第172話
いつもありがとうございます!
「そう…だったんだ…」
なかなか自分を取り戻せずに噎せ返っているゆりちゃん。でも今ゆりちゃんから聞いた話は私にとっても言葉も出ないほど大変なことでした。
「ごめんなさい、みもりちゃん…でも私、どうしても思い出せなくて…」
泣きながら何度も謝るゆりちゃん。もう泣きすぎたせいで声もこんなに枯れちゃって…
世界誰より私のことを一番で好きにしてくれたゆりちゃん。そのゆりちゃんが今は私のことが好きではないと言っている。それがどれほど大変なことか本人である私さえ見当もつかないんです。
あまりにもびっくりしたことで胸は今もこんなに激しく騒いでいてそろそろ目で見ている景色さえぼやけて来ましたが私は決してゆりちゃんをおいて挫けるわけにはいかなかったんです。
だって今一番挫けたいのはゆりちゃん本人ですから…
「どうして私はあなたのことが好きだったんでしょう…どうして今の私はあなたを見て熱意より罪悪感だけしか感じられないんでしょう…どうしても私はあなたのことが好きになりないんです…」
きっと混乱しているでしょう…今までずっと私だけを見てくれたゆりちゃんだったからそんな愚問と思われるものを考えるだけでこんなに苦しんでいるでしょう…
「分かんないです…いつもあなたを見ていると胸は喜びの踊る同時に苦しかったのに…私だけのあなたをいつ誰に奪われてしまったらどうしようって胸を焦がした私が今はこんな嫌なほどすっきりしています…教えてください、みもりちゃん…あなたのゆりは本当に可笑しくなってしまったんでしょうか…?」
まるでそうかも知れないって答えて欲しい口調…でも私は決してそうとは答えられませんでした。例えゆりちゃん本人がそう思っていても…
だから私はまず脱力して倒れそうなゆりちゃんを自分の中に入れ込んで自分の意味を失ってしまったゆりちゃんを抱きつくことにしました。
この子が挫けないように今はそっと撫でてあげようっと。
「…大丈夫。」
本音を言うと全然大丈夫じゃない。ゆりちゃんがこんなに悲しんでいるのに大丈夫はずがない。私の胸がこんなに痛いのに大丈夫はずがない。
でもここで私まで弱くなってしまったらきっとゆりちゃんは二度と立ち上がれないでしょ。私のことを人生の全てだと疑わずに生きてきた優しい子だから。私がゆりちゃんを否定してしまったらそれこそゆりちゃんの人生は誰にでも報われない残酷な結末で終わってしまう。私はゆりちゃんの魂の片割れとしてゆりちゃんの悲しみを一緒にしなければならない責任があります。
「大丈夫よ、ゆりちゃん。」
可愛いゆりちゃん。大丈夫だからもう泣かないで。
「それでもゆりちゃんはゆりちゃんだから。」
そう。ゆりちゃんは私が愛してやまなかったあの頃と一つも変わらずに愛しいまま。だから君は何ひとつも間違っていない。
「どうしてそんなふうに言うんですか…私はこんなに悲しいのにあなたはどうして大丈夫って…」
無責任なことは言わないでくださいっと言っているようなゆりちゃんの潤った目。震える手は私のほっぺに触れてまるで失った存在を哀願するように切なくて痛ましかったけど私は何も言わずにその手をそっと自分の手で包んで
「大丈夫。」
っと囁いてあげました。
あの時、私は誓ったんです。ずっとこの子の傍にいるって。何があってもずっと傍にいたいって。あの日、窓から私のことを見ていたゆりちゃんに「ゆりちゃんと仲良くなりたい」っと言った私の気持ちは今でも一つ変わりありません。
だから私はもう一度言うよ、ゆりちゃん。絶対大丈夫だから。君は何も心配しなくてもいい。だって…
「私がゆりちゃんを惚れさせてやるんだから。」
***
「そんなことがありましたね…だから緑山さんは…」
今夜は病院で止まることになった私のところに掛けられたみもりちゃんの電話から聞いた話は実に衝撃的でした。なんか様子が変だとは思っていましたがまさかあの緑山さんがみもりちゃんへの気持ちを忘れてしまうとは…これは私の基準から見るとお姉様の件と同じくらいのビッグニュースです…
「私、正直言うと本当に悲しかったんだ。私、私も知らないうちにゆりちゃんに負担だったんだっと思ってね。」
「そ…そんな!絶対ないですよ、そんなの!」
かなり落ち込んでいる声…さすがに緑山さんの告白はみもりちゃんに随分大きな衝撃を与えたんですね…聞き伝わる私だって信じられませんから本人のみもりちゃんの衝撃は多分計り知れないでしょ…
