうは笑顔でこう言ってくれました。
「じゃあ…お先に失礼しますね…お気をつけてお帰りくださいね、みもりちゃん…帰ったら一言連絡も…」
「うん、分かった。それにこの後、ゆうきさんが学校まで連れて行ってあげるって言ったから。心配しなくても大丈夫よ。」
「そうですか…」
本当は私が送ってあげだったのに…なんだか気遣わせてしまったようで本当にごめんなさい、みもりちゃん…幸いこの近くにあのゆうきさんがいるらしいで少しは安心しましたがやっぱりあんな寂しそうはみもりちゃんを見てしまうと心が落ち着きません…
「じゃ…じゃあ…」
っと振り向いて屋敷への入り口に近づいたその時、
「あ…ゆ…ゆりちゃん。ちょっといい…?」
ふと私を呼び止めるみもりちゃんの声。
まだ別れたくないのかなっと思ってみもりちゃんの方に振り向いたその瞬間私は今まで一度も感じたことのない不慣れの感覚に包まれました。
初めて味わった温かくてふわっとした不思議な感覚。目が一気に目が覚めるほど刺激的でとろけそうに甘い。でも同時にみもりちゃんの気持ちがいっぱい詰まっていてすごく熱くて優しい…
私はその時感じたその感情こそ幸せっと呼ばれるものというのを分かりました。
触れた唇からあっという間に全身に染み渡り、体全身をかき回すその感覚にふと気が遠くなってしまった私はたった今子供の頃からずっと夢見てきた夢の一つがかなったことを気づいてしまいました。
とっさに起きてしまった出来事に少し気を失ってしまった私。そして目の前で再び
「えへへ…」
っと照れくさく笑っているみもりちゃん。あの子は相変わらず優しい笑顔で私のことをちゃんと見つめていました。
「じゃあ、明日学校でね。おやすみ、ゆりちゃん。」
その言葉だけを残して駅の方に走り出したみもりちゃん。でもその場からしばらく動けなくなってしまった私はただ遠くなるその後姿をぼーっと見ているだけでした。
唇にそっと触れた雪のようにすぐ溶けてしまった小さな温もり。でもそこに残した気持ちだけは今も熱く感じられています…