でもさすがみもりちゃんは強い子でした。まさかそこでめげずに惚れさせてやるって言っちゃうなんて。すごい迫力でしたね、みもりちゃん。いいな、緑山さん…私だってそういうシチュ憧れていて…
「でもそれくらい、普段ゆりちゃんが私のためにやっていることに比べるとちっぽけなことだから…ゆりちゃんっていつま無茶してるし…」
まあ…確かにみもりちゃんのためとはいえたった一人で「影」とか物騒なところまで行っちゃうタイプですから…普段口にするだけで取調べされる禁じられた危険区域なのにそんなところに一人で行っちゃうなんて…
「ゆりちゃん、いつも私のために頑張ってくれているんだから私もそれくらいしなければっと思ってね。何すればいいのかは分かんないけど…」
えへへ…っと笑ってしまうみもりちゃん。でも私はそれこそみもりちゃんらしい行動だと思います。みもりちゃんはいざとなる時は勇気を出せる強い人でしから。多分それは緑山さんにも一番いいことだと思われます。
「でもやっぱりクリスちゃんも気づいていたんだ…」
「はい。でも話しかけようとしたらある方からお呼びになって結局緑山さんとは話せなかったんです。まさか緑山さんにあんなことがあったとは…」
やはり無理でも探してみた方が良かったんでしょうか…さすがに責任感を感じてしまいますね…
「そんなに気にしなくてもいいよ、クリスちゃん。確かに大変なことだけど私は絶対ゆりちゃんのことを諦めないから。」
「そうですか。私もそう信じていましたから。みもりちゃんならきっとそう言うはずっと。」
っと言う私に急に何か申し訳ないって口調でもじもじ言葉を曇るみもりちゃん。何か言いたいことでもあるんでしょうか。
「あ…でもなんかごめんね、クリスちゃん…急にこんな話しちゃって…」
急に何を謝るんでしょうか、みもりちゃん。別にみもりちゃんが謝ることなんて何も…あ…ひょっとしたら…
「あ…うん…その…」
うじうじして何から言えばいいのか悩んでいるようなみもりちゃん。間違いなく自分のことを好きにしている私に何を言えばいいのか迷っている様子ですね。
「ごめんね、クリスちゃん…クリスちゃんだって私のことを好きにしてくれるのにいつもゆりちゃんばっかり言っちゃって…」
恐れ多くまともに話も続けられないようですね、みもりちゃん…実は前からずっと気になってんです。みもりちゃんも、緑山さんもなんだか私にこの曖昧な関係のことについて恐れているの…
「でもやっぱりこういうの良くないじゃん…クリスちゃんだけの片思いとかさ…」
珍しくはっきりと言ってくれましたね、みもりちゃん…この際きちんとしたいようですね。緑山さんのこともありますから後でしてもいいのに…
片思い…確かにそうかも知れませんね。いくら時間が経っても、私がいくらあなたに自分を捧げても決してあなたは私のことを振り向いてくれないでしょ。あなた達はいつもお互いのことしか見てないですから。
でも私はそれでいいと思います。報われる道のない水平線の思い出も私はわたしの前で尊く歩いてゆくみもりちゃんと緑山さんの後ろ姿を見ているだけで十分です。だって…
「そうやってみもりちゃんと緑山さんは私の前で手を伸ばしてあげますから。私にとってそれ以上望むことはありません。」
今私がこの学校でアイドルをやっていけるのは全部お二人さんのおかげです。私は私に夢を与えてくれたみもりちゃんと緑山さんのためならどんなことでもしますから。だから今までのように私と仲良くしてください、みもりちゃん。私はただそれでいいです。
「それに私が目指しているのはあくまでみもりちゃんの愛人ですからご安心くださいね♥」
「そうなんだ…ってえええ!?!?」
あらまあ♥つい本音が出ちゃいましたね♥恥ずかしいな♥
「ちょ…!クリスちゃん!?だから初めて合った時付き合っている人はいるんでかって聞いたの!?っていうかあ…愛人って…!ダメだよ、そういうの…!」
あらあら♥真面目なんですか、みもりちゃん♥本当可愛いんだから♥
「クリスちゃん、もしかして今お仕事モードなの!?なんでスイッチ入っちゃったわけ!?っていうか愛人とか私、初耳なんですけど!?」
慌てるみもりちゃんも可愛いです♥
でも私はどうしても自分はみもりちゃんに選ばれないってことよりみもりちゃんが私のことを頼ってくれるのがもっと嬉しいです。だってあなたはいつもこうやって私のところに一番で相談してくれるんですから。
私はあなたの力になれるっというただそれだけでとても幸せです。
「みもりちゃんならきっとうまくできるはずです。私達はみもりちゃんを信じていますから。」
「うん。ありがとう、クリスちゃん。」
少しは楽になったんでしょうか、みもりちゃん。ちょっぴり解れた声に少しほっとしました。
「じゃあ、そろそろ切るね?ごめんね、こんな時間までお邪魔しちゃって。」
「いえいえ、みもりちゃんと緑山さんのことですから。いつでもいいですよ、私は。それじゃあまた学校で。おやすみなさい、みもりちゃん。」
「うん。クリスちゃんもおやすみ。」
っと軽く電話を切るみもりちゃん。って今のやり取り、ちょっと恋人同士っぽいだったかも…えへへ…ちょっと嬉しいですね…
それにしても今日中でこんな大変なことが2件も起きてしまうだなんて…まさかこれもあの人の仕業なんでしょうか…
「…久しぶりですね、先輩。」
あれ?この声…
休憩室の外から聞こえる聞き慣れの声にふと気がついた私。外の様子を見るためにそろっと首を出したそこには
「うみちゃん…」
なんだか深刻そうな雰囲気の中で桃坂先輩と青葉さんが廊下で鉢合わせたお互いのことを見つめ合っていました。
「やっぱりうみちゃんも来ていましたね…セシリアちゃんのことを見に…」
「ええ…まあ…」
な…なんというがちがちな空気…おふたりさんの中には何か事情があるっていうのは知っていましたがこれはさすがに…
それよりなんで私はこうこそこそ隠れているんですか!?
「会長の様子は…」
「か…体に問題はありませんから安心してください。でも未だに記憶が戻らなくて明日から本格的な治療に入る予定なんです。」
「そうですか…」
今桃坂先輩が言ったとおり明日からはお姉様への本格的な治療が行われる予定です。でも本人があまりここにいたくないって言っているので学校生活と並行することにしました。
生徒会の仕事は副会長であるななお姉ちゃんと緑山さんが指揮を執り、お姉様の治療には私が補助することになりましたのでしばらく大忙しそうです。
でも私にはもう一つやらなければならないことがあります。最後までお姉様が自分の手で終わらせようとしたやり残しのこと。お姉様はこれ以上近づくなっと言いましたが私は魔界の「ファラオ」。将来この世界のために働かなければならない立場の人間です。
だから私は何があっても必ずあの人のことも、お姉様の記憶のことも私の手でなんとかしてみせます。
それはそうとして…
「でも嬉しいですね…私、実はうみちゃんってあまりセシリアちゃんと仲が良くないって思っていましたから…だってほら、うみちゃんっていつもセシリアちゃんのことを警戒していたし…」
「べ…別にそういうわけじゃ…」
あの先輩って本当に天然!?まさか気づいてないんですか!?あの二人、先輩をおいて競っているライバルなんですよ!?どんくさいっというのは知ってましたがまさかこれほどでは…苦労していますね、青葉さんも、お姉様も…
でもみもりちゃんから言われたとおりかも…青葉さん、今だって本当に先輩のことが好きなんですね。間違いなくあれは恋する乙女の目なのです!だって今でも…
「ああ…♥先輩、素敵…♥いい匂いもする…♥今でも抱きつかれて甘えたい…♥」
って言っているような雰囲気だし…もちろん絶対表情には出せないんですが同じ道を歩いている私には分かります!
「う…うみちゃん!よかったらちょっと歩きませんか?」
ええ?外に出るつもりなんでしょうか…いきなり青葉さんに散歩とか申し出して…
でも青葉さん、一緒にしてくれるのでしょうか…みもりちゃんからの話によると先輩のことを必死に避けているっと聞いたんですが…
「そうですね。迎えのバスが来るまでにはまだ時間がありますし。」
「そ…そうですか!良かった…」
胸を撫で下ろして…って胸なんですか、あれ…?なんか遠近感とか間違えているのではありませんか…?いつもでかいっては思っていましたが単にでかいって言い切れるものなんですか、あのどでかいおっぱい!?うわぁ…ただ息を吸っているだけなのにあんな揺れの溢れる動き…凄まじい重量ですね…
とにかくあの信じられないほどでかい胸を撫で下ろして一息つく先輩。青葉さんから応じてくれたのがよほど嬉しかったようですね。良かった…
「じゃ…じゃあ、一緒に行きましょう、うみちゃん!」
「はい。」
あ、すぐ出るらしいです。でもこれからどうしましょう…このままついていってもいいのか…盗み聞きはよくないと思うんですがやっぱり二人っきりでするのもなんかちょっと不安っていうか…
うう…し…仕方ないです!後で精一杯謝りましょ!やっぱりほっておけないんですよ、あのおふたりさん!




